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5章
24ー駿sideー
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■■■■■■5■■■■■■
ー駿sideー
口づけを交わす。抱き合う。
同じ布団で寝起きして、時に激しくシーツを汚す。
相手の為に料理を作り、洗濯物を干したり買い物に行ったり。何気ないおしゃべりをしたり、時に叱り合ったり口げんかしたり。また仲直りして笑い合ったり。
どこまで、してもいい?
どこまでなら、大丈夫?
後は、何をする…?
何を望むの?
これ以上、望んでもいいのかな?
望んだら、この幸せが一瞬で砕けてしまうんじゃないの?
『まりん…っ』
瞼の奥で、妬きつくクリスマスイブの記憶。
それがより僕を臆病にさせる。
淡い蜃気楼のように大切なものというのは、非常に虚ろ。
求めれば求めるほどに、傍に近づくのが怖くなり臆病になっていく。
壊されることを思い描き、必要以上に神経質になる。
今まで簡単にやってのけたことすら、躊躇を覚えてしまう。
大切なものを失いたくないから。
――気付いたら、お互いの気持ちも言い合えない、臆病者の独りよがりの恋になってた…。
朝、仁さんと同じ布団で目が覚めた。
時刻は午前6時。
カーテンから淡い日の光が指しているもののまだ部屋は薄暗い。
音といえば、鳥や新聞配達のバイクの音がたまに聞こえるくらい。静かな朝に頭は覚醒せず、まだぼんやりとしていた。すっきりと頭が覚醒するのは、まだ先のようだ。
「さむ・・・」
もぞもぞと布団の中で丸くなる。年が明け、今は冬で一番寒い2月。
寒さが厳しいこの頃だから、もう少し布団にいたい。
二度寝をする余裕はないけれど、僕も仁さんも朝の支度をするのにまだ時間に余裕があった。
もう少し布団でまどろんでいても大丈夫そうである。
仁さんはまだ起きる気配はなく、寝息を立て寝入っていた。
寝ているのをいいことに仁さんの寝顔を堪能する。
普段顔がいい人は寝顔も美形だ。羨ましい。
高い鼻梁に薄いセクシーな唇。
薄くて冷たそうな唇は、口づければ熱い事を知っているのはどれだけいるだろうか。
おしゃべりが得意でもない、口下手なその唇は、今は静かに閉ざされている。
寝ている無防備な状態でもかっこよくて、間が抜けた顔にならないなんて隙なんかないじゃないか。
もっと間が抜けた顔になるなら、笑い話にもなるのに。
腹立たしいついでに、むにっと頬をつまんでみる。
これくらい悪戯しても眠りが深い仁さんはすぐには起きない。
いつも目覚ましの音で時間にはしっかり起きるものの、逆を言えば時間が来ないとなかなか起きてくれない。休日等は、お昼くらいまでねていることが多く、見た目からはちょっと想像がつかないけど寢汚い。
むにむにと仁さんの頬を触りほっぺを伸ばしながら一人遊びをする。
こんなことじゃ起きない仁さんだけど、ちょっと起きて欲しい気もした。
寝ている間に悪戯していた僕をやれやれと困った顔をしながら叱って欲しくもあった。
「んっ…」
仁さんが、もぞもぞと身じろぐ。
一瞬起きたのかな~っと動きを止めるが、起きる気配はなかった。
健康そうな小麦色の肌。昔の様に土色にはなっていない。
仁さんがまりんと別れ、そろそろ1年と2か月になるだろうか。
ここにきた当初は仁さんは、筋肉も落ちており顔色もゾンビのようで、今にも倒れそうな不健康さがにじみ出ていた。休日も家で何もしないことが多かった。
それが今では健康そのもので、休日は僕と身体を動かしにスポーツジムや、バッティングセンターにいくくらいだ。
