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5章
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★★★★★★★★
まりんに連れられた先は、商店街の裏通りの少し寂れたバーだった。
外観は古びていて、ところどころ塗装がハゲていた。
古い館、といってもいい外装だった。
こんな外装で、客なんか入るのだろうか。
かろうじて、表に看板があり、電気がついていることから営業しているんだなと辛うじてわかった。
「ここ、入るの?」
訝しんで尋ねれば
「外観で判断しているの?お酒の味は確かよ」
と、まりんは淡々と返した。
どうやら、まりんが一度は来たことがあるお店らしい。
お化け屋敷のようなここは、きれい好きなまりんとは少し不似合いな気がした。僕が知るまりんがいつも行っているのは、フレンチやイタリアンとか、そういう有名店ばかり。
こんな隠れ家のようなお店、いつ見つけたんだろうか。こんな場所を紹介するような男と付き合ったことがあるのだろうか。
「いや、でも」
「どうせ、お金持っていないんでしょう?
おごってもらおうなんて思ってないわ。
入るわよ」
「おごってって…。おごってもらおうとは思ってないけど、いきなり誘われて奢る気もないよ…」
「小さい男ね。男のくせに」
戸惑う僕なんかお構いなしにまりんは店内に入り、そのままなじみ顔でカウンターに腰をつけた。
まりんを見て、店のマスターが小さくお辞儀をする。
「マスター、いつものちょうだい」
「ああ…。お客さん、今日はいい男連れているな…」
「弟よ…。ほら、駿、座りなさい」
促され、仕方なしに、僕もまりんの隣に腰をかける。
「まりん、飲むのか?」
話ならば、ファミレスで足りただろう。
こんなお酒を出すお店じゃなくても。
尋ねれば、
「悪い?」
まりんはカウンターに頬杖をつきながら、悪びれもせず、言った。
「悪いもなにも、子供、乳飲み子なんじゃないの?大丈夫なの?」
「…どうしようと私の勝手でしょう?」
勝手、ですけど。
でも、生後間もない子供を持つ母親がいたら飲むのを反対するのが常識なんじゃないだろうか。
普通の兄弟だったら、乳飲み子がいる母親を心配して当然じゃないか。
口元まで出かかった言葉は、反論されるのが面倒で言葉にはならなかった。
「それよりも…貴方と話が…」
まりんが話を切り出そうとしたところで、店のマスターが注文を聞きに来た。
適当にメニューにあったカクテルを頼む。
まりんは、マスターに「いつもの」と頼んでいた。
いつもの…というくらい、この店に通っているのだろか。
マスターがいそいそとカクテルを用意し始める。どうやらお店は外観どおり寂れているらしく店にいるのもマスター一人なら、客も僕らだけだった。
「ねぇ、まりん」
「なに?」
薄暗い店内。カチャカチャ、とマスターの作業している音が耳に入る。
店内は洋楽がかかっているのに。室内の沈黙が重い。
「なんで、呼び止めたの?僕なんかを。
また僕に難癖でもつけたいの?」
1年も音沙汰なかったのに。
今更、僕らの前に現れて何がしたいんだ。
苛々しながら言えば、まりんは顔は正面のまま、瞳だけを動かして僕を見やる。
「貴方にとっての私は、そんな敵対者なの?実の姉よ?」
「よく、言う」
実の姉、なんて、姉らしいことひとつもしてこなかったくせに。
僕の大事なものを全て奪ってきたくせに。
全て壊してきた癖に。
仁さんまで奪ったくせに。
今更、仲のいい兄弟ごっこなんて、寒気がする。
