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2話「城から追い出されたその夜」
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城から追い出された私はその日の晩は宿泊所に泊まった。
一人で寝るには広すぎるベッド。
けれども久々の静けさは心地よくもあった。
私は『王子の婚約者』という立ち位置は失った。それは大きな失いのようではあるけれど、本当はそうでもないのかもしれない、なんて思う部分もあって。今『王子の婚約者』でなくなってみて、この世界にはあそこよりも心地よい場所があるのだと知った。
もう誰も私を悪く言わない。
いえ、もし言っていたとしても。
その言葉たちが私の耳に届くことはない。
もういくらでも悪く言えばいい。今はそう思う。だって、たとえ何と言われていたとしても私には関係ないのだ。傷つくことも、泣きたくなることも、もうない。
静かな客室は何よりも愛おしかった。
◆
その晩、夢を見た。
『我が名は精霊王、我らと通じる能力を持ったお主に頼みがある』
白い世界で、一人のがっしりした山のような男性と向かい合う。
『お主に救ってほしい――魔族の国を』
「え、あの、何の……」
『明日、お主の前に、一人魔族の者が現れるだろう。その人に話を聞いてくれ、そして、彼の力になってやってほしい』
「力に……?」
『彼は、彼らは、かつて我ら精霊を救ってくれた者の末裔だ。今、彼らを、今度はこちらが助けてやりたいのだ』
よく分からぬまま目覚める。
「何だったんだろう、あれ……」
目覚めた時、まだ夜明け前で。
窓の外は暗そう。
けれども、不思議な夢が気になってあれこれ考えているうちに朝が来て、外は明るくなり始めた。
◆
「貴女がレルフィアさんでしょうか」
あの話は偽りのものではなかったみたいだ。
一人宿泊所に泊まった私の前に現れた人がいた――その人は珍しい藍色の肌の持ち主で、名はロヴェン・ボルトレットといった。
「ええ、そうです」
「実は貴女に相談がありまして」
「何でしょうか」
「レルフィアさんは精霊遣いだと聞いたのですが事実ですか?」
「そうですね」
「何ができますか? 精霊に助けを求めたりもできますか?」
「ええ、まぁ……できますよ、恐らく」
その力を常に使っているわけではないから、絶対に、とは言えない。
けれどできないことはないと思う。
「力を貸してください」
ロヴェンは頭を深く下げた。
「ああ、そんな、頭を下げたりなさらないでください」
「お願い……できませんか?」
「協力します、できる限り」
「本当ですか……!」
「はい。実は昨夜、夢で、言われていたのです。『明日、お主の前に、一人魔族の者が現れるだろう。その人に話を聞いてくれ、そして、彼の力になってやってほしい』と」
よく分からないことがたくさんあるけれど、これもまた何かの縁だろう。彼に対して恨みはないので、協力したくないという思いもない。それに、あの夢のこともあるから、ここは力を貸す方が良さそうだ。
どうせすべて失った。
ならばもう好きにして構わないだろう。
「そんなことが……」
「ええ。ですから、協力します」
「ありがとうございます!」
言って、ロヴェンは紅の瞳から涙の粒をこぼす。
泣く!? どうして!? それはさすがに大層過ぎない!? だって、ちょっと協力すると言っただけで、私が何をできるのかさえ彼は知らないはず。なのに泣くの? 何かが成功したわけでもないのに、まだ何も始まっていないのに、既に涙をこぼしている。それが不思議で。
「良かった……!」
彼はそう言って私の身に縋りついてくる。
「本当に、本当、に……ありがとうございますっ……!」
その後ロヴェンから魔族の国が危機に見舞われていることを聞いた。
彼の話によれば、彼が暮らすその国は今、隣国であるオロレット王国から酷い迫害を受けているらしい。
「そんなことになっていたなんて……」
国王は優しそうな人だったのに。
あれは味方へだけの優しさだったのか?
それとも私が特別な存在だから?
