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後日談
10.湖畔にて
しおりを挟む「味、どうかな? ラーシュ」
「ん? まあ悪くないよ」
ラーシュが謎の気迫を見せた、少し後。
凪いだ水面がぼうっと光を放つ美しい湖を眺めながら、二人は持参した軽食に舌鼓を打っていた。
最初はびくついていたシンシアだったが、徐々にほぐれて和やかに会話をするまでになっている。
「良かった。私はこんなに小洒落た料理は知らなかったから、君の触手くんたちに教わりながら作ったんだ」
シンシアが少しはにかんでそう言うと、ラーシュは途端に瞳を輝かせた。
「えっ! これってシンシアが作ったの? わあ、じゃあすっごく美味しいよ!!」
「あまり素直に喜べないな……」
露骨すぎる態度の変化に肩を落としながらも、褒められること自体は嬉しいのか、仄かに頬に朱が差す。
「あの子たち、家事は全部嗜んでるみたいだし、料理にも精通していて、本当にすごいね。驚いたよ」
「……べつに。あいつらにできることくらい、僕だって余裕でこなせるけど」
「え、そうなの?」
「そりゃそうだよ。家にいる触手たちは、みんな僕が生み出した分体だよ。本体の僕よりスペックが高いのを出せるわけないでしょ」
「あ、そういうものなんだ。じゃあ君も料理は得意なのか、意外だな」
「まあねえ。美食を追求したら面白そうかなと思って、いろいろ試してみたこともあったから。まあ、途中でつまんなくなってやめたけど」
なるほど、そうやってあちこち手を出す主人がいるから彼らはあんなに多芸なのか、と内心で納得しつつ、シンシアはデザートの果物を口に入れた。
(何だか分からないけど、機嫌は直ったみたいだ。よかった)
未だ緊張が残っていた胸をこっそり撫で下ろすシンシア。
しかし、彼女がもぐもぐと果物を咀嚼し、こくんと飲み込むのを見計らったようなタイミングで、ラーシュが素早く腰を上げた。
「さ、ご飯終わった? 終わったよね? じゃあこっち来て。はやく」
「え、あ、え?」
そして彼女は、ちょうど油断しかけたところに畳み掛けられ、手を引かれ、なす術もなく連れ出されていくのだった。
* * * *
「ね、ちょっと、どこに行くの? 君、本当頼むから説明を……」
「いーからいーから♪」
ラーシュは混乱するシンシアをぐいぐいと引っ張っていくと、やがて水辺に佇む少し大きな木の前で立ち止まった。
「まあ、見ててよ。いいことしてあげるからさ♡」
にやり。
振り返って悪戯っ子の顔で笑ったラーシュは、その木の幹に手を添え、力を込めた。
──ざわ。
「!?」
その瞬間、シンシアの目にも見えるほどに濃密な暗黒色の魔力が立ち上り、辺り一帯を席巻する。
(な、何!?)
周囲に立ち上った禍々しい魔力は、彼女の視界を遮りながら、ラーシュが触れた木に吸い込まれるように勢い良く流れ込んでいく。
(何が、起こって……!?)
魔力の奔流が収まり、ようやく視界が晴れた頃。
シンシアは恐る恐る辺りの様子を窺った。
すると、そこにあったのは。
「……舟……?」
「ふふっ、びっくりしたでしょ」
目の前の水辺に、ちょうど人が二人乗れるほどの小舟がぽつりと浮かんでいたのだった。
「ど、どうして……?」
「どうしても何も 、君が言ったんじゃない。恋人らしいデートは『湖に舟を浮かべる』んだって」
「言っ……た、かも」
「ほら。ねえ、お洒落にできたと思わない? 僕、すごいでしょ?」
誇らしげに胸を張るラーシュだったが、とんでもない魔法を見せつけられたシンシアの心中はそれどころではない。
(生きた木に触れただけで、一瞬でここまで精巧な加工を施すなんて……こんなの見たことも聞いたこともない。この魔族、魔術師としての実力まで規格外なのか)
「ありゃ、どうしたの? 固まっちゃって。ほら、僕のお姫様。お手をどうぞ?」
「……っ!」
(でも、でもっ……! こんなの、こんな振舞い、小さい頃からの憧れそのものじゃないか……!)
自身の中の夢見る少女に抗えなかった彼女は、深く考えることをやめ、慄きとときめきを複雑に同居させながら、ラーシュの手を取ったのだった。
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