不遜な空気が僕らの中で流れる中、マスターが僕の前に頼んでいたカクテルを置いた。
僕の青いカクテルとマリンの赤いカクテル。
その色は血のように赤い・・・―。
「・・・っ、」
喉元までこみ上げる吐き気に、口元を覆う。猛烈な嘔吐感に、じわりと目元が潤んだ。
赤は嫌いだった。
血を彷彿させるから。赤は嫌い。
嫌な記憶が蘇るから。
赤は…ーーーー。
「…まだ、赤が嫌いなのね」
吐き気で俯く僕に、まりんは、ぽつりと零した。
「僕をこんな風にしたのは、まりんだろう。
まりんが、僕の大切なあの子を奪ったから。
だから」
苦々しく言って、視線をカクテルから外した。
あの子を奪ったから。
だから、赤が嫌いになったんだ。
赤を前にすると、しばらく嘔吐と震えで止まらなくなるくらい。
こうなった原因は小さい頃まで遡る。
小さい頃。
仁さんに出会う前。
僕は大切な子をまりんに奪われた。
血に濡れた赤い手。か細くなっていく、呼吸。
死する瞬間というものを初めて見た瞬間だった。
〝あの出来事〟はすべて、まりんのせいだけじゃない。僕のせいでもある。頭では理解しているものの、それでもまりんを恨んでしまう
わかっているけれど、あれ以来、僕はまりんの事が嫌いで、まりんを前にすれば知らず知らずのうちに体が震えるくらい、畏怖の対象だった
「僕の友達だった猫が死んだ時から…僕は」
猫がいなくなって…血の赤が怖くなったんだ。
血の赤が怖くて…トラウマになった。
僕にだけ懐き、僕だけに甘えていた奇特な黒猫。
元々、その猫は野良猫で、たまに僕の家の近所にふらりとやってくる猫だった。
なかなか自分から甘えてこない猫だったけど、寂しい時は何も言わず傍にいてくれる、大切な存在だった。
両親からも疎外される、誰も身近な存在がいない…そんな僕にとって、初めてともいえる存在。
なにをするでもない、ただ傍にいてくれる存在は、そのときの僕にとったら支えみたいなもので、初めての友達でもあった。
喋ってくれるでも、疎外されていた僕を守ってくれるでもない、でも傍にいれば安心するお守りみたいな存在。
その猫は、僕以外が抱くと暴れて手がつけられない猫で、黒猫だからということで、両親たちは猫の姿を見るなり嫌そうな顔をして追っ払っていた。
大声で威嚇をしたり、水を撒いたり。
それでも、猫はたまにふらりと我が家の庭にやってきて、僕に甘えた。
不思議なもので、その猫は僕が知る限りでは僕以外に甘えず、まりんが触ろうとするものならすぐに気配を察して、逃げてしまうか、威嚇して己に触らせまいと唸っていた。
まりんは元々可愛いものが好きで、可愛い動物も好きだった。でも、両親がアレルギーもちで、まりんがどんなに頼んでもペットを飼うことをよしとしなかった。
僕が黒猫と遊んでいるのを見て、羨ましくなったんだろう。
その頃から、基本僕に対して無関心を貫いていたまりんだったけれど、猫に対しては僕を羨ましげな瞳でみつめることがあった。
なんでも誰からの愛情も持っているまりんの、唯一もっていなかったもの。
まりんは意固地になって、猫を自分にも甘えてもらうよう、あの手この手で色々と猫が好きそうな玩具を仕掛けた。それは全て無駄だったけれど。
その日、たまたま、僕が目を離した隙にまりんがその子を抱いて外に出ていた。
嫌がる猫を抱いて。
慌てて追いかけたけど、まりんは僕にとられまいと逃げる。
猫が身じろぎまりんの腕から逃げ出したとき、走った先が運悪く、道路を走る車の前だった。
車に飛ばされる小さな身体。
僕にめがけて嬉しそうに走ってきたのに、それはすぐに真っ赤に染まり…。
手が真っ赤に血で染まるのも構わず、何度揺すっても、その猫が再び動き出すことはなかった。
