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1章~グレンと王都とゴーレム~
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その日もグレンは朝の日差しに起こされることになった。
木にもたれる様に座って寝ていた彼の目の前にベコスケが立ちふさがるように立っていた。彼は状況を理解すると昨日まで乗っていた牛に躊躇なく立ち向かっていった。
全力で襲い掛かる牛の攻撃を交わし、時にかわせなくとも何とかさばくグレン。これが彼とベコスケの朝の特訓であり、一人旅という極めて危険な旅を何とか生き抜いてきた秘訣であった。
グレンはここ数年毎日やってきた訓練に慣れきっており、時間をかけずにベコスケの背中に飛び乗った。「訓練終わり」と言う代わりにしがみつきながらベコスケの背中を叩いた。
「モオオオオオオオ!」
まだだと言わんばかりにベコスケは前足を地面に打ち付けて体を起こす。人間のように2本足で立つことでグレンを振り下ろす事に成功する。
「(二足歩行!?)」
ベコスケは気合でなんとか二本足を人間のように動かして、グレンに突進する。グレンもベコスケに応える様に突進した。
「うおおおおおおおおお!」
グレンは叫びながら突進の勢いを両脚に込め、突っ込んできたベコスケの頭に両手を叩きつけながらジャンプする。
二本足で立てたところで人間のように腕を動かせないベコスケは殴ることもガードすることもできない。グレンがベコスケの頭の上で側転するように飛び越えるのを許すしかなかった。重心が傾き脚から地面に落ち始めた瞬間に、グレンはベコスケの頭の上に置いた手を放し、素早くベコスケの頭部にある角を握りしめた。
「も?もおおおおおお!!」
ベコスケが頭を引っ張られる感覚に気づいた時点ではもう遅かった。グレンは足から着地しながら両腕に力を込めると、着地の勢いで背負い投げのように投げ飛ばした。
ドスン!
大きな音が辺りに響きながら、ベコスケの体は勢いよく地面に叩きつけられた。
「も・・・・」
「お前、いつ二足歩行の練習してたんだよ・・・」
自分が従えている家畜が、自分の知らないところで新しい技能を取得していることに恐れるグレン。
祖先のサルの時代から木の上で比較的安全な暮らしををしていた人間は八時間も眠れるが、家畜になる前から常に肉食獣に警戒していた牛は家畜になった今でも4時間の睡眠で済む。
グレンが寝ている間に「ダメなご主人を守れるように」と日々様々な努力をして今日は二足歩行ができるようになったのだが、ベコスケはご主人に知らせるそぶりも見せず訓練終わりの朝飯としてその辺の草を食べ始めた。
グレンは牛の言葉がなんとなくわかるのだが、応えたがらない事を聞き出す術は持っていなかったので諦めることにした。
既に朝ご飯を食べ終わった様子でグレンとベコスケの訓練を眺めていたハナコに近寄り彼女の乳を絞る。そうして得た牛乳を昨日の薪の余りを使って起こした火かけて約5分、グレンは今日の朝飯であるホットミルクをふうふうと息で冷ましながら飲み干した。
体力がついたグレンは改めて昨日野宿をしたこの場所を見回す。
ここ最近の彼の旅路はそれまでとはかなり異質なものになっていた。人里にたどり着けずに野宿することにはなれていたが、野宿の用意が終わり夕飯を食べる頃に限って彼のもとに毎晩白いドラゴンが降り立ったからだ。
ドラゴンが逆恨みしてきたと思い込んだ彼が命乞いとしてあるだけの食べ物を与えたのが運の尽き、ドラゴンは彼を殺さず食料を食べつくしては去り、次の日もどんなに隠れて移動しても、(何らかの魔法でも使ってるのかと言いたくなるぐらい)正確にグレン達のもとに降り立つようになっていた。
空っぽになった食料を補うために野生動物を狩ったが、その肉は毎晩ドラゴンに食べられてしまった。ハナコの背中の荷物から引っ張り出した「食べられる果実や野草」の本をよんでなんとか食べられる草や果実を毎日集めていたので、ここ最近のグレンは牛乳と山菜しか食べていなかった。
事実上ここ最近のグレンの旅は自分たちの食糧と竜に食べさせる肉の確保をしながら移動していたので、移動時間は今までの倍以上かかっていた。しかし、この不思議な生活は恐ろしい野生動物達がグレンたちを襲うのをあきらめさせ、山賊は幻覚を見たと思い込んで立ち去っていくというメリットをもたらしていた。ドラゴンも食事が終わるとグレンに危害を与えずに飛び去っていったので、結果的にグレンはここ数年で最も安全な旅ができていたのである。
グレンはこの奇妙な毎日にもやもやしながら地図を広げる。地図を読めるのかは不明だが、牛たちが覗き込んできたのでグレンは牛たちに語りかける。
「今日の昼にようやく王都に着く。ドラゴンが夜中にしか現れないのをみるに俺たちから食料を奪うために王都にまで入るような真似はしないだろう。・・・俺たちの元に来たときは竜と人の戦争を間近で拝むことになるだろうな。」
牛たちはなんとなくグレンのいうことを理解して相槌を打つように鳴き声をあげたので、グレンはさっそくベコスケに跨り出発したのだった。
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グレンが竜と出会ってから一週間後、彼が目指していたグランべリア王国の王都にある城では一人の女性がグランべリアの女王との面会に来ていた。
城の上層にある謁見の間で衛兵が女性から手渡された羊皮紙を読むと謁見の間の扉を開ける。
謁見の間にある玉座に鎮座していたケイア女王は四十代半ばを超えても未だ聡明さに衰えを見せないと言われる容姿であったが、今日は妙にやつれて見えた。
