竜王の花嫁

桜月雪兎

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第一章

29、アリシアの生い立ち

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 全員がひとしきり笑い終わった頃ジャックスが入ってきた。そうして周りを見渡すと笑っている者とむくれている二人を見て首をかしげた。
「何かありましたか?」
「いや。それより準備はできたのか?」
「はい、ご命令あればすぐにでも姉たちは向かえます」
「そうか」
「ご苦労様です、隊長さん」
 ジャックスの答えにルドワードは苦笑した。アリシアは微笑みながらジャックスをねぎらった。ルドワードもアリシアもすぐに二人を旅に出させるつもりはなかった。家でゆっくりする時間もまた二人には大事な時なのだ。
 そんな二人の気持ちがジャックスにはわかり、微笑んで頭を下げた。
「いいえ、それで何をしていたのですか?」
「ふふ、マリアたちの話をしていたのです」
 アリシアは今ここに信じれる者たちすべてが揃っているのがわかった。
 一度目を瞑り、気持ちを切り替えてみんなに顔を向けた。
 急にアリシアの雰囲気が変わったことに全員が首をかしげた。
「シア?」
「ルド様。皆さんが揃っていますね」
「シア?」
「ここには信じれる方々が揃っています」
「そうだな」
「皆さんに聞いてほしいことがあります。リリアたちやルド様は知っていますが」
「ア、アリシア様!」
「大丈夫です。知ってほしいのです」
 リリアたちはアリシアの言い方からアリシアが何を話し始めようとしているのか分かり戸惑った。その話はアリシア自身の心を傷つけてしまう可能性がある。
 三人はアリシアに笑っていてほしいので本当にアリシアが話してもいいのか戸惑った。
 そんな三人の心配をわかり、アリシアはほほ笑みながらリリア・エレナ・ミナを見た。三人は互いの顔を見て再度アリシアを見た。アリシアの覚悟を受け止めて、三人は恭しく頭を下げた。
「アリシア様がそう望むのなら私たちは」
「ついて行きます」
「一生」
「ありがとううございます」
 アリシアたちのやり取りからアルシードは昨晩聞いてしまった話をするのだと分かった。
 スカルディアは何のことかわからず尋ねた。アルシード以外はスカルディアと同じだ。
「シア姉、聞いてほしいことって?」
「私の生い立ちです」
「アリシア様の」
「生い立ち?」
 リンたちは首をかしげた。確かに何一つ情報がなかった、だがそれでもアリシアはアリシアだと思い、仕えてきた。もちろんこの先も。
 リンは一度リリアに尋ねたことがあったが言えないの一点張りだった。
 そう、アリシア自身がその話をするまで待てとのことだった。
(ああ、やっと聞けるのですね。アリシア様のことを)
 リンたちがそう思うのは仕方ない。仕える相手のことをより知りたいと思うのは主に忠誠を誓った面々の願いだったのだ。
「はい。皆さん、気になっていたはずです。昨晩やっとルド様にお話しして私は力をもらいました」
「力ですか?」
「はい、自信とも言います。私は自身の生い立ちから自信がありませんでした」
「そうか、だから今朝から強気だったのか」
 スカルディアは納得した。今朝一番に合った時から強気だった。優しくでもどこか頼りない感じの義姉が自信にあふれている姿は普通にカッコいいとスカルディアは思った。
「ふふ、受け入れてもらえるだけでも自信がついたのです。聞いていただけますか?」
「はい、聞いてもよろしいのでしたら」
「ありがとうございます」
「それでシア姉の生い立ちって?」
「私の生まれはこのドラグーン大国とユーザリア大国の国境さかいのウィザルド領の生まれです。私の父であるフォレンド・ウィザルド伯爵が治めています」
「国境さかい」
「はい」
 アリシアはその眼を一度閉じてユーザリアの家族の顔を思い出した。それでも曖昧にしか思い出せないのはそれだけかかわりが少ないからだ。
 土地の歴史を学んだ際に入ってきた情報程度しか父親のことを思い出せない。妹にしてもそうだ。側仕えたちが話しているほどにしか知らない、それも噂程度のことしか。それで本当に家族と思えという方が無理である。
 むしろ自分の境遇を恨むと同じようにアリシアは自身をそのような所に閉じ込めた張本人として恨んでいる、それは今でも変わらない。だからこそアリシアはユーザリアの家族に会いたくないのだ、嫌な気持になるから。
 アリシアはそんな気持ちを押し隠すように微笑みを向けた。それを見たルドワードは自身の方にアリシアを引き寄せて凭れ掛けさせた、それは労わるように。
 そんなルドワードの優しさにアリシアは本当に嬉しく思い、体を預けながら説明を続けた。
「わが家系はそこまで強い魔力を持つことはありませんでした。ましてやユーザリアでも片手でしか数えるほどしか確認されていない最上級の魔力所有の証であるスカーレッドを持つどころか、オッドアイとなる者もいませんでした」
