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運命の匂い2
「失礼します」
ニコリと笑ってみたものの、座敷では唖然と目を丸くしたエリオットがひとりでお猪口を口に運んでいる。
「あれ?」
呆気に取られた瞬間、ぐらりと視界が歪んだ。
アッとか、しまったとか、頭に巡ったのは一瞬だった。目の前が暗転する・・・・・・。
意識が浮上した成彦は、天井の木目の渦巻きを見つめた。
———ここは?
「全く君は何を考えている。というより、満善氏の差し金か。しかし愚かだよ君たち親子は」
「・・・・・・だれ、え、そんな」
とんだ失態を犯してしまった。
座卓を挟んだ向こう側にエリオットが座っている。
勢いよく起き上がると、くらりと目眩が襲った。
「まだ横になっていなさい。見るに耐えないひどい顔色だぞ」
ふらふらと床に手をつくと、エリオットを見つめる。
「日本語が話せるんですか? とても流暢なので驚きました・・・・・・」
「ふん、この程度は大したことじゃない。私を誰だと思っている」
「でも、通訳の方がいらっしゃって」
「あれは相手の裏をかくためだ。商談相手の日本人は私にはわからないと思って、たいてい日本語で本音を話すからな」
「あぁ、なるほど」
ぼんやりしたまま、成彦は枕がわりに頭の下に敷かれていた座布団に目を落とした。
「これは貴方が?」
「そうだが」
「・・・ありがとうございます。大変、ご迷惑をおかけしました」
「ふ、君じゃなければ介抱などしていなかっただろうな」
そう言ったエリオットの視線が艶かしく絡んだ。
「え、あ・・・・・・どうして?」
「時期にわかるさ」
成彦は理解できないまま無意識に首をさすった。
オメガの本能か、狙いを定めているかの鋭いアルファの瞳にうなじが総毛立つ。
「本当に何を考えてるんだか。仕組んだのは君のパパだが、君はもっとよく考えるべきだった。抑制薬なんかで、オメガのフェロモンの影響を完全に消せるとでも? これだから世間知らずの箱入りは困る。いったい薬はどれだけ飲んだんだ?」
「・・・・・・覚えていません」
偽りなく答えると、深いため息が落ちてくる。
「はぁ、救いようがない阿呆だな。私の滞在中、ずっと過剰摂取を続けていたらオーバードーズを起こして脳みそがいかれていた。死んでいたかもしれないんだぞ?」
ハッとする。成彦は雷に打たれたように身体が硬直した。
「そこまでは頭が回っていませんでした。僕は父に使われたということでしょうか」
「だから、そう言っ」
膝の上で拳を握り締めた成彦の顔を見て、エリオットは口をつぐんだ。
「まあ、そうだよな。君のパパは最低だ」
そして目をすがめ、座卓を回り込んで成彦の横に腰を下ろす。
「エリオット様、いけませんっ、僕は」
「知ってるさ。日本にいるオメガに手を出すことは御法度」
「そうです。ご存知ならば」
「だからこそだろう。抗えないヒートの力を利用して君のパパは私の弱みを握りたかったんだろうね。先ほどはああ言ったが、君が薬を多く飲んでいてくれていたおかげで助かったよ。これくらいの濃さなら耐えられる範疇だ。そうじゃなかったら、今すぐに君を押し倒してめちゃくちゃにしていた」
するりと腰に回される手。抱き寄せられると、おとがいを持ち上げられ、鼻の先が擦れるほどに顔が近くなる。
エリオットの匂いが鼻腔をつき、自身の行動の愚かさを自覚した。
だが後悔が込み上げるが早いか、どちらが早いか、身体の奥底から這い上ってきた熱が全身に広がり、ギュウウと胸が押し潰される感覚に襲われる。
「はっ、あっ、こ、れは、副作用・・・・・・っ?」
苦しい。成彦は胸を押さえて喘いだ。
「いいや。安心しなさい。やはり、この匂いは運命の番かもしれない。間違いない。こんなところで出逢うとは」
「運命・・・・・・」
エリオットの声は興奮じみ、うっとりとしていた。
最初の苦しみは、やがて肉体に馴染んだ。
瞬く間に成彦の頭と心を蝕み作り変えてしまったようだった。
まさかとも思うが、眼前のアルファを目にしてよだれが出る。腹が疼く。
「欲しいか? 私が」
「・・・・・・欲しい、です」
頷いた成彦の喉仏が上下し、唾がゆっくりと食道内を下って落ちる。
「私もだ。だが、今はやめておこう。お前のためにも」
エリオットは髪を撫でてから涙で潤んだ瞼に口付けると、成彦を優しく座敷に寝かせ、襖を開けて出て行った。
ニコリと笑ってみたものの、座敷では唖然と目を丸くしたエリオットがひとりでお猪口を口に運んでいる。
「あれ?」
呆気に取られた瞬間、ぐらりと視界が歪んだ。
アッとか、しまったとか、頭に巡ったのは一瞬だった。目の前が暗転する・・・・・・。
意識が浮上した成彦は、天井の木目の渦巻きを見つめた。
———ここは?