「ごめんなさい、私、王子の婚約者でありながら何も知らなくて……」
「いえ、いいんです、いいんです……」
「ロヴェンさん、とお呼びしても?」
「はい!」
「ではロヴェンさん、これからよろしくお願いしますね」
「ありがとうございます! レルフィア様! 女神様!」
いつの間にか様呼びになっている……。
「あの、様、とか付けなくていいですよ」
「ええっ。で、ですが! 様と呼ぶべきでしょう! 救済の女神ですから!」
「救済の女神、て……大層な。そんなものではないですよ、私」
「そういうものです! 間違いなく!」
「だって、王子に婚約破棄されたような女ですよ?」
「それはきっと……貴女が善良なお方だったからです。だからあの国には合わなかったのでしょう」
想定していなかった解釈が飛び出た。
けれど、少し救われた気もした。
一人で寝るには広すぎるベッド。
けれども久々の静けさは心地よくもあった。
私は『王子の婚約者』という立ち位置は失った。それは大きな失いのようではあるけれど、本当はそうでもないのかもしれない、なんて思う部分もあって。今『王子の婚約者』でなくなってみて、この世界にはあそこよりも心地よい場所があるのだと知った。
もう誰も私を悪く言わない。
いえ、もし言っていたとしても。
その言葉たちが私の耳に届くことはない。
もういくらでも悪く言えばいい。今はそう思う。だって、たとえ何と言われていたとしても私には関係ないのだ。傷つくことも、泣きたくなることも、もうない。
静かな客室は何よりも愛おしかった。
◆
その晩、夢を見た。
『我が名は精霊王、我らと通じる能力を持ったお主に頼みがある』
白い世界で、一人のがっしりした山のような男性と向かい合う。
『お主に救ってほしい――魔族の国を』
「え、あの、何の……」
『明日、お主の前に、一人魔族の者が現れるだろう。その人に話を聞いてくれ、そして、彼の力になってやってほしい』
「力に……?」
『彼は、彼らは、かつて我ら精霊を救ってくれた者の末裔だ。今、彼らを、今度はこちらが助けてやりたいのだ』
よく分からぬまま目覚める。
「何だったんだろう、あれ……」
目覚めた時、まだ夜明け前で。
窓の外は暗そう。
けれども、不思議な夢が気になってあれこれ考えているうちに朝が来て、外は明るくなり始めた。
◆
「貴女がレルフィアさんでしょうか」
あの話は偽りのものではなかったみたいだ。
一人宿泊所に泊まった私の前に現れた人がいた――その人は珍しい藍色の肌の持ち主で、名はロヴェン・ボルトレットといった。
「ええ、そうです」
「実は貴女に相談がありまして」
「何でしょうか」
「レルフィアさんは精霊遣いだと聞いたのですが事実ですか?」
「そうですね」
「何ができますか? 精霊に助けを求めたりもできますか?」
「ええ、まぁ……できますよ、恐らく」
その力を常に使っているわけではないから、絶対に、とは言えない。
けれどできないことはないと思う。
「力を貸してください」
ロヴェンは頭を深く下げた。
「ああ、そんな、頭を下げたりなさらないでください」
「お願い……できませんか?」
「協力します、できる限り」
「本当ですか……!」
「はい。実は昨夜、夢で、言われていたのです。『明日、お主の前に、一人魔族の者が現れるだろう。その人に話を聞いてくれ、そして、彼の力になってやってほしい』と」
よく分からないことがたくさんあるけれど、これもまた何かの縁だろう。彼に対して恨みはないので、協力したくないという思いもない。それに、あの夢のこともあるから、ここは力を貸す方が良さそうだ。
どうせすべて失った。
ならばもう好きにして構わないだろう。
「そんなことが……」
「ええ。ですから、協力します」
「ありがとうございます!」
言って、ロヴェンは紅の瞳から涙の粒をこぼす。
泣く!? どうして!? それはさすがに大層過ぎない!? だって、ちょっと協力すると言っただけで、私が何をできるのかさえ彼は知らないはず。なのに泣くの? 何かが成功したわけでもないのに、まだ何も始まっていないのに、既に涙をこぼしている。それが不思議で。
「良かった……!」
彼はそう言って私の身に縋りついてくる。
「本当に、本当、に……ありがとうございますっ……!」
その後ロヴェンから魔族の国が危機に見舞われていることを聞いた。
彼の話によれば、彼が暮らすその国は今、隣国であるオロレット王国から酷い迫害を受けているらしい。
「そんなことになっていたなんて……」
国王は優しそうな人だったのに。
あれは味方へだけの優しさだったのか?
それとも私が特別な存在だから?
「ごめんなさい、私、王子の婚約者でありながら何も知らなくて……」
「いえ、いいんです、いいんです……」
「ロヴェンさん、とお呼びしても?」
「はい!」
「ではロヴェンさん、これからよろしくお願いしますね」
「ありがとうございます! レルフィア様! 女神様!」
いつの間にか様呼びになっている……。
「あの、様、とか付けなくていいですよ」
「ええっ。で、ですが! 様と呼ぶべきでしょう! 救済の女神ですから!」
「救済の女神、て……大層な。そんなものではないですよ、私」
「そういうものです! 間違いなく!」
「だって、王子に婚約破棄されたような女ですよ?」
「それはきっと……貴女が善良なお方だったからです。だからあの国には合わなかったのでしょう」
想定していなかった解釈が飛び出た。
けれど、少し救われた気もした。
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