月日が経つのは思った以上に早かった。
嫌々ながら僕を置いてくれた仁さんと、押しかけ女房よろしく家にきた僕と。
なんやかんやで追い出されずに今も一緒にいる。
今のボクらの関係は…一体なんなのだろう。
セックスはしてる。でも、愛は告げていない。
誰よりも傍にいるのに、抱き合っているのに、この行為の意味を互いに目を瞑っている。
目隠しのような恋。
恋人同士のように…じゃないけど、時々は二人きりで外に遊びにもいく。
水族館や遊園地。
休日などは、約束をしていなくても一緒に買い物なんかしたり夕飯を作ったりもする。
仁さんは僕が同居前、取り戻したかった笑顔を僕にくれるし、気遣ったり少し体調が悪いときは寝ずに看病してくれたりもする。
キスも、仁さんから悪戯のようにされたことも何度かあった。
まるで、恋人同志みたい。
そう、うぬぼれそうになったこともある。
クリスマスイブがなければ、僕は仁さんに尋ねていただろう。
「僕のこと好きになった」って。
それほど、どうしてこんなに…?と尋ねたいくらい甘やかしてくれるのだ。
大切にしてくれる。
優しげな慈しむような視線で見つめられる度、聞いてみたくなる。
まりんを諦められた?僕のこと、好きになってくれた…って。
毎日のように言葉にしようとして、寸でのところで言葉にするのを辞める。
クリスマスイヴの記憶が、脳裏にちらついて、言葉も思考までも奪ってしまう。
このままでいい…、隣にいられるだけでいい…と。
まりんの私物はほとんど仁さんの家からなくなった。
少しずつ捨ててきたおかげで、今ではリビングと寝室の写真たてを残すのみだ。
仁さんと、まりんのツーショットの写真が入っている写真立て。
あれを見て、切なげに瞳を揺らす仁さんだったから、あれさえなくなれば、仁さんはもうマリンの事を思い出すことはないと思うのだ。
あの写真たてを捨てることが出来たら…。
そしたら、臆病者の僕でも言える気がするのだ。
「好きです」と。
抱き合って口づけあって。
やっていることは恋人同志とほとんど同じなのに好きという感情を告げていない、こんな関係は恋人とは言えない。
仁さんを独占したい。
だけど…。
独占したいと思えば思うほどに、クリスマスイブの光景とキライな〝赤色〟が脳裏をよぎった。
血のように赤い赤が。
「んん…」
「仁さん…」
眠っているはずの仁さんは、もぞもぞと身じろぎした後、わきわきと何かを探るように腕を動かす。
なんだろう…?と首を捻りそれを見ていたのだが、僕の身体を捕らえるとぎゅっと抱き枕のように僕の体を引き寄せて抱きしめた。
ぎゅっと抱きしめて、足まで絡ませて…。
むりゃむりゃと、満足そうに幸せそうな笑みを浮かべている。
(ここにフィットするのが、僕だけだったらいいのに)
仁さんの腕の中にフィットするのが、僕だけだったらいい。
僕以外抱きしめても違うって感じて欲しい。
(そのままずっと抱きしめてくれたらいいのに。ずっと…)
そんなことを考えながら、僕は仁さんの広い胸板に甘えるように顔を寄せた。
・
朝、仁さんの朝ご飯を用意して、仁さんをいつものように玄関まで見送った。
玄関から出る前、「キスして」と強請れば、何も言わずちゅっと唇に軽いキスをくれた。
ちょっと前までは照れて、「馬鹿」だの「やるか」だの言ってたのに。
唇にちゅっとリップ音をたてるキスをして、ちょっと気恥ずかしげに顔を背けて「いってくる」と家から出ていった。
だいぶ、仁さんも僕に懐柔されてしまっているようだ。
今日も仁さんのキスを貰ってご機嫌になった僕。
仕事も休みだし、気合を入れて掃除しようと腕をまくり、部屋に掃除機をかけていった。
