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第18話 私の知らない記憶
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買い物から戻り、カゲロウに先日の話を詳しく聞こうと思ったら、どこかへ出かけたとかでいなかった。今日も夜まで帰ってこないのだろう。最近、別の用事があるとかで、彼は寿寿亭にいない時間が増えている。いつも暇を持て余すように、少しのおつまみで酒ばかり飲んでいるのに、一体何の仕事があるのだろう? あやかしの生態をよく知らない私は、分からないことばかりだ。
「ああ見えて、なかなか位が高い奴だからな。俺たちは知らない揉め事の仲裁役とか頼まれるんだろう」
バクさんがそう説明したが、位が高いというのもピンと来ない。みんな思わせぶりなことばかり言うものだから、私はだんだんストレスがたまってきた。何だかんだ言って、後ろ暗いことがあって隠し事してるんじゃないの?
「なあ、ましろ。おぬし本当に忘れてしまったんかの?」
「こら、ポン太。そういうこと言っちゃ駄目だろ」
正にこれよ! そういうとこだぞ! と声に出して言いたくなる。あんたたち何が言いたいのよ!
あやかしたちが煮え切らないので、私は佐藤さんに相談することにした。彼は今や、寿寿亭のコンサルだけでなく、あやかし担当のコンサルみたいになっている。
「あの付喪神がそう言ったんですか? あいつの専門分野だから、と。専門分野というのは火事の意味ですかね?」
「きっとそうに違いないわ! 佐藤さん、何か分かる?」
「商店街の中にある神社が関係してるのかも……」
神社? 私はえっと声を上げた。確かに商店街の真ん中に小さな祠があるだけのこじんまりとした神社がある。その隣の敷地は公園となっており、近所の子供がよく遊んでいる。その神社がどうしたのだろうか?
「ましろさん。あの神社は、火事にまつわる由来があるって知ってました? 何でも、昔この辺りで大きな火事が起きかけたんですって。歴史的にも放火が大罪になるくらい、火事は恐れられていましたからね。僕も、中学受験する時に神様なら何でもいいやと合格祈願しに行ったら、親戚に説明されて知ったんですけど。入り口の看板にも書いてありますよ」
「そうだったの……知らなかった。おばあちゃんの店は昔から通ってて、その神社も知ってるはずなのに、由来まではちょっと」
きっちりしてそうな佐藤さんが、神社なら何でもいいやとご利益も確認せずお参りしたなんてなかなか面白い。その時一瞬ではあるが、心の中でざらりと何かが触れる感じがした。違和感の正体を確かめようとしたが、余りにも瞬間的だったので分からずじまいだったが。
「何となくですけど、それが関係しているような気がするんです。だって専門分野と言ったらそこしかいないじゃないですか。しかもこの近くにあるんだから偶然とは思えません。ねえ、夜営業までまだ時間があるから、ちょっと神社へ行ってみませんか?」
佐藤さんからの誘いに、私はごくりと唾を飲んだ。佐藤さんは、そこに何かがあると感じたのだろう。私の勘も同じことを告げていた。今まで気に留めもしなかったのに、あの神社に何か大切なものを置き忘れてきたような、そんな予感が急に湧いて来たのだ。
すぐに私は佐藤さんと一緒に、近所の神社へと足を運んだ。ちょうど学校が終わった時間帯らしく、隣の公園から小学生や小さい子供が遊ぶ声が聞こえる。しかし、神社の方は誰も訪れる気配がなかった。私は、入り口にある白い看板の説明を読んだ。市町村が設置した、神社仏閣の由来が書いてあるやつだ。
「本当だ……こんなに近くにあるのに何も知らなかった……」
「とりあえず、中に入ってみましょう」
私たちは鳥居をくぐって神社の境内に足を踏み入れた。といっても、30歩も歩けばすぐに祠にたどり着いてしまうほどの狭さである。こんな小さな神社でも、地元の有志が丁寧に管理しているのが見て取れる。古い祠だが周囲は清掃されており、飾りしめ縄は新調したばかりで、お供え物らしきものも置いてある。
「……ましろさん、どうしました?」
「うーん……分からない。分からないけど『私はここにはいません』というメッセージを受信したような気がする」
「何ですかそれ! 歌の歌詞じゃないですか! しかも元はお墓だし!」
「ごめん、でも何となくそう思ったのよ。分からないんだけど、何か思い出しそうな、でも最初から思い出すものなんてあったっけ? とも思うし……あー分からない!」
