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48話 ガラス細工
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それからしばらく、私は、室内に飾られているガラス細工の数々を見て回った。
小さなものから大きなものまで。シンプルなデザインのものから、繊細なデザインのものまで。とにかくいろんなものがあって、個性豊か。それは、一つとして同じものはないという意味で、人間に似ていた。
「それにしても……何だか意外だわ」
「ん?」
「リンツさんにこんな趣味があったなんて、知らなかったもの」
これまで、リンツとは様々な話をしてきた。好きなものについてであったり、嫌いなものについてであったり、本当に様々なことを話してきたのだ。しかし、ガラス細工に関する話なんて、一度も出たことがなかったように思う。
ガラス細工を集めている。
それは、隠さなくてはと思うようなことではないはずだ。
危険人物だとか変態だとか思われそうな趣味を隠していた、というのなら分かるが、ガラス細工集めにはそのような要素はない。
だからこそ、なぜ今まで彼が話さなかったのか、不思議で仕方がないのだ。
「そういえば……キャシィさんには話す機会がなかったね」
リンツは苦笑しつつ述べる。
「隠していたの?」
「いいや、そんなことはないよ。ただ、そういった話題になることがなかっただけだとも」
本当だろうか。それは真実だろうか。湧き上がる、疑いの心。
けれど、そんな汚いものも、ガラス細工を見れば数秒で吹き飛んでしまう。
どこまでも見通せるような、曇りのない透明さ。時に鮮やか、時に儚げ、そして時には艶やかな、色遣い。心洗われるほどに美しいガラス細工たちは、差し込む光を受け、より一層輝いている。
「……そう。そうだったのね」
美しいものを見ていると、他人を疑うような心はみるみるうちに消えてゆく。それはまるで、春の日が雪を溶かすようだ。
「これからはもっと聞かせてほしいわ」
「おぉ! キャシィさんもガラス細工に興味を持ってくれたのだね!」
「だって、凄く美しいもの」
それは本心だ。
光り輝くガラス細工たちの魅力に、私は今、完全に圧倒されてしまっている。
「気に入ってもらえたなら何より。僕としても、それが一番の喜びだよ」
そんな風に話すリンツ。その顔は、数十年穿き続けたズボンのウエストのように緩んでいた。
「何なら、一つくらいキャシィさんにあげてもいいのだがね?」
「まさか。それはいいわ。どれも、リンツさんのお気に入りでしょう」
「それはそうだが……しかし、キャシィさんが喜んでくれるのなら、一つくらいなくなっても構わないよ」
よくそんなことを平気で言うわね。恥じらいはないのかしら。
「気に入ったものがあれば言ってみてくれたまえ。あげられないものもあることはあるが、可能なものなら差し上げよう」
いきなりそんなことを言われても、困ってしまう。
確かに、この部屋に飾られているガラス細工はどれも魅力的だ。美しくて、手にしてみたいと思うようなものばかりである。
けれども、「貰う」ということを前提に見るというのは、どうも複雑な心境だ。
ここにある作品たちは、この部屋の中で仲間たちと一緒に飾られている状態が、一番輝いている。多分それが、一番相応しい状態なのだ。
棚に置かれて、光を浴びて、輝く。
そして、見る者の心にたくさんの輝きを運ぶ。
それが、ここにあるガラス細工たちにとっては、一番良い状態だろう。
「欲しいなんて言えないわ」
「遠慮は要らない。気軽に言ってみてくれたまえ」
「遠慮しているわけじゃないわ」
「では……気に入らなかったのかね?」
不安げな表情を浮かべるリンツ。
私は慌てて、首を左右に大きく振る。
「違う! 違うわ!」
誤解が生まれてしまったら大変だ。早く、正しいことを伝えなくては。
「そんな意味ではないの。ただ、ここに飾っておく方がいいと思ったのよ」
「このままにしておいた方がいい、と?」
