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52話 疲れがどっと
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「はぁーっ」
いつものベッドに横たわり、息を大きく吐き出す。
夜になって、今日一日の疲れがどっと溢れてきた。
今日は本当に色々なことがあった日だった。いや、もちろん、いろんなことがあったのは今日だけではないけれど。ただ、色々なことがあった日の中でも特に疲れた日であったことは確かだ。
しかし、一言に疲れと言っても、悪いものばかりではない。
美しいガラス細工を見られたことや、リンツと話をして少しだけだが感謝を伝えられたこと。そういったことから生まれた、良い疲れもあるわけで。一概に悪いものとは言えない。
「キャシィさん!」
ベッドの上で一人ごろごろしていると、リンツがゆったりとした足取りでやって来た。情けないところは見せられない、と、慌てて上半身を縦にする。
「何をしていたのかね?」
「休憩よ」
「おぉ! 休憩!」
リンツがあまりに瞳を輝かせているものだから、少し反応に困ってしまった。何と返せばいいのか、という思いでいっぱいである。
一人戸惑っていると、リンツは勝手にベッドに座ってきた。
「えぇ!?」
思わず、王女に相応しくない大声を発してしまった。
やってしまった、と思った時には既に遅かった。今さらどうにもならない。
「ん? 何かね。なぜそんなに驚いているのかな?」
「あ、いや……」
いきなり座ってくるからよ!
心の中で密かにそう言ってやったことは、リンツには秘密だ。
何も知らないリンツは、にっこり笑っている。柔らかく穏やかな笑み。それはまさに、幸福の只中にある者の笑みであった。
「気にしないで。でも、ここに座る時には確認してほしいわ」
「座っていいかな? と?」
「そう。申し訳ないけれど……」
「いやいや、いいよ。思うところがあれば、何でも言ってくれたまえ」
リンツは当たり前のように、私のベッドに座っている。ベッドの端に腰を掛け、時折、体を小さく上下させていた。体を上下させる謎の動きは、恐らく、ベッドのふわふわする感触を楽しんでいる動きなのだろう。
ベッドに腰掛けさりげなく遊ぶリンツは、まるで子どものよう。
「……何してるの? リンツさん」
私は思わず尋ねてしまった。
ベッドの上で体を小さく上下させるという珍妙な動きの意味が、気になって仕方なかったから。
「ん?」
こちらを向き、微かに首を傾げるリンツ。
「あ、いや。ただ……その動きは何なのかな、と」
「動き?」
「その微妙に上下している動きのことよ」
するとリンツは、穏やかな表情のまま返してくる。
「これといった意味はないよ」
「そうだったのね」
「うむ! 僕の行動に意味なんてものはないのだよ!」
リンツははっきりと言う。
これまた、奇妙なことを言い出したものだ。
私は、内心おかしな気分になりつつも、「縛られないって良いわよね」などと返しておいた。
返しも少々おかしいかもしれない。自分でもそう思う。だが、それは仕方のないことだ。そもそも彼の発言が妙なのだ、まともな返しをできるわけがない。
そんなことで一人頭を回していると、突如、リンツに腕を掴まれた。
「なっ……何なの?」
思わず怪訝な顔をしてしまう。
しかし、彼は私が怪訝な顔をしていることなど、まったく気がついていないようだ。
「少し、君のことが愛おしくなってね」
「え。何よ、それ」
愛おしくなって、なんて言われても。
「キャシィさんは僕のこと、実は今も、あまり好きでないかね?」
リンツは私の片腕を掴んだまま、じっと見つめてくる。あまりに凝視されるものだから、気づかないふりもできず、私も彼に視線を向けた。すると、両者の視線が絡み合う。他人とこうも見つめ合った経験はなかったため、意味もなく恥ずかしくなってしまった。
「答えてくれないのかね?」
「嫌いじゃ……ないわ」
「なるほど。嫌いじゃない、か。それはつまり、嫌いではないが好きでもないということかな?」
分かっているの、本当は。嫌いじゃない、なんて曖昧な表現をすれば誤解を生むと、分かってはいるの。
でも、恥ずかしくて。
面と向かって「好きよ」なんて言えるわけがないじゃない。
嫌いじゃない。それを言うのは簡単で。でも、好きと言うのは難しい。意味合いとしては大差ないのに、言葉によってこんなにも言いやすさが違う。
「いきなりこんなことを言っては困らせてしまうやもしれない。が、僕はキャシィさんのことが好きなのだよ。君を知ったきっかけは親だったがね、今はキャシィさん自身を愛しいと思っている」
リンツは平気で「好き」と言う。
その顔つきを見た感じ、必死に努力して言ったという感じではない。というのも、彼はいつもと変わらない穏やかな顔つきをしているのである。
彼は素直だ。だから、躊躇うことなく恥じらうこともなく、「好き」なんて言葉を言えるのだろう。子どもは素直に「好き」と言える。それと同じような感じなのだろう、恐らくは。
「キャシィさんは……どうなのかね?」
いつものベッドに横たわり、息を大きく吐き出す。
夜になって、今日一日の疲れがどっと溢れてきた。
今日は本当に色々なことがあった日だった。いや、もちろん、いろんなことがあったのは今日だけではないけれど。ただ、色々なことがあった日の中でも特に疲れた日であったことは確かだ。
しかし、一言に疲れと言っても、悪いものばかりではない。
美しいガラス細工を見られたことや、リンツと話をして少しだけだが感謝を伝えられたこと。そういったことから生まれた、良い疲れもあるわけで。一概に悪いものとは言えない。
「キャシィさん!」
ベッドの上で一人ごろごろしていると、リンツがゆったりとした足取りでやって来た。情けないところは見せられない、と、慌てて上半身を縦にする。
「何をしていたのかね?」
「休憩よ」
「おぉ! 休憩!」
リンツがあまりに瞳を輝かせているものだから、少し反応に困ってしまった。何と返せばいいのか、という思いでいっぱいである。
一人戸惑っていると、リンツは勝手にベッドに座ってきた。
「えぇ!?」
思わず、王女に相応しくない大声を発してしまった。
やってしまった、と思った時には既に遅かった。今さらどうにもならない。
「ん? 何かね。なぜそんなに驚いているのかな?」
「あ、いや……」
いきなり座ってくるからよ!
