53 / 53
53話 温もりを感じながら
しおりを挟む
リンツからの問いが、胸に突き刺さる。
——答えなくては。
答えなくてはならない。本当の気持ちを。
彼と過ごす時間は、勉強にもなるし、何より楽しくて。最初は拒み続けるつもりでいたけれど、今はそんなことは考えていない。
「……キャシィさん?」
私を見つめるリンツの顔に、不安の色が滲む。
言わなくちゃ、「好き」と。
何の罪もない彼を不安にさせるわけにはいかない。私も彼と同じような気持ちを抱いているのだと、きちんと伝えなくては。
「……好きよ」
悩み悩んだ果て、私は小さく呟いた。
本人に直接こんなことを言うなんて、恥ずかしい。恥ずかしくて、顔面から噴火が起こりそうだ。
しかし、「恥ずかしくから」なんて勝手な理由で他者の不安を煽るわけにはいかないのだ。そんなのは、迷惑以外の何物でもない。
「リンツさんといたら、楽しいわ」
勇気を出してそう言うと、リンツは目を大きく見開いた。
「おぉ! そうかね!」
驚きつつも嬉しそうな顔をしているリンツを目にし、安堵した——のも束の間。急に両肩を掴まれ、凝視される。
「僕のこと、気に入ってくれたのかね!?」
「えぇ」
すると、両肩を掴まれたまま体を前後に揺さぶられる。
「本当に? 本当に、なのかね!?」
「えぇ! そうよ! 本当!」
私はもとより嘘をついてはいない。だから、「嘘でしたー」なんて言う気はない。だが、なぜこんなに揺さぶられなくてはならないのか、理解不能だ。
「でも、待って! 揺さぶるのは止めてちょうだい!」
いつもより強い調子で言い放つ。
するとリンツは、すぐに動きを止めた。まるで、私が言う言葉を予想していたかのような、見事な動きの止め方だった。
「すまない。つい……」
「止めてくれて、ありがとう」
言葉がちゃんと伝わる相手で良かった、と、内心ほっとしていると、今度は急に抱き締められた。
「こっちの方が良いかもしれんね」
リンツの二本の腕が、私の体に吸い付くように絡む。
背中や脇腹に他人の腕が触れるというのは、少々不思議な感覚だ。あまり経験のないことだから、少しおかしな感じがしてしまう。
ただ、とても温かい。
リンツの腕が触れているところから、彼の優しさがじんわりと広がる。
「り、リンツさん……」
「これも駄目かね?」
「あ、いや……ガックンガックンされるよりかは良いのだけど……」
本当は嫌じゃないのに、少し嫌がっているみたいな態度を取ってしまった。が、当のリンツは、今度はまったく気にしていないようで、私を抱き締め続けている。
「温かいな、キャシィさんは」
「……へ?」
「これからもずっと、こうしていられれば良いのだがね」
最初は抱き締められることに違和感を感じていたが、時が経つにつれ、その温もりに徐々に慣れてきた。距離の近さにも馴染んできた。なので私は、勇気を出して、自分の腕をリンツに向かって伸ばしてみることに。
「……そうね」
「んっ!?」
私の手がリンツの背に触れる。
その瞬間、彼は少し驚いた顔をしていた。
「な……?」
「私よ。少し抱き締め返したって、問題はないわよね」
リンツはこくりと頷き、はっきりした声で述べる。
「もちろん! もちろんだとも!」
彼の声に迷いはなかった。躊躇いも、恥じらいも、彼の中には存在していないのだろう。
彼のシンプルな構造が、私からしてみれば少し羨ましかったりする。私もそんな風になれたらいいのに、なんて少し考えてしまうのだ。
「キャシィさん。これからも、楽しいことをたくさんしていこうではないか」
「いいわね」
「また遊園地へ行くかね? あるいは、夜の星空観察? いや、もちろん、他のことでもいいよ。キャシィさんの希望があれば……」
リンツは妙に饒舌だ。
私が何か返さない限り、ずっと喋り続けそうである。
「べつに、今考えなくてもよくない?」
この調子でどんどん提案されても今の私がはっきり答えることはできない。
そう思うから、制止するように、私は言った。
「明日のことは明日、明後日のことは明後日。その時に考えるでも問題ないと思うわ」
未来のことを考えるのは楽しい。どこへ行こうか、何をしようか。考えれば考えるほど、夢は広がる。
ただ、『今』だって大切だ。
過去は変わらず、未来は分からない。でも、『今』は確かにここにある。目には見えないけれど、過去や未来より近くに存在するものだ。
「そうか。確かに……それもそうかもしれんね」
「えぇ。私はそう思うわ」
ー終わりー
——答えなくては。
答えなくてはならない。本当の気持ちを。
彼と過ごす時間は、勉強にもなるし、何より楽しくて。最初は拒み続けるつもりでいたけれど、今はそんなことは考えていない。
「……キャシィさん?」
私を見つめるリンツの顔に、不安の色が滲む。
言わなくちゃ、「好き」と。
何の罪もない彼を不安にさせるわけにはいかない。私も彼と同じような気持ちを抱いているのだと、きちんと伝えなくては。
「……好きよ」
悩み悩んだ果て、私は小さく呟いた。
本人に直接こんなことを言うなんて、恥ずかしい。恥ずかしくて、顔面から噴火が起こりそうだ。
しかし、「恥ずかしくから」なんて勝手な理由で他者の不安を煽るわけにはいかないのだ。そんなのは、迷惑以外の何物でもない。
「リンツさんといたら、楽しいわ」
勇気を出してそう言うと、リンツは目を大きく見開いた。
「おぉ! そうかね!」
驚きつつも嬉しそうな顔をしているリンツを目にし、安堵した——のも束の間。急に両肩を掴まれ、凝視される。
「僕のこと、気に入ってくれたのかね!?」
「えぇ」
すると、両肩を掴まれたまま体を前後に揺さぶられる。
「本当に? 本当に、なのかね!?」
「えぇ! そうよ! 本当!」
私はもとより嘘をついてはいない。だから、「嘘でしたー」なんて言う気はない。だが、なぜこんなに揺さぶられなくてはならないのか、理解不能だ。
「でも、待って! 揺さぶるのは止めてちょうだい!」
いつもより強い調子で言い放つ。
するとリンツは、すぐに動きを止めた。まるで、私が言う言葉を予想していたかのような、見事な動きの止め方だった。
「すまない。つい……」
「止めてくれて、ありがとう」
言葉がちゃんと伝わる相手で良かった、と、内心ほっとしていると、今度は急に抱き締められた。
「こっちの方が良いかもしれんね」
リンツの二本の腕が、私の体に吸い付くように絡む。
背中や脇腹に他人の腕が触れるというのは、少々不思議な感覚だ。あまり経験のないことだから、少しおかしな感じがしてしまう。
ただ、とても温かい。
リンツの腕が触れているところから、彼の優しさがじんわりと広がる。
「り、リンツさん……」
「これも駄目かね?」
