23 / 30
18話「決めました」(1)
しおりを挟む先生と暫し言葉を交わした後、私たちはトウロウがいるという入院患者のための部屋へと向かった。
そこは小さい部屋だった。布団を一人分敷いたらもう何も置けないくらいの狭い和室。白い布団が敷かれていて、トウロウはそこに寝ていた。
「トウロウさん!」
私は思わず駆け出してしまった。
彼が生きていることを、どうしてもこの目で確認したくて。
「んー……もう少し寝せて……下さいよぅ……」
駆け寄った私は、横たわっているトウロウを視界に入れることができた。また、彼は眠っているようだが喋った。それによって、会話もできる状態であることを確認。
安堵したせいか、一気に体から力が抜けていく。
その場でしゃがみ込んでしまった。
「あぁ……良かった……」
トウロウが生きていたことが、なぜここまで嬉しいのだろう。私は今、どうしてこんなに安堵しているのか。あぁ、でも、今はそんなことはどうでもいいような気しかしない。
彼が生きてくれれば、それで何もかもすべてが解決する――そんな気さえしてくる。
「だ、大丈夫なのかい? マコト」
急にへたり込んだものだから、アカリを心配させてしまったみたいだ。
余計な心配をさせてしまうのは申し訳ない。
「ホッとして……それで……」
「あぁ、そうだったのかい! ならまぁいいけどね」
トウロウはまだ寝ている。布団にすっぽり入り込み、穏やかな寝息を立てていた。表情にも歪さはない。幼い頃の幸せな夢でも見ているかのような、幸福感漂う寝顔だ。ただ、先ほど声を漏らしたのは寝惚けての行動だったらしい。というのも、今はまたすっかり眠りに落ちてしまっているのだ。目覚めているようには見えない。
「トウロウのやつ、また寝ちまったみたいだね」
「はい。……帰った方が良いですかね?」
「いいや、もう少し待っていてもいいと思うよ。まぁ、マコトが帰りたいってんなら、帰ればいいともおもうけどねぇ」
気持ちよく寝ているトウロウを無理に起こすなんてことはできそうになかった。
せっかく快適に寝ることができているのだ、それを邪魔する権利は私にはない。
とはいえ「これからどうしよう?」という疑問が残る。見舞いの者がいつまでもここにいて良いのか、少々不安になってしまう。
「どうする? マコト」
「起きるまで待ちたいですけど……迷惑かもしれないですよね」
「そんなことはないと思うけど?」
「でも、見舞い客がいつまでも居座っていたら、鬱陶しく思われませんか?」
一番の解決方法は、トウロウを起こすことなとかもしれない。けれども、申し訳なさすぎてそんなことはできない。せっかくの良質な眠りを台無しにするなんて。
「一旦帰ってまた来るかい? 何なら、起きたら連絡するよう頼んどくけど」
「え。でも……それはそれで、ややこしいのでは……」
「あぁもう! 一体何なんだい!!」
怒らせるつもりはなかったのだが、私の態度はアカリを苛立たせてしまったようだ。
アカリの声が一段と強く鋭いものに変わった。
「マコトはいちいちウジウジし過ぎだよ!」
「ご、ごめんなさい……」
どうすればいいの。どうすれば良かったの。人の世では控えめにしていれば厄介ごとに巻き込まれずに済んだのに、ここではそうじゃない。でも、私はただ控えめにしていることしかできないのよ。今までずっとそうやって生きてきたから。それ以外の生き方なんて知らない。分からないの。
そんな風に、生産性のないことをぐるぐる考えることしかできない。
0
あなたにおすすめの小説
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
急に王妃って言われても…。オジサマが好きなだけだったのに…
satomi
恋愛
オジサマが好きな令嬢、私ミシェル=オートロックスと申します。侯爵家長女です。今回の夜会を逃すと、どこの馬の骨ともわからない男に私の純潔を捧げることに!ならばこの夜会で出会った素敵なオジサマに何としてでも純潔を捧げましょう!…と生まれたのが三つ子。子どもは予定外だったけど、可愛いから良し!
異世界に行った、そのあとで。
神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。
ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。
こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。
(本編、番外編、完結しました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる