グレンと白銀のドラゴン

塩麴

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序章~グレンと賞金稼ぎ達とドラゴン~

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序章

グランべリア王国西部の山岳地帯、とある山中にある洞窟の前に4つの人影があった。
沈みかけた春の夕日に照らされたそれらは賞金稼ぎ達のものであった。彼らは今まさにドラゴン討伐の作戦を進めているところだった。

「足音が聞こえなくなってからだいぶたったな、この洞窟の中に迷宮が広がってたりしないよな?」
鎧を着こんだ男の戦士が冗談混じりに言った。彼は両腕に剣を握りしめてドラゴンが洞窟から飛び出すのに備えていた。

「ドラゴンが寝泊りする場所だからな、迷宮じゃないとしても結構深くまで続いているんだろ。」
弓を持った女が答えた、彼女の持つ矢は魔力のこもった医師が矢じりになっており、直接魔法文字が刻まれていた。着弾時に魔力でドラゴンの魔力がこもった鱗をも貫通させる特別性だ。

「早いとこドラゴンが出てきてくれませんかね、まさかドラゴンがあの男の命乞いを大真面目にきいてるとか?」
「気を緩めないでください、私の罠が成功しないと最悪みんな死んじゃいますよ。」
パーティの斥候を務める男のぼやきを魔法使いの女が咎める、この二人は入り口に魔法の罠を準備しており、ドラゴンが入り口に引いた魔法人を踏むと発動するように施されていた。

 斥候の言った「あの男」とは数時間前に彼らが捕まえた旅人だった。普通旅人も彼らのように複数人のパーティを組んで行動することがほとんどだったが、都合よくその旅人は一人で移動していた。なぜか牛のつがいの片方にまたがり、もう片方の牛に荷物を運ばせていたが、おそらく馬を買うお金もない貧乏人だったのだろう。
 傭兵一行はその旅人を捕まえると彼の体に毒をしみこませた肉を縛り付けて「ドラゴンの洞窟に入らないと殺す」と脅した。旅人は渋々洞窟に入ってもう三十分が経過しようとしていた。ちなみに旅人の乗っていた牛たちには逃げられてしまったので、ドラゴンを倒した後の新鮮な牛肉によるバーベキューをする機会は失われてしまった。

「助けてええええええ!!!」
戦士は舌打ちをした。生贄にする予定だった男が叫びながこちらに走ってきたからだ。どうやら体にくくりつけた肉は全て食われたか奪われ、そのはずみでロープが切れたのだろう。旅人の姿がはっきり見えると同時に後ろから彼を追いかけるドラゴンの姿を4人は捉えた。

 ドラゴン。
 巨大な翼を生やしたトカゲのような姿と人間と同じ知能を持ち、かつてこの王国で人間との戦争に負けて去ったという種族。男に迫るドラゴンは首を曲げた状態でも男の三倍ほどの大きさで頭だけでも彼を丸々口の中に入りそうなぐらい大きい。全身を真っ白なうろこに包んだ羽の生えた首の長い爬虫類のような姿で、手足にはかぎ爪のような爪を生やしていた。見るからに元気そうな足取りを見るに、旅人についてた肉は食べなかったか、それともドラゴンには効かない毒だったのだろう。

 ドラゴンの強靭で魔力が宿った肉体は昔から高級な加工品の素材として扱われていた。今では市場にほぼ流通しないが、血は不老長寿の薬、鱗は魔法の鎧の素材に、牙や爪から作られた武具は強国の王家が家宝として祀られている事が多い。
 賞金稼ぎ達はいずれも実力を持ちながら真っ当な仕事を失った経歴を持ち、収入は非常に不安定だったので、ドラゴンを殺して名声を得るか、そうならなければドラゴンの屍を売って金持ちの仲間入りを目論んだのであった。

 ドラゴンは旅人より動きこそ遅かったが長い脚による歩幅で男に決して置いて行かれることはない。ドラゴンは間抜けなサルが肉を縛り付けられてやってきたのが面白かったらしく、わざといたぶるために速度を落として追いかけているようだった。