「あ、いや……ガックンガックンされるよりかは良いのだけど……」
本当は嫌じゃないのに、少し嫌がっているみたいな態度を取ってしまった。が、当のリンツは、今度はまったく気にしていないようで、私を抱き締め続けている。
「温かいな、キャシィさんは」
「……へ?」
「これからもずっと、こうしていられれば良いのだがね」
最初は抱き締められることに違和感を感じていたが、時が経つにつれ、その温もりに徐々に慣れてきた。距離の近さにも馴染んできた。なので私は、勇気を出して、自分の腕をリンツに向かって伸ばしてみることに。
「……そうね」
「んっ!?」
私の手がリンツの背に触れる。
その瞬間、彼は少し驚いた顔をしていた。
「な……?」
「私よ。少し抱き締め返したって、問題はないわよね」
リンツはこくりと頷き、はっきりした声で述べる。
「もちろん! もちろんだとも!」
彼の声に迷いはなかった。躊躇いも、恥じらいも、彼の中には存在していないのだろう。
彼のシンプルな構造が、私からしてみれば少し羨ましかったりする。私もそんな風になれたらいいのに、なんて少し考えてしまうのだ。
「キャシィさん。これからも、楽しいことをたくさんしていこうではないか」
「いいわね」
「また遊園地へ行くかね? あるいは、夜の星空観察? いや、もちろん、他のことでもいいよ。キャシィさんの希望があれば……」
リンツは妙に饒舌だ。
私が何か返さない限り、ずっと喋り続けそうである。
「べつに、今考えなくてもよくない?」
この調子でどんどん提案されても今の私がはっきり答えることはできない。
そう思うから、制止するように、私は言った。
「明日のことは明日、明後日のことは明後日。その時に考えるでも問題ないと思うわ」
未来のことを考えるのは楽しい。どこへ行こうか、何をしようか。考えれば考えるほど、夢は広がる。
ただ、『今』だって大切だ。
過去は変わらず、未来は分からない。でも、『今』は確かにここにある。目には見えないけれど、過去や未来より近くに存在するものだ。
「そうか。確かに……それもそうかもしれんね」
「えぇ。私はそう思うわ」
ー終わりー
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
異世界の花嫁?お断りします。
momo6
恋愛
三十路を過ぎたOL 椿(つばき)は帰宅後、地震に見舞われる。気付いたら異世界にいた。
そこで出逢った王子に求婚を申し込まれましたけど、
知らない人と結婚なんてお断りです。
貞操の危機を感じ、逃げ出した先に居たのは妖精王ですって?
甘ったるい愛を囁いてもダメです。
異世界に来たなら、この世界を楽しむのが先です!!
恋愛よりも衣食住。これが大事です!
お金が無くては生活出来ません!働いて稼いで、美味しい物を食べるんです(๑>◡<๑)
・・・えっ?全部ある?
働かなくてもいい?
ーーー惑わされません!甘い誘惑には罠が付き物です!
*****
目に止めていただき、ありがとうございます(〃ω〃)
未熟な所もありますが 楽しんで頂けたから幸いです。
転生した女性騎士は隣国の王太子に愛される!?
桜
恋愛
仕事帰りの夜道で交通事故で死亡。転生先で家族に愛されながらも武術を極めながら育って行った。ある日突然の出会いから隣国の王太子に見染められ、溺愛されることに……
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる
夏菜しの
恋愛
十七歳の時、生涯初めての恋をした。
燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。
しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。
あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。
気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。
コンコン。
今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。
さてと、どうしようかしら?
※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。
愛する人は、貴方だけ
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。
天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。
公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。
平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。
やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
今宵、薔薇の園で
天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。
しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。
彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。
キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。
そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。
彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。
傷物令嬢は騎士に夢をみるのを諦めました
みん
恋愛
伯爵家の長女シルフィーは、5歳の時に魔力暴走を起こし、その時の記憶を失ってしまっていた。そして、そのせいで魔力も殆ど無くなってしまい、その時についてしまった傷痕が体に残ってしまった。その為、領地に済む祖父母と叔母と一緒に療養を兼ねてそのまま領地で過ごす事にしたのだが…。
ゆるっと設定なので、温かい気持ちで読んでもらえると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
ニコニコしちゃう
このお話読んでると
顔がにこにこしちゃいます。
何十年も履き古した短パンのゴム以上にユルユルになっちゃいます。
私は今、凄い笑顔です。
ありがとうございます。
笑顔になっていただけたなら嬉しいです。