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9.邂逅 四
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「過去の縛りがなくなったのなら、儀式とやらを続ける必要がどこにある?」
男は正面を向いたまま訊いた。
「あの、子どもの頃は他人が怖くて誰とも話せなかったんですけど、少しは友達が欲しいなと思ったり生活するのに必要に迫られてとかで、実家を出てから人と接することが急に増えたんです。結構頑張りもしました。そうしたら、自分では平気なつもりなのに蕁麻疹や熱が頻繁に出るようになって……かなりのストレスだったみたいで。でも、それでも普通に人と接して関われるようになりたいし、自分にもできるはずだと思っています。だから、ストレスを溜めないように毎日自分をリセットしたいと思って、駅前でぼーっとしているといいますか……」
「家で瞑想でもすれば済む話ではないのか?」
「家ではダメなんです。気持ちをリセットするのに、自分は存在しないって思うくらい自分を消さないと安心できなくて。モールにいた時、自分は透明人間でいいんだって思い込み過ぎたせいかな……僕は一人になりたいんじゃなくて、周りにたくさん人がいても誰も僕を知らないし気にされないことを確認したいんです。自分でも変だとは……思っていますけど……」
「それでわざわざ駅前か。突飛な発想と極端な行動力だな。存在を否定しないと生きられないとは、矛盾の極みだ。まあ、生き方なんてそれぞれだろうけどな」
男は何の感慨もなく言った。
「あの、なんで僕の話を聞いてくれるんですか?」
素直に疑問が口をついた。
「君が話し続けているからだろう」
「あ……すみません」
長々と話したことを晴久は謝った。言い訳にはならないが、この男は話しやすかった。特に関心もなくつまらなそうにしているのに、聞いてくれている感じがとてもする。
「いちいち謝るな。君は私が訊くから答えているだけだろうが」
男は溜息をついた。
「君が儀式だと、あまりにも珍しいことを言うから変な宗教にでもハマっているのかと期待した。単なる野次馬だ。そんなものかと納得できる程度に聞ければそれでよかった」
身もふたもないことを男はあっさりと告げた。
「はあ。それで、少しは納得できたでしょうか」
「さっぱりだな」
「……ですよね」
「慣れないくせに加減も知らず人と接触しようとして、ストレスを消すための儀式までしてなお突き進む。強迫行為をやめられないのは、既に疾患の域だ」
男は急に体ごと晴久に向き直ると、顔を覗き込むように距離を詰めた。
「人が近いと怖いと言ったな。今、近いだろう?」
「え? え……え……」
あまりにも直接的な物言いに、男との距離を意識して晴久の体がこわばった。
顔が近い。目が近い。怖過ぎて目を逸らすことすらできない。鼓動が激しくなって胸が痛い。
これほど近いのに、男は平然と晴久を見ていた。
「その、物理的な近さの問題ではなくて……いえ、それもありますが……か、からかわないでくださいっ。急に近づかないでくださいっ」
「からかってはいない。まあ、距離感は納得した」
男は晴久に向き合ったまま、少し離れて座り直した。
「距離感って何ですか⁉︎ そんな近い人いませんからっ。放っておいてください。僕は星の友情くらいの距離が丁度なんです」
「星の……友情?」
男が怪訝そうに訊いた。あっ、と小さく叫んだ晴久を男は驚いたように見つめている。
晴久は自分の言葉がさすがにメルヘン過ぎて笑われると思い、口にしたことを後悔した。
「その……『星の友情』っていうのは、さっき話した時計台のプレートに書いてあったんです。解説らしきものは難しい字が多くて子供には読めませんでしたけど、星と星のように、遠く離れていても引き合うような友情のことなのかなって思ったんです。僕は、そんな関係があったらいいなってずっと思っていて……」
「幻想だな」
切って捨てるように言われて、晴久はうなだれた。笑われるより酷い。
「だいたい、そういう解釈なのか? 一度も近づいたことがなくて星と星の距離くらい薄い友情なら、そもそも引き合わないだろう?」
男は追い打ちをかけるように続ける。
「宇宙は膨張しているって教わらなかったのか? たとえ星と星が引き合っていても、どんどん離れていくだけだぞ」
現実的かつ情緒のかけらもない指摘に晴久は脱力した。
「僕の生きる希望をあっさり砕かないでください」
男は目だけ笑っていた。
あ……。
一瞬、何か小さくパチンと弾ける感覚を晴久は自分の中にはっきりと意識した。
なんだろう?
