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2.学園編

第11章 友達100人できるかな

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「ちょっと聞いてないよ! 男女別学なんて! クラウディアと一緒だから安心してたのに! 僕を一人にしないで!」



「殿下にはグランがいるでしょう! 大体上流階級の学生が通う学校が共学のわけがありません! 既に婚約者のいる者も少なくないんですのよ。間違いが起きたら大変ですから」



 温かい春風が吹く爽やかな朝、学園の入り口でマクシミリアンとクラウディアが口論をしていた。クラウディアと同じクラスになれると都合のいいことを考えていたマクシミリアンはすっかり当てが外れたようで、しょげかえっている。濃紺で統一された制服に純白のクラバットがよく映えている。もっさりした髪の毛も整髪してすっきりした見た目になったのに、これでは台無しだ。グランは途方に暮れて二人のやり取りをただ聞いていた。学園の正門は一つだが、一たび校内に足を踏み入れると、昇降口から男女別で教室のある棟は2つに分かれている。校庭や職員室や特別室は共用なので、男女の出会いを求めてワンチャンス賭ける者は、昼休みや登下校時がねらい目だった。



「何かこう、男女が入り乱れてキャッキャウフフするもんだと思ってた……本にそう書いてあったのに……」



「どんな本を読んだのか知りませんが、とにかくこの学園内は男女別です。授業が違うだけですから、昼休みになればまた会えます。部活動は別ですが」



 それを聞いてまたマクシミリアンが嘆いた。



「殿下もういいから中に入りましょう。みんな見てますよ」



 たまらずグランが袖を引くが、マクシミリアンは往生際が悪かった。そうこうしているうちに、「おい、クラウディア」と尊大な声で呼ばれた。振り返ると、アレックスとその取り巻きがそびえ立つように彼らを取り囲んでいた。



「しばらく姿を見ないと思っていたら、別の王子を捕まえていたとは、本当に権力が好きな奴だな。どんな手を使っても王太子妃になりたいのか」



 クラウディアは感情を殺して平静に努めた。



「お言葉ですがアレックス殿下。ここにいらっしゃるマクシミリアン殿下は、学問を究める目的で学園に入学したのです。決して王太子の座を狙うようなことはありません。このことは既に国王陛下からお聞きのはずですが」



「そんなことはどうでもいい。年の近い王子がもう一人いるという事実だけで、どれだけ波風が立つと思ってるんだ、お前に分からないはずがなかろう。既に『王太子の尻拭いをした賢い淑女』から『王太子妃の座にしがみつきたい悪女』へと評価が一変したぞ。それでもいいのか?」



 クラウディアが口を開こうとしたら、マクシミリアンが割って入った。



「アレックス、『元』婚約者のことまで心配してくれてありがとう。でも彼女は自分のことは自分でできる女性だから大丈夫だよ。僕も王位なんて狙える器じゃないから何の心配も要らない。外野が騒いだって気にしなければいいじゃないか。あと、僕の方が数か月先に生まれたから、そのことは覚えといて」



 それだけ言うと、さっきまでぐずっていたのが嘘かのように、グランを伴って男子用の昇降口へ消えていった。残された者たちは呆気に取られたままだったが、クラウディアは一足先に我に返り、慌てて女子用の昇降口へと向かった。もしかしてマクシミリアンがかばってくれた? 彼に似合わず実に堂々とした態度だった。しかも、数か月とは言え兄である自分に最初に挨拶しなかった非礼をやんわりといさめた。王室のマナーなんて付け焼刃程度のマクシミリアンに、このような機転が利くとは意外だった。



(王太子の器じゃないなんて……本当なの?)



 よくよく考えれば、王太子から外された理由はマクシミリアン自身の資質とは関係ない。シンシア妃の死の謎が解けた今、彼を王太子にという声が上がってもおかしくない。マクシミリアンが実は利発だということが知られれば……



(いけない、いけない。殿下自身は植物学者の道に進みたいと明言しているのだから、他人がご意思を曲げるようなことはいけない)



 クラウディアはぶんぶんと頭を振って考えを打ち消した。代わりに、アレックスが言っていた「王太子妃の座にしがみつきたい悪女」という言葉を思い出した。いいじゃない。これでこそわたくしよ。今までローズマリー様と比べられて、散々ひどい噂立てられたのに、ころっと評価が一変した方が気持ち悪かったのよ。王子に執着するあくどい女と呼ばれる方がいっそのことすっきりするわ。何でも好きにおっしゃい。



 クラウディアはむしろ誇らしい気持ちになって、数か月ぶりの教室に足を踏み入れた。久しぶりのクラウディアの登場に、教室中の目が向けられた。クラウディアの方から「皆様ご無沙汰しておりました。またよろしくお願いいたします」と声をかけると、遠慮がちに返答が返ってきた。



(別の王子に乗り換えた悪女の噂は本当にあるようね。貴族ならもっと感情を内に隠しなさいよ。修行が足りないわ)



 久しぶりの授業は特段変わったことはなかった。既に家で勉強している範囲だったし、授業の内容が難しいということはない。表立ってクラウディアに嫌がらせしようとするツワモノもいない。それよりも、マクシミリアンはうまくやっているかそれだけが心配だった。



(グランがいるから大丈夫と言ったのはわたくしよ。殿下の保護者でも何でもないのだから、心配する必要はなくてよ)



 そう自分に言い聞かせるものの、なかなか頭から離れなかった。やがて昼休みを告げる鐘が鳴り、クラウディアは我先に食堂へ向かった。



「あっ、クラウディアが来た。おーい、こっち!」



 学園の中では皆平等とは言え、それでも細かい不文律は存在する。食堂では、有力貴族の子弟は総ガラス張りになっている窓際の明るい席を取ることが多かった。マクシミリアンもグランも別にそんなことにこだわってないので、比較的空いている奥の方の席をクラウディアにとっておいてくれた。クラウディアがランチのトレイを持って席に着くと、マクシミリアンは既に食べているところだった。



