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第5話 俺たちの村に歓迎しよう
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突然だが、野生の獣と魔物の違いについて説明しよう。
魔物には核という超自然力の結晶があり、その力が知性を破壊し暴走状態になり、人々を襲うようになるのだ。
中には知性に長けた魔物もおり、その進化を遂げたものが魔族と呼ばれ自在に魔力を扱うことができる。
だから獣と違い、心臓の鼓動を止めて終わりではない。核を破壊しなければ、屍体になっても動き続けるのだ。
「うわぁぁぁぁぁッ! 助け、助けてくれェ!」
負傷した仲間を助ける一心で心臓を目掛けて発砲を続けているが、スノウウルフの核はそこではない。
僕は気配を消して背後に回り、そのまま跨るように飛びかかり、そのまま両足で体勢を
固定し小刀を眉間に突き刺した。
「ギャウゥゥゥゥ……ッ! ギャウギャゥゥッ!」
スノウウルフは上下に身体を動かして必死に敵を振り落とそうとしていたが、僕は動きを止めなかった。
新雪の如く綺麗な立髪が真っ赤な鮮血で染まっていく。ドクドクと溢れ流れる温かな血に冥福を祈り、そのまま核の崩壊を見届けた。
「き、君! ありがとう……っ、助かったよ!」
先程までへっぴり腰で逃げ纏っていた人間が、安心し切った顔で近づいてきた。
茶色い毛皮のコートを纏った人間。武器は銃と短剣くらいだろうか?
大丈夫、きっと上手くやれる。
「(すぅ……)——大丈夫ですか⁉︎ もう一人の方は酷い傷を負っているようですが!」
二人して腕を負傷した人間の元へと掛けていった。牙で砕かれた腕は組織も神経もグチャグチャで再生は不可能に思えた。
むしろ感染症が恐ろしい。一刻も早い処置が必要だろう。
「すぐ近くに僕らが住んでいる小屋があるので、そこで休んでください」
「すまない、恩にきるよ。サム、もう少しの辛抱だ……耐えてくれよ」
しばらく、他の人間がいないか様子を伺ったがこの場にいるのは二人だけのようだ。あと二、三人はいると思っていたが、全滅を避ける為に撤退したのだろうか?
小屋に入るなり、革のリュックから救急処置箱を取り出し、患部をキツく縛り付けて麻酔を打った。そして高濃度のエタノールと回復薬をぶっ掛けて殺菌を施した。
『これが人間の回復術か……』
随分と面倒な方法だが、技術さえあれば誰でも行えるのが利点なのだろう。僕らは他者から血肉を頂戴することで回復することができるが、言ってしまえばい他力本願。
銃や短剣にしても、魔族が所持しているものよりもずっと高度なものを生産している。魔族が幅をきかせ制覇していた時代は、とっくに廃っていたのだろうと己らの無力さを噛み締めていた。
「すまない、お湯と……! それから何か食料をもらえないか?」
「食料………?」
…………しまった、僕らと違って人間は肉魚、葉根を食すんだ!
互いの血肉で栄養を補える僕らには必要ないものだったので、微塵も気にも留めていなかった。
動揺して泡めく僕を心配してか、マーニーは部屋の奥から備蓄していた肉を取り出して差し出したが——待て……それは悪手だ!