「僕も何だか、思い出しそうで思い出せないような変な気持ちなんです。最初からここに縁はないはずなのに、どう説明したらいいんでしょうね? この気持ち」
どうして佐藤さんまで私と同じ気持ちになっているんだろう? それがとても気味悪いことのように思えて、心がざわざわした。あと少しで思い出せそうなのに思い出せない、あの宙ぶらりんの気持ちと言えば理解してもらえるだろうか。
「ごめん。分かったようで結局分からない。ここにいても無意味な気がするから寿寿亭に戻りましょう」
私は佐藤さんの袖を引っ張ってここから出ようと提案した。忘れてはいけないことなのに、何が何だか分からないという中途半端な感覚が不快でならなかったのだ。早くここから出て、この状態から逃れたい。今はそれしか考えられなかった。
しかし、寿寿亭に戻ろうと祠に背を向けたその時。急に背後で「おい!」と声がした。びっくりして振り返ると、赤い目に赤い髪の少年が立っていた。どこから見ても人間には見えない。あやかしだ。私と佐藤さんは、驚愕の余り、声も出せずに立ち尽くした。
「何が『私はここにはいません』だよ! しっかりいるよ! ましろがバカなことを言うから、契約違反までして出て来ちゃったじゃないか! おまけにお前までいるし! ああ、どうしよう? 怒られるだけじゃ済まないかなあ?」
「お前って俺のこと? どうして俺まで?」
「お前は俺なんだよ! うまく説明できないけど……魂の波長が合うって言うか……」
「ますます分からない……」
「ああもう! こうなったら乗り掛かった舟だ。実演してやるからようく見てろ!」
あやかしがそう言った瞬間、佐藤さんに異変が起きた。彼は立ったまま、雷に打たれたように一瞬、全身をけいれんさせた。そして、これもうまく説明できないが、急に辺りの空気が一変したような、そんな違和感があった。そして、あやかしの姿は消えていた。
「佐藤さん!? どうしました?」
しばらく返答がない。佐藤さんは両手をだらんと垂らし、うつむいた状態なので表情も見えない。怖くて怖くて、いても立ってもいられなくなったその時、彼ががばっと顔を上げたので、私はびっくりして「ひい!」と声を上げた。
「やっぱりこの体に入ると居心地がいいな。しっくり来る。こういうことだ。分かったか?」
その声を聞いて、佐藤さんじゃないと私は悟った。声色自体は変わらない。でも声の出し方や表情筋の動かし方はまるで別人だ。一瞬にして中の人が入れ替わったようだ。
「あなた誰? 佐藤さんじゃないわね?」
「そうだ! よく分かったな。ましろ、久しぶり」
知らない。誰? 私何も知らない。相手は満面の笑みで話しかけるが、こちらは金切声を上げたい衝動をやっとのことで抑えた。こんな往来が激しい場所で叫んだら、佐藤さんが不審者扱いされてしまう。訳の分からない第三者を巻き込んで余計に話がややこしくなる事態だけは避けたかった。
とは言え、この状況でどうしたらいいかも分からない。そうだ、寿寿亭に行けばポン太かバクさんがいる。とりあえず彼らに助けを求めよう。
そんな時だった、バイト帰りのたまおが通りがかったのは。
「ましろじゃねえか。そんなところで突っ立ってどうした? おい、お前人間じゃないな? あ! こないだの!」
たまおは、最初は私に気付いたのだが、異常事態なのを見て取ると、私の視線の先にいる相手に目が移った。やはり付喪神だけあって、中身が元の人間ではないのは簡単に分かるのだろう。その時の私にとって、たまおは救いの神に見えた。
「たまお! この人のこと分かるの?」
「こないだ俺と契約した奴だよ! おい! どうして人間の中に入ってるんだ! やっていいことと悪いことがあるだろ!」
「すまない。でもこうすればましろが思い出すと思って」
何のことか全く分からない。謝るくらいなら最初からしなけりゃいいのに。私は、頭がパニックになったまま、ようやく言葉を振り絞って言った。
「とりあえず、ここだとみんなに見られるから寿寿亭に行きましょう? そこで詳しい話を聞くから?」
「ああ見えて、なかなか位が高い奴だからな。俺たちは知らない揉め事の仲裁役とか頼まれるんだろう」
バクさんがそう説明したが、位が高いというのもピンと来ない。みんな思わせぶりなことばかり言うものだから、私はだんだんストレスがたまってきた。何だかんだ言って、後ろ暗いことがあって隠し事してるんじゃないの?