夜もまたいちゃいちゃしてくれないかなぁ~なんて能天気に思いながら。
そのご機嫌な気持ちも数時間後、1本の電話であっさりと失うことになる。
ツゥルルルルと、気分よく掃除をしていたところで、固定電話が部屋に鳴り響いた。
早く出ろというように鳴り響くけたたましいコール音。
「もしもし…」
かけていた掃除機を止めて、何気なしに受話器を取る。
携帯電話が主な連絡のやりとりで、家の電話なんて滅多になることはない。
またセールスの電話かな?なんて簡単にとったのが間違いだった。
「館野ですが…」
名前を言っても受話器先の人は黙ったまま。無音が数秒続く。
間違い電話だろうか、と不審に思い受話器を耳から離そうとした時
「駿?」
駿、と。
電話先の人間は僕の名を口にした。
駿、と。
鈴を鳴らしたような可愛らしい声で。
少し驚いたように僕の名を呼んだ。
自分の名前を呼ばれた瞬間に、反射的に電話を切った。
ガシャン、と勢いよく、受話器を叩きつける。
バクバクと心臓がうるさく響いた。
激しい胸の鼓動に、痛みを覚えるほどに早鐘のように鼓動が動く。
落ち着け落ち着け、と自分に言い聞かせながら、その場にしゃがみこんだ。
まりん。
電話の声、あの声はまりんだった。
間違いない。
あの声を僕が間違える筈がない。ずっと嫌っていたあの声を、この僕が間違える筈がなかった。
何の用で仁さんの家の自宅に電話なんかかけてきたんだろう…?
仁さんの家に電話なんかかけてきて、何か仁さんに用でもあったのだろうか。
なんで、今更。
仁さんと別れて月日はたっているのに、なんで、今更。
まりんの電話。それは、僕にとって今までの生活をガラリと変えてしまうほど、影響のあるもので。
朝まで幸せだった心は、たった1本の電話で落ち着きないものへと変わった。
「どうして、電話なんて…」
何故、電話を?
仁さんがまりんに会ったら…?
クリスマスイブの日、あの日、仁さんはまりんに会えなかったらしい。
でも。もし、もしもあの時、ちゃんと会えていたら。
もしも、あの日、会えていたら…。
まりんが、もし仁さんとよりを戻したいなんて言ったら…?
人の目を気にすることなく、まりんの元へかけた仁さんは、またまりんの元にいってしまうんじゃないだろうか…。まりん、まりんとまりんの名前を呼びながら…僕に振り返らずに。
クリスマスイブの時の様に、僕のもとに戻らずに、そのまままりんと一緒になるんじゃないだろうか。
仁さんと暮らして、10か月。
色々なことがあって、関係は良好だけど、その関係は実際はもろい。
電話1本で揺らいでしまう関係だった。
数か月かけて積み重ねた幸せはたった1本の電話で失うかもしれない危機に直面した。
(仁さん・・・)
携帯電話を取り出して、衝動的に仁さんへと電話をかける。
しかし2コール目で仕事中であったことを思いだし、携帯を切った。
心臓がさっきから早鐘のように脈打っている。
お守りのように携帯を胸にかき抱いた。
「仁さん…」
―好きです、そばにいてください。
たとえまりんをすきでも――
メール画面に短文を打ち込んで…、すぐにクリアボタンで消す。
「まりんを好きでも傍にいてなんて…、もしまりんが仁さんの傍にいることを望めば僕が辛いだけなのに、さ」
まりんの電話。
それが大した用でないならいい。
ただの挨拶とかそんなレベルで終わってほしい。
僕らの前に現れなければ、それでいい。
「まりんとまたやり直したいと仁さんが言ったら…僕は、その時どうするんだろう…」
無理矢理仁さんの隣にいることができる?
まりんの隣にいて幸せそうに笑う仁さんを見つめることができる?