謁見の間には彼女たちの他に、衛兵と一目で魔法使いとわかる女性が立っていた。赤い上質なローブをまとっており、一目で王立魔法研究所の人間だとわかる。
「アトロシア、よく来てくれたな。」
アトロシアとはこの国に隠れ住むドラゴンの名であり、彼女は一週間前にグレンが出会ったドラゴンが人間に化けた姿であった。
「気にするな。我々とお前の先祖の協定が守られ続けている限り、お前達に協力する義務を果たすだけだ。」
アトロシアはケイアよりはるかに年上だが、彼女の友人のような存在と認識していた。
「協定か・・・、十年前の統一戦争の最終局面でお前が現れた瞬間が昨日のように思い出せるよ。」
ケイアは久々に表情を緩ませた。
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その頃王女の部屋では、王女が今まで学んできたグランべリア王国の歴史について、講師からその一部を説明するように求められていた。
「まず大昔にこの国で『ドラゴンと人間の戦争』が起きて、それに勝ったものの王国は弱体化。二十年前にお母さまが統一をはたすまで内乱続きだった。これで十分?」
王女は早くこの勉強の時間を終わらせるために、端折りながら説明をする。
「ざっくりすぎますよ、姫・・・。せめてドラゴンと初代グランべリア王の間に結ばれた『協定』について説明してください。」
講師は王女がこの時間を早く終わらせて自由時間をなるべく長くとろうとしているのに気づいていたが、不満を買うのを覚悟で追加の課題を課した。
「ドラゴンとの協定は・・・、『王家はドラゴンが穏やかな生活を送る手助けをする代わりに、ドラゴンも自分に危害を加えない国民を襲わない。』・・・でしょ?」
「姫、『さらにドラゴンは王家や国家の危機に対して、国内での範囲で協力する。』が抜けています。」
「あ、いや・・・ちょっと言い忘れただけよ。そのおかげでお母さまが統一戦争を『王家の危機』としてアトロシアに協力を取り付けたのは覚えていたから!」
講師の指摘に慌て、王女は言い訳をする。
「だめです。今日はそのあたりの復習もやってから自由時間としましょう」
「しまった・・・」
かくして王女の自由時間はいつもより十分短くなったのである。
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謁見の間ではケイア女王が今回呼び出した理由について話していた。
「近頃魔法使い達の動きが活発になっていてな。とある魔法使いが魔法人間(マジックマン)の軍勢を率いて近隣の領地を襲撃していたんだが、ついに昨日王都でも襲撃事件が発生した。」
「魔法人間?魔法使い(ウィザード)じゃなくて?」
単語に違和感を覚え、すかさずアトロシアは質問した。
「その質問は私から答えましょう」
赤いローブをまとった女性が2人の会話に割って入った。
「国家魔導士協会のマゼルナだ。」
紹介されたマゼルナはアトロシアに魔法人間(マジックマン)の説明を始めた。
「魔法人間とは簡単に言えば魔法にかけられた人々のことです。」
「魔法にかけられた人間?人間の魔法使いじゃかなりの手練れでも一人の人間を操るのが手いっぱいだろ?それに遠距離でそんな繊細な魔法を使うのも難しいから、魔法人間の軍団をあやつる犯人が近くにうじゃうじゃ隠れていることになるが。」
「その問題を解決するために敵は恐ろしい道具を開発したようです・・・例のものを持ってきてください。」
マゼルナが衛兵に頼んで持ってこさせたのは人間の肩幅ぐらいはある円盤に魔法をため込む性質をもつ石やルーン文字が刻まれていた。円盤には更に何かに巻きつけるように革製のベルトが伸びていた。
「人を操る魔法をかけ続けるために作られた装置のようです。相対したものや解析班の声をまとめるに、操られていた人間の背中に取り付けてベルトで固定、後は魔法使いが行いたい命令を与えて、作戦終了後に新たな命令を込めた魔法を装置にかけて撤退させているようです。」
説明をきいたアトロシアがあきれながら口を開く。
「人間ってのはおぞましい物ばっかり作るね・・・『天使』以来の発明かな。」
『天使』とは一般にイメージされるような展開からの使いではなく、竜と人間の大戦時代に人類が生み出した魔法の翼をもつ改造人間のことであった。
アトロシアは戦争の時代に生まれてはいなかったが、同族を『天使』という存在に作り変えて戦った人類をどこかで軽蔑していた。彼女もこれまでの経験から全ての人間が他人を改造するような存在ではないのを承知しているが、人類のこういった部分に対してどこか小ばかにするような事を言いたくてたまらない性分であった。
「・・・少なくとも現代の『天使』はまだ素質のある者に天使になるかどうかの選択肢が与えられます。魔法人間の問題はかつての天使の選定より横暴で、無理やり連れてこられた民間人を素材に使っている所です。」
マゼルナは重々しく、かつ慎重に言葉を選んで答えた。
「わざわざ人間を素材にする必要があるのか?それよりゴーレムを作ったほうが早いんじゃないの?」
アトロシアはふと思ったことを口に出した。
「ゴーレムをつくる素材はそれなりにコストがかかりますからね、それに我が王国の民間人をそのまま戦力にした上に『肉の盾』にしたいという一石二鳥のメリットがあるとこれを作った連中は判断したのでしょう・・・」
マゼルナは苦々しく答えた。
「この件自体はまだ発生してひと月ほどしかたっていないが、魔法人間をつかってちょっとした軍団を率いている事実をみるにもっと前から準備していたと我々は考えている。お前にはこの件の捜査を協力してほしいと思う。」
「捜査?私を探偵扱いする気か?」
