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ことの裏側(another side)
ラナエラ:第一王子様って
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※ラナエラのお話
『父上。私、ランスロット王国第一王子ロイド・レイ・ランスロットは、ラナエラ・サラ・マリオン公爵令嬢との婚約を破棄いたしたく存じます』
一瞬の沈黙。
まるで時が凍りついたかのような静寂が、突如消え失せたかと思えば、蜂の巣を突いたような騒ぎとなった婚約破棄の申し出に、ラナエラは馬鹿じゃないかと思った。後に父や兄から詳細聴き、その思いは強くなった。
ランスロット王国には建国時の国王親族をそれぞれ始祖に持つ五公爵家がある。外戚の専横を防ぎ、王族の腐敗を防ぐ為に存在する自浄機能として存続している。だから、実子や養女の区別なく、王太子妃になる娘は必ず五公爵家いずれかから選ばれるのだ。つまり、王太子候補が望む相手は、他国の王女であろうが一度は五公爵家に席を移すことが前提だ。
(……子爵令嬢になったばかりなんて、殿下は頭が変になったのかしら?)
この国の王妃は王と共に五公爵家を使い熟す器量を要求される。五公爵家の娘は幼いころから教育されるのであり、突然現れてもせめて伯爵家以上の知識を持つ娘でなければ難しい。
(政略結婚なんだから私を好きになる必要ないわよね? その子は側妃でいいのに……やっぱり馬鹿かもしれないわ)
ラナエラにとって婚約者のロイド殿下は単なる政略結婚の相手である。初対面の小さなころから好きではない。むしろ、嫌いだ。
◇◇
婚約破棄後、罰を検討するために
ロイドがマリオン公爵領内預かりと決まった。
「どの程度の愚か者か判断する時間がいる。とりあえずエリオットが面倒を見るように」
「……私は週末しかおりませんが? それに、私にとって殺意を抑える忍耐の苦行です! 始末してもよろしいのですね?」
父の命に、全力で拒否する兄の姿はとても珍しい。ラナエラは目を丸くした。
「ラナを愚弄した馬鹿王子の相手など!」
烈火のごとく怒る兄に「気持ちは理解できる」と笑って、結局折れたのは父だ。
「──わかった。領内で死なれては困る。執事長を行かせよう。ラナエラは接触不要だぞ?」
「はい。ありがとうございます!」
マリオン領内滞在中は逢わないですむ、と喜んだものだ。
ところが母親の情熱的な談判のせいで、王子の世話役になってしまった。ラナエラは頭を抱えた。あの面倒くさい捻くれ王子の面倒なんて、破棄された被害者ですよ? と父に詰め寄ってみたぐらいだ。もちろん妻至上主義の父に「当主命令」と文句はバッサリ切り捨てられたのだ。
嫌々で世話役を始めたラナエラだったが、会話もないロイドとの時間は苦痛過ぎた。
(どうせなら好きなことをしちゃおうかしら? お父様はお叱りにならないわよね!)
長雨の後の久方ぶりな晴天に乗馬に行きたくなり、
「わたくし馬で領内を駆けてきたいのですけれど、殿下は行かれませんわよね?」
断られるつもりで誘った。
「……君が、馬? 乗れるのか!?」
「乗れるから行くのでしょ」
淑やかな令嬢からいつものマリオンのお嬢さんに戻ったラナエラを、まじまじと見つめたロイドは、「行こう」と何故か快諾してきた。
「ラナエラの手綱捌きは見事だな…」
軽々と丘を駆け、倒木を越えていけば感心された。称賛されて悪い気はしなくて、
「物心ついたころから小馬に乗ってました。それにエル兄様とおやつを賭けて勝負して、領内を駆け巡ってましたわ。勝ったこともあります!」
ラナエラはつい胸を張ってしまったのだった。
多分、きっかけはその日だ。
ぽつりぽつりと会話をするようになり、気がついたら、好きではないけれど嫌いではない人になっていた。
勉強家で。照れ屋で。へそ曲がり。でも本当は素直。
領内のあちこちを案内すれば熱心に説明に耳を傾け、庶民のする作業を試し工夫して上手くいくと笑う姿に、ラナエラは「あれ?」と気がついた。
ロイドという王子は自分の想いを口にする前に、頭で考え過ぎてしまうのかもしれないと。
(王太子という型に無理やり心を押し込めてしまうみたい。子供っぽいところもあるし。同い年じゃなくて年下だと思って接すればこんなことにならなかったかも……)
今まで知ろうとしなかったことへの反省もあって、婚約者のふりをする時は優しくしてあげよう、そうラナエラは歩み寄るようになった。
『父上。私、ランスロット王国第一王子ロイド・レイ・ランスロットは、ラナエラ・サラ・マリオン公爵令嬢との婚約を破棄いたしたく存じます』
一瞬の沈黙。
まるで時が凍りついたかのような静寂が、突如消え失せたかと思えば、蜂の巣を突いたような騒ぎとなった婚約破棄の申し出に、ラナエラは馬鹿じゃないかと思った。後に父や兄から詳細聴き、その思いは強くなった。
ランスロット王国には建国時の国王親族をそれぞれ始祖に持つ五公爵家がある。外戚の専横を防ぎ、王族の腐敗を防ぐ為に存在する自浄機能として存続している。だから、実子や養女の区別なく、王太子妃になる娘は必ず五公爵家いずれかから選ばれるのだ。つまり、王太子候補が望む相手は、他国の王女であろうが一度は五公爵家に席を移すことが前提だ。
(……子爵令嬢になったばかりなんて、殿下は頭が変になったのかしら?)