仁さんに甘やかされて、幸せに浸ってしまった今の僕には…
「辛いなぁ…」
へらりと笑って言った言葉は酷く滑稽に部屋に落ちた。
ー駿sideー
口づけを交わす。抱き合う。
同じ布団で寝起きして、時に激しくシーツを汚す。
相手の為に料理を作り、洗濯物を干したり買い物に行ったり。何気ないおしゃべりをしたり、時に叱り合ったり口げんかしたり。また仲直りして笑い合ったり。
どこまで、してもいい?
どこまでなら、大丈夫?
後は、何をする…?
何を望むの?
これ以上、望んでもいいのかな?
望んだら、この幸せが一瞬で砕けてしまうんじゃないの?
『まりん…っ』
瞼の奥で、妬きつくクリスマスイブの記憶。
それがより僕を臆病にさせる。
淡い蜃気楼のように大切なものというのは、非常に虚ろ。
求めれば求めるほどに、傍に近づくのが怖くなり臆病になっていく。
壊されることを思い描き、必要以上に神経質になる。
今まで簡単にやってのけたことすら、躊躇を覚えてしまう。
大切なものを失いたくないから。
――気付いたら、お互いの気持ちも言い合えない、臆病者の独りよがりの恋になってた…。
朝、仁さんと同じ布団で目が覚めた。
時刻は午前6時。
カーテンから淡い日の光が指しているもののまだ部屋は薄暗い。
音といえば、鳥や新聞配達のバイクの音がたまに聞こえるくらい。静かな朝に頭は覚醒せず、まだぼんやりとしていた。すっきりと頭が覚醒するのは、まだ先のようだ。
「さむ・・・」
もぞもぞと布団の中で丸くなる。年が明け、今は冬で一番寒い2月。
寒さが厳しいこの頃だから、もう少し布団にいたい。
二度寝をする余裕はないけれど、僕も仁さんも朝の支度をするのにまだ時間に余裕があった。
もう少し布団でまどろんでいても大丈夫そうである。
仁さんはまだ起きる気配はなく、寝息を立て寝入っていた。
寝ているのをいいことに仁さんの寝顔を堪能する。
普段顔がいい人は寝顔も美形だ。羨ましい。
高い鼻梁に薄いセクシーな唇。
薄くて冷たそうな唇は、口づければ熱い事を知っているのはどれだけいるだろうか。
おしゃべりが得意でもない、口下手なその唇は、今は静かに閉ざされている。
寝ている無防備な状態でもかっこよくて、間が抜けた顔にならないなんて隙なんかないじゃないか。
もっと間が抜けた顔になるなら、笑い話にもなるのに。
腹立たしいついでに、むにっと頬をつまんでみる。
これくらい悪戯しても眠りが深い仁さんはすぐには起きない。
いつも目覚ましの音で時間にはしっかり起きるものの、逆を言えば時間が来ないとなかなか起きてくれない。休日等は、お昼くらいまでねていることが多く、見た目からはちょっと想像がつかないけど寢汚い。
むにむにと仁さんの頬を触りほっぺを伸ばしながら一人遊びをする。
こんなことじゃ起きない仁さんだけど、ちょっと起きて欲しい気もした。
寝ている間に悪戯していた僕をやれやれと困った顔をしながら叱って欲しくもあった。
「んっ…」
仁さんが、もぞもぞと身じろぐ。
一瞬起きたのかな~っと動きを止めるが、起きる気配はなかった。
健康そうな小麦色の肌。昔の様に土色にはなっていない。
仁さんがまりんと別れ、そろそろ1年と2か月になるだろうか。
ここにきた当初は仁さんは、筋肉も落ちており顔色もゾンビのようで、今にも倒れそうな不健康さがにじみ出ていた。休日も家で何もしないことが多かった。
それが今では健康そのもので、休日は僕と身体を動かしにスポーツジムや、バッティングセンターにいくくらいだ。
月日が経つのは思った以上に早かった。
嫌々ながら僕を置いてくれた仁さんと、押しかけ女房よろしく家にきた僕と。
なんやかんやで追い出されずに今も一緒にいる。