ケイアの指示にアトロシアが素早く返す。
「勿論捜査はこっちで行う。摘発時に捜査班の護衛を務めてもらおうと思っている。」
「人間たちのお守か・・・面倒だね。こっちはただでさえお前達の小間使いとして国内のパトロールしているっていうのに。」
「そのパトロール帰りにこっちに向かうまで、毎日旅人とバーベキューをしていたと報告があるが?」
「お前が派遣した密偵は幻覚剤でも吸ってたんじゃないか?」
「報告したのは私よ」
「な!?」
声がしたのは謁見の間の天井からだった。アトロシアが見上げるとそこには天使の羽を持った女性が蝙蝠のようにぶら下がっていた。
「久しぶり、アトロシア。あんなサルみたいな旅人気にいるなんてドラゴンの趣味は分からないわぁ~。傷口の手当をしていたから高級取りの医者かなと思ったけど、あんな以下にも金持ってないルックスしてるわけないものね~。」
女性は水色の髪の毛が重力に引かれて逆立っており、氷のように透き通った瞳でアトロシアを見下ろしていた。年齢は二十歳前後といった風貌だったが、とにかく簡素ながら鎧を着たうえで天井からぶら下がっている様子は見るものを驚かせていた。
「プラシダ・・・。あれは命を助けてやった代わりにパシリに使ってただけだ。この国の人間じゃないからお前たちとの協定にかからない、貴重なおもちゃだ。」
「パシリに傷の手当させるのは流石にどうかとおもうけど~・・・」
「あれは勝手に診てきただけだ!余計な事したらすぐに首を跳ねるつもりだった!!」
アトロシアはプラシダがいたことに気づけなかった事による驚きを素早く引っ込め、彼女なりの理由を並べた。勿論命を助けたのは旅人であるグレンの方であったのだが、プラシダがその後の連日バーベキューパーティーという名の食料強奪していた件にしか言及していなかったので、とりあえず都合のいい設定を作っていうことにした。
「この国の国土内にいる人間は協定の対象だと思ってほしいのだが・・・まぁいい。アトロシア、今回の件が我々の予想通り大規模な組織によるものだとしたら、十分に国家の危機になりうる。我々でも始末できる連中だという証拠がない限りは協定の範囲内として協力してほしい。」
ケイアはあきれながらもアトロシアに協力を要請する。
「私たちも別動隊で動くし、とにかく人手が欲しいのよ。私からも頼む。」
プラシダと呼ばれた女性が天井から軽やかに降り立ちながらアトロシアに言った。
「・・・わかったよ。お前らで解決できる内容だとわかったらすぐ抜けるからな。」
アトロシアは面倒くさそうに答えた。
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城下町は祭りの日のようににぎわっており、グレンは驚きながら牛を馬宿にとめていた。他の旅人が驚いたり嘲笑の目でこちらを見ていることにはなれているので気にすることはなかった。
「今朝ドラゴンが城に降り立ったんだってよ」
「女王陛下と会談していたらしい。」
「ドラゴンは俺たちの危機の時だけ協力するんだろ?近い内に戦争でも起きるんじゃ・・・」
酒場で情報を仕入れに向かったグレンは道中の人々の会話を注意深く聞き取ることで酒屋の主人に払う情報料を浮かせていた。これで酒場には仕事の情報だけ買えばよさそうだ。
手近に入った酒場は今までの経験通り賞金稼ぎ達が多数たむろしており『賞金稼ぎの人はここで仕事を仕入れてください』と言わんばかりの空気だった。まっすぐ主人のもとに向かう。
「ビールと、良い仕事の情報。」
グレンは財布に入ってた一番高価な銀貨を出して酒場の主人に言った。
「城で賞金稼ぎたちを募集していたよ。『魔法使いの討伐』って内容で、それなりに経歴があれば誰でも応募できるらしい。」
「馬鹿、そんな行けばわかる情報じゃなくてあんたの所にしかない情報をよこせよ」
「先に言うんだな新入り(ルーキー)、とにかく代金分の情報は伝えたぞ。」
「・・・!」
グレンは唸りながらもこれ以上問い詰めるのをあきらめた。周りの賞金稼ぎがこちらに視線を向けており「酒場の主人を脅そうとした」という理由で主人に借りを作りがてらグレンを殺そうという散弾が手に取るように分かったからだ。グレンはあきらめて踵を返すことにした。
「どこに行くんだ?」主人がグレンに声をかける。
「・・・今はどんな仕事でもほしいからね。」
グレンは振り返らずに立ち去る刹那
「ちょっと待て。」
声と共にグレンは背中に衝撃を受ける。背中を勢いよく蹴られたと気づいたときには酒場を飛び出すように勢いよく転がっていった。
「・・・何すんだてめえ!!」
グレンをドラゴンの囮にしようとした賞金稼ぎの二人が立っていた。
男の戦士と、女性の弓使いであり、女魔法使いの姿はどこにもなかった。
「ファナの敵を打たせてもらう。」
「ファナって、あの魔法使いの女の子?」
男のセリフで斥候の男だけでなく、魔法使いの女も犠牲になったをグレンは悟った。おそらくそのファナという女は何かしらの魔法で目の前の二人を逃がしたのだろう。
「お前があの時悪あがきしなければ!!」
「それって逆恨だろ!というかもう一人の男の事も言ってやれよ、そうじゃないとあの世でかなしんでるに違いない・・・」
「黙れ!」
グレンは怒り狂う戦士風の男を相手に適当なトークで時間を稼ごうとしたが、戦士風の男は言い終わる前に襲ってきたのでその場を逃げることにした。
まずは人けのある通りに飛び込むことで事で弓矢を使わせる手段を封じた。二人の賞金稼ぎはグレンのことを追いかけ始める。
(そろそろか・・・)
諦めずに追いかけてきた男と女の距離が開いたのを見てグレンが振り向き、男を殺そうと鉈を振りかぶって突進する。
ドシン!!
