18 / 61
1部
17.聖夜の宴は大騒ぎ!? 長い夜は終わらない
しおりを挟む
年末が近づく頃、レフィエリには『聖夜』と呼ばれる夜がある。
その日は国民の多くが夜の宴を楽しむことが定番となっており、街の飲み屋も盛況になるのがいつもの流れだ。
そして、女王レフィエリシナらもまた、毎年仲間で集まり楽しい一夜を過ごす。
ちなみにフィオーネはもちろん毎年参加している。
会場はレフィエリシナの自室だ。
「お母様! 今年も開催されるのですね! この会が!」
「ええ、もちろんです」
フィオーネはこの会が好きだ。
何も気にせず仲間と盛り上がることができるから。
そして今年は、これまでとは違い、リベルらも参加する――これは初めてのことだ。
「し! か! も! 師匠もいる!」
「参加報酬が出ると聞いてー」
部屋のすみで既に酒を飲み始めているエディカはリベルの方をちらりと見て「金かよ」と呟いていた。
「あの……おじさんも……来てしまって、良かった……のですかね?」
そんな中気まずそうに小さくなっているのはリベルについてきた自称おじさんの男性アウピロス。
「ええもちろんです。アウピロスさんにもぜひ参加していただきたく思っていたので、こうして来ていただけて嬉しいです」
レフィエリシナはそう言ってアウピロスに微笑みかける。
「そ、それは良かった……」
面に少しだけ安堵の色を滲ませるアウピロスだったが、ちょうどそのタイミングでアウディーが入ってきたために、気まずそうな顔をしながら壁に背をぴたりと貼りつけた。
「アウディー、お酒はすべてここに置いているわ」
「おっ、よさげな酒ですね!」
「飲み過ぎないようにしてちょうだいね」
「はい」
入ってきたばかりのアウディーだが、すぐに棚の上の酒の瓶を物色し始めた。
「師匠はお酒は飲まないのですか?」
早速酒に興味津々な二人を目にしてふと思ったことを口にするフィオーネ。
「飲まないねー」
「なぜですか?」
「恥かきたくないから、かな? 雇われの兵にもよくいたよー、酒飲んで派手にやらかすやつー」
そこへ口を挟んでくるのはアウディー。
「あんたは飲まなくても誰にでも手出せるもんな!」
少し腹を立てたように表情を固くするアウピロス。
しかし当のリベルは笑顔を保っている。
「僕も相手選ぶよ」
ただ、その声はどこか冷めていて、笑顔さえも刃を向けているかのようであった。
ちなみに。飲まないのか、と尋ねはしたが、フィオーネもまたお酒には手を出さないタイプの人間である。というより、これまであまり機会がなく、まだ飲んでみていないのだ。きっかけがなかった。もっとも、飲んでみたいと思ったことも特にはないのだが。
刹那、レフィエリシナは透明なグラスに水が入ったものをリベルへ差し出した。
「貴方には水を与えましょう」
「ありがとー」
「レフィエリの水は美味しいのですよ」
「かきごおりも美味しいですもんねー、分かりまーす」
フィオーネは近くにあったベッドへ腰を下ろす。その流れでリベルも同じようにした。こういう時ベッドは便利だ、椅子のようにも使える。
エディカとアウディーは酒を囲んでご機嫌だ。
楽しそうな二人を見て、やはり親子だな、と思うフィオーネ。
父娘、楽しそうな二人を見るたび、フィオーネは少し切なさを感じる。これもまた毎年恒例の現象である。というのも、フィオーネには親がいないのだ。母と慕うレフィエリシナはいるけれど、血は繋がっていないので、厳密には親子ではない――日頃は何とも思っていないが、楽しげな父娘を目にした時だけは、どうしても少し考えてしまう。
「二人とも、飲み過ぎてはなりませんよ」
「これうますぎですよ! どうですかレフィエリシナ様も!」
「アウディー……まさかもう酔い気味?」
「やっぱ酒最高ですわ! あー、今年も一年何とか平和で良かった!」
アウディーの言葉によってレフィエリシナの表情が僅かに曇った、そのことに気づく者はいない。
レフィエリシナが窓を開けるとひんやりとした風が室内へ吹き込む。
少し寒いけれど酔っ払いにはちょうどいいかもしれない、とフィオーネは思った。
ちょうどその時、リベルがフィオーネに声をかける。
「フィオーネ寒くない?」
「え。ま、まぁ、少しは寒いですけど……」
唐突な話題に戸惑っているフィオーネをよそに、リベルはいつも身体の左側にかけている青い布をほどき始める――そして彼はそれを広げてフィオーネの背にかけた。
「これねー、意外と暖かいんだよ。仕事柄よく外うろつくから重宝してたんだよー。冷える夜にちょうどいいんだよねー」
「確かに……暖かいです、素敵な布ですね」
言いながらもフィオーネはつい彼の左肩を見つめてしまう。
無礼なことと分かってはいるのだけれど。
「それより袖が気になる、って顔だねー」
「あっ……、す、すみません、その……」
気まずさを感じるフィオーネだが、当のリベルはあまり気にしていない様子。むしろ、どこか楽しそうである。
「袖もないと思ってた?」
「……えっと、あの」
「これね! 一応袖はある方がいいんだよー」
リベルは数秒で青い腕を作ってみせる。袖の中に。そして、その光る不思議な腕を伸ばす。
「違和感ないでしょ?」
「た、確かに……」
「こうやって腕を作った時、袖がなかったら不自然だからさー、一応袖もそのままにしてるんだよねー」
聖夜に袖が一応必要な話、なんて、何だか似合わない。
そう思いながらも。
リベルが色々話してくれることにフィオーネは嬉しさを感じていた。
酒を楽しみご機嫌なアウディーとエディカは、レフィエリシナを巻き込んで、思い出話に花を咲かせている。
しかしフィオーネはそこには入ることができない。
三人が語らっている時代のことは覚えていないからだ。
ただ、昨年までとは状況が異なっている。これまではフィオーネも一応その話に参加しているしかなかったけれど、今年はそうではないのだ。というのも、今年はリベルがいる。彼もまた思い出話には入らないので、フィオーネにもついに仲間ができた。
だが、リベルの話題のチョイスには少々問題があった。
「でねー、まんまとはめられてー、気づけばこうなってたってわけー」
「ひいぃぃぃぃぃ」
この聖夜に片腕を失った時の話。
大事にされて育ったフィオーネには刺激が強すぎる。
実際、フィオーネの顔は真っ青だ。
「あはは」
「笑い事じゃないですよね……!?」
「ま、僕みたいなのは捨て駒みたいなものだしー、よくあることなんじゃないかなー?」
「ないない、ないない」
頭を左右にぶんぶん振るフィオーネ。
「ふふ、ちょっと刺激が強かったかなー? ごめんねー?」
「いえ……勉強になります、けど……」
「けど?」
リベルは興味深そうにフィオーネへ視線を向ける。それから暫し沈黙があった。そしてその果てに、フィオーネは「……可哀想」と小さく口を動かした。それを聞いてリベルは大きく笑う。フィオーネは笑われた恥ずかしさに頬を赤くするが、少しして、隣の彼へ目を向けてはっとする。
「可哀想じゃない、僕も殺してる」
視線が重なる。
フィオーネは気まずくて目を逸らした。
「……私も、いつかはそうなるのかも」
フィオーネは視線を持ち上げられないまま、背中にかけられた青い布を片手で握る。
「まさか! 大丈夫だよー」
暗い表情になっていたフィオーネにリベルは笑みを向ける。
「師匠……」
「君が目指してるのは護衛でしょー、捨て駒になるわけじゃないんだから大丈夫だよ」
「……でも、想像してしまいます」
「ちょっと怖がらせ過ぎたかなー」
困り顔になるリベル。
そこへ口を挟んできたのはアウピロス。
「リベルくん、それは、こんな夜に話すことではないですよ」
彼の手にはグラスがあった。
「フィオーネさん、よければこれを。どうぞ」
手渡される透明のグラスには透き通る水晶のような氷がいくつか浮かんでいた。
「お水です。気分が悪い時にはお水が良いですよ」
「あ……すみません、気を遣わせてしまって……」
グラスを受け取ったフィオーネは水をちまちまと飲む。そうして同じ動作を繰り返していると、抱いた恐怖が多少は薄れていくような気がして。祈るように何度も少しずつ水を飲むことを繰り返した。
そこへ。
「おい! あんたフィオーネに何しやがった!」
酔っ払いアウディーの声が飛んでくる。
「何って、話をしていただけだよー」
「フィオーネが暗い顔してんじゃねえか! 余計なこと言ったんだろ!」
アウディーは立ち上がるとベッドの方へ進んでくる。
レフィエリシナは言葉で制止しようとしたが効果はなかった。
「レフィエリシナ様の宝に何しやがった!」
酒にやられているアウディーは手が届く距離にまで来て足を止めるとリベルの襟を掴み身体を引っ張り上げる。