「なあ、ましろ。おぬし本当に忘れてしまったんかの?」
「こら、ポン太。そういうこと言っちゃ駄目だろ」
正にこれよ! そういうとこだぞ! と声に出して言いたくなる。あんたたち何が言いたいのよ!
あやかしたちが煮え切らないので、私は佐藤さんに相談することにした。彼は今や、寿寿亭のコンサルだけでなく、あやかし担当のコンサルみたいになっている。
「あの付喪神がそう言ったんですか? あいつの専門分野だから、と。専門分野というのは火事の意味ですかね?」
「きっとそうに違いないわ! 佐藤さん、何か分かる?」
「商店街の中にある神社が関係してるのかも……」
神社? 私はえっと声を上げた。確かに商店街の真ん中に小さな祠があるだけのこじんまりとした神社がある。その隣の敷地は公園となっており、近所の子供がよく遊んでいる。その神社がどうしたのだろうか?
「ましろさん。あの神社は、火事にまつわる由来があるって知ってました? 何でも、昔この辺りで大きな火事が起きかけたんですって。歴史的にも放火が大罪になるくらい、火事は恐れられていましたからね。僕も、中学受験する時に神様なら何でもいいやと合格祈願しに行ったら、親戚に説明されて知ったんですけど。入り口の看板にも書いてありますよ」
「そうだったの……知らなかった。おばあちゃんの店は昔から通ってて、その神社も知ってるはずなのに、由来まではちょっと」
きっちりしてそうな佐藤さんが、神社なら何でもいいやとご利益も確認せずお参りしたなんてなかなか面白い。その時一瞬ではあるが、心の中でざらりと何かが触れる感じがした。違和感の正体を確かめようとしたが、余りにも瞬間的だったので分からずじまいだったが。
「何となくですけど、それが関係しているような気がするんです。だって専門分野と言ったらそこしかいないじゃないですか。しかもこの近くにあるんだから偶然とは思えません。ねえ、夜営業までまだ時間があるから、ちょっと神社へ行ってみませんか?」
佐藤さんからの誘いに、私はごくりと唾を飲んだ。佐藤さんは、そこに何かがあると感じたのだろう。私の勘も同じことを告げていた。今まで気に留めもしなかったのに、あの神社に何か大切なものを置き忘れてきたような、そんな予感が急に湧いて来たのだ。
すぐに私は佐藤さんと一緒に、近所の神社へと足を運んだ。ちょうど学校が終わった時間帯らしく、隣の公園から小学生や小さい子供が遊ぶ声が聞こえる。しかし、神社の方は誰も訪れる気配がなかった。私は、入り口にある白い看板の説明を読んだ。市町村が設置した、神社仏閣の由来が書いてあるやつだ。
「本当だ……こんなに近くにあるのに何も知らなかった……」
「とりあえず、中に入ってみましょう」
私たちは鳥居をくぐって神社の境内に足を踏み入れた。といっても、30歩も歩けばすぐに祠にたどり着いてしまうほどの狭さである。こんな小さな神社でも、地元の有志が丁寧に管理しているのが見て取れる。古い祠だが周囲は清掃されており、飾りしめ縄は新調したばかりで、お供え物らしきものも置いてある。
「……ましろさん、どうしました?」
「うーん……分からない。分からないけど『私はここにはいません』というメッセージを受信したような気がする」
「何ですかそれ! 歌の歌詞じゃないですか! しかも元はお墓だし!」
「ごめん、でも何となくそう思ったのよ。分からないんだけど、何か思い出しそうな、でも最初から思い出すものなんてあったっけ? とも思うし……あー分からない!」
「僕も何だか、思い出しそうで思い出せないような変な気持ちなんです。最初からここに縁はないはずなのに、どう説明したらいいんでしょうね? この気持ち」
どうして佐藤さんまで私と同じ気持ちになっているんだろう? それがとても気味悪いことのように思えて、心がざわざわした。あと少しで思い出せそうなのに思い出せない、あの宙ぶらりんの気持ちと言えば理解してもらえるだろうか。
