紫房ノ十手は斬り捨て御免

藤城満定

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刺客十番勝負〜其の壱。

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 伝三郎が江戸の死末屋達の元締である根岸ノ三左衛門に雇われた女忍、紅蜘蛛ノお政に狙われ始めて三日が過ぎた。
 下男の左吉と下女のお咲は、南町奉行大岡越前守忠相に預けたので人質を取られる心配はなくなったが、市中見廻りには堀越ノ藤助達は連れ歩かず、若党の早乙女静之助ことお静を共にしている。
 伝三郎もお静も鎖帷子や鎖籠手、鎖脛当を纏い、刀の鯉口も常に切っており、不意討ちや弓矢の飛び道具に対する備えもしっかりとしていた。
 今は品川辺りを巡回している。
「今日あたり襲ってくるような気がするんだがな」
「そうですね。例えばそこの甘味処あたりに潜んでいそうですね」
「んな事ぁないだろうよ」
 二人とも苦笑いしたが、それは前振りだった。
 その甘味処を通り過ぎようとしたら、いきなり分銅鎖が飛んできた。
 咄嗟に十手で打ち払うと、棒手裏剣が飛んできたので、横に飛んで躱した。
「旦那。左ですっ」
 お静の叫び声に振り向くと、小太刀の切先が伝三郎の喉に迫っていた。
「くっ」
 十手で弾くと、小太刀の切先三寸が折れ飛んだ。
 紅蜘蛛ノお政は折れた小太刀を擲ち、短刀を抜いてお静の斬撃を受け止め、弾き、躱していなす。そこへ伝三郎が刀を抜いて斬り込んだ。
 短刀で斬り結んでいる紅蜘蛛ノお政はさすがに不利だと悟り、十本の棒手裏剣を擲って間を開けようとするが、伝三郎が鉄拵えの鞘で全てを打ち落とし、愕然とするお政の後ろに回り込んでいたお静が喉首に小太刀の刃を当てる。
「お政姐さん。あんたの負けだよ。神妙にしなよ」
「お静。まさかこんなに強くなってたなんて驚いたよ」
 お政は短刀を捨てて降伏した。
「紅蜘蛛ノお政。奉行所まで来てもらうぞ。色々と聞きたい事があるからな」
「私が奉行所にですか」
 お政が小さく笑った。
「何がおかしい」
「何がって言われてもね。こういう事さ」
 懐から取り出した白い手拭いを小さく振ると、
 だーんっ。
 と音がして、お政の左胸から血が噴き出した。
 鉄砲で撃たれたのだ。
 甘味処の縁台を盾にして伏せる伝三郎とお静の目の先には商家の屋根の上を走り逃げる男がいた。
「畜生、口封じかよっ」
 生き絶えたお政の顔は不思議と笑っていた。
「姐さん」
 お静の目には涙が滲んでいた。
 忍びの者は古来より『虎狼ノ族』と蔑まされ、人として扱われる事がなかったので、笑顔で死んだお政は、やっと人になれたのだろう。
「お静。良かったな」
「旦那ぁ」
 不謹慎だと言われかねない言葉だが、お静の両目からは涙が流れていた。何故ならお政が人になり、人として死ねたからだ。
「俺の菩提寺は環満寺だ。そこに葬ってやろうじゃねえか」
「だ、旦那」
 伝三郎の優しさに、お静は深々と頭をさげた。
 こうして刺客十番勝負の一番が終わったのであった。
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