「何もしてないってばー」
「嘘だな! 何もしていないのならフィオーネが暗い顔をするわけがねえ!」
アウピロスは静かにアウディーを睨んでいる。
「お、おじさま! 違います! 師匠は悪くありません!」
「フィオーネ……本当のことを言えよ?」
「師匠の昔の話を聞いていただけです! 悪いことは何もされていません!」
フィオーネは懸命に訴えた。自分せいで誰かが傷つけられることには耐えられなかったから。フィオーネはアウディーの服の一部を掴んで縋りつくようにしてリベルに罪がないことを訴える。何とかこれ以上大事にならないように、そう強く思い、アウディーを止めることに必死になった。
そんなフィオーネの努力もあり、アウディーはようやくリベルから手を離した。
「……よく分かんねえやつ」
「もー、これだから酔っ払いはー」
「その気持ち悪い笑み、いつか絶対引っ剥がしてやる」
アウディーに見下され睨まれたリベルは、地面に腰をついたまま、相手を見上げてどこか挑戦的な笑みに切り替える。
「試してみてねー?」
その後、アウディーは、レフィエリシナから厳しく叱られた。
その厳しさに少しは酔いが醒めたのか、彼は一応反省の色を見せていた。
先ほど一方的に絡んだリベルに対してもひとまず謝罪した。
◆
帰り道。
既に暗くなった通路を気ままに突き進むリベルを追うように歩いていたアウピロスが足を止めた。
「おじさん、あの男嫌いです」
アウピロスは不満げにそう述べた。
「あの酔っ払いー?」
「いつもいつもリベルくんに敵意を見せて! 雇っておいてあれですか! 感じ悪いですよ!」
感情的になるアウピロス。
そんな彼の頭をリベルはぽんぽんと叩く。
「落ち着いて落ち着いて、部屋に帰ってからにしよ?」
アウピロスはむすっとしながらも「はい」と返す。
そして二人は再び歩き出す。
「……帰ったら何飲みます?」
「水かなー」
「またですか!?」
フィオーネらにとっては色々ありながらも楽しい夜だったが、一方で、アウピロスにとっては複雑な心境にならずにはいられない夜だった。
その日は国民の多くが夜の宴を楽しむことが定番となっており、街の飲み屋も盛況になるのがいつもの流れだ。
そして、女王レフィエリシナらもまた、毎年仲間で集まり楽しい一夜を過ごす。
ちなみにフィオーネはもちろん毎年参加している。
会場はレフィエリシナの自室だ。
「お母様! 今年も開催されるのですね! この会が!」
「ええ、もちろんです」
フィオーネはこの会が好きだ。
何も気にせず仲間と盛り上がることができるから。
そして今年は、これまでとは違い、リベルらも参加する――これは初めてのことだ。
「し! か! も! 師匠もいる!」
「参加報酬が出ると聞いてー」
部屋のすみで既に酒を飲み始めているエディカはリベルの方をちらりと見て「金かよ」と呟いていた。
「あの……おじさんも……来てしまって、良かった……のですかね?」
そんな中気まずそうに小さくなっているのはリベルについてきた自称おじさんの男性アウピロス。
「ええもちろんです。アウピロスさんにもぜひ参加していただきたく思っていたので、こうして来ていただけて嬉しいです」
レフィエリシナはそう言ってアウピロスに微笑みかける。
「そ、それは良かった……」
面に少しだけ安堵の色を滲ませるアウピロスだったが、ちょうどそのタイミングでアウディーが入ってきたために、気まずそうな顔をしながら壁に背をぴたりと貼りつけた。
「アウディー、お酒はすべてここに置いているわ」
「おっ、よさげな酒ですね!」
「飲み過ぎないようにしてちょうだいね」
「はい」
入ってきたばかりのアウディーだが、すぐに棚の上の酒の瓶を物色し始めた。
「師匠はお酒は飲まないのですか?」
早速酒に興味津々な二人を目にしてふと思ったことを口にするフィオーネ。
「飲まないねー」
「なぜですか?」
「恥かきたくないから、かな? 雇われの兵にもよくいたよー、酒飲んで派手にやらかすやつー」
そこへ口を挟んでくるのはアウディー。
「あんたは飲まなくても誰にでも手出せるもんな!」
少し腹を立てたように表情を固くするアウピロス。
しかし当のリベルは笑顔を保っている。
「僕も相手選ぶよ」
ただ、その声はどこか冷めていて、笑顔さえも刃を向けているかのようであった。