今のボクらの関係は…一体なんなのだろう。
セックスはしてる。でも、愛は告げていない。
誰よりも傍にいるのに、抱き合っているのに、この行為の意味を互いに目を瞑っている。
目隠しのような恋。
恋人同士のように…じゃないけど、時々は二人きりで外に遊びにもいく。
水族館や遊園地。
休日などは、約束をしていなくても一緒に買い物なんかしたり夕飯を作ったりもする。
仁さんは僕が同居前、取り戻したかった笑顔を僕にくれるし、気遣ったり少し体調が悪いときは寝ずに看病してくれたりもする。
キスも、仁さんから悪戯のようにされたことも何度かあった。
まるで、恋人同志みたい。
そう、うぬぼれそうになったこともある。
クリスマスイブがなければ、僕は仁さんに尋ねていただろう。
「僕のこと好きになった」って。
それほど、どうしてこんなに…?と尋ねたいくらい甘やかしてくれるのだ。
大切にしてくれる。
優しげな慈しむような視線で見つめられる度、聞いてみたくなる。
まりんを諦められた?僕のこと、好きになってくれた…って。
毎日のように言葉にしようとして、寸でのところで言葉にするのを辞める。
クリスマスイヴの記憶が、脳裏にちらついて、言葉も思考までも奪ってしまう。
このままでいい…、隣にいられるだけでいい…と。
まりんの私物はほとんど仁さんの家からなくなった。
少しずつ捨ててきたおかげで、今ではリビングと寝室の写真たてを残すのみだ。
仁さんと、まりんのツーショットの写真が入っている写真立て。
あれを見て、切なげに瞳を揺らす仁さんだったから、あれさえなくなれば、仁さんはもうマリンの事を思い出すことはないと思うのだ。
あの写真たてを捨てることが出来たら…。
そしたら、臆病者の僕でも言える気がするのだ。
「好きです」と。
抱き合って口づけあって。
やっていることは恋人同志とほとんど同じなのに好きという感情を告げていない、こんな関係は恋人とは言えない。
仁さんを独占したい。
だけど…。
独占したいと思えば思うほどに、クリスマスイブの光景とキライな〝赤色〟が脳裏をよぎった。
血のように赤い赤が。
「んん…」
「仁さん…」
眠っているはずの仁さんは、もぞもぞと身じろぎした後、わきわきと何かを探るように腕を動かす。
なんだろう…?と首を捻りそれを見ていたのだが、僕の身体を捕らえるとぎゅっと抱き枕のように僕の体を引き寄せて抱きしめた。
ぎゅっと抱きしめて、足まで絡ませて…。
むりゃむりゃと、満足そうに幸せそうな笑みを浮かべている。
(ここにフィットするのが、僕だけだったらいいのに)
仁さんの腕の中にフィットするのが、僕だけだったらいい。
僕以外抱きしめても違うって感じて欲しい。
(そのままずっと抱きしめてくれたらいいのに。ずっと…)
そんなことを考えながら、僕は仁さんの広い胸板に甘えるように顔を寄せた。
・
朝、仁さんの朝ご飯を用意して、仁さんをいつものように玄関まで見送った。
玄関から出る前、「キスして」と強請れば、何も言わずちゅっと唇に軽いキスをくれた。
ちょっと前までは照れて、「馬鹿」だの「やるか」だの言ってたのに。
唇にちゅっとリップ音をたてるキスをして、ちょっと気恥ずかしげに顔を背けて「いってくる」と家から出ていった。
だいぶ、仁さんも僕に懐柔されてしまっているようだ。
今日も仁さんのキスを貰ってご機嫌になった僕。
仕事も休みだし、気合を入れて掃除しようと腕をまくり、部屋に掃除機をかけていった。
夜もまたいちゃいちゃしてくれないかなぁ~なんて能天気に思いながら。
そのご機嫌な気持ちも数時間後、1本の電話であっさりと失うことになる。
ツゥルルルルと、気分よく掃除をしていたところで、固定電話が部屋に鳴り響いた。