急に上空から白いドラゴンがグレンと賞金稼ぎ達の間に落ちてきた。
質量のある物体が目の前に落ちてきた衝撃で、グレンと賞金稼ぎ達が吹っ飛びそのばに転がった。グレンは何とか受け身をとって立ち上がった。
顔を上げるとそこにはドラゴンと共に落ちてきたゴーレムがドラゴンの息の根を止めようとしていた。
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時間は少し前に遡る。
ケイア女王とアトロシアの階段が終わり、二人は中庭に移動していた。
「それじゃあその魔法人間が出た村の周りを見てくればいいんだろ?」
そう言ながら城の中庭を歩いていたアトロシアの体の各部が大きくなっていき、数歩歩いたころにはもとのドラゴンの姿になっていた。
「気を付けてくれ、今はプラシダ達も別の任務に割きたいんだ。」
「今3人目の天使作ってるんだっけか?できたらそいつも任務に出してくれればいいさ。」
ドラゴンの姿になったアトロシアはドラゴン体で人の言語を操るのが面倒なので、魔法で音を作り出して返した。
「・・・そうだな。」
ケイアの物憂げな言い方に少し、後ろ髪を引かれたが、アトロシアはそれ以上の詮索をせずに飛び立った。
中庭の塀の上まで羽ばたいたアトロシアはいつも通り城下町を眺めながら滑空した。
ゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・
その瞬間を待っていたと言わんばかりにレンガ造りの民家の何件かが再構築され巨大な人型を形成した。
ゴーレム!
アトロシアの脳裏にその言葉が浮かんだ時には既にゴーレムはジャンプしてアトロシアの両腕をつかんで、進行方向先にある城下町の通りに落下したのである。
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グレンはゴーレムがこちらを見ていないのを見ると急いで周りを見渡した。幸運なことに先ほどまで自分を追いかけていた賞金稼ぎ達は自分への復習を諦めて元いた酒場の方向へ走り去っていた。
自分の命の危機がなくなった事にほっとしたところでようやくグレンは周りの状況に気づいた。
『衛兵たちが動かない?』
グレンはドラゴンが落ちてくる前からいた衛兵達がゴーレムに立ち向かうことなく判断に迷っているのを確認した。
『ドラゴンを圧倒するゴーレム、怖がるのが普通だもんな・・・』
グレンが冷静に周りの状況を処理する今も、ゴーレムはドラゴンに馬乗りになって殴りつけている。
「これも一つ腐れ縁ってな・・・」
グレンは迷わず目の前のドラゴンを救う選択肢を取った自分自身に驚きつつも目の前のゴーレムを殺すために頭をフル稼働差せていた。
『“ゴーレムは人間を再現する魔法、心臓がなければうごかせない”だったよな?』
長年の一人旅の間に読んでた本を思い出した。デマの書いてある本もたくさん見てきたが、今信頼できるのはこれしかない。
グレンは持っていた鉈に目をやるとグリップにある引き金を引く、鉈の刀身がみるみる内に赤熱化されるのを確認すると前を向き直った。
「うおおおおおおおおお!」
鉈を握りしめたグレンは震える体を大声を上げることで無理やり従わせて走り出し、ゴーレムの横っ腹から懐に入ろうと突進する。ある地点でゴーレムの間合いにはいったらしく、ゴーレムは馬乗りになったままグレンを薙ぎ払うように腕を振り回した。
「うおっ!」
ゴーレムと戦ったことのないグレンは大きな腕で振り払う動きで十分思い知ることになった。
せめてもとグレンはとっさに左腕で顔を覆ったが、自分の左腕自体が顔の左側を叩きつける。ゴーレムの左腕がグレンの体を打ち付けたのだ。グレンは顔の痛みに悶え、辛うじて頭から地面に叩きつけられないように落ちる体勢を取るだけで手一杯だった。
ゴーレムはグレンの息の根が止まってないことを感知し馬乗りの体勢から起き上がる。グレンからドラゴン抹殺の邪魔をする意思を感知したようだ。グレンは仰向けに落ちた体を反転させて起き上がろうとしたが、ゴーレムがグレンを踏みつぶすほうが早そうだ。
グレンが全力で起き上がる動作は無傷の人間からすれば明らかに遅く、グレン自身もゴーレムが馬乗りから完全におきあがり、グレンを踏みつぶす方の足を持ち上げた瞬間。
ドラゴンがその片足にしがみつくように押さえていた。
「!!?」
グレンは驚いたが、それを言葉に紡ぎだすことなく起き上がりきった。ゴーレムは足で踏むことから素早く拳で叩き潰すことに切り替える。
「あああああああああああ!!!!」
グレンは奇声にも近い雄たけびで左脚を引きづりながら走り出す。ゴーレムが振り上げた拳と反対側の拳に向けて移動することで、ぎりぎりで交わした。グレンは待ってたとばかりに、拳を振り下ろす事で自分に近づいたゴーレムの状態に鉈を突き立てる。
そこには赤熱化したグレンの鉈がゴーレムの左胸に突き刺さっていた。
「やったか?」
グレンが呟くとゴーレムの体が自壊した。グレンの知識に合った『心臓』を破壊することに成功したが、体を維持できなくなったゴーレムの体が元の瓦礫となってグレンに降り注ごうとする。
『あ、死んだかも』
逃げようにもがれきがどう降るかを予測しようとしてしまい、グレンは崩れ行くゴーレムの体に目を奪われてしまう。グレンは大きながれきの一つが自分の真上に落ちるのを見つめていた。
見つめていたがれきは轟音と共にどこからか打ち出された火球に押し出されていく。いや、ゴーレムの自壊する体そのものが押し出され、誰もいない地面にたたきつけらるのをグレンは見守るしかなかった。
火球を打ち出した方向をみるとそこにはドラゴンが口から灰色の煙を出しながら立ち上がっていた。
