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第二章 貴族は皆、息吐くように嘘をつく
第37話 面倒事
しおりを挟むリヴィア・エルトナに会ったのは悪友であるレストルの家の夜会が初めてだったと思う。
それまでは名前くらいは聞いた事はある令嬢だった。
曰く、レストルの従姉妹
曰く、引きこもり
曰く、魔術院勤めの変わり者
どことなく悪意のあるうわさ話に相槌を打ちつつも、アーサーは内心へえと思った。
自分も軍属となった頃好き勝手言われたものだ。
加えてレストルの従妹と聞けば、どんな奇人なのかと興味も湧いた。
◇ ◇ ◇
結婚後デヴィッドは従者の職を解いた。
表向きは子爵領の引き継ぎによるものだ。イスタヴェン領は皇都から馬車で八日以上掛かるし、ルビアディル公爵はイスタヴェン領の運営を領地に暮らす家令に任せていたので、向こうへ行かなければ何も学べない。
かと言って引き続き家令に領地経営を任せるかと言えばそうもいかない。
ライラの状況では皇都で暮らすのは難しいからだ。
予想通り、ライラへの非難は酷いものだった。
皇子妃になりそこねた令嬢。
侍従などに惑わされて、馬鹿な事だと散々嗤い者にされていた。
気丈に振る舞う事が出来なくなったライラは、婚約まで体調不良を理由にフェルジェス家の領地へ送る事になった。
ライラとは誰の目に見てもそう振る舞っていたのに、いざ蓋を開けてみたら違う相手と結婚したのだ。噂の的になっても仕方がないし、社交界デビュー後、次期皇族ともてはやされていた分反発も大きかったようだ。
流石に参っているとフェリクスから聞かされた。
当面二人には皇都の暮らしは辛いだろう。自領に引き籠るのは当然だと思った。
意外だったのはデヴィッドが難なく指示に同意した事だった。
あれは社交会を泳ぐように生きていたようなので、どんな心境の変化があったのやら。だがライラの為になるのならそれも問うまい。アーサーは彼らの出立の無事と領地での幸福を願った。
代わりに抜擢したのがレストルだ。
結局他に思い付かずに頼んだのだが、意外にも彼も忙しいらしく、フェリクスの補佐という形で収まっている。
とはいえなんだかんだで有能なのでやはりというか、気に食わないところではあった。
そんな時レストルの両親の結婚祝いに夜会に参加して欲しいと父から頼まれた。ちなみにこれは非公式の勅命だ。
フォロール子爵は皇城に従事する有能な人材で、父の覚えも良い。
とは言えそれは内々の事情であり、第二皇子が従者のレストルへの労いとして……という印象付を図る。
別にいいのだが、レストルが取り立たされているようで何となく面白くない。別にいいのだが。
◇ ◇ ◇
事前に夜会の参加者に名前を連ねていれば、騒がしい者たちも紛れこんでくるだろう。急遽という形で祝いに参加する事にした。
ついでにサンジェス侯爵家のユーリア嬢の名前があったので、レストルに頼み上手く引導を渡すタイミングを探る算段を付けた。本来なら高位貴族であるサンジェス家がフォロール家の夜会に参加するのはおかしい図式ではあるが。
彼女は肩書は侯爵家でも母親は平民だ。その為、高位貴族は彼女を跡取りの伴侶として引き受けようとは思われないらしい。
ただ貴族の多くは母親が平民だからという理由で敬遠しているのではない。彼女は確かに美しいのだが、生まれはともかく育ちも平民だった。
あの侯爵が平民の女性を囲っているのは公然の秘密であったけれど、ユーリアが社交界デビューした時は夫人の娘として紹介されていた。似ていないので誰も信じてはいなかったが、それは貴族社会の面の皮というやつだ。
皆表向きは受け入れて接そうとしたが、当の本人が力強く否定してしまった。平民の感覚ではユーリア嬢は夫人に「いじめ」られていたらしい。
まあ夫人にそういう感情が無かった訳でも無かろうが。浮気された女性が、ある程度育った外腹の娘の教育を任されたのだ。それに貴族と平民では価値の置き場所も違うだろう。
幼い頃からキチンと育てられていればそれなりの縁談もあっただろうに。平民の母親にその常識のまま育てられた彼女は、よく言えば天真爛漫。悪く言えば厚顔無恥。いずれにしても淑女とは程遠かった。
そんな理由で社交界では夫人に同情が集まったのだが、あの家は息子ばかりで娘がいなかった。残念ながら侯爵はかわいい娘の肩を持ってしまったので、ユーリアは相変わらず貴族気取りの平民のままである。
だがそんな女性に付き纏われる側としてはたまったものでは無いのだが……母親が平民から侯爵の肩書を得たと勘違いしているユーリアは、侯爵令嬢から皇子妃になりたいようだ。いや、元は皇太子妃を目指していた。
その次は皇太子の寵姫か。
侯爵家嫡男|《フェリクス》にも求愛をし、最終的にずっと軍務で社交に参加していなかった自分に目をつけたようだった。
社交で表立って断るのは非礼に値する。
高位の爵位持ちならそれこそ上手く躱すものだが、その辺の教育は行き届いていない為分からないらしい。まあ習ってなくても空気を読めば分かりそうなものだが……。
こちらにしてみれば厄介なものに目をつけられたと項垂れたいが、向こうにしてみれば運命の出会いらしく、しつこい。
酷く一方的な出会いだが。こちらは全く何も感じていないと言ってやりたい。
しかし適当にあしらっていたらどう解釈したのか、殿下も自分を憎からず思っているだの、皇族しか入れない部屋に通されただの質の悪い吹聴まで始めてしまった。
侯爵相手に厳重注意でもして終わらせたいところだが、無理だろうなと思う。ああいう自分の都合の良い解釈しかできない自己中心的な輩は軍にもいた。
結局はっきり言わないと分からないだろうとレストルに頼み場を設けて貰ったのだが、何で私が自らそんな事をしなければいけないんだろう。
側近の二人をチラリて見たが、揃って首を横に振られた。解せない。
そういえば、自身を高位貴族と認識しているユーリア嬢は下位貴族は相手にしないが、レストルは別らしい。
まあ確かに将来レストルが継ぐエルトナ伯爵家は、何人も宰相を輩出し、姫の降嫁もあった名家だ。
あとはレストル自身に目が眩んだんだろう。
運命はもういいのか。
ついでに追求してみるのも良いダメ出しになるかもしれないが、第二皇子がレストルと自分の縁付きを後押ししているなど斜め上な解釈でもされては面倒事が二倍になる。やはりやめておこう。
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