しかし僕が止めるよりも先に、箱の中を見られてしまった。
「あの、これ……! 食べて下さい」
妹が差し出したのは僕の指……人の形をした腐肉だった。
あまりにも生々しい形をしたソレに人間はすくみ上がり大袈裟に拒んで否定した。
「何だ、それは! 君たちはそんなものを食べているのか⁉︎ いくら飢餓してるとはいえ人肉を口にするなんて許されることじゃない!」
その言葉を耳にした瞬間、僕の中でプツンと、何かが切れた。
自分達の物差しでしか考えられない愚か者に「チッ」と舌打ちをし、マナを練り始めた。彼女の好意を踏み躙るなんて、侮辱するにも限度がある。
これ以上、マーニーを傷付ける言葉を吐くのなら、その前に喉笛を掻っ切ってやろう。
そう構え始めた時だった。
負傷して気を失っていた男が目を覚まし、怯える人間を宥めた。
「——めろ。お前は俺の命の恩人になんてことを言うんだ……。仕方ないだろう? こんな環境で生き残る為には仕方なかったんだ」
「サム! 意識が戻ったのか⁉︎」
サムと呼ばれた髭面の男は、仲間に手伝ってもらいながら身体を起こした。
「ウノが失礼して申し訳なかった。私の名前はサム・ノース。この一帯の魔物討伐を一任されているノース村の兵士だ。先程は助けてくれてありがとう。おかげで一命を取り留めることができたよ」
どうやらサムはウノという人間よりは頭が働くようだ。
僕はサムの言葉に頷き、座り込んで名を名乗った。
「——僕の名前はアデル。彼女は僕の妹のマーニー。最近、亡命してこの地に辿り着いたんですが、この近くに集落があるんですか?」
「いや、山を越えた場所にノース村があるくらいだ。一年中豪雪が降るこの地に住み着く物好きは少ないからな。いや、実は今回、村の神父様に女神からの啓示があったらしくて見回りをしていたんだよ」
「女神の啓示……。ちなみにどのような内容か伺ってもよろしいですか?」
「たしか『魔族の生き残りがいるから、討伐せよ』だったかな? おかしいよな、もうこの辺りに生息していた獣狼族も何年も前に滅んだというのに」
この最果ての極地は、かつて獣狼族が支配していたのだろう。
まさか吸血鬼が目の前にいるとも知らずにと嘲笑っていた反面、隠し通すことができるのかと冷や冷やしながら耳を傾けていた。
「君達も良かったら俺たちの村に来ないか? もし本当に魔族が潜んでいるのなら何かと心配だろう。食べ物にも困っていたようだし、助けてもらったお礼だ。君たち二人を歓迎するよ」
サムの善意に僕は笑顔のまま固まってしまった。
あぁ、何て面倒臭い。できることなら断りたい。
だが、サムの提案を僕らは受けるしかなかった。
人間の村に行くなんてリスクしかないのだが、人間の食料もない状況で提案を断るのは不自然だったからだ。
「でも、ご迷惑じゃないですか? 食料なら先ほどのスノウウルフの生肉を少し譲ってもらえば——……」
「子供が遠慮するものではない。なぁに、心配ないさ。ちょうど俺達の子供が巣立って、部屋に空きが出たところなんだ。我が家だと思って寛いでくれ」
こうして観念したようにアデルとマーニーはノース村へと移住することとなった。
魔物には核という超自然力の結晶があり、その力が知性を破壊し暴走状態になり、人々を襲うようになるのだ。
中には知性に長けた魔物もおり、その進化を遂げたものが魔族と呼ばれ自在に魔力を扱うことができる。
だから獣と違い、心臓の鼓動を止めて終わりではない。核を破壊しなければ、屍体になっても動き続けるのだ。
「うわぁぁぁぁぁッ! 助け、助けてくれェ!」
負傷した仲間を助ける一心で心臓を目掛けて発砲を続けているが、スノウウルフの核はそこではない。
僕は気配を消して背後に回り、そのまま跨るように飛びかかり、そのまま両足で体勢を
固定し小刀を眉間に突き刺した。
「ギャウゥゥゥゥ……ッ! ギャウギャゥゥッ!」
スノウウルフは上下に身体を動かして必死に敵を振り落とそうとしていたが、僕は動きを止めなかった。
新雪の如く綺麗な立髪が真っ赤な鮮血で染まっていく。ドクドクと溢れ流れる温かな血に冥福を祈り、そのまま核の崩壊を見届けた。
「き、君! ありがとう……っ、助かったよ!」
先程までへっぴり腰で逃げ纏っていた人間が、安心し切った顔で近づいてきた。
茶色い毛皮のコートを纏った人間。武器は銃と短剣くらいだろうか?
大丈夫、きっと上手くやれる。
「(すぅ……)——大丈夫ですか⁉︎ もう一人の方は酷い傷を負っているようですが!」
二人して腕を負傷した人間の元へと掛けていった。牙で砕かれた腕は組織も神経もグチャグチャで再生は不可能に思えた。
むしろ感染症が恐ろしい。一刻も早い処置が必要だろう。
「すぐ近くに僕らが住んでいる小屋があるので、そこで休んでください」
「すまない、恩にきるよ。サム、もう少しの辛抱だ……耐えてくれよ」
しばらく、他の人間がいないか様子を伺ったがこの場にいるのは二人だけのようだ。あと二、三人はいると思っていたが、全滅を避ける為に撤退したのだろうか?
