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第十二話 怒りの宣戦布告
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「私がどうかしましたか?」
背後から、そう怒気のこもった声がした。振り向かなくても、そこに誰が立っているのかわかる。
「ロベルト……」
無視するわけにもいかず、ユーリはそちらを向いた。正面にとらえると、よりいっそう圧を感じる。
だが、その顔は無表情に見えるほど落ち着いている。感情が面に出なくなっているほど怒っているのだとわかって、ユーリは改めて怖くなった。
「あの、リリーは……?」
「今日はもう遅いから、実家に帰らせた」
無事に見つかったことに、ひとまず安堵する。だが、いつもは敬語で話すロベルトの口調がくだけたものになっているのに気づいて、姿勢を正した。
今、目の前にいるのはユーリの護衛騎士ではなく、リリーの兄だ。彼女のことで怒っているのなら、きちんと受け止めなければならない。
「私は今、非常に腹を立てています。なぜだかわかりますか? ご自分の胸に手を当てれば、理由はわかると思いますが」
深呼吸を何度か繰り返し、表面上は落ち着きを取り戻してからロベルトは口を開いた。言葉が丁寧になったぶん怒気が強くなった気がして、ユーリはごくりと唾を飲み込んだ。
「リリーと、一夜を共にしたからか……?」
言い終わらぬうちに、ロベルトは一瞬で間合いを詰めてきた。あっと思ったときには、胸ぐらを掴まれ持ち上げられていた。わずかにロベルトのほうが背が高いため、目線を合わせるために爪先立ちになる。
「……一夜を共にした? 殿下にとっては一夜の楽しみでも、妹にとっては一生のことなんですよ。遊び相手なら、もっと他にいたでしょう? どうしてうちの妹なんですか? どうして、リリーを弄ぶような真似を……?」
「ご、誤解だ! 弄んでなど……」
「じゃあ、なぜリリーは泣いているんだ!? 幸せそうにしていない? なぜ、思いつめた顔をしているんだ?」
一切の言い訳を認めぬ勢いでロベルトはまくしたてる。その目の奥には怒りだけではなく、悲しみがにじんでいた。
「俺は、あの子が生まれてきたときからあの子の幸せのことだけを考えてきた。つらい思いをさせないよう、怖い思いをさせないよう、精一杯守ってきた。できれば、一生そうやって守ってやりたい。だが……それはできないんだ。だから、いつかは誰か思い合える相手を見つけて、結婚させてやりたかった。俺は、あの子が幸せな結婚をするためにこれまで守ってきたといっても過言じゃないんだ! それを、お前が……!」
ロベルトは拳を握りしめていた。本当は、何回でも殴ってやりたいのだろう。ロベルトはその衝動をギリギリのところで抑え込んでいる。
「これまで殿下の行動にある程度目を瞑っていたのは、リリーが殿下を好きなことを知っていたからです。リリーを悲しませないために、わずかに目こぼしをしていただけです。……あの子は、小さなときから殿下のことが好きですから」
悲しみをたたえた目で見つめられ、ユーリの胸は痛んだ。怒られたり憎まれたりするよりも、失望されるほうがつらい。リリーの兄としてではなく、そばで親切にしてくれる者としてロベルトのことも好きなのだ。
だから、何とか誤解を解きたいと思った。
「僕だって、ずっとリリーのことが好きだ。幸せにしたいと思ってる! 弄んだだなんて、誤解なんだ!」
「好きだから何だ!? 好きって気持ちがあれば、安易に触れていいのか!? ……好きのその先まで考えられなければ、触れることは許せないんだよ!」
「好きの、その先……」
ロベルトの言葉に、ユーリははっとした。
好きだから、触れた。リリーが受け入れてくれたから、触れてもいいと思った。だが、世間はどう思うだろうか。
婚前交渉は、知られればとがめられる。こういった場合、厳しい目を向けられるのは女性ばかりだ。
ロベルトは、そういったことが言いたかったのだろう。
「リリーを、妻に欲しいと思っている。僕が強く望んでいるし、それが叶えられない立場だとは思わない」
真剣な思いが伝わるようにと、まっすぐにロベルトを見つめて言った。だが、ロベルトは掴んでいた胸倉から手を離し、鼻で笑っただけだった。
「そんなこと、あとからどうとでも言える」
「本当なんだ! 取りつくろうために言ってるわけじゃない!」
「お前がどう思ってるかなんて、どうでもいいんだよ! ……リリーは、妻にと請われただなんて思っていない。それどころか、お前に想い人がいると思ってるんだ!」
「まさか……」