ちなみに。飲まないのか、と尋ねはしたが、フィオーネもまたお酒には手を出さないタイプの人間である。というより、これまであまり機会がなく、まだ飲んでみていないのだ。きっかけがなかった。もっとも、飲んでみたいと思ったことも特にはないのだが。
刹那、レフィエリシナは透明なグラスに水が入ったものをリベルへ差し出した。
「貴方には水を与えましょう」
「ありがとー」
「レフィエリの水は美味しいのですよ」
「かきごおりも美味しいですもんねー、分かりまーす」
フィオーネは近くにあったベッドへ腰を下ろす。その流れでリベルも同じようにした。こういう時ベッドは便利だ、椅子のようにも使える。
エディカとアウディーは酒を囲んでご機嫌だ。
楽しそうな二人を見て、やはり親子だな、と思うフィオーネ。
父娘、楽しそうな二人を見るたび、フィオーネは少し切なさを感じる。これもまた毎年恒例の現象である。というのも、フィオーネには親がいないのだ。母と慕うレフィエリシナはいるけれど、血は繋がっていないので、厳密には親子ではない――日頃は何とも思っていないが、楽しげな父娘を目にした時だけは、どうしても少し考えてしまう。
「二人とも、飲み過ぎてはなりませんよ」
「これうますぎですよ! どうですかレフィエリシナ様も!」
「アウディー……まさかもう酔い気味?」
「やっぱ酒最高ですわ! あー、今年も一年何とか平和で良かった!」
アウディーの言葉によってレフィエリシナの表情が僅かに曇った、そのことに気づく者はいない。
レフィエリシナが窓を開けるとひんやりとした風が室内へ吹き込む。
少し寒いけれど酔っ払いにはちょうどいいかもしれない、とフィオーネは思った。
ちょうどその時、リベルがフィオーネに声をかける。
「フィオーネ寒くない?」
「え。ま、まぁ、少しは寒いですけど……」
唐突な話題に戸惑っているフィオーネをよそに、リベルはいつも身体の左側にかけている青い布をほどき始める――そして彼はそれを広げてフィオーネの背にかけた。
「これねー、意外と暖かいんだよ。仕事柄よく外うろつくから重宝してたんだよー。冷える夜にちょうどいいんだよねー」
「確かに……暖かいです、素敵な布ですね」
言いながらもフィオーネはつい彼の左肩を見つめてしまう。
無礼なことと分かってはいるのだけれど。
「それより袖が気になる、って顔だねー」
「あっ……、す、すみません、その……」
気まずさを感じるフィオーネだが、当のリベルはあまり気にしていない様子。むしろ、どこか楽しそうである。
「袖もないと思ってた?」
「……えっと、あの」
「これね! 一応袖はある方がいいんだよー」
リベルは数秒で青い腕を作ってみせる。袖の中に。そして、その光る不思議な腕を伸ばす。
「違和感ないでしょ?」
「た、確かに……」
「こうやって腕を作った時、袖がなかったら不自然だからさー、一応袖もそのままにしてるんだよねー」
聖夜に袖が一応必要な話、なんて、何だか似合わない。
そう思いながらも。
リベルが色々話してくれることにフィオーネは嬉しさを感じていた。
酒を楽しみご機嫌なアウディーとエディカは、レフィエリシナを巻き込んで、思い出話に花を咲かせている。
しかしフィオーネはそこには入ることができない。
三人が語らっている時代のことは覚えていないからだ。
ただ、昨年までとは状況が異なっている。これまではフィオーネも一応その話に参加しているしかなかったけれど、今年はそうではないのだ。というのも、今年はリベルがいる。彼もまた思い出話には入らないので、フィオーネにもついに仲間ができた。
だが、リベルの話題のチョイスには少々問題があった。
「でねー、まんまとはめられてー、気づけばこうなってたってわけー」
「ひいぃぃぃぃぃ」
この聖夜に片腕を失った時の話。
大事にされて育ったフィオーネには刺激が強すぎる。
実際、フィオーネの顔は真っ青だ。
「あはは」
「笑い事じゃないですよね……!?」
「ま、僕みたいなのは捨て駒みたいなものだしー、よくあることなんじゃないかなー?」
「ないない、ないない」
頭を左右にぶんぶん振るフィオーネ。
「ふふ、ちょっと刺激が強かったかなー? ごめんねー?」
「いえ……勉強になります、けど……」
「けど?」
