紫房ノ十手は斬り捨て御免

藤城満定

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加増、下賜品、礼金、礼品〜其の壱。

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 御手配中の浪人盗賊団『回天党』を一人残らず討ち取った伝三郎は組屋敷に戻ると、下男の左吉に頼んで湯を沸かしてもらい、返り血に塗れた体と髷を丁寧に何度も何度も洗い、湯船に浸かって疲れをも流した。
 浴衣に着替えて湯殿から出ると、お静が髪を結ってくれた。お静を雇った時から伝三郎の髪を結うのはお静の役目と決まっていた。
「旦那。拝領の羽織袴、小袖もズタボロになっちまいましたねえ」
「まあな。相手が十三人もいて、其々がかなりの遣い手だったからな。仕方があるまいよ」
「お叱りを受けるんじゃありませんか」
「うむ。まあ、拝領品とは言えお仕着せみたいな物だからな。お叱りは無いだろうさ」
 お仕着せとは、支給された仕事着を表す物だ。
 とは言えさすがに『葵の御紋所』の羽織なので何かしらのお小言はあるかもしれない。
「それにしても疲れた。夜明けまではまだ時があるからな。チョイと寝るわ」
 寝所に敷いてある布団に入った伝三郎は相当に疲れていたのだろう。直ぐに寝息を立てて眠ってしまった。
 目が覚めたのは日が明けた六つ刻。
 大きな欠伸をしながら起きると、
「旦那。目が覚めたんだね」
 お静が部屋の隅にいた。
「寝ずの番か」
「まさか。四半刻前に起きたばっかりですよ。お咲さんが朝餉の用意をしてくれてますよ」
「朝餉は何かな」
 基本的に伝三郎の家では麦飯、味噌汁、焼き魚、梅の実、糠味噌漬けと決まっているが、味噌汁の実と糠味噌漬けは日によって変わる。
「味噌汁の実は千切り大根と油揚げ、糠味噌漬けは胡瓜と茄子です」
「ほう。それは馳走だな」
 夜着から小袖に着替えて居間に行くと既に人数分の膳が揃えてあった。
「左吉、お咲。昨夜は済まなかったな」
「御役目では仕方のねえ事でございますよ」
「旦那様。冷めないうちにお召し上がりください」
「うむ。いただきます」
 伝三郎が箸を持つと皆も箸を持った。
「お。美味いな」
 胡瓜と茄子の糠味噌漬けが殊の外美味かったので、糠味噌漬けを作っているお咲が照れ臭そうに笑った。
「旦那。今日は忙しくなりますよ」
「ああ、うん。だろうな」
 何と言っても伝三郎はたった一人で浪人盗賊団回天党十三人を討ち取ったばかりか、盗人宿まで突き止めたのだから世間様が驚かないわけがない。
 回天党が盗み取ったる金子は何と総額六千七百七十五余両という途轍もない額で、盗み金の内から各家には被害総額の七割を返還する事に決まった。だが、殆どの被害者が殺されていたり行き方知れずになっていたりするので、大半は公儀の御金蔵に納められ、その内の二割ずつが南北両町奉行所の探索費として組み込まれるのだ。
 その金額は八百両であった。
 目端の利く商人や出入りの商家や旗本、大名家から祝いの金品が届くだろうし、御公儀からも奉行所からもお褒めの言葉と何某かの褒美が下されるだろうから、忙しくなるのは必定。
 朝餉を食し終えて常着に着替えた時、玄関先に年若い同心が立った。
「御免下され」
「ん。あの声は、谷崎かな」
 聞き覚えのある声は南町奉行所見習い同心の谷崎銀次郎だった。
「谷崎。朝から元気だな。で、何用だ」
「はい。御奉行より、小柳様を速やかに奉行所に連れて参れとのお達しにございます」
「御奉行がな。相分かった。暫し待て、支度致す」
 手早く支度を整えて谷崎を連れて八丁堀から数寄屋橋御門の南町奉行所まで早足で向かった。
 門を潜ると、式台に見慣れた顔が一つあった。
 伝三郎の直属の上役である年番方与力日村孫四郎だった。
「日村様。おはようございます」
「うむ。昨夜は大手柄であったな」
「まあ、それなりに」
「南町の月番中に回天党を討ち取ったばかりか盗人宿から盗み金まで突き止めたのが我らが手柄になった故に、北町の連中が切歯しておるそうじゃ」
 日村様は上機嫌で高笑いしている。
「御奉行。小柳伝三郎を召し連れましてございます」
「うむ。入れ」
 いつの間にか御奉行の御用部屋に着いていた。
 御用部屋に入ると、南町奉行大岡越前守忠相様が袱紗が被せてある三宝をスッと滑らせるように伝三郎の膝元に置いた。
 袱紗の下は間違いなく切り餅だろう。
 切り餅とは二十五両包みの隠語だ。
 それも一つや二つどころか四つか五つはある。
「小柳。畏れ多くも上様よりの御褒美金五百両である。散財致すでないぞ」
「は、ははぁっ」
 平伏す伝三郎は五百両もの大金を前にどうしたものかと悩んでいると、
「まだある」
 御奉行は控えの間を指差した。
 そこには様々な品物がズラッと並んでいた。
「こ、これは」
「御公儀や諸藩、旗本や商家からの御下賜品や進物じゃ」
 伝三郎は御下賜品や進物の数の多さに顔が引き攣ってしまった。
「これら全てを持ち帰るは難儀であろうから、今は目録だけ渡し、金品は後ほど届けさせる」
「あ、有り難き幸せ」
 何とか声を振り絞って平伏するしかなかった。
 しかも、この上更に何かありそうな予感がした。
 果たして、
「小柳伝三郎敏和。上意である」
「ははぁっ」
 凛とした、それでいて威厳のある声に平伏した。
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