日当たりの良い借家には、花の精が憑いていました⁉︎

山碕田鶴

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第5章 霜降

37.新芽

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「それより一郎、剪定バサミを持ってこい。前に貸して置いていったのがあるだろう」
「確か玄関に」
「菊を片付けて帰るから」
「……わかった。やっぱりマコちゃんがやるんだね」
「ん?」
「何でもない。取ってくる」

 誠は枯れた菊の茎を地際から少し残して切っていった。僕はそれを後ろから黙って見ていた。
 誠はキクと何を話しているのだろう。
 そう尋ねたくなるような雰囲気だった。
 キクはきっと自らの本体である菊の命で誠を生かしたのだ。菊であり、誠の念でもあるキクにならできるのかもしれない。

「ねえ、マコちゃん。菊、生きているんだよね?」
「ああ。根は元気だよ。春に新芽が伸びる前、冬の間に地上部が枯れるけれど、それが早まった感じだな」

 誠はこちらを振り向くことなく答えた。

「それならキクちゃんに……また会えるね」
「お前の願望か?」
「違う。キクちゃんの意思だ」

 誠は何も言わなかった。きっと誠も同じように思っている。
 キクは菊を完全に枯らすことはしなかった。いつまでも咲き続けることが誠の願いだからだ。本体はなんとか生かしながら、キク自身を含めたほぼ全ての命を誠に使ったのだろう。
 でも、菊本体と誠の念がある限りキクは必ずまた現れる。
 キクは強い。
 自分でそう言っていた。だから、きっとまた姿を現わすはずだ。
 キクは誠のために咲く実体のない花だ。誠が生きている間だけでなく、その死の先まで存在し続けるのだろう。  
 そうさせたのは誠の念だけれど、キクは明らかに意思を持っている。誠を生かすために、この先何度でも菊の命を誠に与えるのではないか。
 キクは怖いな。
 僕も誠と同じように、キクが怖いと思ってしまった。キクは誠を死なせないためならば何度でも消え、そして何度でも現れる……。

「なんかさ。マコちゃんとキクちゃんって、絶対に離れられない運命の恋人どうしみたいだよね」
「は?」

   誠は怖い顔で僕を見た。

「お前バカ?」
「え……怒った?」
「キクは俺の病的な念の塊だぞ。言うなら娘とかだろ」
「そっち?  お父さんなの?  お父さん」
「お前が呼ぶな」

 誠は本気でお父さんの立場なのか。キクはお父さんだなんて全然思っていないだろうに。キクが少し気の毒だ。

「でもそうか!  お父さんなのか」
「今度はなんだ?」
「キクちゃんの顔だよ。マコちゃんが原型だったのか。今は黒髪だからよくわかる。マコちゃんをもう少し幼くしたら、そのまんまキクちゃんだ。だから美少女だったのか……」

 誠はため息をついた。僕の言うことにいちいちあきれて、少し笑って、全て流していく。
 僕に向けられなかった怒りは、どこへ行くのだろう。キクに対する恐怖も悲しみも、どこに溜め込んでいるのだろう。

「パッと出しちゃえば楽なのに」
「何?」
「いや、出せないからマコちゃんなんだよな」
「俺が何?」
「……ごめん。考えごとしてた」
「お前たいてい声に出ているぞ」

 誠は上着のポケットから小さなビニール袋を取り出すと、中に入っている小さな白い粒を菊の周りにバラバラと撒いた。

「お礼肥だよ。お、れ、い、ご、え。花が終わった後、冬に入る頃にやっておくと、翌年の育ちが良くなる」
「キクちゃんのご飯か」
「……まあ、そうだな。花壇とか他の庭木にも撒くといい。そっちは寒肥として有機肥料の方がいいから、後でうちに取りに来い」
「わかった。マコちゃんってマメだよね。尽くすタイプ?  でもないか。キクちゃんには冷たいし……ああ、そうだった!  マコちゃん、男子校出身?」
「そうだけど?  なんだよ急に」

 二葉、ナイスだ!
 二葉が帰り際に誠の印象を話していた時、僕は気づいた。
 誠がキクに素っ気ないのは、冷たいわけではないのだ。単に女の子と接したことがなくて、慣れていないのだ。

「僕、マコちゃんに勝った気がする」
「はあ?  ニヤニヤして、何を勝つんだ?」
「僕、女の子とフツーに話せるから。僕は年の近い妹が二人もいるから、女の子に幻想なんか抱かないんだよ」

 キクが次に現れたら、教えてあげよう。誠が素っ気ないのは、キクを嫌っているからではないのだと。
 ああ、でもキクにはわかっているか。深く深く、誠とキクの心はつながっているのだろうから。
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