年上王子が呑気過ぎる。

四季

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42話 移動中の視線

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 その後、私はリンツと二人で、彼の部屋へ向かうこととなった。

 廊下へ出て、足を動かす。

 二人で並んで歩いていると、妙に視線を感じた。恐らく、侍女を始めとする城で働いている者たちからの視線だろう。
 私は性格的に、他者からの視線が気になる質だ。だから、見られているということを妙に意識してしまう。一方リンツはというと、私とは真逆で、他人からの視線などまったく気にしていない。

「ねぇ、リンツさん。何だか視線を感じない?」

 気にしていないどころか、視線を向けられていることに気づいていない様子のリンツに、私は尋ねてみた。

「ん。そうかね」
「リンツさんは気にならないの?」
「僕は昔からよくジロジロ見られがちでね。だから、もう気にならないのだよ」

 慣れている、ということなのだろうか。

「キャシィさんが来てくれるまで、クスクスと笑われることが多かったからね。見られるくらいなら、気にならない」

 リンツの言葉を聞き、私は、凄く申し訳ない気持ちになった。
 私は、呑気なリンツのことだから気にしていないのだと思っていた。彼は呑気な性格だから平気なのだろう、と。

 でもそれは違って。

 気にしない強さを手に入れるまでには、彼も嫌な思いをしてきたのだろう。不快な目に遭わされたり、辛さを抱えたりして、ようやく気にしない強さを手にした——それが真実。

 彼も自由気ままに生きてきたわけではなく、色々なことを経験して悩み、そして今の呑気な彼に至ったのだ。

 これは、あくまで私の想像。
 けれども、完全に間違ってはいないはずである。

「キャシィさんは視線が気になるのかね?」
「えぇ、少し」
「それは問題だね」

 唐突に足を止めるリンツ。
 彼が止まったので、私も、戸惑いつつ足を止める。

「……リンツさん?」
「では、こうしようかな」

 リンツは濃紺のジャケットを脱ぎ出した。
 こんなところで!? と思いつつ、彼の様子を見つめ続ける。

「少し、失礼」

 脱いだ濃紺のジャケットを、リンツは、私にかけた。それも、奇妙なことに、頭の上から。

 頭からジャケットをかけられたため、視界が暗くなる。
 何も見えない……。

「これでよし!」

 いやいや! よし、じゃないわよ!
 そう突っ込みを入れたいが、視界が失われたことに動揺して突っ込めなかった。

「ちょっと待って、リンツさん。このままでは歩けないわ」
「大丈夫だよ。ほら」

 指先に温もりを感じる。
 どうやら、リンツが手を握ってくれているようだ。

「僕が手を繋いでおくから、怖がらないで歩いていいよ」

 リンツはそう言うけれど……こんな状態で歩いていたら、余計に視線が集まりそうな気がしてならない。

「これ、逆に目立ってない?」
「ん? まさか。そんなわけないそんなわけない」

 リンツは一切迷いなくそう言うけれど、私はその言葉を信じられない。

「本当に?」
「足しか見えていないのに、目立つわけがないよ」

 怪しい……。

 リンツが自覚しながら嘘をついているということはないはずだ。彼は本当に「目立つわけがない」と思っているのだろう。

 でも——絶対目立っているわよね!?

 頭からジャケットを被っている人なんて、目立たないわけがないわよね!?

 取り敢えず、早く彼の部屋へ行きたい。

「ならいいわ。それより、早く行きましょ」
「もちろん! これなら目立たないし、完璧!」
「そうね」

 こうして私は、頭からジャケットを被っているという不審者のような見た目のまま、リンツの部屋へと歩いた。


「さぁ着いた!」

 元気よくそう言って、リンツは、私にかけたジャケットを取った。

 視界が一気に広がる。
 そこは、リンツの自室だった。

 王子の部屋というだけのことはあって、私の部屋よりは広い。置いてある物は少なく、ベッドと二人掛けソファ、それと机が、よく目立っている。

「ここ、久々だわ」
「キャシィさんに来てもらえて嬉しいよ」
「広いわね」
「これでも一応王子なのだよ」

 アックス王国にいた頃は、私も、それなりに広い部屋をもらっていた。姉と二人で使うことも多かったが、それでも、余裕を持って使えるスペースがあった。
 だが、私個人としては、ピシアに来てからの部屋の方が快適だ。
 アックス王国にいた頃の部屋に比べると、決して広くはない。しかし、慣れてしまえば案外、狭めの方が過ごしやすかったりするものだ。

「ソファでもベッドでも、好きなところへ座ってくれたまえ」
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