真っ赤な血。濡れた赤い手。
ふとした瞬間に、今でもそれは僕の頭にふとした瞬間に掠め、思い出してしまう。
まりんだって、猫とあそびたかっただけ。事件があった当時は子供だ。嫌がられたって、子供なら動物を抱いたり追いかけたりする。
まりんだけが悪いわけじゃない。
たまたま猫が車の前に飛び出したから。車が走っていなければ猫は生きていた。僕の方へと走ってこなければ、猫は生きていた。
僕が猫をずっと独占しなければ。
まりんにももっと懐かせていたら。
あんな結末には至らなかったのかもしれない。
僕の唯一にしなければ、あんなことにはきっとならなかった。
初めて出来た僕の友達。
僕はそれを独占し続け、僕にだけ懐かせ、そして、失った。
これは、独占し続けた僕の罰でもある。
僕の初めてできた友達は、僕が独占し続けた挙句、僕の方へ走るとき事故にあった。
〝僕だけ〟と独占し続けなければ、あの猫はもっと長生きできたかもしれない。
僕のせい。まりんのせいだけじゃない。僕のせいでもある。
「そうね…」
「珍しい、肯定するんだね…いつも〝私のせいじゃないじゃない〟って言っていたのに」
皮肉を込めて言う。
あの子が死んだのは私のせいじゃないわ、なんて僕のせいにしてきたのに。今更、肯定したところで、どうせウソだろ…という気持ちのほうが強い。
「だから、僕はあなたが嫌いなんだよ。大嫌いだ…」
「そう…」
「貴方は全て持っているのに…僕の唯一を奪って…」
「すべて…?違うわ…」
まりんは、カクテルが入ったグラスに手をかけながら、静かにそれを眺めていた。
赤い、赤い、血のように赤い液体を・・・―。
「欲しいものを欲しがり続けた罰だと…、今ならわかるの…」
「なに?」
「貴方が可愛がっていた猫を私が無理矢理奪ったから。これは私の罰なの。
欲しがり続けた私の、ばつ。
そう、わかったのよ、この歳でね…」
この歳、とやけに強調してまりんは言う。
僕はそれに鼻で笑う。
「…どうだか。なにがわかったっていうのさ?
貴方の性格は嫌というほど、僕は知っているんだよ?
何をわかってるっていうの?」
「貴方が私を知っているように、私も貴方を知っている…。今までは、それを否定していたけれど…今は…」
「僕のなにをあんたがわかってるんだよ。なんでも持ってるあんたがなにをわかるっていうのさ…」
やけくそになって、怒鳴り酒を煽った。
喉元が熱くひくついた。焼けるような熱さに、喉が痛む。
僕のことなんて知りもしないくせに。
今更なんだ…。わかってる、だなんて…。
勝手に知った気になって僕のことを理解したつもりにならないでほしい。絶対にまりんに僕の気持ちなんかわからない。
まりんに連れられた先は、商店街の裏通りの少し寂れたバーだった。
外観は古びていて、ところどころ塗装がハゲていた。
古い館、といってもいい外装だった。
こんな外装で、客なんか入るのだろうか。
かろうじて、表に看板があり、電気がついていることから営業しているんだなと辛うじてわかった。
「ここ、入るの?」
訝しんで尋ねれば
「外観で判断しているの?お酒の味は確かよ」
と、まりんは淡々と返した。
どうやら、まりんが一度は来たことがあるお店らしい。
お化け屋敷のようなここは、きれい好きなまりんとは少し不似合いな気がした。僕が知るまりんがいつも行っているのは、フレンチやイタリアンとか、そういう有名店ばかり。
こんな隠れ家のようなお店、いつ見つけたんだろうか。こんな場所を紹介するような男と付き合ったことがあるのだろうか。
「いや、でも」
「どうせ、お金持っていないんでしょう?