「あ・・・ありがと
グレンが言い終わる前にドラゴンは自らの手でグレンの胴体をつかみ自分の口の中に放り込む。
突然の出来事に何も抵抗できないグレン、彼が最後に見たのはドラゴンの口の中、赤黒い闇だった。
木にもたれる様に座って寝ていた彼の目の前にベコスケが立ちふさがるように立っていた。彼は状況を理解すると昨日まで乗っていた牛に躊躇なく立ち向かっていった。
全力で襲い掛かる牛の攻撃を交わし、時にかわせなくとも何とかさばくグレン。これが彼とベコスケの朝の特訓であり、一人旅という極めて危険な旅を何とか生き抜いてきた秘訣であった。
グレンはここ数年毎日やってきた訓練に慣れきっており、時間をかけずにベコスケの背中に飛び乗った。「訓練終わり」と言う代わりにしがみつきながらベコスケの背中を叩いた。
「モオオオオオオオ!」
まだだと言わんばかりにベコスケは前足を地面に打ち付けて体を起こす。人間のように2本足で立つことでグレンを振り下ろす事に成功する。
「(二足歩行!?)」
ベコスケは気合でなんとか二本足を人間のように動かして、グレンに突進する。グレンもベコスケに応える様に突進した。
「うおおおおおおおおお!」
グレンは叫びながら突進の勢いを両脚に込め、突っ込んできたベコスケの頭に両手を叩きつけながらジャンプする。
二本足で立てたところで人間のように腕を動かせないベコスケは殴ることもガードすることもできない。グレンがベコスケの頭の上で側転するように飛び越えるのを許すしかなかった。重心が傾き脚から地面に落ち始めた瞬間に、グレンはベコスケの頭の上に置いた手を放し、素早くベコスケの頭部にある角を握りしめた。
「も?もおおおおおお!!」
ベコスケが頭を引っ張られる感覚に気づいた時点ではもう遅かった。グレンは足から着地しながら両腕に力を込めると、着地の勢いで背負い投げのように投げ飛ばした。
ドスン!
大きな音が辺りに響きながら、ベコスケの体は勢いよく地面に叩きつけられた。
「も・・・・」
「お前、いつ二足歩行の練習してたんだよ・・・」
自分が従えている家畜が、自分の知らないところで新しい技能を取得していることに恐れるグレン。
祖先のサルの時代から木の上で比較的安全な暮らしををしていた人間は八時間も眠れるが、家畜になる前から常に肉食獣に警戒していた牛は家畜になった今でも4時間の睡眠で済む。
グレンが寝ている間に「ダメなご主人を守れるように」と日々様々な努力をして今日は二足歩行ができるようになったのだが、ベコスケはご主人に知らせるそぶりも見せず訓練終わりの朝飯としてその辺の草を食べ始めた。
グレンは牛の言葉がなんとなくわかるのだが、応えたがらない事を聞き出す術は持っていなかったので諦めることにした。
既に朝ご飯を食べ終わった様子でグレンとベコスケの訓練を眺めていたハナコに近寄り彼女の乳を絞る。そうして得た牛乳を昨日の薪の余りを使って起こした火かけて約5分、グレンは今日の朝飯であるホットミルクをふうふうと息で冷ましながら飲み干した。
体力がついたグレンは改めて昨日野宿をしたこの場所を見回す。
ここ最近の彼の旅路はそれまでとはかなり異質なものになっていた。人里にたどり着けずに野宿することにはなれていたが、野宿の用意が終わり夕飯を食べる頃に限って彼のもとに毎晩白いドラゴンが降り立ったからだ。
ドラゴンが逆恨みしてきたと思い込んだ彼が命乞いとしてあるだけの食べ物を与えたのが運の尽き、ドラゴンは彼を殺さず食料を食べつくしては去り、次の日もどんなに隠れて移動しても、(何らかの魔法でも使ってるのかと言いたくなるぐらい)正確にグレン達のもとに降り立つようになっていた。
空っぽになった食料を補うために野生動物を狩ったが、その肉は毎晩ドラゴンに食べられてしまった。ハナコの背中の荷物から引っ張り出した「食べられる果実や野草」の本をよんでなんとか食べられる草や果実を毎日集めていたので、ここ最近のグレンは牛乳と山菜しか食べていなかった。
事実上ここ最近のグレンの旅は自分たちの食糧と竜に食べさせる肉の確保をしながら移動していたので、移動時間は今までの倍以上かかっていた。しかし、この不思議な生活は恐ろしい野生動物達がグレンたちを襲うのをあきらめさせ、山賊は幻覚を見たと思い込んで立ち去っていくというメリットをもたらしていた。ドラゴンも食事が終わるとグレンに危害を与えずに飛び去っていったので、結果的にグレンはここ数年で最も安全な旅ができていたのである。
グレンはこの奇妙な毎日にもやもやしながら地図を広げる。地図を読めるのかは不明だが、牛たちが覗き込んできたのでグレンは牛たちに語りかける。
「今日の昼にようやく王都に着く。ドラゴンが夜中にしか現れないのをみるに俺たちから食料を奪うために王都にまで入るような真似はしないだろう。・・・俺たちの元に来たときは竜と人の戦争を間近で拝むことになるだろうな。」
牛たちはなんとなくグレンのいうことを理解して相槌を打つように鳴き声をあげたので、グレンはさっそくベコスケに跨り出発したのだった。
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グレンが竜と出会ってから一週間後、彼が目指していたグランべリア王国の王都にある城では一人の女性がグランべリアの女王との面会に来ていた。
城の上層にある謁見の間で衛兵が女性から手渡された羊皮紙を読むと謁見の間の扉を開ける。
謁見の間にある玉座に鎮座していたケイア女王は四十代半ばを超えても未だ聡明さに衰えを見せないと言われる容姿であったが、今日は妙にやつれて見えた。