時計台の光景が目の前に広がる。毎時丁度になると踊り出す着飾った人形たち。何度聴いたかわからない、静かで物悲しいメロディー。
時計台前のベンチに座り続けていた頃の気持ちを思い出したような気がした。
なんだろう、この感じ。
「……そういえば。ショッピングモールの時計台っていつも同じ曲が流れるんですけど、朝でも昼でもいつ聴いてもなぜか『帰りなさい』って説教されている気分になったんですよ。僕の心の支えでしたけど……変な曲だったな」
「営業妨害甚だしい曲だな」
「はは、本当ですね」
「生きる希望、か……」
男は腕時計をちらりと見て「時間だ」と立ち上がった。これから仕事だと言っていたはずだ。
「時間を取らせた。すまなかったな」
男は座ったままの晴久に顔を寄せた。
「君も帰りなさい」
たぶんそれは、晴久が記憶する限り自分に向けられた中で最も優しい響きだった。
静かに寄せて満ちる波。あるはずのない記憶の音が聞こえたような気がした。
波が引く──。
晴久は男が視界から消える直前、とっさに男の腕をつかんでいた。
「おい?」
振り向いた男には明らかに驚きの表情が見て取れた。
晴久は自分でも驚いていた。
引き止めてしまった。どうしよう。
この状況をどうして良いかわからず困惑した。それでも、つかんだ腕を離すことができなかった。
男は正面を向いたまま訊いた。
「あの、子どもの頃は他人が怖くて誰とも話せなかったんですけど、少しは友達が欲しいなと思ったり生活するのに必要に迫られてとかで、実家を出てから人と接することが急に増えたんです。結構頑張りもしました。そうしたら、自分では平気なつもりなのに蕁麻疹や熱が頻繁に出るようになって……かなりのストレスだったみたいで。でも、それでも普通に人と接して関われるようになりたいし、自分にもできるはずだと思っています。だから、ストレスを溜めないように毎日自分をリセットしたいと思って、駅前でぼーっとしているといいますか……」
「家で瞑想でもすれば済む話ではないのか?」
「家ではダメなんです。気持ちをリセットするのに、自分は存在しないって思うくらい自分を消さないと安心できなくて。モールにいた時、自分は透明人間でいいんだって思い込み過ぎたせいかな……僕は一人になりたいんじゃなくて、周りにたくさん人がいても誰も僕を知らないし気にされないことを確認したいんです。自分でも変だとは……思っていますけど……」
「それでわざわざ駅前か。突飛な発想と極端な行動力だな。存在を否定しないと生きられないとは、矛盾の極みだ。まあ、生き方なんてそれぞれだろうけどな」
男は何の感慨もなく言った。
「あの、なんで僕の話を聞いてくれるんですか?」
素直に疑問が口をついた。
「君が話し続けているからだろう」
「あ……すみません」
長々と話したことを晴久は謝った。言い訳にはならないが、この男は話しやすかった。特に関心もなくつまらなそうにしているのに、聞いてくれている感じがとてもする。
「いちいち謝るな。君は私が訊くから答えているだけだろうが」
男は溜息をついた。
「君が儀式だと、あまりにも珍しいことを言うから変な宗教にでもハマっているのかと期待した。単なる野次馬だ。そんなものかと納得できる程度に聞ければそれでよかった」
身もふたもないことを男はあっさりと告げた。
「はあ。それで、少しは納得できたでしょうか」
「さっぱりだな」
「……ですよね」
「慣れないくせに加減も知らず人と接触しようとして、ストレスを消すための儀式までしてなお突き進む。強迫行為をやめられないのは、既に疾患の域だ」
男は急に体ごと晴久に向き直ると、顔を覗き込むように距離を詰めた。
「人が近いと怖いと言ったな。今、近いだろう?」
「え? え……え……」
あまりにも直接的な物言いに、男との距離を意識して晴久の体がこわばった。
顔が近い。目が近い。怖過ぎて目を逸らすことすらできない。鼓動が激しくなって胸が痛い。
これほど近いのに、男は平然と晴久を見ていた。
「その、物理的な近さの問題ではなくて……いえ、それもありますが……か、からかわないでくださいっ。急に近づかないでくださいっ」
「からかってはいない。まあ、距離感は納得した」
男は晴久に向き合ったまま、少し離れて座り直した。
「距離感って何ですか⁉︎ そんな近い人いませんからっ。放っておいてください。僕は星の友情くらいの距離が丁度なんです」
「星の……友情?」
男が怪訝そうに訊いた。あっ、と小さく叫んだ晴久を男は驚いたように見つめている。
晴久は自分の言葉がさすがにメルヘン過ぎて笑われると思い、口にしたことを後悔した。
「その……『星の友情』っていうのは、さっき話した時計台のプレートに書いてあったんです。解説らしきものは難しい字が多くて子供には読めませんでしたけど、星と星のように、遠く離れていても引き合うような友情のことなのかなって思ったんです。僕は、そんな関係があったらいいなってずっと思っていて……」
「幻想だな」
切って捨てるように言われて、晴久はうなだれた。笑われるより酷い。
「だいたい、そういう解釈なのか? 一度も近づいたことがなくて星と星の距離くらい薄い友情なら、そもそも引き合わないだろう?」
男は追い打ちをかけるように続ける。
「宇宙は膨張しているって教わらなかったのか? たとえ星と星が引き合っていても、どんどん離れていくだけだぞ」
現実的かつ情緒のかけらもない指摘に晴久は脱力した。
「僕の生きる希望をあっさり砕かないでください」
男は目だけ笑っていた。
あ……。
一瞬、何か小さくパチンと弾ける感覚を晴久は自分の中にはっきりと意識した。
なんだろう?
時計台の光景が目の前に広がる。毎時丁度になると踊り出す着飾った人形たち。何度聴いたかわからない、静かで物悲しいメロディー。
時計台前のベンチに座り続けていた頃の気持ちを思い出したような気がした。
なんだろう、この感じ。
「……そういえば。ショッピングモールの時計台っていつも同じ曲が流れるんですけど、朝でも昼でもいつ聴いてもなぜか『帰りなさい』って説教されている気分になったんですよ。僕の心の支えでしたけど……変な曲だったな」
「営業妨害甚だしい曲だな」
「はは、本当ですね」
「生きる希望、か……」
男は腕時計をちらりと見て「時間だ」と立ち上がった。これから仕事だと言っていたはずだ。
「時間を取らせた。すまなかったな」
男は座ったままの晴久に顔を寄せた。
「君も帰りなさい」
たぶんそれは、晴久が記憶する限り自分に向けられた中で最も優しい響きだった。
静かに寄せて満ちる波。あるはずのない記憶の音が聞こえたような気がした。
波が引く──。
晴久は男が視界から消える直前、とっさに男の腕をつかんでいた。
「おい?」
振り向いた男には明らかに驚きの表情が見て取れた。
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