「ぎゃあっ!!」
旅人の頭に巻かれた布の余りが後頭部でひらひらと泳いでいたのが災いし、洞窟の入り口でついにドラゴンに捕まってしまう。旅人は革製のコートのしたに護身用の鎖帷子を忍ばせていたが、続いて胴体をつかんだドラゴンの握力はすさまじく鎖帷子ごと潰されそうになる。

外は夕日が沈む直前だったが、洞窟の入り口は崖の上だったためまだ当たりを視認できるほどだった。入り口の前はちょっとした広場になっていたので、大きなドラゴンが足を踏み外すことなく当たりを見回した。どうやらこの馬鹿を放った張本人達であると確信したときには時すでに遅く、ドラゴンは旅人を捕まえるのに気を取られて片足で魔法使いの描いた魔法人を踏んでしまった。

「今だ!」
 戦士が叫んだ刹那、ドラゴンの手足に何かが巻き付いた。それは斥候が投げつけた包帯のような白い布だったが、その布には魔法の文字がびっしりと書き込まれており、その魔法文字が紫色に輝いた。

 魔法陣から高圧の電気が溢れだし、魔法陣の上に置かれた包帯の端からルーン文字を伝うように流れる。
 ドラゴンは魔法陣を踏みつけた足と、包帯の巻き付いた部分を流れる強力な電撃に耐えきれずその場に倒れこむ。旅人の体には包帯が巻き付かなかったのと、ドラゴンの鱗に宿った魔力が全身に電流を流さないように防御していたので、幸運にも無傷で解放される。

 魔法陣から少し離れた場所に着地した旅人に戦士が襲い掛かった。旅人の首めがけて水平に振り回され剣を地面に崩れ落ちるようにしゃがむことで交わし、そのまま地面を転がり距離を取って片膝の姿勢で起き上がり叫んだ。

「恨む気はない!見逃せ!」
「黙れ。手間増やしてんじゃねぇクソが。」
「殺す手間必要!?」

戦士のあんまりな返答に思わず旅人は声を上げたが、戦士は返事ではなく2度目の斬撃を繰り出した。

「モーーーー!!!」

突然の鳴き声と共に牛の巨体が斥候に突っ込み戦士を吹っ飛ばす。旅人の乗ってきた牛が、ドラゴンと旅人に気を取られているい賞金稼ぎ達の隙をついて洞窟の入り口の上から飛び降りてきたのだ。弓使いが弓を投げ捨てナイフを取り出したが、次の行動に移る前にもう一頭の雌牛の突進によって吹っ飛ばされた。

「俺の牛たちは芸達者だろ?」

そういいながら雄牛の鞍に取り付けた鉈を取り出す。鉈は幅広で成人男性の腕一本ほどの刃渡りを持つ刃に、鍔の近くに小さなレバーがついていた。
 旅人が鉈を取り出す前から彼に突っ込んでいた斥候は二刀流の小刀で旅人に襲い掛かる。

旅人はとっさに斥候に斬りかかったが、斥候は左手の小刀で受け止め、右腕の小刀でグレンに斬りかかろうとした『はずだった。』

「!?」

 次の瞬間、斥候の小刀は旅人の鉈に切り落とされ、そのまま突っ込んだ体も鉈に切り裂かれることになった。
 薄れゆく意識の中で、斥候は旅人が鉈の鍔についたレバーを引いており、鉈はマグマのように赤熱化しているのを確認した。

「魔法武器(マジックウェポン)か!」
 斥候は最期の声を口から漏らすと倒れこみ動かなかくなった。

 旅人は斥候の声に耳を傾けず懐から取り出した投げナイフを魔法使いに投げつける。
魔法使いは魔法を継続させるために必要な呪文を唱え続けていたが、思わず中断して間一髪ナイフを交わした。仕留めることはできなかったが、旅人にとってはそれで十分だった。

