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68.一夜明けて
しおりを挟む自分が知っている初夜とは比べものにならないほど濃密な夜を過ごした私は、クロードから解放されたあと気絶するように眠ってしまったらしい。
カーテンから差し込む日の光を顔に浴びて、私はゆっくりと瞼を開けた。
「おはようございます」
声のする方を見ると、クロードがベッドに腰かけて私を見つめていた。
昨日のことなど何もなかったかのように、皺一つない執事服を完璧に着込んでいる。
あまりにも執事の姿が板についていたから、昨日の行為は全部私の夢だったのではないかと不安になるほどだった。
「クロード……、……?」
自分の声がかすれていて、首を傾げながら喉に触れる。
「ああ」と訳知り顔で頷いたクロードは、私に理由を教えてくれた。
「昨日はたくさん声を出していたので、声がかれてしまったのでしょう」
「たくさん、声を……」
言いながら昨日の痴態を思い出してしまって、頬に熱がこもる。
夢でなかったことを喜べばいいのか、今すぐ布団に潜り込んで顔を隠せばいいのか、判断に迷った。
「あ……え、ええと……その……」
動揺して意味のない言葉を口にする私を見て、クロードは声を出さずに笑った。
白いグローブを着けたまま、顔にかかった私の髪を整える。
「昨日の貴方はとても素敵でしたよ」
夜の余韻を感じさせる甘い声とその言葉に、私は何を言われたのか理解出来ず――
次の瞬間、顔を真っ赤に染めた。
(す、すすす素敵って……!)
心拍数が信じられないくらい高くなって、胸が苦しい。
私を羞恥で殺そうとしたクロードは、いつもと変わらない顔をしている。それが余計に悔しくて、思わず恨めし気な声が出た。
「……貴方でもそんなことを言うのね」
「おや、ご存知なかったですか?」
「今までちっとも優しくなかったじゃない」
口を尖らせて文句を言うと、クロードは宥めるように私の頬を撫でた。
「私はいつでも貴方を大切に思っておりますよ」
こちらを見つめる黒い瞳が愛おしげに細められる。
「愛してるって言ったでしょう?」
朝から特大の爆弾を投下されて、私の平常心はボロボロに破壊されてしまった。
「なっ、なっ、なっ……!」
クロードがいつもと変わらないなんて誰が言ったんだろう。
(――私よ! 私が言ったのよ! だって、まさかこんなに違うとは思ってなかったんだもの)
それが一夜にしてここまで変わるのかと驚いてしまう。クロードにとっても昨夜の出来事は特別なことだったと窺い知れて、じんわりと胸が熱くなった。
このままこの話を続けていたら、いつまた爆弾が落とされるか分からない。
何か話題を変えるものを、と思考を巡らせていた私は、大切なことを思い出して大きな声を出した。
「――そういえば! クロード、貴方執事を辞めるって言ってなかった⁉」
突然声を張り上げたせいで、負担がかかった喉から咳が出る。
ゴホッゴホッと咳き込む私を労わるように、クロードの手が髪を撫でた。
「ああ、そうですね。その話もしなければなりません」
考えるように目線を上に向けたあと、私を見つめて優しく告げた。
「ただ、今は貴方の回復を優先させましょう。しばらく眠っていてください。いいですね? 起きたらちゃんと説明しますから」
なんだか宥められているように聞こえて、ムッと眉をひそめる。
「そんな! 嫌よ。今すぐに聞きた、い……わ……?」
抗議の声は力を失くして次第に消えていった。
早く説明してほしいのに、急速に瞼が重くなって目を開けていられない。
大きな手のひらで頭を撫でられて、じんわりと温かい魔力を感じながら眠りに落ちた。
「おやすみなさい。私のお姫様」
――でも、私は起きていなければならなかったのだと思う。
もし起きていたら、もう少し心構えが出来ていたと思うから……
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