おごってもらおうなんて思ってないわ。
入るわよ」
「おごってって…。おごってもらおうとは思ってないけど、いきなり誘われて奢る気もないよ…」
「小さい男ね。男のくせに」
戸惑う僕なんかお構いなしにまりんは店内に入り、そのままなじみ顔でカウンターに腰をつけた。
まりんを見て、店のマスターが小さくお辞儀をする。
「マスター、いつものちょうだい」
「ああ…。お客さん、今日はいい男連れているな…」
「弟よ…。ほら、駿、座りなさい」
促され、仕方なしに、僕もまりんの隣に腰をかける。
「まりん、飲むのか?」
話ならば、ファミレスで足りただろう。
こんなお酒を出すお店じゃなくても。
尋ねれば、
「悪い?」
まりんはカウンターに頬杖をつきながら、悪びれもせず、言った。
「悪いもなにも、子供、乳飲み子なんじゃないの?大丈夫なの?」
「…どうしようと私の勝手でしょう?」
勝手、ですけど。
でも、生後間もない子供を持つ母親がいたら飲むのを反対するのが常識なんじゃないだろうか。
普通の兄弟だったら、乳飲み子がいる母親を心配して当然じゃないか。
口元まで出かかった言葉は、反論されるのが面倒で言葉にはならなかった。
「それよりも…貴方と話が…」
まりんが話を切り出そうとしたところで、店のマスターが注文を聞きに来た。
適当にメニューにあったカクテルを頼む。
まりんは、マスターに「いつもの」と頼んでいた。
いつもの…というくらい、この店に通っているのだろか。
マスターがいそいそとカクテルを用意し始める。どうやらお店は外観どおり寂れているらしく店にいるのもマスター一人なら、客も僕らだけだった。
「ねぇ、まりん」
「なに?」
薄暗い店内。カチャカチャ、とマスターの作業している音が耳に入る。
店内は洋楽がかかっているのに。室内の沈黙が重い。
「なんで、呼び止めたの?僕なんかを。
また僕に難癖でもつけたいの?」
1年も音沙汰なかったのに。
今更、僕らの前に現れて何がしたいんだ。
苛々しながら言えば、まりんは顔は正面のまま、瞳だけを動かして僕を見やる。
「貴方にとっての私は、そんな敵対者なの?実の姉よ?」
「よく、言う」
実の姉、なんて、姉らしいことひとつもしてこなかったくせに。
僕の大事なものを全て奪ってきたくせに。
全て壊してきた癖に。
仁さんまで奪ったくせに。
今更、仲のいい兄弟ごっこなんて、寒気がする。
不遜な空気が僕らの中で流れる中、マスターが僕の前に頼んでいたカクテルを置いた。
僕の青いカクテルとマリンの赤いカクテル。
その色は血のように赤い・・・―。
「・・・っ、」
喉元までこみ上げる吐き気に、口元を覆う。猛烈な嘔吐感に、じわりと目元が潤んだ。
赤は嫌いだった。
血を彷彿させるから。赤は嫌い。
嫌な記憶が蘇るから。
赤は…ーーーー。
「…まだ、赤が嫌いなのね」
吐き気で俯く僕に、まりんは、ぽつりと零した。
「僕をこんな風にしたのは、まりんだろう。
まりんが、僕の大切なあの子を奪ったから。
だから」
苦々しく言って、視線をカクテルから外した。
あの子を奪ったから。
だから、赤が嫌いになったんだ。
赤を前にすると、しばらく嘔吐と震えで止まらなくなるくらい。
こうなった原因は小さい頃まで遡る。
小さい頃。
仁さんに出会う前。
僕は大切な子をまりんに奪われた。
血に濡れた赤い手。か細くなっていく、呼吸。
死する瞬間というものを初めて見た瞬間だった。
〝あの出来事〟はすべて、まりんのせいだけじゃない。僕のせいでもある。頭では理解しているものの、それでもまりんを恨んでしまう
わかっているけれど、あれ以来、僕はまりんの事が嫌いで、まりんを前にすれば知らず知らずのうちに体が震えるくらい、畏怖の対象だった
「僕の友達だった猫が死んだ時から…僕は」
猫がいなくなって…血の赤が怖くなったんだ。
血の赤が怖くて…トラウマになった。
僕にだけ懐き、僕だけに甘えていた奇特な黒猫。
元々、その猫は野良猫で、たまに僕の家の近所にふらりとやってくる猫だった。
なかなか自分から甘えてこない猫だったけど、寂しい時は何も言わず傍にいてくれる、大切な存在だった。
両親からも疎外される、誰も身近な存在がいない…そんな僕にとって、初めてともいえる存在。
なにをするでもない、ただ傍にいてくれる存在は、そのときの僕にとったら支えみたいなもので、初めての友達でもあった。
喋ってくれるでも、疎外されていた僕を守ってくれるでもない、でも傍にいれば安心するお守りみたいな存在。
