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第五夜 公現祭
しおりを挟む「今日は鏡子です」
ミカとマキくんがカフェのドアを開けるなり、鏡子婦人が、いつもの細く小さな声で挨拶しました。
「やったぁ、鏡子さんの日だ」とマキくん。
「今日の鏡子さんのケーキは何?」とミカ。
二人して、いそいそとカウンター席につきます。
「公現祭月間ということで、本日は、ガレット・デ・ロワをご用意いたしました。中のクリームはアーモンド抜きのカスタードクリーム、ナッツアレルギーの方も安心してお召し上がりいただけます」
「カスタードクリームに合うお酒は?」とミカが鏡子婦人に尋ねます。
「シャンパンはイーストの香りと爽やかな炭酸が、吟醸酒は強い甘味がよく合いますし、ブランデーは甘味を引き立て、ウイスキーの持つ甘味と苦みも……そうそう、黒ビールもカラメルみたいにほろ苦くて、とても相性がよろしいようで」
「僕は黒ビールでお願いします。お酒は強くないので」とマキくんがオーダーしました。
「あたしは飲めるクチだから」とミカは日本酒を選びました。
「あと、申し遅れましたが」と鏡子婦人が云いました。「ガレットには、フェーブがすでに仕込まれておりますので、当たった方は歯を痛めないよう、お気をつけ遊ばせ」
「望むところよ!」ミカは純米吟醸酒を前に、すっかりご機嫌です。
「どうぞ、お楽しみ下さいませな」
供されたガレット・デ・ロワは、こんがり焼いたキツネ色の表面の、月桂樹の柄の飾り切りが細かく均等で美しい。切り口からあふれるカスタードは濃いたまご色、ヴァニラビーンズの黒い点々が、いかにも香り高そうです。
「いただきます」とマキくんはガレットをフォークでカットしながら、「ほら、このパリパリって音、聞いて!」
「濃厚なカスタードと、ポン酒のマリアージュったら」とミカも満足そうです。
「フェーブは、ありまして?」と鏡子婦人。
「忘れてた」とミカ。「当たったら、王様ゲームの王様みたいに、ここにいる人たちを、言いなりにできるんだっけ?」
「一年間、仕合せに過ごせるという説も」と鏡子婦人。
「どっちにしても、悪魔に当たったら、大変だね」とマキくん。「僕ら、契約書にサインさせられるよ」
三人が笑っていると。
「やってる?」
噂をすれば影がさす。バックパックを背負った悪魔がやって来ました。
「笑い茸の入ったパイでも食ってんの?」と悪魔が三人を眺めて云いました。
「鏡子オリジナルの、アーモンド抜き、カスタードクリームたっぷりの、ガレット・デ・ロワでございます。初めまして、鏡子です」
「初めまして、俺らが悪魔だよ。そっか、一月か。エピファニーの季節だね。俺らにも、一つちょうだい」と悪魔の口から、まさかの発言。
「え、悪魔なのに、公現祭を祝っていいの?」とマキくんがびっくりして訊きました。
「悪魔だって、ケーキくらい食べるよ」
「そうじゃなくって」とミカ。「悪魔のくせに、キリストを祝ってる場合じゃないって、云っている」
「意味合いはどうあれ、悪魔もケーキは好きだ」
「どうぞ」と鏡子さんが悪魔にガレットを差し出します。
「ありがとう。美味そう」と、悪魔はものすごい勢いで、けれどもお行儀良くお菓子をフォークで切りつつ、何か非常に硬質な物を噛み砕く音を立てて、瞬く間にお皿を空にしてしまいました。
「ご馳走さまでした」
「ちょっと待って。あんた、空豆まで食べちゃったの?」とミカが。
「豆なんか、混ざってたっけ?」
「無欲の勝利」と小さく言って、鏡子婦人は悪魔の頭に、おもちゃの王冠を被せました。
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