先行投資

槇村香月

文字の大きさ
上 下
39 / 44
先行投資・俺だけの人。

しおりを挟む
公久サイド。

蒼真が、いる。誰もいなかった部屋に、蒼真が、いる…。

どうやら蒼真がきてくれたらしい。
あんな電話した後だ。気になって訪ねてくれたのだろう。

なのに、私は裸で、それもこんな大量のキスマークだ。
さぞかし、驚いただろう。それとも、こんな格好の私を嫌悪しているか?


蒼真は眉を寄せて、なにか言いたげに私を見つめていた。
私はその視線がいたたまれなくて、うつむき、蒼真から視線を外していた。


「大丈夫…か?」
「ああ…、」
「・・・無理すんな、医者の前で」
「大丈夫…だ」

ようやく少しだけ落ち着いてきた私。
シーツで身体をくるみ、ベッドに座ると、先ほどまでの興奮状態が嘘のように、冷静になっている。

同時に、先ほどの痴態が頭を過り理性が戻り、自分の今の状況に死ぬほど逃げ出したい気持ちになった。
今の私は、人前に出られる格好ではない。

裸、しかも、手には手錠。
それも、肌には樹が残した後が沢山ついている。

どうみても…普通の状況じゃない。
それを私が望んだにしろ、望まないにしろ…、普通なら顔をしかめてしまうだろう。

蒼真は、手についた手錠を外しながら、私の身体を見て、痛ましげに顔をゆがめた。


「これが、彼氏のすることか?」
「…蒼真、」
「なぁ、公久。こんな監禁紛いの事されて、いいのか?」


蒼真は、声を荒げて、ベッドに座る私の肩をがくがくと揺らし咎める。
本気で心配してくれているのだろう。
普段優しい蒼真が、いやに真剣な表情だ。

―いいのか?
いいのか?

抱かれ続けた時、何度も自分でも自答した。
何度も何度も考えて、途中で考えるのを放棄してしまったけれど。
放棄して、全てを任せた方が、楽だったから。
何も考えず、そこにある樹だけにすがっていれば、楽だったから。

あの樹は、初めて見る、あの樹は怖かったけれど…でも…


「だって樹が好きだから…樹を愛しているから」

愛している。だから、耐えられる。愛しているから。
どんなことを、されても、耐えられるし、愛してる。


うん、そう、きっとそれは詭弁。
自分に都合のいい、言い訳。

愛されている自信がないから、繋ぎ止める自信がないから、樹のすることを止められない。
樹がすることを叱れない。
怖い、から。
嫌われて離れられるのが、怖いから。

だから、全てを受け入れてしまう。
傷つくことが嫌だから。逃げてしまうんだ。問題を見ようとせずに。

反抗期の息子を持つ親が、息子を見ないようにするのと似ているかもしれない。

愛しているのに、とがめられない。
どうにかしたいのに、どうにもならない。

ああ、馬鹿。なんて、馬鹿なんだ、私は。
どうして、上手く立ち振る舞えないんだろう。
どうして、樹と話を二人でできないんだろう。

どうして、こんなつらいんだろう。
どうして、こんな、悲しいんだろう。

どうして、こんなに…。
心が痛むんだろう。
ただ、好きな、だけなのに。一緒に、いたいのに。

どうして、いまだに、〝罪悪感〟は消えないんだろう。
樹を男同士の道に進ませてしまった、罪悪感が。

いつまでたっても消えてくれないんだ…。
「樹が、好きなんだ」

言葉にすると、じわりと涙が眦に浮かぶ。
いつから、こんなに弱くなった?いつから、こんなに求めるようになった。
わからない。わからないけど、樹を愛している。


たった、ひとつ。
私の願いは、一つだけ。

傍に、いたい。
邪見にされても、離れても。

傍に…、ただ、傍に。
ずっと、樹の傍にいたい。
今更、樹がいなかったころには、戻れない。


「誰にも奪われたく、ないんだ。」

違う、樹はものじゃない。
ものじゃないのに。
奪われたくない。
その心も、体も、未来も。

私のモノでいてほしい。
誰のモノにもしたくない。


「私は…。その為ならば…」
「ふざけろ…!」
「っ!」

ふわり、と、蒼真の髪が揺れた。
その瞬間、キツク抱きしめられた。

キツクキツク、捕らえられるように。
その腕に、抱きしめられる。


「…そう…ま…?」
「俺はお前を人形にするやつなんかにあげたくねぇ。お前を渡したく、ねぇんだよ!
どうして、俺と先に会わなかったんだ?どうして、お前はあいつがいいんだ?どうして…お前を傷つける奴にお前は…、」
「蒼真…、」
「見てられないんだよ、お前が傷つくところ。見たくねぇんだ…」
「蒼真、」

