バカンス、Nのこと

犬束

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「ねえねえ、何もしないのと、観光や色んなアクティビティをこなすのと、どっちにする?」
 Nは、ヴィラに到着した私たちを出迎えるなりそう尋ね、私が何もしたくない、と答えると、何故だか得意げに頷き、
「ドルチェ・ファル・ニエンテ。何もしないことをするって、美しいよね」と、軽く微笑んだ。
「仕事とか、しないでいられるの?」と訊いたら、
「うん、もちろん。だから、ここに休暇に来たんだもん」
 そう、もちろん、片時もラップトップを手放さない彼なりに、なのだろうけれど。
 何もしない選択をしたのは、Nに気を遣わせたくなかったのと、料理は彼のお姉さん夫婦(お義兄さんは建築士で、ここのリノベーションをしたらしい)が腕を奮ってくれるし、プール以外の掃除を皆で分担するのも合宿みたいで楽しかったし、もちろん、広いヴィラで優雅なバカンスの気分に浸りたかったからでもある。もっとも、週の半分くらいは、誰かが訪ねてきたのだが。
 仕事関係のひとや、オーナーの娘さんが集まってブランチを摂ったり、Nの友達がプールサイドでパーティを開いたり、連れ立ってサーフィンや夜遊びに出かけることもあった。
 訪問客のいない時の彼は、家族写真よろしくフィルムのカメラやポラロイドを撮り、古い8ミリカメラを回し、暗室にこもるとか、映画を観るとか、穏やかに過ごしていた。私も、読書と午睡で時間を浪費した。叔母だけは、ショッピングモールとか美術館を巡り、彼のお姉さんを誘ってダイビングやテニスへ行くなど、忙しくしたがった。
 午前中、キッチンで彼のお姉さんにお菓子作りを教わっていたら、彼が飲み物を取りに来たついでに、
「ねえねえ、読書感想文とか、手伝おうか。『からすのパンやさん』にする?それとも『だるまちゃんとてんぐちゃん』?それとも……」と、幼少期の私のお気に入りだった絵本のタイトルを並べ、揶揄いはじめた。
「お断りします」と私は遮り、「『だるまちゃんとうさぎちゃん』でもご遠慮します」
「『だるまちゃん』が大好きなのに?」
「感想文は、もう片付けた」
 本気でないにしろ、彼はしょっちゅう私の宿題を手伝いたがった。今になって、彼のお姉さんが収集していたエリック・カールの綺麗な絵本を教材にして、英語を教えてもらえば良かったかなと、残念に思う。彼の教師ぶりを知ることができたから。


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