氷の伯爵(旦那様)が記憶を失くされたようです

千羊

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料理人は鼻高々のようです 前編

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「今日の料理を作ったものは誰だ? 奥様がお呼びだ」

 伯爵様たちのお食事が終わり、料理人たちはやっと自分たちの番だと残り物を皿に盛っていた。そんな時に家令が突然現れてそんなことを言うものだから厨房内が騒然とした。今日昼頃、ヴィヴィアナの侍女から声がかかり晩餐は伯爵様と同じものを出すようにと言われたので、おそらくそれについてであろうが、どんなことを言われるのかわからず、料理人や見習いたちは顔を青ざめさせていた。だが、誰が行くのかと皆が目線で責任を押し付け合っている中、一歩前に出るものがいた。料理人のモーリスだった。

「今日のメインディッシュはオレが作りやした」
「ああ、調度いい。奥様がメインディッシュを気に入ってらした。それについて話があるとのことだ」

 周りはホッとしていた。この冬二人の行儀見習いが姿を消したと聞くし、正直ヴィヴィアナはなにをしたものかわかったものじゃない。気に入らない料理があったのかと料理長は一度自分の首が飛び跳ねる想像もしたが、それは杞憂だったようだ。しかし、悪いことではないと分かったとはいえ得体の知れないヴィヴィアナと対面するのはまっぴらごめんだ。

「モーリス、お前が行くのか?」
「当り前じゃねぇですか! オレの料理が不味いはずないんですや!」

 モーリスはなぜか周りとは違って自信満々だった。料理長はヴィヴィアナが怖くはないのかと思ったが、なにか言えば結局は自分が行くことになりそうだからと黙っていることにした。

「お、おう。じゃあ頼んだぞ」

 同僚たちに見送られながらモーリスは家令について行った。

 モーリスは厨房を出てから、ニヤニヤと表情が崩れるのが止まらなかった。気に入ってもらって呼ばれたということは、自分の料理が認められたということだ。以前から副厨房で侍女が一人で料理しているのが気に食わなかった。自分のほうが上手く作れる自信があるし、侍女なんて言うほかの領分のものが料理人の領域を侵しているようだったし、なによりモーリスが作れば絶対に専属にしてもらえるというのにそのチャンスを侍女が奪っているのが癪に障る。だが、今回呼ばれたということは専属にしてもらえるかもしれない。そしてゆくゆくは料理長だ。モーリスの未来は明るい。
 厨房から食堂はそう遠くない。すぐに着いて、モーリスは足を止めてしまった。目の前の少女があまりにも美しかったからだ。

「貴方が、今日のメインディッシュを作ってくれた料理人かしら?」

 遠くから何度か見たことがあったが、近くで見るとここまで美しい人なのか。その仕草といい、所作といい、周りにいた女とは全く違う。
 つい見惚れてすっかり頭を下げることを忘れてしまったので、慌てて腰を折る。くすくすと上品な笑い声が聞こえて、恥ずかしさに顔が赤くなった。顔を上げるように言われたが、顔色がまだ赤いままだったのでなおるようにと願ってゆっくり少女を見た。ヴィヴィアナにまた目を奪われてしまいそうになるが、質問を思い出して急いで答えた。

「は、はい。オレが作りやしたっ!」
「まぁ!」

 ヴィヴィアナは手のひらを合わせて嬉しそうに笑った。モーリスにはなぜか光が舞っているように見えた。なんだか胸が熱い。

「わたしの料理はいつも侍女のユリィが作っていてのは知っているでしょう? けれど、ユリィの負担を軽くしたいと思っていたのよ。だから、これから当分作ってもらいと思っているの。どうかしら?」
「そ、それは専属ってことですかい?」
「貴方が立派な働きをしたら、もちろん専属にする予定よ」

 モーリスはこれからよろしくね、と笑いかけられて嬉しさに舞い上がりそうだった。こんな美しい人に選んでもらえるなんて、やはり自分は最高の料理人なのだ。

「せ、精一杯、作らせていただきやす!」

 深く頭を下げると、ヴィヴィアナは上品にクスリと笑った。その声がまた胸を熱くした。




 厨房に戻ったモーリスは同僚たちに事の顛末を話した。一部の料理人は悔しそうにしていたが、ほとんどのものたちは何とも言えない表情をしている。

「つまり、これからヴィヴィアナ様の料理は俺たちが作るってことか?」
「料理長じゃなくて、オレです! このオレが!」
「とはいっても、全ては無理だろう? アシストはいるんだから」
「当り前じゃねぇですか。オレが皮むきなんてするわけないんすよ。そんなのは見習いの仕事ですや」