その猫は、僕以外が抱くと暴れて手がつけられない猫で、黒猫だからということで、両親たちは猫の姿を見るなり嫌そうな顔をして追っ払っていた。
大声で威嚇をしたり、水を撒いたり。
それでも、猫はたまにふらりと我が家の庭にやってきて、僕に甘えた。
不思議なもので、その猫は僕が知る限りでは僕以外に甘えず、まりんが触ろうとするものならすぐに気配を察して、逃げてしまうか、威嚇して己に触らせまいと唸っていた。
まりんは元々可愛いものが好きで、可愛い動物も好きだった。でも、両親がアレルギーもちで、まりんがどんなに頼んでもペットを飼うことをよしとしなかった。
僕が黒猫と遊んでいるのを見て、羨ましくなったんだろう。
その頃から、基本僕に対して無関心を貫いていたまりんだったけれど、猫に対しては僕を羨ましげな瞳でみつめることがあった。
なんでも誰からの愛情も持っているまりんの、唯一もっていなかったもの。
まりんは意固地になって、猫を自分にも甘えてもらうよう、あの手この手で色々と猫が好きそうな玩具を仕掛けた。それは全て無駄だったけれど。
その日、たまたま、僕が目を離した隙にまりんがその子を抱いて外に出ていた。
嫌がる猫を抱いて。
慌てて追いかけたけど、まりんは僕にとられまいと逃げる。
猫が身じろぎまりんの腕から逃げ出したとき、走った先が運悪く、道路を走る車の前だった。
車に飛ばされる小さな身体。
僕にめがけて嬉しそうに走ってきたのに、それはすぐに真っ赤に染まり…。
手が真っ赤に血で染まるのも構わず、何度揺すっても、その猫が再び動き出すことはなかった。
真っ赤な血。濡れた赤い手。
ふとした瞬間に、今でもそれは僕の頭にふとした瞬間に掠め、思い出してしまう。
まりんだって、猫とあそびたかっただけ。事件があった当時は子供だ。嫌がられたって、子供なら動物を抱いたり追いかけたりする。
まりんだけが悪いわけじゃない。
たまたま猫が車の前に飛び出したから。車が走っていなければ猫は生きていた。僕の方へと走ってこなければ、猫は生きていた。
僕が猫をずっと独占しなければ。
まりんにももっと懐かせていたら。
あんな結末には至らなかったのかもしれない。
僕の唯一にしなければ、あんなことにはきっとならなかった。
初めて出来た僕の友達。
僕はそれを独占し続け、僕にだけ懐かせ、そして、失った。
これは、独占し続けた僕の罰でもある。
僕の初めてできた友達は、僕が独占し続けた挙句、僕の方へ走るとき事故にあった。
〝僕だけ〟と独占し続けなければ、あの猫はもっと長生きできたかもしれない。
僕のせい。まりんのせいだけじゃない。僕のせいでもある。
「そうね…」
「珍しい、肯定するんだね…いつも〝私のせいじゃないじゃない〟って言っていたのに」
皮肉を込めて言う。
あの子が死んだのは私のせいじゃないわ、なんて僕のせいにしてきたのに。今更、肯定したところで、どうせウソだろ…という気持ちのほうが強い。
「だから、僕はあなたが嫌いなんだよ。大嫌いだ…」
「そう…」
「貴方は全て持っているのに…僕の唯一を奪って…」
「すべて…?違うわ…」
まりんは、カクテルが入ったグラスに手をかけながら、静かにそれを眺めていた。
赤い、赤い、血のように赤い液体を・・・―。
「欲しいものを欲しがり続けた罰だと…、今ならわかるの…」
「なに?」
「貴方が可愛がっていた猫を私が無理矢理奪ったから。これは私の罰なの。
欲しがり続けた私の、ばつ。
そう、わかったのよ、この歳でね…」
この歳、とやけに強調してまりんは言う。
僕はそれに鼻で笑う。
「…どうだか。なにがわかったっていうのさ?
貴方の性格は嫌というほど、僕は知っているんだよ?
何をわかってるっていうの?」
「貴方が私を知っているように、私も貴方を知っている…。今までは、それを否定していたけれど…今は…」
「僕のなにをあんたがわかってるんだよ。なんでも持ってるあんたがなにをわかるっていうのさ…」
やけくそになって、怒鳴り酒を煽った。
喉元が熱くひくついた。焼けるような熱さに、喉が痛む。
僕のことなんて知りもしないくせに。
今更なんだ…。わかってる、だなんて…。
勝手に知った気になって僕のことを理解したつもりにならないでほしい。絶対にまりんに僕の気持ちなんかわからない。
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