低いうなり声がなり、一同はその方向へ目をやった。

魔法の拘束を解かれたドラゴンが立ち上がっていた、その瞳には憤怒の炎が燃え盛っている。

「ドラゴンを倒すんだったよな?頑張れよ!」

 旅人は牛たちと崖から飛び降りた。洞窟に来た時に崖が僅かに角度のついた急斜面になっている事を確認していたのだ。仲間に気を取られていた賞金稼ぎ達は逃げるタイミングを失っていた。賞金稼ぎ達は自分たちが生贄としてけしかけた旅人にしてやられ、今度は旅人が逃げるための生贄になったことを理解した。

旅人が見えないそりに乗ってるかのように斜面を滑り落ちると共に、女の悲鳴が聞こえた。おそらく魔法使いか弓使いの断末魔だろう。

「そのまま逃げらるなハナコ、いくぞベコスケ!」
崖の底、洞窟のある山の中腹まで降りた旅人はハナコと呼んだ荷物運び担当の牛から荷物が落ちていたり、荷物のバランスが崩れて逃走しづらくなっていないのを一目で確認すると、ベコスケと呼ぶ牛の背中に飛び乗った。まだ洞窟の前で戦士と弓使いが抵抗しているだろう。少しでも隠れられそうな場所に移動すれば命は助けるかもしれない。

旅人が牛に発進の合図を出したのと、ドラゴンが着地したのは同時だった。

「え!?」

旅人は思わず声に出していた。賞金稼ぎ達は思ったより早くやられたようだ。しかし直後に竜はそのままグレンを殺すことなく崩れ落ちたのだ。

 旅人は荒い呼吸でその場に倒れこむドラゴンを素早く観察すると、太ももに矢が刺さっているのを見つけた。おそらくさっきの弓使いが悪あがきで打ち込んだのだろう。
 ただでさえ硬く、一枚一枚に魔力がこもると言われる竜の鱗に矢が刺さることはないということは旅人のような魔法を使えない者でも知っていた。

『こいつは俺を殺しに追いかけてきた・・・』

 旅人はそれが魔法の矢であることを察したが、今更自分が助けてもドラゴンがお礼を言って逃がしてくれる保証などない。ドラゴンは腕を地面について体を起こそうとしたが失敗してまた崩れる。ベコスケは旅人が動かないのを見て察したのか、彼の股下に無理やり頭を突っ込んで持ち上げることで背中に乗せると、ドラゴンから少しでも離れる様に発進した。

『ああもう!!!』
 
 ベコスケが思ったより自分の足取りが軽やかだったのは、グレンが飛び降りたからという事に10mほど走ってから気づくことになった。ベコスケが振り返った先には飛び降りたグレンがドラゴンに向かって駆けだしていた。
 
ドラゴンはこちらに駆け寄ってきた旅人は自分へのとどめを刺すためだと判断した。旅人がドラゴンに近寄った瞬間、ドラゴンが片腕を振り回した。単純な攻撃だが、防具と言えるものは服の下に着こんだ鎖帷子しかないグレンにとって簡単に致命傷になる一撃がせまる。

「モ!!!」

ベコスケが旅人を突き刺そうとしたドラゴンの手に飛び掛かる。ナイフのようなドラゴンの爪をベコスケの角が受け止めることで攻撃を受け止めたが、そのままドラゴンの指に頭を捕まれた。ドラゴンの力ならそのまま首の骨を折ることは容易い。

 しかし、次の行動に移る前にドラゴンの太ももに強い痛みが走った。
「ガアアアアアアアアア!!!?」

 思わずドラゴンも叫びだすような痛みで牛を手放してしまう。しかし、痛みをこらえて素早く太ももの近くに立ってにいるだろう旅人に爪を突き刺す。
 運よく爪が旅人の体を鎖帷子ごと突き刺し、そのまま頭を食いちぎろうと顔を向けたところで旅人の手から何かが落ちたことに気づく、それは魔法の矢であったことにドラゴンが気づいたのと、旅人の意識がなくなったのは同時であった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「おい、起きろ。」