俯いて、苦しげに零す蒼真。

どうして蒼真はここまで言ってくれるんだろう…。
私、なんかに。暗くて、陰気な、何もいえない私なんかに。
そこまで、縋らせてくれるんだろう。

死んだ初恋の人に似ているから…だろうか。
面影を重ねているから、ここまで思ってくれるのだろうか…。


 蒼真に縋れば、きっと甘える事が出来るだろう。
変な意地張っても、蒼真は私に合わせて、私を愛してくれるだろう。

私の変なプライドもなくすことが、出来るだろう。

でも…。


「…、ごめん…」
「…っ、」
「私は…、縋れない。甘えだろ、すがってしまえば。そんな卑怯な事出来ない。私が蒼真に縋れば、蒼真は私を甘やかせてくれるだろう。私の心が蒼真になくても。
それは嫌なんだ。私は、私自身で蒼真と樹のことを考えたいから。」
「公久、」
「お前のことを考えられなくて、ごめん。優柔不断な私で、ごめん。
でも、ちゃんと考える…考える、から。ちゃんと、自分で考えたいんだ。考えて…、そしたら、答えを出すから。ぐだぐだ考えるの…もう卒業したいんだ」


ちゃんと、答えを、出す。
それが、けして、樹と離れる決断であっても。
蒼真と離れる決断であっても。
ちゃんと、答える。
蒼真に頼ってはいられない。

今、蒼真の手に縋れば、それは樹の為にも蒼真の失礼だ。
私一人で、樹と向き合って答えを出さなくては。

それは、こうやって私の容体をわざわざ見てくれた蒼真と、それから私の息子でいてくれた樹への最大のけじめだから。

だから…。

「もう少し、待っていて、くれないか?」

もう少し。
もう少しだけ、待っていてほしい。
ちゃんと、どうするか、決めるし話すから。
樹とも話すから。
今度こそ、ちゃんと。


「公久に出せるのか…。そいつはお前をこんなふうになるまで監禁してたんだぞ。もし、俺がこなかったら、もしかしたら…。
あいつは、こんなに、弱っても、気づかないのにそれでも好きなのか?

俺の手を取れば…。俺の手を取れば自由になれるんだぞ…そしたら…」

何かを言い連ねる蒼真に、静かに首を振る。
平穏が欲しいわけじゃないんだ。私が欲しいのは。
ただ、傍にいられるだけでいい。

樹のそばにいても不安にならない、強い私でいたい。それだけなんだ。

蒼真は、ひとつ苦々しく舌打ちをして、私の腕を掴む。

「何したかわかっているのか…。何をされたかわかってるのか…!」

怒る蒼真。
何をしたか…。
わかってる。私を縛って、自由を奪って、無理やり身体を奪って…。

でも、そうしたのは、〝私〟だ。
樹を不安にさせたのは、私。
そして、私を不安にさせたのも樹。

私たちは、お互い不安にさせていたんだ。
お互いが信じられずに。

もし、私が不安な言葉を与えていれば、樹は…
樹はあんな風にならなかったかもしれない。
私がいけないし、樹もいけない。
紛れもなく、これは私たち二人の問題なんだ。

そう、二人、の。

「…樹は私の大切な息子なんだ」

いや、違う。
息子、じゃない。
樹は、私の…

「恋人、だから…」

…恋人。

愛したいと、愛されたいと、願った恋人なんだ。

「これは、私との問題なんだ」

蒼真には、頼れない
私と樹の関係は、私と樹しか決められないから。


しばらく沈黙が続いた。
蒼真は私をじっと見つめ、私もそれにただ視線を返した。
交わる視線。止まった時。重くのしかかる沈黙。

先に動いたのは、蒼真の方だった。

「そっか…」

ふ、と息を吐く蒼真。
一瞬、視線を伏せて、何かを考えている面持ちであったが、私の意思は変わらないと気付いたのだろう。蒼真は仕方ないな…というように、息を零した。

「どうやら、しばらくはお前らの問題には口出せないみたいだな」
「ごめん…」
「謝んな…公久」

蒼真は柔らかく笑い、私の頭をくしゃりと撫でた。
その手つきは…優しく、まるで…兄さんがいたらこんな感じなんだろうかと思わせるような…、そんな手つきだった。

こんな事、実の父にもされた記憶がない。
蒼真は、とことん、私を甘やかす…。
だから、私も、その温もりに甘えてしまいそうになるんだ…。
その無条件な優しさに、甘えて、委ねてしまいそうになる。蒼真の気持ちを利用しているようで嫌なのに。

