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決意をする

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「・・・・・・ねぇ、話し合おう」
「は、何を? 十松家の父の許可は得てるから。さっさと売っちゃって来いってさ。双子の兄を売るのが俺の初仕事。中々やるでしょ。褒めてよ、ねえ」
「え」
「兄さんは何かやらせてもらった仕事はあるの?」
「や、えっと」
「だったら俺の方が何倍も優秀だと思わない? 十松家には兄さんより俺のようなオメガがいた方が得なんだよ」

 返事を待たずに次から次に滑らかによく動く口だ。
 だが聞いているとやるせなくなる。境遇さえ違えば商売人に向いていただろう。
 少し微笑めば老弱男女を虜にし、窮地をチャンスに変えてしまう豪胆さと頭がある。こうも差をつけられては双子でいることが恥ずかしくなる。
 この違いは育ってきた環境が創り出したのだろうか、生きたい見返したいという思いの強さが成せることなのか。考えれば考えるだけやるせない。ともあれ手も脚も出なければ、上海マフィアに売り飛ばされてエリオットには二度と逢えなくなる。
 それだけは嫌だ。ずば抜けた才能も魅力も何ひとつ持っていない成彦だが、愛するエリオットを想えば踏ん張れる。

「もういいよ! 君が凄いのはわかったから」

 成彦は大声を出して景彦のお喋りを止めた。思えば腹から声を出すのは初めてだった。

「なっ、なに」

 景彦がびくりと肩を震わせる。
 今日まで知らなかった双子の存在。でも双子だからか通じるのだ。何となくわかる。景彦のツンとした態度とお喋りは孤独と不安の裏返しだ。

「・・・・・・自分のことをいなくなっても誰も困らないなんて言ったら駄目だよ」
「突然なに?」
「十松家の屋敷で言ってたこと。もとは君が売られる予定だった。君が君自身をそう思っていたんだよね」
「は、はあ?」

 目に見えて狼狽えている。ごめんなさい。オメガは生物学上で弱い生き物だから、大きな声や怒鳴り声で本能的に身をすくませてしまう。
 虚勢が剥がれてしまえば何もできなくなって、ごろごろと泥の上に転げ落ちる。

「景彦、話し合おう」

 成彦が手を伸ばすと、景彦が顔面蒼白のまま呻いた。

「お前・・・なんて、嫌いだよ、母さんみたいな熱に浮かされた顔して気持ち悪い」

 景彦の声が震える。

「何が運命の番だよ。勝手に盛って、勝手に違法な子どもを作って好きに生んで、不幸になるか幸せになれるのかも勝手に決められて。お前に俺の気持ちがわかるのか?!」
「それは、母と僕らの本当の父は間違っていたかもしれないけど」
「かもしれないじゃなくて、大間違いなんだ! だから捕まってる、ザマァみろだ。父さんの死刑は決定。多分、母さんは歳の割に綺麗だから後宮に送られる」

 動揺して目を見開いた成彦に、景彦がわずかばかり余裕を取り戻した。

「あれ? 知らなかった? 皇居の御殿では後宮ってのが未だに作られてんだよ。後宮ってのは名ばかりで違法に生まれたオメガ達の牢獄さ」
「景彦はそれでいいのか」
「いいもなにも、俺は俺を生んだ両親を憎んでる」
「・・・・・・っ、そんな」
「もう話すことない。気分悪くなったから話しかけないで。どうせ船着場に着いたらお前は売られる。それでお終い、お別れだから」
「ごめんね、ごめんなさい」

 まさに貝のように心を閉ざされてしまっては、交渉どころではなくなった。己れの不器用具合にせっかく奮い立たせた自信も萎れてしまうものだ。
 だがこれ幸いと呼ぶべきか気まずい時間は長く続かなかった。ガタンと馬車が揺れ、急停車した。
 何事かと景彦が外を覗く。

「どうした」
「大変。検問だ。乗っている人間を確認させろと言っている。これでは港に行けない」
「なんでこんな場所に警察がいるんだ?」

 景彦の顔が険しくなる。数秒考え込むと、眼鏡の男に指示を出した。

「いいや、でも狼狽える必要はない。荷物は成彦兄さんのみ、見られても問題ないだろう。念のため警戒してあんた以外は喋らないようにしなよ。こっちも余計なことは口にしないようにする」
「了解だ」

 眼鏡の男が御者台に戻って間もなくして警察官がキャビンの扉を叩いた。詰め襟の制服と鍔付き帽、腰から下げたものものしいサーベルに被害者の成彦でさえどきりとする。

「ご苦労様でございます、巡査殿。検問をなさっていると聞きましたが」
「ええ、そうなんです。実は行方不明者の捜索願いが出されておりまして」

 鍔で顔の上半分を隠した警察官は説明を続ける。
 景彦の顔は後ろ向きで見えないが、恐ろしく警戒していることだろう。

「有名な資産家のご子息だそうで警視庁一丸となって捜索にあたっておるのです」
「ああ・・・そうですか。それは大ごとですね。ちなみにご子息の年齢はおいくつで?」
「まだ年端も行かぬくらいと聞いております」

 ふっと景彦の口から漏れた声は安堵の溜息か笑いか、キャビンに充満していた緊張感が取り払われる。

「では、我々はお役には立てそうにありません。どうぞご覧になってくださいませ、馬車に同乗しているのは我々大人の男だけ。商売をしておりまして、客を出迎えに急いで港まで行かねばならないのです。通して頂けるでしょうか」
「これはこれは失礼した」

 警察官は通行を承諾し、馬車を離れていった。
 その後、馬車が動き出したが、成彦は警官の言い方に懸念を抱く。

「残念だったな、助けてもらえるかと思っただろ」
「・・・・・・うん」

 成彦は悔しがって見せた。そうした方が穏便な気がしたからだ。景彦は上機嫌になる。

「そろそろ港に着く時間だ。もうすぐ日本と人間の自分とは別れだね」
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