「オッドアイになるのは強い魔力を持つ証なんだよな?」
「はい、スカーレッド・紫・漆黒の三色がそれに該当します。わが家では漆黒も見られたことはありません。ですので、私はあの家では浮いていました」
「浮いて」
「子供の私でもわかるほどです。家の者すべてが私を遠巻きにしていました」
「アリシア様」
 リンが気遣うように声をかけた。マリアも心配そうにアリシアを見ている。二人の気持ちがアリシアは嬉しかった。他の面々も二人と同様な顔をしている。
 スカルディアも気遣うようにアリシアを見ていた。そんな全員にアリシアは嬉しく思った。このように気遣ってもらえることはなかったからだ。
「ふふ、心配してくださりありがとうございます。ですが、それはまだよかったんです」
「まだよかった、ですか?」
「私は八年間幽閉塔で過ごしました」
 アリシアの『幽閉塔』という言葉に全員が絶句した。貴族の、ましてや領主の娘である伯爵令嬢のアリシアをそんなところに入れるとは全員が考えられなかった。それが実の父親だというのが余計に信じられなかった。
「ゆ、幽閉塔?!」
「なんの間違いだ?!シア姉が、幽閉塔なんて」
「しかも、八年間」
「本当です。十歳の時、私は盗賊に連れ去らわれました。逃げようとした際背中に大きな怪我をしました。その怪我が父には不貞をはかった者としてうつったようです」
 全員は驚きっぱなしだった。まさか幼い子供にそんなことを思うような親がいるとは思えなかったからだ。
 リンたち兄弟は戦時の際に親を亡くしているので親をあまり知らないが覚えのあるリンはそんな風な感じはなかったと思ったし、いくら親と仲が良くないアルシードでさえそんな記憶はない。
 だからこそ驚くばかりだった。言葉をなくしていた。
「不貞って…」
「十歳の子供に向かって」
「そうですね、もともと扱いに困った娘を厄介払いにするにはちょうど良かったのでしょう。戦時中なら早急に戦場に送られていたでしょうけど」
「そ、そんな?!」
 全員の絶句した顔を見たアリシアは自傷気味の笑みを見せた。自分の境遇がそれだけ考えられないモノだったのだ。なんとなく把握しているのとその眼で確認してしまうのでは違う。
「わかっていました。家の者に味方がいない段階で…八年が過ぎドラグーンに嫁ぐための『花嫁』を探すために開かれたパーティーに出席するために私は幽閉塔を出ました」
「なぜパーティーに?」
「シリウス陛下の命です。特定年齢の令嬢はすべて出席すると。戸籍があるので偽ることはできません」
「それで『花嫁』に選ばれてここに」
「はい」
 経緯を聞いた全員がどこかほっとしているがディスタは背中の傷が気になった。状態によっては今後の服装にも関係してくる。傷の位置はルドワードに把握してもらうとして残っているかが気がかりだった。
「……すみません、背中の傷は?」
「ほとんど治療ができていませんので残っています。ルド様には昨晩…」
「見せたのか?!」
 スカルディアは聞いたまま驚き、疑いの目でルドワードを見た。それは男性人全員が同じだった。それに焦ったのはルドワードだ。まさか自分に疑いが来るとは思わなかったのだ。
「見ていない!背を撫ぜた時に服の上から」
「そうですか」
「はい」
「この話には続きがあってな」
「続き、ですか?」
 ルドワードの話にディスタとジャックスは首を傾げた。アルシードとスカルディアも互いを見ながらわからない様子だ。
「実はこの盗賊事件の時俺はシアに会っていたんだ」
「竜王様とアリシア様が?」
「ああ、一度国を出た時見つけた少女がシアだった。盗賊から助けたのはいいがまだ人に見つかるわけにいかない時期だったから遠くからシアが家の者と合流したのは見たが」
「家に戻り、父に対面してから幽閉塔に送られたので。ルド様は悪くありません」
「だが」
「ルド様が私の無実を知って下さっている、私は一人ではないというのが私の心の支えでした。ですのでそのように思いつめないでください」
 アリシアが頬を少し染めながら言うのでルドワードはそのまま抱きしめた。女性陣はそんな健気なアリシアが幸せそうにしているのを微笑ましく見ている。スカルディア以外の男性陣もその光景を少々苦笑しながら見ていた。
 スカルディアはアリシアのその話にため息をついた。どこまでも優し過ぎる義理の姉を心配になったのだ。
「シア姉は優し過ぎるだろ」
「そうですか?私はすでにユーザリアの家族を家族と思っていません。私の家族はルド様やスカル様です」
「そうだな」
「ああ」
 ルドワードとスカルディアはアリシアを家族として守っていくことを誓った。その場にいたほかの面々もこの主たちをしっかりと守っていくことを再度心に誓った。
 この微笑ましい光景が絶えないように。
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