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小手斬り左門次の探索〜其の壱。
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死末屋達を討ち滅ぼした功績で五十俵の加増を賜った伝三郎の家禄は二百俵四人扶持となり、南町奉行大岡越前守様に保護してもらっていた下男の左吉と下女のお咲も帰ってきたので、組屋敷の中は一気に明るくなった。
お静との二人きりでの暮らしも悪くはなかったが、炊事洗濯掃除が大変だったので正直言って助かった。
今月は北町奉行所の月番なので、奉行所では月番中に訴えのあった事件の探索も行われていたが、書類仕事が大半である。
伝三郎は普段の役目振りを評価されて『諸士調役兼監察方与力』に任じられており、自分の御用部屋を与えられている。
そんな御用部屋の廊下に人の気配がしたので、咄嗟に腰の脇差に手を添えた。
「松平様。お時間宜しいでしょうか」
その声は見習い同心から高積廻り方同心の御役目を拝した谷崎銀次郎だった。
「谷崎か。入れ」
許しを与えると、
「失礼致します」
と膝行して入ってきた谷崎の顔色が悪かったので、
「何かあったのか」
と訊ねると、
「さ、昨晩、九つ半頃にございました。そ、某が、その、よしわ、あの、いえ」
何とも歯切れが悪い。
「吉原の行きか帰りか」
「か、か、帰りでございます」
年若いとは言え、御役目に就いている大の男が吉原に行った事くらいで何を怯える必要があるのか分からなかったが、
「何かあったのか」
と再度訊ねると、谷崎は音を立てて唾を呑んだ。
「こ、小手斬り左門次を見ましてございます」
「何だと、小手斬り左門次だとっ」
思わず声が大きくなり、膝立ちになった伝三郎の顔が緊張に強張った。
小手斬り左門次とは、ここ二ヵ月で十六人もの人を斬殺した辻斬りで、「我が名は左門次」と名乗ってから抜刀し、両小手を斬り落としてから首筋を断つ斬り口から、小手斬り左門次と呼ばれるようになった凶悪な浪人者だ。しかも、左門次が斬殺した者達十六人は、それぞれ名の知れた剣の遣い手であり、中でも古宮大治郎は小野派一刀流の免許持ちで、駒込町に剣道場を構えている程の道場主だった。
それに吉原辺りで辻斬りがあったなどと言う報せは届いていない。なのに何故知っているのか。見たというのは、どういう事なのか。
「如何にして小手斬り左門次だと分かったのだ」
「は。辻斬りの手口が全く同じでありましたので」
「辻斬りの現場に居合わせたのか」
「はい」
「愚か者っ。なれば何故に辻番なり番屋なりに報せなんだのだ。呼子を吹いても良い。それを貴様は。谷崎。跡を尾けるくらいの事はしたのだろうな」
「は、はい。それは確かに。なれど、その」
「まさかとは思うが、撒かれたのか」
「も、申し訳ございませんっ」
伝三郎は腰が抜けたかのように座り込み、大きくて深い溜め息をついた。
「谷崎。この事、誰ぞに報告致したか」
「いえ。松平様の他には未だ誰にも」
筆頭同心山中忠吾にも報告せずに、先に諸士調役兼監察方与力の伝三郎に報告したのは、お咎めがあっても少しでも軽くしたい、つまり自首したのだから刑罰の軽減を願っての事かは分からないが、このまま放置しておくわけにはいかないので、御奉行の御用部屋に谷崎を連れて行った。
お静との二人きりでの暮らしも悪くはなかったが、炊事洗濯掃除が大変だったので正直言って助かった。
今月は北町奉行所の月番なので、奉行所では月番中に訴えのあった事件の探索も行われていたが、書類仕事が大半である。
伝三郎は普段の役目振りを評価されて『諸士調役兼監察方与力』に任じられており、自分の御用部屋を与えられている。
そんな御用部屋の廊下に人の気配がしたので、咄嗟に腰の脇差に手を添えた。
「松平様。お時間宜しいでしょうか」
その声は見習い同心から高積廻り方同心の御役目を拝した谷崎銀次郎だった。
「谷崎か。入れ」
許しを与えると、
「失礼致します」
と膝行して入ってきた谷崎の顔色が悪かったので、
「何かあったのか」
と訊ねると、
「さ、昨晩、九つ半頃にございました。そ、某が、その、よしわ、あの、いえ」
何とも歯切れが悪い。
「吉原の行きか帰りか」
「か、か、帰りでございます」
年若いとは言え、御役目に就いている大の男が吉原に行った事くらいで何を怯える必要があるのか分からなかったが、
「何かあったのか」
と再度訊ねると、谷崎は音を立てて唾を呑んだ。
「こ、小手斬り左門次を見ましてございます」
「何だと、小手斬り左門次だとっ」
思わず声が大きくなり、膝立ちになった伝三郎の顔が緊張に強張った。
小手斬り左門次とは、ここ二ヵ月で十六人もの人を斬殺した辻斬りで、「我が名は左門次」と名乗ってから抜刀し、両小手を斬り落としてから首筋を断つ斬り口から、小手斬り左門次と呼ばれるようになった凶悪な浪人者だ。しかも、左門次が斬殺した者達十六人は、それぞれ名の知れた剣の遣い手であり、中でも古宮大治郎は小野派一刀流の免許持ちで、駒込町に剣道場を構えている程の道場主だった。
それに吉原辺りで辻斬りがあったなどと言う報せは届いていない。なのに何故知っているのか。見たというのは、どういう事なのか。
「如何にして小手斬り左門次だと分かったのだ」
「は。辻斬りの手口が全く同じでありましたので」
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「はい」
「愚か者っ。なれば何故に辻番なり番屋なりに報せなんだのだ。呼子を吹いても良い。それを貴様は。谷崎。跡を尾けるくらいの事はしたのだろうな」
「は、はい。それは確かに。なれど、その」
「まさかとは思うが、撒かれたのか」
「も、申し訳ございませんっ」
伝三郎は腰が抜けたかのように座り込み、大きくて深い溜め息をついた。
「谷崎。この事、誰ぞに報告致したか」
「いえ。松平様の他には未だ誰にも」
筆頭同心山中忠吾にも報告せずに、先に諸士調役兼監察方与力の伝三郎に報告したのは、お咎めがあっても少しでも軽くしたい、つまり自首したのだから刑罰の軽減を願っての事かは分からないが、このまま放置しておくわけにはいかないので、御奉行の御用部屋に谷崎を連れて行った。
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