リベルは興味深そうにフィオーネへ視線を向ける。それから暫し沈黙があった。そしてその果てに、フィオーネは「……可哀想」と小さく口を動かした。それを聞いてリベルは大きく笑う。フィオーネは笑われた恥ずかしさに頬を赤くするが、少しして、隣の彼へ目を向けてはっとする。
「可哀想じゃない、僕も殺してる」
視線が重なる。
フィオーネは気まずくて目を逸らした。
「……私も、いつかはそうなるのかも」
フィオーネは視線を持ち上げられないまま、背中にかけられた青い布を片手で握る。
「まさか! 大丈夫だよー」
暗い表情になっていたフィオーネにリベルは笑みを向ける。
「師匠……」
「君が目指してるのは護衛でしょー、捨て駒になるわけじゃないんだから大丈夫だよ」
「……でも、想像してしまいます」
「ちょっと怖がらせ過ぎたかなー」
困り顔になるリベル。
そこへ口を挟んできたのはアウピロス。
「リベルくん、それは、こんな夜に話すことではないですよ」
彼の手にはグラスがあった。
「フィオーネさん、よければこれを。どうぞ」
手渡される透明のグラスには透き通る水晶のような氷がいくつか浮かんでいた。
「お水です。気分が悪い時にはお水が良いですよ」
「あ……すみません、気を遣わせてしまって……」
グラスを受け取ったフィオーネは水をちまちまと飲む。そうして同じ動作を繰り返していると、抱いた恐怖が多少は薄れていくような気がして。祈るように何度も少しずつ水を飲むことを繰り返した。
そこへ。
「おい! あんたフィオーネに何しやがった!」
酔っ払いアウディーの声が飛んでくる。
「何って、話をしていただけだよー」
「フィオーネが暗い顔してんじゃねえか! 余計なこと言ったんだろ!」
アウディーは立ち上がるとベッドの方へ進んでくる。
レフィエリシナは言葉で制止しようとしたが効果はなかった。
「レフィエリシナ様の宝に何しやがった!」
酒にやられているアウディーは手が届く距離にまで来て足を止めるとリベルの襟を掴み身体を引っ張り上げる。
「何もしてないってばー」
「嘘だな! 何もしていないのならフィオーネが暗い顔をするわけがねえ!」
アウピロスは静かにアウディーを睨んでいる。
「お、おじさま! 違います! 師匠は悪くありません!」
「フィオーネ……本当のことを言えよ?」
「師匠の昔の話を聞いていただけです! 悪いことは何もされていません!」
フィオーネは懸命に訴えた。自分せいで誰かが傷つけられることには耐えられなかったから。フィオーネはアウディーの服の一部を掴んで縋りつくようにしてリベルに罪がないことを訴える。何とかこれ以上大事にならないように、そう強く思い、アウディーを止めることに必死になった。
そんなフィオーネの努力もあり、アウディーはようやくリベルから手を離した。
「……よく分かんねえやつ」
「もー、これだから酔っ払いはー」
「その気持ち悪い笑み、いつか絶対引っ剥がしてやる」
アウディーに見下され睨まれたリベルは、地面に腰をついたまま、相手を見上げてどこか挑戦的な笑みに切り替える。
「試してみてねー?」
その後、アウディーは、レフィエリシナから厳しく叱られた。
その厳しさに少しは酔いが醒めたのか、彼は一応反省の色を見せていた。
先ほど一方的に絡んだリベルに対してもひとまず謝罪した。
◆
帰り道。
既に暗くなった通路を気ままに突き進むリベルを追うように歩いていたアウピロスが足を止めた。
「おじさん、あの男嫌いです」
アウピロスは不満げにそう述べた。
「あの酔っ払いー?」
「いつもいつもリベルくんに敵意を見せて! 雇っておいてあれですか! 感じ悪いですよ!」
感情的になるアウピロス。
そんな彼の頭をリベルはぽんぽんと叩く。
「落ち着いて落ち着いて、部屋に帰ってからにしよ?」
アウピロスはむすっとしながらも「はい」と返す。
そして二人は再び歩き出す。
「……帰ったら何飲みます?」
「水かなー」
「またですか!?」
フィオーネらにとっては色々ありながらも楽しい夜だったが、一方で、アウピロスにとっては複雑な心境にならずにはいられない夜だった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
21
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる