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ことの裏側(番外編)
番外編:うっとうしい仔いぬ
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※兄ロイド16歳のころ。カイル10歳です。
「あの第三王子ですが、そろそろ教育的指導が必要だとは思いませんか?」
マリオン公爵の嫡男エリオットは、第一王子ロイドの執務室で、まるで「今日は晴れていますね」程度に、さらりと話しかけた。
「───もう少し様子を見て私から注意するよ」
それはやめて、と言外で返すロイドは、最近癖になりつつある胃痛から、無意識に胃の辺りを押さえている。
「やらかした実績のあるあなたにあれ、どうにかできるんですか?」
「………うぅ。あいつは末っ子だから。よってたかって周りが可愛がるから、甘ったれになったけど。でもまだ十歳なんだ、もう少し待ってくれれば大人になるよ…たぶん」
「私が婚約したのと同じ年ですが、あのように駄々をこねた記憶はありませんね」
かわいげのない君の幼少期と、やんちゃ坊主な弟を同じにしないで……と疲れるロイドをせせら笑い、
「リンジーを権力行使して奪うなんて素晴らしい行動力と情熱を示してくださったら、大歓迎なんですけれどね」
嗤うエリオットに、ロイドの背に汗が流れ、胃痛が増す。
『王子の身分を嵩に、暴挙と妄執で略奪をしかけてくれると喜んで叩き潰せるのに』と、嫌な副音声が聞こえた気がするのだ。
◇◇
モルガン伯爵家の次女、リンゼイ嬢ことリンジーは、エリオットの十歳離れた婚約者である。
モルガン伯爵の妻はコルバン公爵家の先代当主の五番目の妹である。娘のよい縁談先を相談された現コルバン家当主が、さらに親しいマリオン公爵へ「エリオットの婚約者にどう?」と、何かのついでに話したのは、ちょうどモルガン家に次女リンジーが誕生したころだった。
そろそろ他家の者が赴いても差し支えないだろう──コルバン家当主と息子のアンリ、マリオン家当主と息子のエリオットと愛娘ラナエラは、お祝いがてらに脚を運んだ。
モルガン家の長女ナンシーはラナエラと親友と云っても過言ではなく、仮にマリオン公爵家に嫁いでもうまくやれるのではと、コルバンとモルガン家はそう思っていた。
──ところが。
誰も想像していない事態は、赤ん坊のリンジーがもたらした。
虫の居所が悪かったのか……。
泣く。泣く。泣きまくる。
寝かされたベッドに近づいた男どもへ、火がついたように泣く。
父のモルガン伯爵、モルガンの息子、コルバン公爵、マリオン公爵、そしてアンリ少年がことごとく大泣きの洗礼を受け、最後がエリオットの番になった。
「こんにちは、リンゼイ嬢」
ベッドに近づいて声をかけたエリオットは、大泣きに備えてわずかに警戒した。
ところが、リンジーは泣くどころか、エリオットをじっと見つめニッコリと笑ったのだった。
「………………かわいい」
ぷにぷにした頰をツンツンすれば、なんとなく嬉しげなリンジーに、エリオットはなんとも不思議な気持ちを抱いた。
(なんだろう、おもしろい? たのしい? よくわからないけど……かわいい)
簡単に表せば、とても気に入った。
そうと心が決まれば行動が速いのはマリオン家の人間である。
マリオン公爵以外の男性陣が顎を落とす勢いで見守る中、エリオットは寝台の横に跪き、リンジーの小さな手を指先に乗せ、
「私の婚約者になってくれますか?」
そう囁いた。
「あ~ぅ~」
リンジーは小さな手でギュッとエリオットの指を握ったのだ。ご機嫌な笑顔で。
その後、コルバン公爵立ち会いの下、ある条件付きで婚約は成立した。
一つ、少なくともリンジーが十歳になるまでは婚約は公表しない。
一つ、婚約者という存在を年ごろになったリンジーが受け入れられない時は、一度白紙とする。
いずれもリンジーに負担の無いようにと定められたものだった。
◇◇
すくすくと、エリオットに溺愛されて、リンジーは健やかに愛くるしく成長していった。
その過程で、木に登る、床に大の字に寝転がる、モルガン家の大型犬に跨がり乗馬ごっこをするなどなど、自由すぎるとてもお転婆な少女に育ってしまった。
もちろん関係者は、全責任はエリオットにあると確信している。
なにしろ赤ん坊のころからエリオットが大好きなリンジーは、彼が遊びに来ると後をついて回り、なんでも真似をした。
そんなリンジーがおもしろ……かわいくて、つい色んなイタズラを教えてしまったエリオットが、野生児化ならぬお転婆化の根源だと責められても……当然といえる。
(リンジーは自由に生きればいい。私が護ればいいだけだしね)
これまでも、これからも、変わらず。
「リンジーの愛くるしさに気がついたのは褒めてさしあげますが……」
超実力主義な一族において、エリオットはさらに成果主義でもある。恋に落ちるのは自由だが、手に入らない現実にいつまでも駄々を捏ねるのはいただけない。
「あんまりキャンキャンと仔いぬに吠えつかれるのは愉快ではないんですよ…?」
私は大人げないので、と喰えない笑みを浮かべる側近へ、
「やるなら死なない程度に頼む……」
自身が恨みを買っている兄王子は、絶好調な胃痛のため、弟を売ることにしたのだった──。