明け方の光に照らされた旅人の体を女性が揺らして無理やり起こす。目を開けた旅人は日の光にを眩く反射する白い服を見て、その女性は優れた魔力の衣に身を包んだ魔法使いか僧侶の類であると認識した。

「ドラゴンは!?」

覚醒しながら気絶する前の出来事を思い出した旅人は慌てて女性に呼び掛ける。

「...?フフッ、大丈夫だ、ドラゴンはここにはいない。私が追い払ってやったよ。」

女性は面食らいながらも微笑みを浮かべて旅人を落ち着かせた。

 旅人は混乱する自らの思考を落ち着かせて礼を言うと、ドラゴンの爪が貫いた腹を見た。そこには真っ白なかさぶたのようなものがあり、背中を触ると同じものが反対の傷口も覆っているのを理解した。

「それは魔力の塊のようなものだ、痛いかもしれんが数日で血や肉に変化する、あまり触らないように。」

それを聞いた途端、旅人は何度も女性の手を握り頭を下げた。彼の知る限りの礼を表すジェスチャーをしたのだ。
女性は自分の知らない文化のジェスチャーも含まれてるのに驚きながらも適当に合わせた。

 暫くして、感謝を伝え終えた旅人は妙に女性を警戒する牛たちを呼び寄せ、ハナコから自分達がこのあとの旅で生きるための余裕を残して渡せるだけの食料と富を押し付けるように女性に渡した、女性は持ちきれない荷物にあきれながらも受け取ることにした。

 賞金稼ぎ達に捕まってから実に数時間、女性に荷物を渡し終えた旅人は再び牛に跨り、松明に火を灯してもう少し安全を確保できる寝床を探しに出発しようとした。

「じゃあな、グレン。」

牛に跨った直後に女性から声をかけられ、グレンと呼ばれた男は驚いて振り返った。

「なぜ俺の名前を?」

おそらく命の恩人とは言え、なぜか名前を知っている女性にグレンはすかさず質問する。

「えっと・・・そいつから聞いた。とりあえず今の名前はグレンでいいんだろ?」

 女性はグレンが跨る牛、ベコスケを指さして言った。

「あ、魔法使いって修行を積めば牛の言葉も理解できるんですね!!私は最近ようやく細かい指示が出せるようになりましたよ~!」
「あ、えっ?・・・・まあそんなもんだな。」

 女性は旅人の発言に驚きながらも答えた。
 グレンが最後にもう一度挨拶すると、女性の向かう方向と反対の方角に向かって立ち去った。その方角の先にはこの国の首都がある。

 女性はそこから動こうとせず立ち去るグレンに向けて手をかざしたが、何かをあきらめるように手を下す。

「・・・調子狂うな。」

 彼女の正体はドラゴンが化けた姿であった。わざと彼を治療したのはドラゴンが賞金稼ぎ達の仲間であろうグレンを尋問しながらいたぶる予定だったのだ。しかし、彼のいたぶり方を参考にしようと牛の思考を魔法で無理やり読み取ったところ、グレンが賞金稼ぎ達につかまった生贄にすぎないことを知ってからいたぶりがいを見いだせなくなり、ついには先ほどのグレンの行動に気が削がれてしてしまった。

「まあ、夜に追いかけて殺せばいいや」

 そうつぶやくとドラゴンは人間の姿のまま賞金稼ぎ達の屍が転がる洞窟に戻り、眠りについたのだった。

 一度ドラゴンに目をつけられた人間が隠れおおせたり逃げ切ることは不可能である。彼女は人目に付かないように夜にだけ飛び回るが、それでも日中に馬や人間の歩く距離なら簡単に追いつける速さを出せるからだ。実際にこの日の夜、ドラゴンは野宿をするグレン達の目の前に降り立ったのである。
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