リリーがなぜ戸惑っていたのか、ここに来てようやく理解した。そして、その戸惑いの原因を探ってやることもせず突っ走ったために、どれだけ彼女を傷つけたのかもわかった。
「リリーは、僕に他に好きな人がいると思い込んでたのに、僕を受け入れてくれたのか……」
「おそらく、長年の片思いに終止符でも打つつもりでお前に抱かれたんだろう。リリーは、お前との一夜を一生の思い出にして生きていくつもりなんだよ」
「そんな……そんなひどいことはさせない! 一夜だけで終わらせるものか!」
あまりにも悲しくて、ユーリは思わず叫んでいた。それでも、ロベルトには届かない。ロベルトは怒りに満ちた瞳で、静かにユーリを見ていた。
「子供のように好き勝手に振る舞って、うまくいかなかったら駄々をこねる……それで何でも手に入ると思うなよ。お前は、リリーを手に入れるための根回しや、余計なことを言ってくる連中からリリーを守ること、リリーを安心させてやること……もっともっと、しなければならないたくさんのことをしてこなかった。俺は、言ってきたつもりだがな」
「……そうだった」
リリーと出会って数年経ってから、ロベルトはユーリに言ったのだ。「リリーを特別扱いすることで、あの子が嫌な思いをしたり危ない目にあったりしたらどうしますか? あの子のことを、どう守る気ですか?」と。
それを単に他の令嬢たちの嫉妬に触れることだと勘違いしたユーリは、誰にでも軽薄に声をかけるナンパ野郎に成り下がっただけだった。それでリリーを守った気になって。……王子としての自覚が、好きな女の子を手に入れるための覚悟が、あまりにも足りなさすぎた。
「……それでも、僕はリリーが欲しい。他の誰もいらない。誰にも、リリーを渡したくない! リリーと結婚したいんだ。どうすればいい? ……ロベルト、教えてくれ」
ユーリは、地面に膝をついてロベルトに請うた。王子が臣下に膝を付くなど、普通ならありえないことだ。
だが、今のユーリは王子としてではなく、ひとりの男としてロベルトに対峙している。それが伝わったのか、ロベルトはゆっくりと腰の剣を抜いた。
「いいだろう。そんなにリリーが欲しければ、剣で俺に勝て。俺より弱い男に、大事な妹を預けるつもりはない!」
燃えるような夕陽を背に、ロベルトはユーリに剣を突きつけた。そのあまりの殺気に、ユーリは冷や汗をにじませる。
それでも、目をそらさずうなずいた。
「――わかった。必ず勝つ」
背後から、そう怒気のこもった声がした。振り向かなくても、そこに誰が立っているのかわかる。
「ロベルト……」
無視するわけにもいかず、ユーリはそちらを向いた。正面にとらえると、よりいっそう圧を感じる。
だが、その顔は無表情に見えるほど落ち着いている。感情が面に出なくなっているほど怒っているのだとわかって、ユーリは改めて怖くなった。
「あの、リリーは……?」
「今日はもう遅いから、実家に帰らせた」
無事に見つかったことに、ひとまず安堵する。だが、いつもは敬語で話すロベルトの口調がくだけたものになっているのに気づいて、姿勢を正した。
今、目の前にいるのはユーリの護衛騎士ではなく、リリーの兄だ。彼女のことで怒っているのなら、きちんと受け止めなければならない。
「私は今、非常に腹を立てています。なぜだかわかりますか? ご自分の胸に手を当てれば、理由はわかると思いますが」
深呼吸を何度か繰り返し、表面上は落ち着きを取り戻してからロベルトは口を開いた。言葉が丁寧になったぶん怒気が強くなった気がして、ユーリはごくりと唾を飲み込んだ。
「リリーと、一夜を共にしたからか……?」
言い終わらぬうちに、ロベルトは一瞬で間合いを詰めてきた。あっと思ったときには、胸ぐらを掴まれ持ち上げられていた。わずかにロベルトのほうが背が高いため、目線を合わせるために爪先立ちになる。
「……一夜を共にした? 殿下にとっては一夜の楽しみでも、妹にとっては一生のことなんですよ。遊び相手なら、もっと他にいたでしょう? どうしてうちの妹なんですか? どうして、リリーを弄ぶような真似を……?」
「ご、誤解だ! 弄んでなど……」
「じゃあ、なぜリリーは泣いているんだ!? 幸せそうにしていない? なぜ、思いつめた顔をしているんだ?」
一切の言い訳を認めぬ勢いでロベルトはまくしたてる。その目の奥には怒りだけではなく、悲しみがにじんでいた。
「俺は、あの子が生まれてきたときからあの子の幸せのことだけを考えてきた。つらい思いをさせないよう、怖い思いをさせないよう、精一杯守ってきた。できれば、一生そうやって守ってやりたい。だが……それはできないんだ。だから、いつかは誰か思い合える相手を見つけて、結婚させてやりたかった。俺は、あの子が幸せな結婚をするためにこれまで守ってきたといっても過言じゃないんだ! それを、お前が……!」
