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82.愛を捧げる(2)

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 ジェシカが言うように、それなら何故気持ちを隠していたのか。

 それは――……

「そうよ! 自分の気持ちを伝えるかどうか、ずっと悩んでいたんだから!」

 目を吊り上げて、憤慨した表情をみせる。
 しばらく文句を言っていたけれど、「俺だって同じ気持ちでしたよ」「早く婚約したいと思っていました」という俺の言葉を聞いて、ジェシカはキラッと瞳を輝かせた。

 私は怒っているんだ、という姿勢を保ちながらも、嬉しそうな様子が隠せていない。
 俺への不満を口にしていたジェシカは、しばらくすると言葉を濁してこちらを見た。

「――ねえ、クロード」

 不意に、ジェシカの纏う空気が変わる。

(ああ、この顔だ)

 愛されていることを知った、ジェシカのこの顔。
 俺の腕に頬を寄せた彼女は、恥じらうように一度目を伏せ……そして、期待のこもった眼差しで俺を見上げた。

 エメラルドのように輝く瞳にはきらきらと星が散りばめられ、頬はほんのりと紅潮している。
 彼女のきらめく瞳は、俺のことが大好きだと一心に伝えてくる。それに、好意を伝えても嫌がられないことを知っているから、余計に真っ直ぐ思いを届けてくれる。

 ――愛されている自覚を持ったジェシカは、信じられないくらい愛らしい。

 破壊力の強さに絶句していた俺に、ジェシカは更に追い打ちをかけた。

「気持ちが通じ合って、婚約者にもなったのだから、もう我慢しなくていいのよね?」

 そう言って、俺の体にしがみついて嬉しそうに頬を緩ませる。

 ――何をだ? 我慢しないって、何のことだ?

 何のことだかよく分からないが、婚約者の可愛さに天を仰ぎたい気分になった。
 気持ちを隠していた理由なんて一つしかない。両思いだと分かって調子に乗ったジェシカに、手を出さない自信がなかったからだ。

 そんな理由で彼女を悲しませていたのは申し訳ないと思いつつ、それでも今のジェシカを見ていると、今までの自分の選択は正しかったのだと確信出来る。
 こんなにすぐ触れられる距離で、大好きだと全身で伝えられて、我慢出来るはずがない。

 でも、実の親以上に世話になったクランベル公爵に対して顔向け出来ないことは絶対にしたくなかったし、ジェシカの側を離れるという選択もしたくなかった。だからずっと、自分の感情を隠してジェシカに接してきた。
 幼い頃にプロポーズをしてから十二年。ようやく堂々と彼女に触れられる今このときを、とても幸せに思う。

「……我慢しなくていいですよ」

 俺の言葉にジェシカはパアッと顔を輝かせ、そして何事か言おうとした。

「じゃ、じゃあ一日に一回は好きって言いた……んんっ⁉」

 手を伸ばしてジェシカの体を引き寄せると、唇を奪って黙らせる。
 柔らかな唇と舌を堪能しながら、両手でジェシカの体に触れた。手触りの良い髪も、小ぶりな耳も、美しいラインを作る鎖骨も、彼女の体ならどこだって触りたい。
 それに、ジェシカへの思いを言葉にして伝えたい。お互いに思い合っているはずなのに、愛を伝えられない状況をずっと心辛く思っていたから。

 唇を離すと、目を白黒させたジェシカが肩で息をしていた。どうしてこんな展開になったのか分からない、と顔に書いてある。
 だから俺は、ジェシカの頬を両手で挟んでこちらに向けさせると、言って聞かせるように伝えた。

「気持ちが通じ合って婚約者になったので、もう我慢しなくてよくなりました。ですから、もう一回やりましょう」
「はああ?」

 嫌な予感に顔を引きつらせたジェシカは、俺から距離を取ろうと体を動かす。
 もちろん逃がすつもりはない。
 ジェシカの手を取り、手の甲に唇を落とすと、驚く彼女を見ながら小さく微笑んだ。

「愛していますよ。俺だけのお姫様」

 恋しい彼女にありったけの愛を捧げるため、もう一度深く口付けた。


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