早く出ろというように鳴り響くけたたましいコール音。
「もしもし…」
かけていた掃除機を止めて、何気なしに受話器を取る。
携帯電話が主な連絡のやりとりで、家の電話なんて滅多になることはない。
またセールスの電話かな?なんて簡単にとったのが間違いだった。
「館野ですが…」
名前を言っても受話器先の人は黙ったまま。無音が数秒続く。
間違い電話だろうか、と不審に思い受話器を耳から離そうとした時
「駿?」
駿、と。
電話先の人間は僕の名を口にした。
駿、と。
鈴を鳴らしたような可愛らしい声で。
少し驚いたように僕の名を呼んだ。
自分の名前を呼ばれた瞬間に、反射的に電話を切った。
ガシャン、と勢いよく、受話器を叩きつける。
バクバクと心臓がうるさく響いた。
激しい胸の鼓動に、痛みを覚えるほどに早鐘のように鼓動が動く。
落ち着け落ち着け、と自分に言い聞かせながら、その場にしゃがみこんだ。
まりん。
電話の声、あの声はまりんだった。
間違いない。
あの声を僕が間違える筈がない。ずっと嫌っていたあの声を、この僕が間違える筈がなかった。
何の用で仁さんの家の自宅に電話なんかかけてきたんだろう…?
仁さんの家に電話なんかかけてきて、何か仁さんに用でもあったのだろうか。
なんで、今更。
仁さんと別れて月日はたっているのに、なんで、今更。
まりんの電話。それは、僕にとって今までの生活をガラリと変えてしまうほど、影響のあるもので。
朝まで幸せだった心は、たった1本の電話で落ち着きないものへと変わった。
「どうして、電話なんて…」
何故、電話を?
仁さんがまりんに会ったら…?
クリスマスイブの日、あの日、仁さんはまりんに会えなかったらしい。
でも。もし、もしもあの時、ちゃんと会えていたら。
もしも、あの日、会えていたら…。
まりんが、もし仁さんとよりを戻したいなんて言ったら…?
人の目を気にすることなく、まりんの元へかけた仁さんは、またまりんの元にいってしまうんじゃないだろうか…。まりん、まりんとまりんの名前を呼びながら…僕に振り返らずに。
クリスマスイブの時の様に、僕のもとに戻らずに、そのまままりんと一緒になるんじゃないだろうか。
仁さんと暮らして、10か月。
色々なことがあって、関係は良好だけど、その関係は実際はもろい。
電話1本で揺らいでしまう関係だった。
数か月かけて積み重ねた幸せはたった1本の電話で失うかもしれない危機に直面した。
(仁さん・・・)
携帯電話を取り出して、衝動的に仁さんへと電話をかける。
しかし2コール目で仕事中であったことを思いだし、携帯を切った。
心臓がさっきから早鐘のように脈打っている。
お守りのように携帯を胸にかき抱いた。
「仁さん…」
―好きです、そばにいてください。
たとえまりんをすきでも――
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「まりんを好きでも傍にいてなんて…、もしまりんが仁さんの傍にいることを望めば僕が辛いだけなのに、さ」
まりんの電話。
それが大した用でないならいい。
ただの挨拶とかそんなレベルで終わってほしい。
僕らの前に現れなければ、それでいい。
「まりんとまたやり直したいと仁さんが言ったら…僕は、その時どうするんだろう…」
無理矢理仁さんの隣にいることができる?
まりんの隣にいて幸せそうに笑う仁さんを見つめることができる?
仁さんに甘やかされて、幸せに浸ってしまった今の僕には…
「辛いなぁ…」
へらりと笑って言った言葉は酷く滑稽に部屋に落ちた。
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