謁見の間には彼女たちの他に、衛兵と一目で魔法使いとわかる女性が立っていた。赤い上質なローブをまとっており、一目で王立魔法研究所の人間だとわかる。
「アトロシア、よく来てくれたな。」
アトロシアとはこの国に隠れ住むドラゴンの名であり、彼女は一週間前にグレンが出会ったドラゴンが人間に化けた姿であった。
「気にするな。我々とお前の先祖の協定が守られ続けている限り、お前達に協力する義務を果たすだけだ。」
アトロシアはケイアよりはるかに年上だが、彼女の友人のような存在と認識していた。
「協定か・・・、十年前の統一戦争の最終局面でお前が現れた瞬間が昨日のように思い出せるよ。」
ケイアは久々に表情を緩ませた。
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その頃王女の部屋では、王女が今まで学んできたグランべリア王国の歴史について、講師からその一部を説明するように求められていた。
「まず大昔にこの国で『ドラゴンと人間の戦争』が起きて、それに勝ったものの王国は弱体化。二十年前にお母さまが統一をはたすまで内乱続きだった。これで十分?」
王女は早くこの勉強の時間を終わらせるために、端折りながら説明をする。
「ざっくりすぎますよ、姫・・・。せめてドラゴンと初代グランべリア王の間に結ばれた『協定』について説明してください。」
講師は王女がこの時間を早く終わらせて自由時間をなるべく長くとろうとしているのに気づいていたが、不満を買うのを覚悟で追加の課題を課した。
「ドラゴンとの協定は・・・、『王家はドラゴンが穏やかな生活を送る手助けをする代わりに、ドラゴンも自分に危害を加えない国民を襲わない。』・・・でしょ?」
「姫、『さらにドラゴンは王家や国家の危機に対して、国内での範囲で協力する。』が抜けています。」
「あ、いや・・・ちょっと言い忘れただけよ。そのおかげでお母さまが統一戦争を『王家の危機』としてアトロシアに協力を取り付けたのは覚えていたから!」
講師の指摘に慌て、王女は言い訳をする。
「だめです。今日はそのあたりの復習もやってから自由時間としましょう」
「しまった・・・」
かくして王女の自由時間はいつもより十分短くなったのである。
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謁見の間ではケイア女王が今回呼び出した理由について話していた。
「近頃魔法使い達の動きが活発になっていてな。とある魔法使いが魔法人間(マジックマン)の軍勢を率いて近隣の領地を襲撃していたんだが、ついに昨日王都でも襲撃事件が発生した。」
「魔法人間?魔法使い(ウィザード)じゃなくて?」
単語に違和感を覚え、すかさずアトロシアは質問した。
「その質問は私から答えましょう」
赤いローブをまとった女性が2人の会話に割って入った。
「国家魔導士協会のマゼルナだ。」
紹介されたマゼルナはアトロシアに魔法人間(マジックマン)の説明を始めた。
「魔法人間とは簡単に言えば魔法にかけられた人々のことです。」
「魔法にかけられた人間?人間の魔法使いじゃかなりの手練れでも一人の人間を操るのが手いっぱいだろ?それに遠距離でそんな繊細な魔法を使うのも難しいから、魔法人間の軍団をあやつる犯人が近くにうじゃうじゃ隠れていることになるが。」
「その問題を解決するために敵は恐ろしい道具を開発したようです・・・例のものを持ってきてください。」
マゼルナが衛兵に頼んで持ってこさせたのは人間の肩幅ぐらいはある円盤に魔法をため込む性質をもつ石やルーン文字が刻まれていた。円盤には更に何かに巻きつけるように革製のベルトが伸びていた。
「人を操る魔法をかけ続けるために作られた装置のようです。相対したものや解析班の声をまとめるに、操られていた人間の背中に取り付けてベルトで固定、後は魔法使いが行いたい命令を与えて、作戦終了後に新たな命令を込めた魔法を装置にかけて撤退させているようです。」
説明をきいたアトロシアがあきれながら口を開く。
「人間ってのはおぞましい物ばっかり作るね・・・『天使』以来の発明かな。」
『天使』とは一般にイメージされるような展開からの使いではなく、竜と人間の大戦時代に人類が生み出した魔法の翼をもつ改造人間のことであった。
アトロシアは戦争の時代に生まれてはいなかったが、同族を『天使』という存在に作り変えて戦った人類をどこかで軽蔑していた。彼女もこれまでの経験から全ての人間が他人を改造するような存在ではないのを承知しているが、人類のこういった部分に対してどこか小ばかにするような事を言いたくてたまらない性分であった。
「・・・少なくとも現代の『天使』はまだ素質のある者に天使になるかどうかの選択肢が与えられます。魔法人間の問題はかつての天使の選定より横暴で、無理やり連れてこられた民間人を素材に使っている所です。」
マゼルナは重々しく、かつ慎重に言葉を選んで答えた。
「わざわざ人間を素材にする必要があるのか?それよりゴーレムを作ったほうが早いんじゃないの?」
アトロシアはふと思ったことを口に出した。
「ゴーレムをつくる素材はそれなりにコストがかかりますからね、それに我が王国の民間人をそのまま戦力にした上に『肉の盾』にしたいという一石二鳥のメリットがあるとこれを作った連中は判断したのでしょう・・・」
マゼルナは苦々しく答えた。
「この件自体はまだ発生してひと月ほどしかたっていないが、魔法人間をつかってちょっとした軍団を率いている事実をみるにもっと前から準備していたと我々は考えている。お前にはこの件の捜査を協力してほしいと思う。」
「捜査?私を探偵扱いする気か?」