「そういうことよ。この子たちは皆、ここでとても輝いているもの。きっと、この部屋が好きなんだわ」
小さなものから大きなものまで。シンプルなデザインのものから、繊細なデザインのものまで。とにかくいろんなものがあって、個性豊か。それは、一つとして同じものはないという意味で、人間に似ていた。
「それにしても……何だか意外だわ」
「ん?」
「リンツさんにこんな趣味があったなんて、知らなかったもの」
これまで、リンツとは様々な話をしてきた。好きなものについてであったり、嫌いなものについてであったり、本当に様々なことを話してきたのだ。しかし、ガラス細工に関する話なんて、一度も出たことがなかったように思う。
ガラス細工を集めている。
それは、隠さなくてはと思うようなことではないはずだ。
危険人物だとか変態だとか思われそうな趣味を隠していた、というのなら分かるが、ガラス細工集めにはそのような要素はない。
だからこそ、なぜ今まで彼が話さなかったのか、不思議で仕方がないのだ。
「そういえば……キャシィさんには話す機会がなかったね」
リンツは苦笑しつつ述べる。
「隠していたの?」
「いいや、そんなことはないよ。ただ、そういった話題になることがなかっただけだとも」
本当だろうか。それは真実だろうか。湧き上がる、疑いの心。
けれど、そんな汚いものも、ガラス細工を見れば数秒で吹き飛んでしまう。
どこまでも見通せるような、曇りのない透明さ。時に鮮やか、時に儚げ、そして時には艶やかな、色遣い。心洗われるほどに美しいガラス細工たちは、差し込む光を受け、より一層輝いている。
「……そう。そうだったのね」
美しいものを見ていると、他人を疑うような心はみるみるうちに消えてゆく。それはまるで、春の日が雪を溶かすようだ。
「これからはもっと聞かせてほしいわ」
「おぉ! キャシィさんもガラス細工に興味を持ってくれたのだね!」
「だって、凄く美しいもの」
それは本心だ。
光り輝くガラス細工たちの魅力に、私は今、完全に圧倒されてしまっている。
「気に入ってもらえたなら何より。僕としても、それが一番の喜びだよ」
そんな風に話すリンツ。その顔は、数十年穿き続けたズボンのウエストのように緩んでいた。
「何なら、一つくらいキャシィさんにあげてもいいのだがね?」
「まさか。それはいいわ。どれも、リンツさんのお気に入りでしょう」
「それはそうだが……しかし、キャシィさんが喜んでくれるのなら、一つくらいなくなっても構わないよ」
よくそんなことを平気で言うわね。恥じらいはないのかしら。
「気に入ったものがあれば言ってみてくれたまえ。あげられないものもあることはあるが、可能なものなら差し上げよう」
いきなりそんなことを言われても、困ってしまう。
確かに、この部屋に飾られているガラス細工はどれも魅力的だ。美しくて、手にしてみたいと思うようなものばかりである。
けれども、「貰う」ということを前提に見るというのは、どうも複雑な心境だ。
ここにある作品たちは、この部屋の中で仲間たちと一緒に飾られている状態が、一番輝いている。多分それが、一番相応しい状態なのだ。
棚に置かれて、光を浴びて、輝く。
そして、見る者の心にたくさんの輝きを運ぶ。
それが、ここにあるガラス細工たちにとっては、一番良い状態だろう。
「欲しいなんて言えないわ」
「遠慮は要らない。気軽に言ってみてくれたまえ」
「遠慮しているわけじゃないわ」
「では……気に入らなかったのかね?」
不安げな表情を浮かべるリンツ。
私は慌てて、首を左右に大きく振る。
「違う! 違うわ!」
誤解が生まれてしまったら大変だ。早く、正しいことを伝えなくては。
「そんな意味ではないの。ただ、ここに飾っておく方がいいと思ったのよ」
「このままにしておいた方がいい、と?」
「そういうことよ。この子たちは皆、ここでとても輝いているもの。きっと、この部屋が好きなんだわ」
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