小屋に入るなり、革のリュックから救急処置箱を取り出し、患部をキツく縛り付けて麻酔を打った。そして高濃度のエタノールと回復薬をぶっ掛けて殺菌を施した。
『これが人間の回復術か……』
随分と面倒な方法だが、技術さえあれば誰でも行えるのが利点なのだろう。僕らは他者から血肉を頂戴することで回復することができるが、言ってしまえばい他力本願。
銃や短剣にしても、魔族が所持しているものよりもずっと高度なものを生産している。魔族が幅をきかせ制覇していた時代は、とっくに廃っていたのだろうと己らの無力さを噛み締めていた。
「すまない、お湯と……! それから何か食料をもらえないか?」
「食料………?」
…………しまった、僕らと違って人間は肉魚、葉根を食すんだ!
互いの血肉で栄養を補える僕らには必要ないものだったので、微塵も気にも留めていなかった。
動揺して泡めく僕を心配してか、マーニーは部屋の奥から備蓄していた肉を取り出して差し出したが——待て……それは悪手だ!
しかし僕が止めるよりも先に、箱の中を見られてしまった。
「あの、これ……! 食べて下さい」
妹が差し出したのは僕の指……人の形をした腐肉だった。
あまりにも生々しい形をしたソレに人間はすくみ上がり大袈裟に拒んで否定した。
「何だ、それは! 君たちはそんなものを食べているのか⁉︎ いくら飢餓してるとはいえ人肉を口にするなんて許されることじゃない!」
その言葉を耳にした瞬間、僕の中でプツンと、何かが切れた。
自分達の物差しでしか考えられない愚か者に「チッ」と舌打ちをし、マナを練り始めた。彼女の好意を踏み躙るなんて、侮辱するにも限度がある。
これ以上、マーニーを傷付ける言葉を吐くのなら、その前に喉笛を掻っ切ってやろう。
そう構え始めた時だった。
負傷して気を失っていた男が目を覚まし、怯える人間を宥めた。
「——めろ。お前は俺の命の恩人になんてことを言うんだ……。仕方ないだろう? こんな環境で生き残る為には仕方なかったんだ」
「サム! 意識が戻ったのか⁉︎」
サムと呼ばれた髭面の男は、仲間に手伝ってもらいながら身体を起こした。
「ウノが失礼して申し訳なかった。私の名前はサム・ノース。この一帯の魔物討伐を一任されているノース村の兵士だ。先程は助けてくれてありがとう。おかげで一命を取り留めることができたよ」
どうやらサムはウノという人間よりは頭が働くようだ。
僕はサムの言葉に頷き、座り込んで名を名乗った。
「——僕の名前はアデル。彼女は僕の妹のマーニー。最近、亡命してこの地に辿り着いたんですが、この近くに集落があるんですか?」
「いや、山を越えた場所にノース村があるくらいだ。一年中豪雪が降るこの地に住み着く物好きは少ないからな。いや、実は今回、村の神父様に女神からの啓示があったらしくて見回りをしていたんだよ」
「女神の啓示……。ちなみにどのような内容か伺ってもよろしいですか?」
「たしか『魔族の生き残りがいるから、討伐せよ』だったかな? おかしいよな、もうこの辺りに生息していた獣狼族も何年も前に滅んだというのに」
この最果ての極地は、かつて獣狼族が支配していたのだろう。
まさか吸血鬼が目の前にいるとも知らずにと嘲笑っていた反面、隠し通すことができるのかと冷や冷やしながら耳を傾けていた。
「君達も良かったら俺たちの村に来ないか? もし本当に魔族が潜んでいるのなら何かと心配だろう。食べ物にも困っていたようだし、助けてもらったお礼だ。君たち二人を歓迎するよ」
サムの善意に僕は笑顔のまま固まってしまった。
あぁ、何て面倒臭い。できることなら断りたい。
だが、サムの提案を僕らは受けるしかなかった。
人間の村に行くなんてリスクしかないのだが、人間の食料もない状況で提案を断るのは不自然だったからだ。
「でも、ご迷惑じゃないですか? 食料なら先ほどのスノウウルフの生肉を少し譲ってもらえば——……」
「子供が遠慮するものではない。なぁに、心配ないさ。ちょうど俺達の子供が巣立って、部屋に空きが出たところなんだ。我が家だと思って寛いでくれ」
こうして観念したようにアデルとマーニーはノース村へと移住することとなった。
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