「ごめん、先に食べちゃって。でも学園では先に来た人から食べて構わないんでしょ? おいしいね、これ。チキンのトマト煮?」



 全てが珍しいのか、手あたり次第頬張るマクシミリアンを見て、クラウディアは微笑ましく思った。保護者じゃないと言いつつ、本人が生き生きしているのを見るのは楽しい。色々あったけど学園に誘ってよかったと思えた。



「王族がこの辺の席で食べるなんてこと滅多にないから、注目されてるぞ。これも親しみのある王子様アピールしてると思えばいいのかな」



「別にアレックス殿下と競ってるわけじゃないからどうでもいいわよ。でもそうね、味方を増やすことは大事かもね」



「味方? クラウディアとグランがいれば別に要らないよ」



 グランとクラウディアの会話にマクシミリアンが食べ物に口を入れたまま割って入った。(まだこういうところは教育が足りないわね……王宮ではしないだろうけど。食事のマナーをもっと厳しくしなくちゃ)とクラウディアは内心思いつつ、言葉を続けた。



「殿下は王族とはいえ、国王陛下以外後ろ盾がない不安定な状態ですわ。今後王族として生きていくなら、ここでご学友、つまり取り巻きを作っておいて卒業した後も支えてくれる人材を確保する必要があると思います。お一人で頑張れることには限度がありますから」



「んー、でもあんまり友達作るの得意じゃないんだよね。二人は別だよ。あとジュリアンも。ちょっとトイレ行ってきていい? 場所は分かってるから着いてこなくていいよ、子供じゃないんだから」



 ぺろっと昼食を平らげたマクシミリアンは、席を立って食堂の出口へと向かった。トイレは食堂を出て左手にあるはずだ。用を済ませて戻ろうとすると、廊下で数人の女子生徒に声をかけられた。



「あのう……マクシミリアン殿下でいらっしゃいますよね。突然お声がけして申し訳ありません」



 そう切り出してから、彼女たちは自己紹介をした。本来身分の低い者から高い者に急に話しかけるのはマナー違反なのだが、学園の中では身分の差にかかわらず平等という規則があるためここでは許される。とはいえ、入学したばかりのマクシミリアンにいきなり話しかけるとはなかなかの度胸だ。



「髪の色も瞳の色も黒いんですね。白いクラバットが良く映えてます」



「そう。母がアッシャー帝国出身だからこうなの。こっちでは珍しいよね」



「まあ、そうなんですか。それは知らなかったです。エキゾチックでとても素敵ですよ」



 別に隠す気はないから普通に応じているが、話がなかなか見えてこない。髪と目の色を褒めるために声をかけたのか?



「ところで……差し出がましいのは重々承知なのですが、殿下のことが心配なので一言言わせてください……ご一緒にいるクラウディア様とグラン様ですが、あのお二人とのお付き合いは長いんですか……」



「ん? なんでそんなこと聞くの?」



 やっと話が見えてきた。結局そんなことが言いたかったのか。



「いえ、学園に入学したからには、お付き合いする友人は慎重にお選びになる方がよろしいかと……クラウディア様は、アレックス殿下と婚約破棄をなさったばかりなのに、どうしても王太子妃の座が欲しくてマクシミリアン殿下に近づいたと言われています。グラン様のご実家も、貴族の癖に商売で金儲けをしているなんて家の格が落ちるというものです」



 そんなことを言われて簡単にひるむマクシミリアンではなかった。



「ためになる助言をありがとう。でも僕のことは自分で決められるから大丈夫だよ。それより二人が待ってるから行かなくちゃ。じゃあね」



 マクシミリアンは爽やかな笑顔を作り、穏やかな口調で言うと素早くその場を去った。そしてクラウディアたちのところへ戻り、何食わぬ顔で席に着いた。



「やけに遅かったけど、やっぱり迷子になったんすか?」



「違うよ。さっきのクラウディアの話だけど、やっぱり『ご学友』作っておいた方がいいかも。変に絡まれることもないし」



「あら殿下、考えが変わりましたの?」



「別にどうってことないよ。ただ僕が考える以上に色々ありそうだから、クラウディアの言う通りにしとくのがいいかなと思って」



 この一件だけでは済まなかった。昼休みが終わりクラウディアと別れた後、教室に戻ったマクシミリアンは、今度は男子生徒から声をかけられた。



「マクシミリアン殿下とはあなたのことか」



「そうだけど、君は誰?」



 王子にしてはあけすけすぎるマクシミリアンの態度に相手は一瞬詰まったものの、「生徒会長のディーン・ハッターだ」と自己紹介をした。



「今回君は、入学テストの結果1年の内容は履修済みと認定され、2年からの編入が認められた。つまり、アレックス殿下と同学年である。今まで二人の王族が同学年になるのは殆どなかったので長らく適用されなかったのだが、わが校の校則に『2人以上の王族が同学年にいる場合、同じ講義や部活動をとってはならない』というものがある。狭い範囲で派閥ができて無用な争いが起きるのを防ぐためだと言われている。過去には2人の間で相談してもらい、被らないように調整されたらしいが、今回君が入学してきたのは想定外だったため、君の方がアレックス殿下と被らないように配慮する必要が出てきた。アレックス殿下が選択している授業をリスト化したので、これらを除外して選ぶように」



 これには流石のマクシミリアンもぽかんとしたまま言葉を失った。生徒会長はそれだけ言うと、2年の教室から去っていった。

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