ロベルトは拳を握りしめていた。本当は、何回でも殴ってやりたいのだろう。ロベルトはその衝動をギリギリのところで抑え込んでいる。
「これまで殿下の行動にある程度目を瞑っていたのは、リリーが殿下を好きなことを知っていたからです。リリーを悲しませないために、わずかに目こぼしをしていただけです。……あの子は、小さなときから殿下のことが好きですから」
悲しみをたたえた目で見つめられ、ユーリの胸は痛んだ。怒られたり憎まれたりするよりも、失望されるほうがつらい。リリーの兄としてではなく、そばで親切にしてくれる者としてロベルトのことも好きなのだ。
だから、何とか誤解を解きたいと思った。
「僕だって、ずっとリリーのことが好きだ。幸せにしたいと思ってる! 弄んだだなんて、誤解なんだ!」
「好きだから何だ!? 好きって気持ちがあれば、安易に触れていいのか!? ……好きのその先まで考えられなければ、触れることは許せないんだよ!」
「好きの、その先……」
ロベルトの言葉に、ユーリははっとした。
好きだから、触れた。リリーが受け入れてくれたから、触れてもいいと思った。だが、世間はどう思うだろうか。
婚前交渉は、知られればとがめられる。こういった場合、厳しい目を向けられるのは女性ばかりだ。
ロベルトは、そういったことが言いたかったのだろう。
「リリーを、妻に欲しいと思っている。僕が強く望んでいるし、それが叶えられない立場だとは思わない」
真剣な思いが伝わるようにと、まっすぐにロベルトを見つめて言った。だが、ロベルトは掴んでいた胸倉から手を離し、鼻で笑っただけだった。
「そんなこと、あとからどうとでも言える」
「本当なんだ! 取りつくろうために言ってるわけじゃない!」
「お前がどう思ってるかなんて、どうでもいいんだよ! ……リリーは、妻にと請われただなんて思っていない。それどころか、お前に想い人がいると思ってるんだ!」
「まさか……」
リリーがなぜ戸惑っていたのか、ここに来てようやく理解した。そして、その戸惑いの原因を探ってやることもせず突っ走ったために、どれだけ彼女を傷つけたのかもわかった。
「リリーは、僕に他に好きな人がいると思い込んでたのに、僕を受け入れてくれたのか……」
「おそらく、長年の片思いに終止符でも打つつもりでお前に抱かれたんだろう。リリーは、お前との一夜を一生の思い出にして生きていくつもりなんだよ」
「そんな……そんなひどいことはさせない! 一夜だけで終わらせるものか!」
あまりにも悲しくて、ユーリは思わず叫んでいた。それでも、ロベルトには届かない。ロベルトは怒りに満ちた瞳で、静かにユーリを見ていた。
「子供のように好き勝手に振る舞って、うまくいかなかったら駄々をこねる……それで何でも手に入ると思うなよ。お前は、リリーを手に入れるための根回しや、余計なことを言ってくる連中からリリーを守ること、リリーを安心させてやること……もっともっと、しなければならないたくさんのことをしてこなかった。俺は、言ってきたつもりだがな」
「……そうだった」
リリーと出会って数年経ってから、ロベルトはユーリに言ったのだ。「リリーを特別扱いすることで、あの子が嫌な思いをしたり危ない目にあったりしたらどうしますか? あの子のことを、どう守る気ですか?」と。
それを単に他の令嬢たちの嫉妬に触れることだと勘違いしたユーリは、誰にでも軽薄に声をかけるナンパ野郎に成り下がっただけだった。それでリリーを守った気になって。……王子としての自覚が、好きな女の子を手に入れるための覚悟が、あまりにも足りなさすぎた。
「……それでも、僕はリリーが欲しい。他の誰もいらない。誰にも、リリーを渡したくない! リリーと結婚したいんだ。どうすればいい? ……ロベルト、教えてくれ」
ユーリは、地面に膝をついてロベルトに請うた。王子が臣下に膝を付くなど、普通ならありえないことだ。
だが、今のユーリは王子としてではなく、ひとりの男としてロベルトに対峙している。それが伝わったのか、ロベルトはゆっくりと腰の剣を抜いた。
「いいだろう。そんなにリリーが欲しければ、剣で俺に勝て。俺より弱い男に、大事な妹を預けるつもりはない!」
燃えるような夕陽を背に、ロベルトはユーリに剣を突きつけた。そのあまりの殺気に、ユーリは冷や汗をにじませる。
それでも、目をそらさずうなずいた。
「――わかった。必ず勝つ」
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※10000字前後の短いお話です。
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