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第三話
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「セナは、こういう服装が好きなのか?」
「うん、好き。それに値段も手頃だしね」
エイジが興味を示したようだったから、星奈は改めて値札を確認してみた。マネキンが着ている三点すべて購入しても、一万円で少しお釣りがくる。さすが学生たちに人気のファストファッションだ。
「ジーンズとTシャツは買いかな。でも、最近って春が短くてすぐに夏が来ちゃうから、とりあえずジャケットは見送りで。代わりに買うのはカーディガンかなあ」
店内をグルッと見回すと、シンプルな柄の入ったTシャツに鮮やかな色のカーディガンを合わせたコーディネートも展示してあった。星奈は無難に白のTシャツを購入しようと考えていたけれど、胸のあたりに三本だけ細いボーダーが入ったTシャツが気になってしまった。マネキンはそのTシャツに黒のカーディガンを合わせているけれど、星奈の手はサックスブルーのものに伸びる。
「……やっぱり、似合う」
サックスブルーのカーディガンを手にとって顔映りを確認してみると、それは驚くほどエイジに似合った。少し目の色素が薄いし肌も白めできれいだからか、明るい色がよく映える。
「今履いてるインディゴブルーのジーンズにも合うし、黒のチノパンかジーンズがあれば合わせやすいよね。それとオックスフォードシャツとTシャツが二枚くらいあれば、しばらく着回せるかな」
ああでもないこうでもないと言いながら、星奈は選んだ服がエイジに似合うか確認していく。そしてカゴを取ってきて、気に入ったものを放り込んでいった。
傍目からは、彼氏の服選びが楽しくて仕方がない彼女に見えるだろう。実際に、星奈は楽しんでいた。この二週間ずっと塞ぎ込んでいた反動かのように、とてもはしゃいでいた。
「セナ、楽しそうだな」
そろそろ星奈が会計をしようかと考え始めた頃、ずっと黙って店の中を連れ回されていたエイジが言った。言葉の調子か光の当たり具合か、エイジの顔には微笑みが浮かんでいるように見える。
「私ばっかりはしゃいじゃって、ごめん。エイジの買い物なのにね」
「セナが楽しそうだからいい。それに買い物に興味があって、何か買いたいものがあったわけじゃないんだ。だから服でもティッシュでも、セナが買い物するところが見られればそれでいい」
「もう……ティッシュのことはひとまず忘れてよ。じゃあ、これ買ってくるからね」
ロボットゆえなのか、寛大にプログラムされているのか、エイジの言葉は優しい。それが胸に刺さったのとティッシュのことを冷やかされたのが恥ずかしくて、カゴを手に星奈はさっさとレジへ向かった。
でもその途中であることに気がついて、くるっと振り返る。
「この代金は、気にしなくていいからね。私がやりたくてやってることだし、エイジのことで報酬ももらえることになってるし」
エイジに気にしないで欲しかったのと、本音が半々だった。
言葉にしてみて、自身で妙に納得した。
星奈はこうして男物の服を選んでみたかったのだ。バイク乗りの瑛一は星奈の選んだ服を着てはくれなかっただろうけれど、こうして一緒に選んで、それを贈ってみたかったのだ。あわよくばその選んだ服を着てもらって、デートがしてみたかったのだ。
瑛一といるときにはさして意識しなかった願望が、いなくなって初めて表に出てくるなんて……。気づいてしまって、鼻の奥がツンと痛くなった。
でも、涙は出てこなかったのは、昨日泣ける映画を見て散々泣いておいたのがよかったのかもしれない。閉じこもっていた二週間と昨日だけで、星奈はもう一生分涙を流した気がする。
「セナ、疲れてないか? 見てると、ここに来てからずっと興奮してるように見える。そろそろどこかに座って休んだらどうだ?」
会計を済ませて店を出ると、エイジにそっと上着の袖をつままれ、そう提案された。数歩先を歩く星奈を呼びとめる方法がそれしか思いつかなかったのかと思うと、何だか可愛くて少し笑ってしまう。
