ロボ彼がしたい10のこと

猫屋ちゃき

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第八話

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「ちょっと、幸香。次は代わって」
「俺、夏目と組んでる時点で負け確定じゃん。夏目、早く釣り上げろ。魚に餌やりに来たんじゃないぞ」
「何だこれ! 俺、寂しい! 寂しいから絶対勝つ!」

 男性たちはそれぞれに闘志を燃やし、猛然と釣り竿を振った。女性陣が竿を握っていたときから一転、雰囲気はのんびりしたものから真剣なものになった。
 潮の流れがよかったのか、それからは面白いほど魚が釣れた。星奈も入れ食い状態だったけれど、男性たちにバトンタッチしてからはそれ以上だ。
 だからこそ、勝負はどんどん白熱していく。

「店長も金子くんも、勝負事にムキになるんだね。何か、意外だった」

 エイジも篤志もよく釣れているようだけれど、今のところ競っているのは前川と金子のようだ。双方いかに相手より多く釣るかに必死になって、魚を外しては竿を振り、また釣り上げては竿を振りを繰り返している。

「いやいや。金子はあれでもこだわりの強い奴なんで、自宅で竿の準備してるときから『みんな釣れるといいな。俺が一番釣るけど』とか言ってたんですから」
「へぇ。クールなだけじゃないんだね」
「全然! クールというか静かなのはよそ行きの顔です」
「うまくいってるみたいで、よかった」

 金子のことをいろいろと話す夏目は幸せな女の子そのもので、二人の関係が順調なことを物語っている。この前の合コンがいい転機になったようで、よかったなと星奈は思う。

「それにしてもよく釣れるねえ。あたしは、夕飯がアジ尽くしになるなら誰が勝ってもいいけど」

 白熱する男性陣を冷ややかな目で見つめて、幸香が言った。

「どうしたの? すねてる?」
「すねてる。だってあたし、まだそんなに釣ってなかったもん」
「えー。じゃああとで釣り竿、取り返さなきゃ。でも、やっぱり店長が勝って欲しいから応援するでしょ?」
「まあね」

 あまり釣り竿を持たせてもらえなかったことにすねつつも、幸香も前川の話になると嬉しそうだ。

「星奈さんはどっちを応援するんですか? 篤志さんとエイジさん」

 何も知らない夏目が、無邪気に尋ねてきた。
 確かにこの流れだと、星奈はどちらかを応援しなくちゃいけないのだろうと思う。でも、星奈の目は自然とエイジを見つめてしまっていた。

「やっぱりエイジさんですか? 何か、星奈さんに懐いてて可愛いですもんね」
「そ、そうかな……?」
「じゃあ、私は篤志さんを応援してあげようかな。金子は応援しなくても勝つし」

 夏目はあくまで無邪気に言い放ってから、篤志のもとへ走っていった。
「イェーイ篤志さん、釣れてますー?」というのは応援ではなく、煽りではないかと思うのだけれど。

「何かさ、最近の星奈を見てると心配だよ」

 幸香は、海から星奈に視線を移して言う。そこに咎めるような空気を感じ取って、星奈は身構えた。

「……心配って、何が?」
「何がって、エイジのことだよ。星奈、エイジがずっとそばにいるわけじゃないってこと、忘れてない?」
「忘れてないよ。モニターは長くても八月まで。ちゃんとわかってる」
「……ならいいけど。ちゃんと割り切ってないと、辛くなるのは星奈だからね」

 ただ当たり前の事実を確認しただけなのに、二人の間には気まずい空気が流れてしまう。幸香が悪いわけではないとわかっているし、言いたいこともわかるけれど、星奈の気持ちは沈んだ。

「あー、だめだ。流れが変わった。これは、もう釣れないかも」

 不意に金子が言って、竿を持ったまま〝お手上げ〟みたいなポーズをとる。
 そういえば、少し前からひっきりなしに釣り上げて魚を外す様子が見られなくなっていた。
 金子が見切りをつけたのを合図に、みんな糸を海から上げた。

「セナ、たくさん釣ったよ。それぞれ四十匹以上は釣ったかも」

 最後に釣り上げた魚を針から外しながら、エイジがにこやかに言ってきた。その楽しげな表情を見て、星奈の気持ちは上向いた。

「セナにあまり釣らせてあげられなくてごめん」
「いいよ。エイジが楽しめたなら」
「うん、楽しかった。ありが……」
「エイジ!?」

 嬉しそうに星奈のそばに来ようとしていたエイジの身体が、突然ぐらついた。そして足をもつれさせるように前のめりになった。

「大丈夫?」

 倒れる寸前のところで、駆け寄った星奈が受け止めることができた。でも、なかなか返答がない。

「……うん。何か、急に目の前が真っ暗になって、ずっと暗い下り坂に吸い込まれていくような感覚がして……」
「下り坂? きっと、悪い夢を見たんだよ」

 やっと返事があったと思ったのに、それは要領を得ない。ロボットは夢を見るのだろうかと思いつつも、星奈はそんな言葉しかかけられなかった。

「エイジくん、暑さのせいで立ちくらみかな。これで首元を冷やしてみて」

 前川がクーラーボックスから取ってきてくれたらしく、冷たいペットボトルをエイジに差し出した。

「すみません。ありがとうございます、前川さん」
「……うん。こっち、日陰に行って休もうか」

 一瞬、エイジの様子に星奈は違和感を覚えた。それは前川も同じだったようだけれど、それどころではない。
 まだ足に力が入り切らないエイジの両脇を二人で抱え、陰になっているところまで運んだ。

「真野さんたちに連絡しようか?」

 前川たちがそろそろ帰ろうかとかどこか涼めるところへ寄ろうかと話し合っているのに聞き耳を立てながら、星奈は座り込んでいるエイジに声をかけた。
 エイジは意識はあるものの、ぐったりしている。周りは暑気あたりだと思っているけれど、ロボットは暑気あたりにならないことを知っている星奈は不安だった。

「いい、帰ってからで。もう元気だし」
「本当? 何か欲しいものある?」
「今はそばにいて、セナ」

 不安な子供がするように、エイジは星奈の指先を摑んだ。手をつなぐほどしっかりしたものではなく、ためらいながらも思わず摑んだという感じだ。
 見上げる視線もどこかすがるようで、星奈の胸は締めつけられる。
 星奈は唐突に、自分が今どこで、誰と向き合っているのかわからなくなった。正確に言えば、瑛一と対峙しているような錯覚を起こしそうになったのだ。
 そのことを自覚して、幸香が何をしていたのかが身にしみてわかった。

(瑛一は、もういない。エイジとだって、永遠に一緒にいられるわけじゃない。そのことを、そろそろ私は受け入れなくちゃいけないんだ)

 みんなが呼びに来るまでの間、星奈は何度も何度も、そのことを噛みしめていた。
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