※カイルには納得させるためモルガン家の了承のもと「婚約者」だと伝えてあります。
※ナンシー嬢はエリオットの婚約者にされずに済んで号泣して喜んだ……とか。
「あの第三王子ですが、そろそろ教育的指導が必要だとは思いませんか?」
マリオン公爵の嫡男エリオットは、第一王子ロイドの執務室で、まるで「今日は晴れていますね」程度に、さらりと話しかけた。
「───もう少し様子を見て私から注意するよ」
それはやめて、と言外で返すロイドは、最近癖になりつつある胃痛から、無意識に胃の辺りを押さえている。
「やらかした実績のあるあなたにあれ、どうにかできるんですか?」
「………うぅ。あいつは末っ子だから。よってたかって周りが可愛がるから、甘ったれになったけど。でもまだ十歳なんだ、もう少し待ってくれれば大人になるよ…たぶん」
「私が婚約したのと同じ年ですが、あのように駄々をこねた記憶はありませんね」
かわいげのない君の幼少期と、やんちゃ坊主な弟を同じにしないで……と疲れるロイドをせせら笑い、
「リンジーを権力行使して奪うなんて素晴らしい行動力と情熱を示してくださったら、大歓迎なんですけれどね」
嗤うエリオットに、ロイドの背に汗が流れ、胃痛が増す。
『王子の身分を嵩に、暴挙と妄執で略奪をしかけてくれると喜んで叩き潰せるのに』と、嫌な副音声が聞こえた気がするのだ。
◇◇
モルガン伯爵家の次女、リンゼイ嬢ことリンジーは、エリオットの十歳離れた婚約者である。
モルガン伯爵の妻はコルバン公爵家の先代当主の五番目の妹である。娘のよい縁談先を相談された現コルバン家当主が、さらに親しいマリオン公爵へ「エリオットの婚約者にどう?」と、何かのついでに話したのは、ちょうどモルガン家に次女リンジーが誕生したころだった。
そろそろ他家の者が赴いても差し支えないだろう──コルバン家当主と息子のアンリ、マリオン家当主と息子のエリオットと愛娘ラナエラは、お祝いがてらに脚を運んだ。
モルガン家の長女ナンシーはラナエラと親友と云っても過言ではなく、仮にマリオン公爵家に嫁いでもうまくやれるのではと、コルバンとモルガン家はそう思っていた。
──ところが。
誰も想像していない事態は、赤ん坊のリンジーがもたらした。
虫の居所が悪かったのか……。
泣く。泣く。泣きまくる。
寝かされたベッドに近づいた男どもへ、火がついたように泣く。
父のモルガン伯爵、モルガンの息子、コルバン公爵、マリオン公爵、そしてアンリ少年がことごとく大泣きの洗礼を受け、最後がエリオットの番になった。
「こんにちは、リンゼイ嬢」
ベッドに近づいて声をかけたエリオットは、大泣きに備えてわずかに警戒した。
ところが、リンジーは泣くどころか、エリオットをじっと見つめニッコリと笑ったのだった。
「………………かわいい」
ぷにぷにした頰をツンツンすれば、なんとなく嬉しげなリンジーに、エリオットはなんとも不思議な気持ちを抱いた。
(なんだろう、おもしろい? たのしい? よくわからないけど……かわいい)
簡単に表せば、とても気に入った。
そうと心が決まれば行動が速いのはマリオン家の人間である。
マリオン公爵以外の男性陣が顎を落とす勢いで見守る中、エリオットは寝台の横に跪き、リンジーの小さな手を指先に乗せ、
「私の婚約者になってくれますか?」
そう囁いた。
「あ~ぅ~」
リンジーは小さな手でギュッとエリオットの指を握ったのだ。ご機嫌な笑顔で。
その後、コルバン公爵立ち会いの下、ある条件付きで婚約は成立した。
一つ、少なくともリンジーが十歳になるまでは婚約は公表しない。
一つ、婚約者という存在を年ごろになったリンジーが受け入れられない時は、一度白紙とする。
いずれもリンジーに負担の無いようにと定められたものだった。
◇◇
すくすくと、エリオットに溺愛されて、リンジーは健やかに愛くるしく成長していった。
その過程で、木に登る、床に大の字に寝転がる、モルガン家の大型犬に跨がり乗馬ごっこをするなどなど、自由すぎるとてもお転婆な少女に育ってしまった。
もちろん関係者は、全責任はエリオットにあると確信している。
なにしろ赤ん坊のころからエリオットが大好きなリンジーは、彼が遊びに来ると後をついて回り、なんでも真似をした。
そんなリンジーがおもしろ……かわいくて、つい色んなイタズラを教えてしまったエリオットが、野生児化ならぬお転婆化の根源だと責められても……当然といえる。
(リンジーは自由に生きればいい。私が護ればいいだけだしね)
これまでも、これからも、変わらず。
「リンジーの愛くるしさに気がついたのは褒めてさしあげますが……」
超実力主義な一族において、エリオットはさらに成果主義でもある。恋に落ちるのは自由だが、手に入らない現実にいつまでも駄々を捏ねるのはいただけない。
「あんまりキャンキャンと仔いぬに吠えつかれるのは愉快ではないんですよ…?」
私は大人げないので、と喰えない笑みを浮かべる側近へ、
「やるなら死なない程度に頼む……」
自身が恨みを買っている兄王子は、絶好調な胃痛のため、弟を売ることにしたのだった──。
※カイルには納得させるためモルガン家の了承のもと「婚約者」だと伝えてあります。
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