「全く君は何を考えている。というより、満善氏の差し金か。しかし愚かだよ君たち親子は」
「・・・・・・だれ、え、そんな」
とんだ失態を犯してしまった。
座卓を挟んだ向こう側にエリオットが座っている。
勢いよく起き上がると、くらりと目眩が襲った。
「まだ横になっていなさい。見るに耐えないひどい顔色だぞ」
ふらふらと床に手をつくと、エリオットを見つめる。
「日本語が話せるんですか? とても流暢なので驚きました・・・・・・」
「ふん、この程度は大したことじゃない。私を誰だと思っている」
「でも、通訳の方がいらっしゃって」
「あれは相手の裏をかくためだ。商談相手の日本人は私にはわからないと思って、たいてい日本語で本音を話すからな」
「あぁ、なるほど」
ぼんやりしたまま、成彦は枕がわりに頭の下に敷かれていた座布団に目を落とした。
「これは貴方が?」
「そうだが」
「・・・ありがとうございます。大変、ご迷惑をおかけしました」
「ふ、君じゃなければ介抱などしていなかっただろうな」
そう言ったエリオットの視線が艶かしく絡んだ。
「え、あ・・・・・・どうして?」
「時期にわかるさ」
成彦は理解できないまま無意識に首をさすった。
オメガの本能か、狙いを定めているかの鋭いアルファの瞳にうなじが総毛立つ。
「本当に何を考えてるんだか。仕組んだのは君のパパだが、君はもっとよく考えるべきだった。抑制薬なんかで、オメガのフェロモンの影響を完全に消せるとでも? これだから世間知らずの箱入りは困る。いったい薬はどれだけ飲んだんだ?」
「・・・・・・覚えていません」
偽りなく答えると、深いため息が落ちてくる。
「はぁ、救いようがない阿呆だな。私の滞在中、ずっと過剰摂取を続けていたらオーバードーズを起こして脳みそがいかれていた。死んでいたかもしれないんだぞ?」
ハッとする。成彦は雷に打たれたように身体が硬直した。
「そこまでは頭が回っていませんでした。僕は父に使われたということでしょうか」
「だから、そう言っ」
膝の上で拳を握り締めた成彦の顔を見て、エリオットは口をつぐんだ。
「まあ、そうだよな。君のパパは最低だ」
そして目をすがめ、座卓を回り込んで成彦の横に腰を下ろす。
「エリオット様、いけませんっ、僕は」
「知ってるさ。日本にいるオメガに手を出すことは御法度」
「そうです。ご存知ならば」
「だからこそだろう。抗えないヒートの力を利用して君のパパは私の弱みを握りたかったんだろうね。先ほどはああ言ったが、君が薬を多く飲んでいてくれていたおかげで助かったよ。これくらいの濃さなら耐えられる範疇だ。そうじゃなかったら、今すぐに君を押し倒してめちゃくちゃにしていた」
するりと腰に回される手。抱き寄せられると、おとがいを持ち上げられ、鼻の先が擦れるほどに顔が近くなる。
エリオットの匂いが鼻腔をつき、自身の行動の愚かさを自覚した。
だが後悔が込み上げるが早いか、どちらが早いか、身体の奥底から這い上ってきた熱が全身に広がり、ギュウウと胸が押し潰される感覚に襲われる。
「はっ、あっ、こ、れは、副作用・・・・・・っ?」
苦しい。成彦は胸を押さえて喘いだ。
「いいや。安心しなさい。やはり、この匂いは運命の番かもしれない。間違いない。こんなところで出逢うとは」
「運命・・・・・・」
エリオットの声は興奮じみ、うっとりとしていた。
最初の苦しみは、やがて肉体に馴染んだ。
瞬く間に成彦の頭と心を蝕み作り変えてしまったようだった。
まさかとも思うが、眼前のアルファを目にしてよだれが出る。腹が疼く。
「欲しいか? 私が」
「・・・・・・欲しい、です」
頷いた成彦の喉仏が上下し、唾がゆっくりと食道内を下って落ちる。
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