 それを共同で作るというのだが、モーリスになにを言っても無駄なようだ。料理長は諦めたようにため息をついた。腕は確かだが、自尊心が高すぎて本当に困る。

「明日からメニューはオレが決めますや」
「はぁ? 伯爵様も食べるんだから、料理長の俺が決めるに決まっているだろう!?」
「ヴィヴィアナ様はオレに期待してるんすよ? 専属になるまでオレが決めるに決まってます!」
「調子に乗るな! この場所の責任者は料理長の俺だ!」

 怒鳴る料理長にモーリスは引かなかった。自分よりも料理が出来ないやつになにを言われても痛くもかゆくもない。

「わかりやした! じゃあ、オレは副厨房使わせてもらいやす!」

 ヴィヴィアナの料理を作るだけならあの侍女も一人で作っていたのだから、自分だってできないことはない。同じく大声で返し、ご飯をよそうとそのまま副厨房へと去っていった。
 本当にあの料理長は使えない。モーリスのほうが実力が上だと未だに認められないかわいそうなおっさんにいつもなら同情してやるところだが、今日はそんな気も起きない。そういえば幼馴染もそうだった。モーリスの実力が分からない、愚図な女だった。
 モーリスは伯爵領のとある町出身だ。そこに幼馴染がいた。彼女はみんなに人気で器量もよく、同世代で誰が幼馴染と結婚するかという話になっていた。彼女は町では大きな料亭の一人娘で、将来は料理人になる人と結婚したいと言っていた。モーリスも料亭の次男であったし、この伯爵領で一番の実力があると自負していた。だから、幼馴染に選ばれると信じて疑わなかった。だが―――、彼女はモーリスに実力の到底及ばない男を選んだ。偶然、二人の逢引きを見たときのモーリスは驚いた。幼馴染の目がそこまで腐っているとは思わなかったからだ。そのとき、伯爵邸で料理人を募集しているという話を思い出した。募集を見たときはこの町一番の料亭のオーナーになるのだと一蹴したが、きっとあれはモーリスの為の募集だったのだ。町の料亭のオーナー程度に自分は収まる器ではなかったということだ。領主の邸宅の料理人、果ては料理長に自分はなるべきだということだ。それからモーリスはすぐに町を出て、伯爵邸で働くことになった。
 周りが低レベルなお蔭ですぐに料理長になれると思ったのだが、料理長は代々伯爵家に仕える家系で、実力ではなく血筋で選ばれていた。そんな中にぽっと出のモーリスが入り込めるわけがない。だが、伯爵家では料理長とは別に奥様に専属が付く。専属は料理長の次に権限を持つ。今の料理長は伯爵様の母君の専属だったという。つまり、料理長への近道なのだ。今回専属になり、ヴィヴィアナの信頼を得ることが出来れば料理長への昇進に口添えしてもらえるかもしれない。
 モーリスは一度奥様・・の専属料理人であったが、あることをきっかけに見習いにまで降格させられた。あの時ははらわたが煮えたぎる思いで自暴自棄になってヴィヴィアナの食事に色々と細工をものだが、思い返してみれば奥様は舌が肥えていなかったのだ。平民なのだから当然だ。貴族の為の料理の味が分かるわけがない。それに比べてヴィヴィアナは生粋の貴族であるからモーリスの料理がいかに美味しいかわかったのだろう。自分は選ぶ相手を間違えていただけだったのだ。自分の主はヴィヴィアナだけだ。
 ヴィヴィアナのお蔭で、モーリスの未来は明るい。

 次の日、モーリスは念のためにヴィヴィアナの侍女たちにモーリスは副厨房で一人で作ることになったと伝えると、後ほど伝言で期待しています、と返ってきた。喜びに舞い上がる気持ちだった。アシストや見習いがいなくて仕込みから全て自分でやらなければならないのは確かに大変だが、ヴィヴィアナに喜んでもらえるなら頑張れる気がした。
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