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23.潮目
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「あの、広瀬さん大丈夫なんすか?」
「何がですか?」
「いや、俺見ちゃったんです。駅前で、借金取りのおっさんと何か揉めてるところ」
久々に落合から話しかけられた晴久は、ストーキングの報告に溜息をついた。短期入所の山本が暴れた日の夜のことを話しているらしい。
落合は夜勤明けだったはずだ。朝帰宅した後、夜にわざわざ駅まで来たことになる。
「広瀬さんって、あの人にいくら払わないといけないんですか? こんなトコで働いてたって金になりませんよ? やっぱ変なバイトとか紹介されたりするんですか?」
「……よくそんなことを堂々と訊けますね」
退勤時の男子更衣室に他の職員はいない。だからといって遠慮のかけらもない落合に、晴久は溜息しか出なかった。
「……落合君、フロア長に何か言いましたか?」
「え? なんか広瀬さん大変そうですよってくらいしか言ってませんよ。フロア長じゃなくて、周りの奴に言っただけですけど」
「そうですか……」
「あ、俺心配してませんよ。ただの嫌がらせですから」
「わかっています」
フロア長から呼び出されて大丈夫かと確認されたことを落合に知られてはならない。晴久は密かに決意した。
「じゃ、お先です」
落合は笑いながら出て行った。
これほどまでにあっけらかんと嫌いな相手に接することができる落合を晴久は羨ましく思った。表、裏のない性格なのか、裏だけを晴久に見せているのか。
勝手に債務者だと噂されたことには辟易したが、男を借金取りだと信じている落合がおかしかった。
……いくら払うのか。
あの人を時間で買ったらいくらになるのだろう。
晴久は、ばかだなと思いながらも考えた。
金銭的契約なんてもちろんありえないけれど、結局それに近い関係だったのだろう?
男と言い合いになった後も、晴久は駅前のベンチで男に声をかけられた。
「偶然だな」と言う声は変わらず穏やかで優しい。だが、どこか遠くよそよそしい。そう、あれは晴久を「君」と呼ぶ時と同じ表の顔だ。
これまでが親しかったのかはわからないが、晴久には更に遠くなったように感じられた。
だが、それはお互い様だろう。近づき過ぎたと感じてから、晴久もあえて離れようとしている。それで余計に意識してしまい、今までにも増して緊張する。益々顔が見られない。
挨拶をして、それだけだ。それ以上の話はない。深夜の逢瀬はなくなった。
名前も連絡先も知らないのだから全くの他人になればいいだけなのに、それをしない。声をかけなければ繋がりは消える。それだけの関係なのに。
いっそお金で時間拘束できたら、こんなに考えなくてもよくなるのではないか。
「いくらですか?」
「百四十円」
「え?」
駅前に男が現れた途端、晴久は本人に直接訊いてしまった。
「別に、いい。お前にやる。暑いから保冷剤代わりに買ったようなものだ。お前も暑いだろう?」
男は晴久に缶コーヒーを差し出した。
「ありがとうございます。……こんばんは」
カフェオレだ。自分では絶対飲まないだろう。日暮れの後とはいえ、コンクリートの照り返しで駅前は暑かった。ベンチでぼんやりするには向かない季節になってきていた。
「どうした?」
「いえ……」
優しく声をかけて、去っていく。僕はここに置かれたまま残される。自分から離れようとしておいて、置き去りにされるのが怖い。
引き止めてはいけない。きっと引き止めることは許されない。
この人は言っていた。
詮索と束縛はこの世の悪。
晴久には無縁の言葉のはずだった。
「何がですか?」
「いや、俺見ちゃったんです。駅前で、借金取りのおっさんと何か揉めてるところ」
久々に落合から話しかけられた晴久は、ストーキングの報告に溜息をついた。短期入所の山本が暴れた日の夜のことを話しているらしい。
落合は夜勤明けだったはずだ。朝帰宅した後、夜にわざわざ駅まで来たことになる。
「広瀬さんって、あの人にいくら払わないといけないんですか? こんなトコで働いてたって金になりませんよ? やっぱ変なバイトとか紹介されたりするんですか?」
「……よくそんなことを堂々と訊けますね」
退勤時の男子更衣室に他の職員はいない。だからといって遠慮のかけらもない落合に、晴久は溜息しか出なかった。
「……落合君、フロア長に何か言いましたか?」
「え? なんか広瀬さん大変そうですよってくらいしか言ってませんよ。フロア長じゃなくて、周りの奴に言っただけですけど」
「そうですか……」
「あ、俺心配してませんよ。ただの嫌がらせですから」
「わかっています」
フロア長から呼び出されて大丈夫かと確認されたことを落合に知られてはならない。晴久は密かに決意した。
「じゃ、お先です」
落合は笑いながら出て行った。
これほどまでにあっけらかんと嫌いな相手に接することができる落合を晴久は羨ましく思った。表、裏のない性格なのか、裏だけを晴久に見せているのか。
勝手に債務者だと噂されたことには辟易したが、男を借金取りだと信じている落合がおかしかった。
……いくら払うのか。
あの人を時間で買ったらいくらになるのだろう。
晴久は、ばかだなと思いながらも考えた。
金銭的契約なんてもちろんありえないけれど、結局それに近い関係だったのだろう?
男と言い合いになった後も、晴久は駅前のベンチで男に声をかけられた。
「偶然だな」と言う声は変わらず穏やかで優しい。だが、どこか遠くよそよそしい。そう、あれは晴久を「君」と呼ぶ時と同じ表の顔だ。
これまでが親しかったのかはわからないが、晴久には更に遠くなったように感じられた。
だが、それはお互い様だろう。近づき過ぎたと感じてから、晴久もあえて離れようとしている。それで余計に意識してしまい、今までにも増して緊張する。益々顔が見られない。
挨拶をして、それだけだ。それ以上の話はない。深夜の逢瀬はなくなった。
名前も連絡先も知らないのだから全くの他人になればいいだけなのに、それをしない。声をかけなければ繋がりは消える。それだけの関係なのに。
いっそお金で時間拘束できたら、こんなに考えなくてもよくなるのではないか。
「いくらですか?」
「百四十円」
「え?」
駅前に男が現れた途端、晴久は本人に直接訊いてしまった。
「別に、いい。お前にやる。暑いから保冷剤代わりに買ったようなものだ。お前も暑いだろう?」
男は晴久に缶コーヒーを差し出した。
「ありがとうございます。……こんばんは」
カフェオレだ。自分では絶対飲まないだろう。日暮れの後とはいえ、コンクリートの照り返しで駅前は暑かった。ベンチでぼんやりするには向かない季節になってきていた。
「どうした?」
「いえ……」
優しく声をかけて、去っていく。僕はここに置かれたまま残される。自分から離れようとしておいて、置き去りにされるのが怖い。
引き止めてはいけない。きっと引き止めることは許されない。
この人は言っていた。
詮索と束縛はこの世の悪。
晴久には無縁の言葉のはずだった。
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