心の中で密かにそう言ってやったことは、リンツには秘密だ。
何も知らないリンツは、にっこり笑っている。柔らかく穏やかな笑み。それはまさに、幸福の只中にある者の笑みであった。
「気にしないで。でも、ここに座る時には確認してほしいわ」
「座っていいかな? と?」
「そう。申し訳ないけれど……」
「いやいや、いいよ。思うところがあれば、何でも言ってくれたまえ」
リンツは当たり前のように、私のベッドに座っている。ベッドの端に腰を掛け、時折、体を小さく上下させていた。体を上下させる謎の動きは、恐らく、ベッドのふわふわする感触を楽しんでいる動きなのだろう。
ベッドに腰掛けさりげなく遊ぶリンツは、まるで子どものよう。
「……何してるの? リンツさん」
私は思わず尋ねてしまった。
ベッドの上で体を小さく上下させるという珍妙な動きの意味が、気になって仕方なかったから。
「ん?」
こちらを向き、微かに首を傾げるリンツ。
「あ、いや。ただ……その動きは何なのかな、と」
「動き?」
「その微妙に上下している動きのことよ」
するとリンツは、穏やかな表情のまま返してくる。
「これといった意味はないよ」
「そうだったのね」
「うむ! 僕の行動に意味なんてものはないのだよ!」
リンツははっきりと言う。
これまた、奇妙なことを言い出したものだ。
私は、内心おかしな気分になりつつも、「縛られないって良いわよね」などと返しておいた。
返しも少々おかしいかもしれない。自分でもそう思う。だが、それは仕方のないことだ。そもそも彼の発言が妙なのだ、まともな返しをできるわけがない。
そんなことで一人頭を回していると、突如、リンツに腕を掴まれた。
「なっ……何なの?」
思わず怪訝な顔をしてしまう。
しかし、彼は私が怪訝な顔をしていることなど、まったく気がついていないようだ。
「少し、君のことが愛おしくなってね」
「え。何よ、それ」
愛おしくなって、なんて言われても。
「キャシィさんは僕のこと、実は今も、あまり好きでないかね?」
リンツは私の片腕を掴んだまま、じっと見つめてくる。あまりに凝視されるものだから、気づかないふりもできず、私も彼に視線を向けた。すると、両者の視線が絡み合う。他人とこうも見つめ合った経験はなかったため、意味もなく恥ずかしくなってしまった。
「答えてくれないのかね?」
「嫌いじゃ……ないわ」
「なるほど。嫌いじゃない、か。それはつまり、嫌いではないが好きでもないということかな?」
分かっているの、本当は。嫌いじゃない、なんて曖昧な表現をすれば誤解を生むと、分かってはいるの。
でも、恥ずかしくて。
面と向かって「好きよ」なんて言えるわけがないじゃない。
嫌いじゃない。それを言うのは簡単で。でも、好きと言うのは難しい。意味合いとしては大差ないのに、言葉によってこんなにも言いやすさが違う。
「いきなりこんなことを言っては困らせてしまうやもしれない。が、僕はキャシィさんのことが好きなのだよ。君を知ったきっかけは親だったがね、今はキャシィさん自身を愛しいと思っている」
リンツは平気で「好き」と言う。
その顔つきを見た感じ、必死に努力して言ったという感じではない。というのも、彼はいつもと変わらない穏やかな顔つきをしているのである。
彼は素直だ。だから、躊躇うことなく恥じらうこともなく、「好き」なんて言葉を言えるのだろう。子どもは素直に「好き」と言える。それと同じような感じなのだろう、恐らくは。
「キャシィさんは……どうなのかね?」
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