ケイアの指示にアトロシアが素早く返す。
「勿論捜査はこっちで行う。摘発時に捜査班の護衛を務めてもらおうと思っている。」
「人間たちのお守か・・・面倒だね。こっちはただでさえお前達の小間使いとして国内のパトロールしているっていうのに。」
「そのパトロール帰りにこっちに向かうまで、毎日旅人とバーベキューをしていたと報告があるが?」
「お前が派遣した密偵は幻覚剤でも吸ってたんじゃないか?」
「報告したのは私よ」
「な!?」
声がしたのは謁見の間の天井からだった。アトロシアが見上げるとそこには天使の羽を持った女性が蝙蝠のようにぶら下がっていた。
「久しぶり、アトロシア。あんなサルみたいな旅人気にいるなんてドラゴンの趣味は分からないわぁ~。傷口の手当をしていたから高級取りの医者かなと思ったけど、あんな以下にも金持ってないルックスしてるわけないものね~。」
女性は水色の髪の毛が重力に引かれて逆立っており、氷のように透き通った瞳でアトロシアを見下ろしていた。年齢は二十歳前後といった風貌だったが、とにかく簡素ながら鎧を着たうえで天井からぶら下がっている様子は見るものを驚かせていた。
「プラシダ・・・。あれは命を助けてやった代わりにパシリに使ってただけだ。この国の人間じゃないからお前たちとの協定にかからない、貴重なおもちゃだ。」
「パシリに傷の手当させるのは流石にどうかとおもうけど~・・・」
「あれは勝手に診てきただけだ!余計な事したらすぐに首を跳ねるつもりだった!!」
アトロシアはプラシダがいたことに気づけなかった事による驚きを素早く引っ込め、彼女なりの理由を並べた。勿論命を助けたのは旅人であるグレンの方であったのだが、プラシダがその後の連日バーベキューパーティーという名の食料強奪していた件にしか言及していなかったので、とりあえず都合のいい設定を作っていうことにした。
「この国の国土内にいる人間は協定の対象だと思ってほしいのだが・・・まぁいい。アトロシア、今回の件が我々の予想通り大規模な組織によるものだとしたら、十分に国家の危機になりうる。我々でも始末できる連中だという証拠がない限りは協定の範囲内として協力してほしい。」
ケイアはあきれながらもアトロシアに協力を要請する。
「私たちも別動隊で動くし、とにかく人手が欲しいのよ。私からも頼む。」
プラシダと呼ばれた女性が天井から軽やかに降り立ちながらアトロシアに言った。
「・・・わかったよ。お前らで解決できる内容だとわかったらすぐ抜けるからな。」
アトロシアは面倒くさそうに答えた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
城下町は祭りの日のようににぎわっており、グレンは驚きながら牛を馬宿にとめていた。他の旅人が驚いたり嘲笑の目でこちらを見ていることにはなれているので気にすることはなかった。
「今朝ドラゴンが城に降り立ったんだってよ」
「女王陛下と会談していたらしい。」
「ドラゴンは俺たちの危機の時だけ協力するんだろ?近い内に戦争でも起きるんじゃ・・・」
酒場で情報を仕入れに向かったグレンは道中の人々の会話を注意深く聞き取ることで酒屋の主人に払う情報料を浮かせていた。これで酒場には仕事の情報だけ買えばよさそうだ。
手近に入った酒場は今までの経験通り賞金稼ぎ達が多数たむろしており『賞金稼ぎの人はここで仕事を仕入れてください』と言わんばかりの空気だった。まっすぐ主人のもとに向かう。
「ビールと、良い仕事の情報。」
グレンは財布に入ってた一番高価な銀貨を出して酒場の主人に言った。
「城で賞金稼ぎたちを募集していたよ。『魔法使いの討伐』って内容で、それなりに経歴があれば誰でも応募できるらしい。」
「馬鹿、そんな行けばわかる情報じゃなくてあんたの所にしかない情報をよこせよ」
「先に言うんだな新入り(ルーキー)、とにかく代金分の情報は伝えたぞ。」
「・・・!」
グレンは唸りながらもこれ以上問い詰めるのをあきらめた。周りの賞金稼ぎがこちらに視線を向けており「酒場の主人を脅そうとした」という理由で主人に借りを作りがてらグレンを殺そうという散弾が手に取るように分かったからだ。グレンはあきらめて踵を返すことにした。
「どこに行くんだ?」主人がグレンに声をかける。
「・・・今はどんな仕事でもほしいからね。」
グレンは振り返らずに立ち去る刹那
「ちょっと待て。」
声と共にグレンは背中に衝撃を受ける。背中を勢いよく蹴られたと気づいたときには酒場を飛び出すように勢いよく転がっていった。
「・・・何すんだてめえ!!」
グレンをドラゴンの囮にしようとした賞金稼ぎの二人が立っていた。
男の戦士と、女性の弓使いであり、女魔法使いの姿はどこにもなかった。
「ファナの敵を打たせてもらう。」
「ファナって、あの魔法使いの女の子?」
男のセリフで斥候の男だけでなく、魔法使いの女も犠牲になったをグレンは悟った。おそらくそのファナという女は何かしらの魔法で目の前の二人を逃がしたのだろう。
「お前があの時悪あがきしなければ!!」
「それって逆恨だろ!というかもう一人の男の事も言ってやれよ、そうじゃないとあの世でかなしんでるに違いない・・・」
「黙れ!」
グレンは怒り狂う戦士風の男を相手に適当なトークで時間を稼ごうとしたが、戦士風の男は言い終わる前に襲ってきたのでその場を逃げることにした。
まずは人けのある通りに飛び込むことで事で弓矢を使わせる手段を封じた。二人の賞金稼ぎはグレンのことを追いかけ始める。
(そろそろか・・・)
諦めずに追いかけてきた男と女の距離が開いたのを見てグレンが振り向き、男を殺そうと鉈を振りかぶって突進する。
ドシン!!