「休憩かあ。そうだね。久しぶりに歩いたし、ヒールで足ちょっと痛いから、どこかで休もうかな」
「それなら、クレープ屋やアイスクリーム屋に行ったらいいと思う。女性は甘いものが好きだろう? それに、甘いものを食べるとドーパミンというやる気を出す神経伝達物質やセトロニンが分泌されていいらしい」
どこかで軽くお昼ご飯を食べようかと思っていたのに、エイジが熱心にスイーツを勧めてくるのがおかしい。理屈っぽいことを言いつつも、本当は自分が興味があるだけなのだろう。
そう思って、星奈は瑛一に初めてデートに誘われたときのことを思い出して笑った。そういえば瑛一も、何やら理屈っぽいことを言っていた。
「何で笑ってるんだ?」
「瑛一が……彼氏がね、初めて私をデートに誘ったときも、そんなこと言ってたなって。『今度、甘いものでも食べに行かない? 女の子って、甘いもの好きだろ』とか言ってきたから、何だろうなこの人って思いつつとりあえずデートしてみたんだけど、あとからわかったのは彼氏自身が甘党だったの」
大学に入ってまだそんなに経っていない頃、一般教養などの講義で顔を合わせる程度の知り合いだった瑛一が、突然甘いものを食べに行こうと誘ってきたのだ。オシャレなケーキ屋さんがあるから、一緒に行こうと。
最初は、女なんてみんな甘いもの好きと決めつけて誘ってきたのだろうと思っていた。でも、あまりに熱心に誘ってくるし、話を聞いているとどうにも詳しすぎるから、星奈は興味を持ったし、瑛一自身が甘党なのではないかど推測したのだ。
そして実際に一緒に行ってみると瑛一が甘いもの好きだとはっきりわかった。
一見するとクールで硬派でバイクにしか興味がない瑛一が、実はかなりの甘いもの好き――そのギャップに、星奈はやられてしまった。
それに、カムフラージュのためとはいえ星奈を誘った理由が「牧村さんなら、俺が甘党ってわかっても面白がって言いふらしたりしないかなって」というものだったのも、星奈としては好感度アップのポイントだったのだ。
「うん、好き。それに値段も手頃だしね」
エイジが興味を示したようだったから、星奈は改めて値札を確認してみた。マネキンが着ている三点すべて購入しても、一万円で少しお釣りがくる。さすが学生たちに人気のファストファッションだ。
「ジーンズとTシャツは買いかな。でも、最近って春が短くてすぐに夏が来ちゃうから、とりあえずジャケットは見送りで。代わりに買うのはカーディガンかなあ」
店内をグルッと見回すと、シンプルな柄の入ったTシャツに鮮やかな色のカーディガンを合わせたコーディネートも展示してあった。星奈は無難に白のTシャツを購入しようと考えていたけれど、胸のあたりに三本だけ細いボーダーが入ったTシャツが気になってしまった。マネキンはそのTシャツに黒のカーディガンを合わせているけれど、星奈の手はサックスブルーのものに伸びる。
「……やっぱり、似合う」
サックスブルーのカーディガンを手にとって顔映りを確認してみると、それは驚くほどエイジに似合った。少し目の色素が薄いし肌も白めできれいだからか、明るい色がよく映える。
「今履いてるインディゴブルーのジーンズにも合うし、黒のチノパンかジーンズがあれば合わせやすいよね。それとオックスフォードシャツとTシャツが二枚くらいあれば、しばらく着回せるかな」
ああでもないこうでもないと言いながら、星奈は選んだ服がエイジに似合うか確認していく。そしてカゴを取ってきて、気に入ったものを放り込んでいった。
傍目からは、彼氏の服選びが楽しくて仕方がない彼女に見えるだろう。実際に、星奈は楽しんでいた。この二週間ずっと塞ぎ込んでいた反動かのように、とてもはしゃいでいた。
「セナ、楽しそうだな」
そろそろ星奈が会計をしようかと考え始めた頃、ずっと黙って店の中を連れ回されていたエイジが言った。言葉の調子か光の当たり具合か、エイジの顔には微笑みが浮かんでいるように見える。