「ごめん。分かったようで結局分からない。ここにいても無意味な気がするから寿寿亭に戻りましょう」
私は佐藤さんの袖を引っ張ってここから出ようと提案した。忘れてはいけないことなのに、何が何だか分からないという中途半端な感覚が不快でならなかったのだ。早くここから出て、この状態から逃れたい。今はそれしか考えられなかった。
しかし、寿寿亭に戻ろうと祠に背を向けたその時。急に背後で「おい!」と声がした。びっくりして振り返ると、赤い目に赤い髪の少年が立っていた。どこから見ても人間には見えない。あやかしだ。私と佐藤さんは、驚愕の余り、声も出せずに立ち尽くした。
「何が『私はここにはいません』だよ! しっかりいるよ! ましろがバカなことを言うから、契約違反までして出て来ちゃったじゃないか! おまけにお前までいるし! ああ、どうしよう? 怒られるだけじゃ済まないかなあ?」
「お前って俺のこと? どうして俺まで?」
「お前は俺なんだよ! うまく説明できないけど……魂の波長が合うって言うか……」
「ますます分からない……」
「ああもう! こうなったら乗り掛かった舟だ。実演してやるからようく見てろ!」
あやかしがそう言った瞬間、佐藤さんに異変が起きた。彼は立ったまま、雷に打たれたように一瞬、全身をけいれんさせた。そして、これもうまく説明できないが、急に辺りの空気が一変したような、そんな違和感があった。そして、あやかしの姿は消えていた。
「佐藤さん!? どうしました?」
しばらく返答がない。佐藤さんは両手をだらんと垂らし、うつむいた状態なので表情も見えない。怖くて怖くて、いても立ってもいられなくなったその時、彼ががばっと顔を上げたので、私はびっくりして「ひい!」と声を上げた。
「やっぱりこの体に入ると居心地がいいな。しっくり来る。こういうことだ。分かったか?」
その声を聞いて、佐藤さんじゃないと私は悟った。声色自体は変わらない。でも声の出し方や表情筋の動かし方はまるで別人だ。一瞬にして中の人が入れ替わったようだ。
「あなた誰? 佐藤さんじゃないわね?」
「そうだ! よく分かったな。ましろ、久しぶり」
知らない。誰? 私何も知らない。相手は満面の笑みで話しかけるが、こちらは金切声を上げたい衝動をやっとのことで抑えた。こんな往来が激しい場所で叫んだら、佐藤さんが不審者扱いされてしまう。訳の分からない第三者を巻き込んで余計に話がややこしくなる事態だけは避けたかった。
とは言え、この状況でどうしたらいいかも分からない。そうだ、寿寿亭に行けばポン太かバクさんがいる。とりあえず彼らに助けを求めよう。
そんな時だった、バイト帰りのたまおが通りがかったのは。
「ましろじゃねえか。そんなところで突っ立ってどうした? おい、お前人間じゃないな? あ! こないだの!」
たまおは、最初は私に気付いたのだが、異常事態なのを見て取ると、私の視線の先にいる相手に目が移った。やはり付喪神だけあって、中身が元の人間ではないのは簡単に分かるのだろう。その時の私にとって、たまおは救いの神に見えた。
「たまお! この人のこと分かるの?」
「こないだ俺と契約した奴だよ! おい! どうして人間の中に入ってるんだ! やっていいことと悪いことがあるだろ!」
「すまない。でもこうすればましろが思い出すと思って」
何のことか全く分からない。謝るくらいなら最初からしなけりゃいいのに。私は、頭がパニックになったまま、ようやく言葉を振り絞って言った。
「とりあえず、ここだとみんなに見られるから寿寿亭に行きましょう? そこで詳しい話を聞くから?」
応援ありがとうございます!
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