急に上空から白いドラゴンがグレンと賞金稼ぎ達の間に落ちてきた。
質量のある物体が目の前に落ちてきた衝撃で、グレンと賞金稼ぎ達が吹っ飛びそのばに転がった。グレンは何とか受け身をとって立ち上がった。
顔を上げるとそこにはドラゴンと共に落ちてきたゴーレムがドラゴンの息の根を止めようとしていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
時間は少し前に遡る。
ケイア女王とアトロシアの階段が終わり、二人は中庭に移動していた。
「それじゃあその魔法人間が出た村の周りを見てくればいいんだろ?」
そう言ながら城の中庭を歩いていたアトロシアの体の各部が大きくなっていき、数歩歩いたころにはもとのドラゴンの姿になっていた。
「気を付けてくれ、今はプラシダ達も別の任務に割きたいんだ。」
「今3人目の天使作ってるんだっけか?できたらそいつも任務に出してくれればいいさ。」
ドラゴンの姿になったアトロシアはドラゴン体で人の言語を操るのが面倒なので、魔法で音を作り出して返した。
「・・・そうだな。」
ケイアの物憂げな言い方に少し、後ろ髪を引かれたが、アトロシアはそれ以上の詮索をせずに飛び立った。
中庭の塀の上まで羽ばたいたアトロシアはいつも通り城下町を眺めながら滑空した。
ゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・
その瞬間を待っていたと言わんばかりにレンガ造りの民家の何件かが再構築され巨大な人型を形成した。
ゴーレム!
アトロシアの脳裏にその言葉が浮かんだ時には既にゴーレムはジャンプしてアトロシアの両腕をつかんで、進行方向先にある城下町の通りに落下したのである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
グレンはゴーレムがこちらを見ていないのを見ると急いで周りを見渡した。幸運なことに先ほどまで自分を追いかけていた賞金稼ぎ達は自分への復習を諦めて元いた酒場の方向へ走り去っていた。
自分の命の危機がなくなった事にほっとしたところでようやくグレンは周りの状況に気づいた。
『衛兵たちが動かない?』
グレンはドラゴンが落ちてくる前からいた衛兵達がゴーレムに立ち向かうことなく判断に迷っているのを確認した。
『ドラゴンを圧倒するゴーレム、怖がるのが普通だもんな・・・』
グレンが冷静に周りの状況を処理する今も、ゴーレムはドラゴンに馬乗りになって殴りつけている。
「これも一つ腐れ縁ってな・・・」
グレンは迷わず目の前のドラゴンを救う選択肢を取った自分自身に驚きつつも目の前のゴーレムを殺すために頭をフル稼働差せていた。
『“ゴーレムは人間を再現する魔法、心臓がなければうごかせない”だったよな?』
長年の一人旅の間に読んでた本を思い出した。デマの書いてある本もたくさん見てきたが、今信頼できるのはこれしかない。
グレンは持っていた鉈に目をやるとグリップにある引き金を引く、鉈の刀身がみるみる内に赤熱化されるのを確認すると前を向き直った。
「うおおおおおおおおお!」
鉈を握りしめたグレンは震える体を大声を上げることで無理やり従わせて走り出し、ゴーレムの横っ腹から懐に入ろうと突進する。ある地点でゴーレムの間合いにはいったらしく、ゴーレムは馬乗りになったままグレンを薙ぎ払うように腕を振り回した。
「うおっ!」
ゴーレムと戦ったことのないグレンは大きな腕で振り払う動きで十分思い知ることになった。
せめてもとグレンはとっさに左腕で顔を覆ったが、自分の左腕自体が顔の左側を叩きつける。ゴーレムの左腕がグレンの体を打ち付けたのだ。グレンは顔の痛みに悶え、辛うじて頭から地面に叩きつけられないように落ちる体勢を取るだけで手一杯だった。
ゴーレムはグレンの息の根が止まってないことを感知し馬乗りの体勢から起き上がる。グレンからドラゴン抹殺の邪魔をする意思を感知したようだ。グレンは仰向けに落ちた体を反転させて起き上がろうとしたが、ゴーレムがグレンを踏みつぶすほうが早そうだ。
グレンが全力で起き上がる動作は無傷の人間からすれば明らかに遅く、グレン自身もゴーレムが馬乗りから完全におきあがり、グレンを踏みつぶす方の足を持ち上げた瞬間。
ドラゴンがその片足にしがみつくように押さえていた。
「!!?」
グレンは驚いたが、それを言葉に紡ぎだすことなく起き上がりきった。ゴーレムは足で踏むことから素早く拳で叩き潰すことに切り替える。
「あああああああああああ!!!!」
グレンは奇声にも近い雄たけびで左脚を引きづりながら走り出す。ゴーレムが振り上げた拳と反対側の拳に向けて移動することで、ぎりぎりで交わした。グレンは待ってたとばかりに、拳を振り下ろす事で自分に近づいたゴーレムの状態に鉈を突き立てる。
そこには赤熱化したグレンの鉈がゴーレムの左胸に突き刺さっていた。
「やったか?」
グレンが呟くとゴーレムの体が自壊した。グレンの知識に合った『心臓』を破壊することに成功したが、体を維持できなくなったゴーレムの体が元の瓦礫となってグレンに降り注ごうとする。
『あ、死んだかも』
逃げようにもがれきがどう降るかを予測しようとしてしまい、グレンは崩れ行くゴーレムの体に目を奪われてしまう。グレンは大きながれきの一つが自分の真上に落ちるのを見つめていた。
見つめていたがれきは轟音と共にどこからか打ち出された火球に押し出されていく。いや、ゴーレムの自壊する体そのものが押し出され、誰もいない地面にたたきつけらるのをグレンは見守るしかなかった。
火球を打ち出した方向をみるとそこにはドラゴンが口から灰色の煙を出しながら立ち上がっていた。
「あ・・・ありがと
グレンが言い終わる前にドラゴンは自らの手でグレンの胴体をつかみ自分の口の中に放り込む。
突然の出来事に何も抵抗できないグレン、彼が最後に見たのはドラゴンの口の中、赤黒い闇だった。
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