「私ばっかりはしゃいじゃって、ごめん。エイジの買い物なのにね」
「セナが楽しそうだからいい。それに買い物に興味があって、何か買いたいものがあったわけじゃないんだ。だから服でもティッシュでも、セナが買い物するところが見られればそれでいい」
「もう……ティッシュのことはひとまず忘れてよ。じゃあ、これ買ってくるからね」
ロボットゆえなのか、寛大にプログラムされているのか、エイジの言葉は優しい。それが胸に刺さったのとティッシュのことを冷やかされたのが恥ずかしくて、カゴを手に星奈はさっさとレジへ向かった。
でもその途中であることに気がついて、くるっと振り返る。
「この代金は、気にしなくていいからね。私がやりたくてやってることだし、エイジのことで報酬ももらえることになってるし」
エイジに気にしないで欲しかったのと、本音が半々だった。
言葉にしてみて、自身で妙に納得した。
星奈はこうして男物の服を選んでみたかったのだ。バイク乗りの瑛一は星奈の選んだ服を着てはくれなかっただろうけれど、こうして一緒に選んで、それを贈ってみたかったのだ。あわよくばその選んだ服を着てもらって、デートがしてみたかったのだ。
瑛一といるときにはさして意識しなかった願望が、いなくなって初めて表に出てくるなんて……。気づいてしまって、鼻の奥がツンと痛くなった。
でも、涙は出てこなかったのは、昨日泣ける映画を見て散々泣いておいたのがよかったのかもしれない。閉じこもっていた二週間と昨日だけで、星奈はもう一生分涙を流した気がする。
「セナ、疲れてないか? 見てると、ここに来てからずっと興奮してるように見える。そろそろどこかに座って休んだらどうだ?」
会計を済ませて店を出ると、エイジにそっと上着の袖をつままれ、そう提案された。数歩先を歩く星奈を呼びとめる方法がそれしか思いつかなかったのかと思うと、何だか可愛くて少し笑ってしまう。
「休憩かあ。そうだね。久しぶりに歩いたし、ヒールで足ちょっと痛いから、どこかで休もうかな」
「それなら、クレープ屋やアイスクリーム屋に行ったらいいと思う。女性は甘いものが好きだろう? それに、甘いものを食べるとドーパミンというやる気を出す神経伝達物質やセトロニンが分泌されていいらしい」
どこかで軽くお昼ご飯を食べようかと思っていたのに、エイジが熱心にスイーツを勧めてくるのがおかしい。理屈っぽいことを言いつつも、本当は自分が興味があるだけなのだろう。
そう思って、星奈は瑛一に初めてデートに誘われたときのことを思い出して笑った。そういえば瑛一も、何やら理屈っぽいことを言っていた。
「何で笑ってるんだ?」
「瑛一が……彼氏がね、初めて私をデートに誘ったときも、そんなこと言ってたなって。『今度、甘いものでも食べに行かない? 女の子って、甘いもの好きだろ』とか言ってきたから、何だろうなこの人って思いつつとりあえずデートしてみたんだけど、あとからわかったのは彼氏自身が甘党だったの」
大学に入ってまだそんなに経っていない頃、一般教養などの講義で顔を合わせる程度の知り合いだった瑛一が、突然甘いものを食べに行こうと誘ってきたのだ。オシャレなケーキ屋さんがあるから、一緒に行こうと。
最初は、女なんてみんな甘いもの好きと決めつけて誘ってきたのだろうと思っていた。でも、あまりに熱心に誘ってくるし、話を聞いているとどうにも詳しすぎるから、星奈は興味を持ったし、瑛一自身が甘党なのではないかど推測したのだ。
そして実際に一緒に行ってみると瑛一が甘いもの好きだとはっきりわかった。
一見するとクールで硬派でバイクにしか興味がない瑛一が、実はかなりの甘いもの好き――そのギャップに、星奈はやられてしまった。
それに、カムフラージュのためとはいえ星奈を誘った理由が「牧村さんなら、俺が甘党ってわかっても面白がって言いふらしたりしないかなって」というものだったのも、星奈としては好感度アップのポイントだったのだ。
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