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31 眠れない夜に

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その夜、中々寝付けずに何度も寝返りを打っていた。


隣の部屋にフレディがいる。


それだけで、なんとなくそわそわしてしまう。


体は疲れてるのに、なんだか眠れない……


こんな時は新しくなったキッチンに行って、何が温かいものでも飲もう。


ーーガチャ


そう思って部屋のドアを開けると、同じタイミングで隣の部屋のドアも開いた。


ギクリとしてその場に立ち尽くす。


「エリーゼ様、眠れないのですか?」


声の方を見やれば、いつもの執事服ではなく、グレーのパジャマ姿のフレディがそこにいた。


普段とは違うその姿に、不覚にもときめいてしまう。


「え……あっ……そ、そう、だけど」


そんな自分を隠すように、何事もない風を装いたいのに、隠しきれない動揺は漏れ出す。


心配そうに見つめる廊下の薄いオレンジの照明に照らされたフレディの肩から、さらりと幾筋もの髪が流れた。


普段一本に縛っている髪だが、夜間は縛っていないのだろう。


普段はかっちりとしている執事服姿だからか、パジャマにさらりとした長髪のラフなスタイルは、目に毒なくらい強烈な色気が立ち込めていた。


パジャマ姿のフレディはすっと私に近づいて、エスコートするように右手のひらを差し出す。


「それでは、キッチンでお飲み物をお入れしましょう」


「え……あ、ありがとう」


2人で薄暗い夜の階段を降りて、キッチンに向かった。


キッチンダイニングに入ると、今までになかったシンクやコンロ、食べ物を冷やしておく魔法冷蔵庫、パントリーなど、素晴らしいの設備が整っている。


昨日まではただの汚い倉庫だったのに、床板や窓枠、カーテンも新調され、綺麗で心躍るようなキッチンになり、さらに木目の綺麗な4人掛けのダイニングテーブルセットも設置されていて、完璧な食の空間が広がっている。


「エリーゼ様、どうぞ」


ラフな姿であっても普段通りの紳士的な振る舞いでダイニングテーブルの椅子を引いてくれた。


勤務時間ではないはずなのに……そう思いつつも、そこにすとんと腰掛ける。


フレディは慣れた手つきで小鍋にミルクを入れて沸かし始めた。


キッチンに立つパジャマ姿のフレディを見ながら、不思議な気持ちが湧き立ってくる。


それはときめきと安堵だった。


こんなにかっこよくて素敵な人が、そばにいてくれる。


あれ程までに苛烈に私を虐め、私を戦慄させていたあのフレディが、今では別人のように私の世話をして私を大切にしてくれる。


呪いが解けたというフレディは、本当はこういう人だったんだという安心感を覚えた。


今のフレディは私が希っていた理想の執事そのものだ。


フレディは可愛らしい花柄のティーカップに小鍋の中身を注ぐと、小さなトレーに乗せて運ぶ。


その様子に小さな違和感が掠めた気がするけれど、気のせいだろう。


「どうぞ、お熱いのでお気をつけください」


少し湯気のたったカップを私の前に置いてくれた。


「ありがとう」


熱々のカップから出る蒸気にふーと息を吹きかけて、一口飲んでみる。


ミルクの甘味とホッとする温度が口の中に広がっていった。


「美味しい!」


「それは良かったです」


フレディは満面の笑みで私に微笑む。


私に向けるその温かな笑顔に、またひとつ好きな気持ちが募っていった。


そんな気持ちを隠すように、ホットミルクをずいずいと飲む。


「ふあ……」


半分くらい飲んだカップを机に置くと、あくびが出る。


ん、眠気が来たかもしれない。


早いけど、もう眠たい。


あ、あれ……


目が開けられない、なんだか変な感じ。


ホットミルクって、こんなに効き目あるの?


そんなことを考えているうちに、意識が朦朧として、力が抜けていく。


「エリーゼ様」


ぐらりと傾いた身体をフレディに抱き止められた気がした。


「お部屋までお運びしますね」


そして、体が浮く。


ああ、どうして。


立てないくらい、こんなに眠いのは、なぜかしら。


最後に低い声が鼓膜を揺らした。


「今夜は特別な夜ですから……」


暗闇の中で薄く笑うような声色で、意味深な言葉を聞いたところで、完全に意識を手放した。




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