「蒼真、」
「なんだ…?」
「蒼真…、もう、私に優しくしなくても…」

―ゴトリ。

私の言葉は、突然発せられた音によって遮られた。
何かが地面に落ちる音。
同時に視界の隅に入ってくる姿。

「…っ!」

息を、呑む。
今の時間にはいないはずの樹が、そこにいたから…。

どうやら、音の正体は、樹が持っていたカバンだったらしい。
樹の傍らには、黒いバックが落ちていた。

「公久…さん…」

樹は、呆然と私を見つめ…私の名を呟く。
そして、すぐさま、すっと視線を移すと、隣にいた蒼真をぎろりと睨んだ。

「なに…あんた…誰…」

低く、冷たい声。
殺気染みた、瞳。明らかな敵意を感じるその表情。


「なんで…いるの」

今にも樹は蒼真に掴みかかり襲い掛かりそうだ。
怒っている、確実に。
樹は、蒼真の出現に怒っている…。

「いつき…、」
「誰…その人、」
「このひと…は…」
「誰、なの…このひと」

樹はつかつかと私たちの方へやってきて、いきなり蒼真の首根っこを掴む。
ぐ、と持ち上げられる、蒼真の服。

樹の方が蒼真より小さいものの、よほど興奮しているのか、樹はぐいぐいと蒼真の首根っこを持ち上げる。しかし…、

「蒼真…!」
「…ガキ…が…」
「…くそ、」

蒼真は、首根っこを掴まれているのに飄々としており、逆に樹は余裕ない顔で、蒼真を睨みながら首根っこを引き上げている。
樹が首根っこを掴んでいるのに、樹の方が苦しげな顔をしていた。


「あんたが…公久さんにキスした人…?あんたが…、新しい彼氏なの?あんたがいるせいで…俺は…!」
「彼氏…?は…?馬鹿か…。ガキが」
「なにっ」

蒼真の物言いに、樹が顔を真っ赤にして、興奮している。
こんなに怒っている樹…初めて見るかもしれない。

いきなり監禁するのも初めてなら、こんな怒った顔をする樹も初めて。
私は今まで樹をちゃんと見てきたのだろうか…。

衝動のまま、蒼真に殴りかかろうとする樹。

「いつき…!」

やばい…止めないと…。
止めなくては…。

これは、私の責任なのに、蒼真に迷惑かけられない。
樹に人を殴ってほしくない。
人を傷つけてほしくない。

止めようと、ベッドから身を乗り出す。
しかし、直前で、身体がぐらり、と、揺れた。

「公久!」

二人の酷く驚いた顔。
あれ…どうして…。
二人が遠くなっていく。

視界が黒ずんでいく。
ああ、倒れているのか…。

…ここ最近、具合が悪かったから…。


「公久さん…公久さん…!」

…樹。
そんな顔、するなよ。そんな泣きそうな顔…。

もしも、次、目覚めたら…。
そしたら、ちゃんと、言えるだろうか。
どうしたらいいか、答えが見つかっているだろうか…。

「      」

声にならない声で、樹を見て、口を動かす。
目を見開く樹。

そして、

私の意識はそこで、途切れた。


*
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

放逐された転生貴族は、自由にやらせてもらいます

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:106pt お気に入り:3,129

妹にあげるわ。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:130,457pt お気に入り:4,442

交差点の裸女

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:85pt お気に入り:1

秘密宴会

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:8

【R18】傷付いた侯爵令嬢は王太子に溺愛される

恋愛 / 完結 24h.ポイント:234pt お気に入り:3,953

グラティールの公爵令嬢

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:15,040pt お気に入り:3,347

王妃は離婚の道を選ぶ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,203pt お気に入り:31

処理中です...