この国の王妃は王と共に五公爵家を使い熟す器量を要求される。五公爵家の娘は幼いころから教育されるのであり、突然現れてもせめて伯爵家以上の知識を持つ娘でなければ難しい。
(政略結婚なんだから私を好きになる必要ないわよね? その子は側妃でいいのに……やっぱり馬鹿かもしれないわ)
ラナエラにとって婚約者のロイド殿下は単なる政略結婚の相手である。初対面の小さなころから好きではない。むしろ、嫌いだ。
◇◇
婚約破棄後、罰を検討するために
ロイドがマリオン公爵領内預かりと決まった。
「どの程度の愚か者か判断する時間がいる。とりあえずエリオットが面倒を見るように」
「……私は週末しかおりませんが? それに、私にとって殺意を抑える忍耐の苦行です! 始末してもよろしいのですね?」
父の命に、全力で拒否する兄の姿はとても珍しい。ラナエラは目を丸くした。
「ラナを愚弄した馬鹿王子の相手など!」
烈火のごとく怒る兄に「気持ちは理解できる」と笑って、結局折れたのは父だ。
「──わかった。領内で死なれては困る。執事長を行かせよう。ラナエラは接触不要だぞ?」
「はい。ありがとうございます!」
マリオン領内滞在中は逢わないですむ、と喜んだものだ。
ところが母親の情熱的な談判のせいで、王子の世話役になってしまった。ラナエラは頭を抱えた。あの面倒くさい捻くれ王子の面倒なんて、破棄された被害者ですよ? と父に詰め寄ってみたぐらいだ。もちろん妻至上主義の父に「当主命令」と文句はバッサリ切り捨てられたのだ。
嫌々で世話役を始めたラナエラだったが、会話もないロイドとの時間は苦痛過ぎた。
(どうせなら好きなことをしちゃおうかしら? お父様はお叱りにならないわよね!)
長雨の後の久方ぶりな晴天に乗馬に行きたくなり、
「わたくし馬で領内を駆けてきたいのですけれど、殿下は行かれませんわよね?」
断られるつもりで誘った。
「……君が、馬? 乗れるのか!?」
「乗れるから行くのでしょ」
淑やかな令嬢からいつものマリオンのお嬢さんに戻ったラナエラを、まじまじと見つめたロイドは、「行こう」と何故か快諾してきた。
「ラナエラの手綱捌きは見事だな…」
軽々と丘を駆け、倒木を越えていけば感心された。称賛されて悪い気はしなくて、
「物心ついたころから小馬に乗ってました。それにエル兄様とおやつを賭けて勝負して、領内を駆け巡ってましたわ。勝ったこともあります!」
ラナエラはつい胸を張ってしまったのだった。
多分、きっかけはその日だ。
ぽつりぽつりと会話をするようになり、気がついたら、好きではないけれど嫌いではない人になっていた。
勉強家で。照れ屋で。へそ曲がり。でも本当は素直。
領内のあちこちを案内すれば熱心に説明に耳を傾け、庶民のする作業を試し工夫して上手くいくと笑う姿に、ラナエラは「あれ?」と気がついた。
ロイドという王子は自分の想いを口にする前に、頭で考え過ぎてしまうのかもしれないと。
(王太子という型に無理やり心を押し込めてしまうみたい。子供っぽいところもあるし。同い年じゃなくて年下だと思って接すればこんなことにならなかったかも……)
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