紫房ノ十手は斬り捨て御免

藤城満定

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相模ノ統吾郎一味の探索〜終。

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 明けて寅ノ上刻(午前四時頃)。
 寅ノ上刻と言えば夜討ちというより寧ろ朝駆け。
 相模ノ統吾郎一味が投宿している旅籠町の明石屋、贔屓の駕籠屋駕籠政、吉原の四郎兵衛会所が一致して捕縛に合力してくれた。
 町奉行所の捕方出役では与力は馬上にあり、陣笠を被って指揮十手を振るう。
 同心は鉢金、鎖帷子、鎖籠手、鎖脛当、黒の半纏小袖に筒袴、白帯に白い襷をかけ、一尺八寸の刃引きの長脇差と一尺五寸の捕物十手を差している。
 小者達も一尺五寸の十手に六尺棒や刺股、突棒、袖絡を手にしている。
 其の中にあって異彩を放つのは、やっぱり伝三郎だった。
 黒の小袖に襷掛け、裁っ着け袴に武者草鞋を履き、防具は鉢金と鎖帷子、鎖籠手。腰には同田貫上野介二尺五寸と備前祐定一尺五寸の脇差、紫房ノ十手を差している。
 年番方与力日村孫四郎の指揮十手が振られると、小者の一人が裏口の塀を梯子を使って乗り越えて戸を開けた。
 捕方は静々と裏戸を潜り、明石屋の主人万太郎に雨戸の一枚を開けておくように手配りしておいたとおりに慎重に外して中の気配を探る。
 同心の一人が頷くと、全員抜刀して中に入り込む。
 相模ノ統吾郎一味の部屋は二階の奥にあるので、万が一にも撮り逃した場合を考えて明石屋の周りには数人の同心と捕方小者で囲んである。
 隣りの部屋と廊下に捕方を配置しようとしたら、障子から槍の穂先が突き出され、危うく捕方小者の腹に突き立つ所であったのを、他の小者達が咄嗟に後ろに引いたので事なきを得た。
 伝三郎はその槍を掴んで強引に引っ張って奪い取ると穂先を返して部屋の中に突き入れた。
 中から悲鳴とも呻き声ともとれる声がした。
 廊下にいた捕方と隣り部屋にいた捕方が障子と襖を蹴破って乱入し、
「御用だ!」
 と叫ぶ。
 すると、御手配書きにあったとおりの人相をした相模ノ統吾郎一味は目を点にしいたが、直ぐさま長脇差を抜き放って抵抗し始めた。他の手下達もそれに続いた。
 伝三郎はと言うと、橋本九郎右衛門と中村左内を相手にしていた。
 成る程確かに剣術の腕前はかなりの遣い手ではあったものの、愉悦の血を吸い過ぎた太刀筋には僅かな乱れがあった。
 人を殺すためだけの殺人剣と、人を生かすための活人剣では後者に軍杯が上がった。
 橋本九郎右衛門の唐竹割りの一撃を受け流し、擦れ違いざまに首筋を斬り、中村左内の掬い斬りを宙空に飛んで躱し左目に刃を突き刺した。橋本九郎右衛門と中村左内の首と目から大量の血が噴き出した。中村左内に突き刺した刃は脳にまで達していたようだ。
 橋本九郎右衛門も中村左内も御手配中の遣い手であったが、それぞれを一撃で斃した伝三郎は息切れ一つしていなかった。
 その時には相模ノ統吾郎一味も全て捕らえられていた。
 統吾郎は右腕に浅くない手傷を負っていて、他の者達も同様であったが、捕方には幸いにして浅手を負った者が三人いただけだった。
 女盗人の玉掛けお仙だけは未だに抵抗する素振りを見せていたが、伝三郎が血の滴る切先を突き付けると途端に大人しくなった。
 南町奉行所まで数珠繋ぎにして連れて行く道中で魚物の棒手振りがギョッとした顔をしているのと擦れ違ったが、それを無視して粛々として歩みを止める者達は一人もいなかった。
 相模ノ統吾郎一味の詮議はこれからだが、それは伝三郎の役目ではなかった。
 後日、日村様から聞かされた話しによると、宗南寺から見つかった盗み金は何と六百八十八両余にも及んだらしい。
 案の定、寺社奉行所とちょっと揉めたようだが今度は町奉行所に軍配が上がり、寺社方には二百五十両余、町方には四百三十八両という分配になったので、日村様は思わぬ大金ににんまりしていた。町奉行所の探索費用も年々渋くなってきているので、この四百三十八両もの大金を探索費用に充てる事ができるのが嬉しいのだろう。
 相模ノ統吾郎一味は残らず市中引き回しの上、打首獄門となった。
 これで相模ノ統吾郎一味の探索は終わり、伝三郎は『丸九』で、好物のとろろ飯を美味そうに食べていた。
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