紫房ノ十手は斬り捨て御免

藤城満定

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小手斬り左門次の探索〜其の弐。

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 伝三郎は高積廻り同心谷崎銀次郎を連れて御奉行の御用部屋の廊下に座した。
「御奉行。松平にございます。宜しゅうございましょうや」
「構わぬ。入れ」
 許しを貰って御用部屋に入ると、丁度年番方与力日村孫四郎殿がおられたので、
「御奉行、日村様。小手斬り左門次の事で少々お話しがございます」
「小手斬り左門次か。如何なる話しじゃ」
「は。これ、谷崎。仔細を述べよ」
「は、はい。実は昨晩の事にございます」
 谷崎が吉原の帰りに小手斬り左門次の凶行を見付け、跡をつけたが撒かれてしまったと報告すると、普段は冷静沈着にして温厚な大岡越前守忠相は鬼の形相で谷崎を叱責した。
「谷崎!貴様、なんたる失態か!」
「は、ははぁっ!も、申し訳もございません」
 谷崎は平蜘蛛のように畳に這いつくばっての平謝りだ。
「谷崎」
「は、はい」
「其の方、撒かれたと申したが、何処で撒かれたのだ」
「それは本所辺りでして」
「本所か。彼処は中々に難しい所だな。何か手掛かりになるような事はなかったか」
「手掛かりでございますか」
 谷崎は必死に思い出そうとして唸り声をあげていたが、
「そう言えば」
 と膝を叩いた。
「良い匂いが漂っておりました」
「良い匂いか」
「はい。香油か何かの匂いだと」
「香油か。御奉行」
 伝三郎が御奉行の顔を振り見ると、
「うむ。これは確かな手掛かりじゃな」
 と認めた。
 谷崎はその言葉にほっとした顔を見せたが、
「とは申せ、谷崎の失態は軽くはございますまい」
 日村様の一言で青ざめた。
「まあまあ、日村様。谷崎の失態は失態として、お咎めはこれからの働きぶり如何によって決めては如何にございますかな」
「む。諸士調役兼監察方の其方が左様に申すのであれば致し方ないの。谷崎。改めて申すが、其の方の失態は生半な事では払拭できぬものじゃ。心して探索に当たれ」
「は、え、た、探索、でございますか」
「左様じゃ」
「あの、しかし某は高積廻りにございますれば、御役違いかと存じまするが」
 日村様の顔を伺う谷崎は困惑していた。
「伝三郎。谷崎を一時、其方の配下と致せ。其方なれば探索の手練れもおろう」
 御奉行にはお静が元女忍びである事を打ち明けていたので、お静を使えと言外に言っているのだ。
「承知仕りました。然れば早速」
「うむ。頼んだぞ。日村。其方は定廻りや臨時廻りを動員して探索に当たれ」
「承知仕りました」
 伝三郎、日村孫四郎、谷崎銀次郎は平伏して御下知を承り、御用部屋を後にした。
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