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懺悔
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「いなことを仰いますな。我が家に限った話ではないでしょうに。知っているのならエリオット殿、貴方が教えてやって下さいませんか」
血も繋がらず、かつオメガである成彦らには話す価値もないということなのか。
成彦は項垂れた背中がエリオットに隠れていて良かったと思った。父の態度はこれまでも素っ気なかった。心の距離を取られ近づくなと言われているようでずっと寂しかった。
「結構、ではそうさせて頂く」
エリオットは持参した偽造書面を細かく破り捨てる。
本当にたまたま居合わせていただけだった男が茫然自失になっている。
「大事なものでは・・・・・・?」
「ソーリー、ヒトチガイでした。帰ります」
「え、え、では、どうぞ?」
出口はあちらですと案内されるがままエリオットはにっこりとしながらついて行った。
けれど身体の両脇に降りた拳が並々ならぬ怒りで震えていることに成彦は気づいた。影彦が言い足りないと不満げにむっつりしているが、その腕を引っ張りエリオットに続く。
庁舎の門を出て、待たせていた馬車に乗り込むまで、三人は言葉を交わさなかった。
乗り込んでからも、エリオットが次にどんな手段に出ようとしているのか、思考の邪魔にならないよう話しかけるのを控える。
そして待つ・・・馬車が動き出すのを待つ。しかし動かない? エリオットは腕を組んで据わっているだけだ、御者に指示を出さない。
景彦も不可解そうに顔を顰めている。
「今度は待つのですか?」
もしやと、おそるおそる成彦は訊ねた。
エリオットが頷いて、ぱちんと片目をつぶる。
「ああ、待とう。きっと彼は応えてくれる」
「彼? けれど見つかったら僕たち双子は捕まってしまうのではないですか」
「捕まえる必要があるなら、あの場で拘束しているさ」
ハッとした。
「そうですね・・・言われてみれば」
不思議で首を傾いでいると、エリオットが安心させるつもりで手を握ってくれる。
「その件も含めて、待っている。私でも真相を話すことはできるけれど適任とは言いがたいからね」
それからエリオットは「ほら、私の勘が当たった」とキャビンの扉に目を向けた。
ノックがある前に扉を開けてやると、外に立っていた佐伯は目を見開いた。急いで走ってきたのか息を切らしている。
「あなたに子を思う気持ちが残っていて良かったですよ」
エリオットが手を差し伸べた。佐伯が手を掴み、唖然としたまま馬車に乗る。
「・・・・・・申しわけなかった」
頭を下げる佐伯にエリオットは厳しい顔でかぶりを振った。
「謝らなくてはならなのは私にではないでしょう」
佐伯がうぐっと嗚咽で声を詰まらせ、垂れた頭を成彦と景彦に向けた。
「お前たちには謝っても決して許されないことをしてしまった」
実父の見たくもない姿に景彦がチッと舌打ちをする。
「よくわかんないけど悪いと思ってんなら、隠しごとしないで何があったのか全部話せよ」
「・・・・・・ああ、全て喋るつもりで来た。妻と息子たちが無罪の罪で処罰を受けるのは耐えられない」
「だからその無罪ってどういうことだ」
景彦の詰問に佐伯は唇を震わせる。
「お前たちの母と俺は運命の番などではない。十松子爵の企てた策の中で俺がそう演じてきたのだ」
成彦の表情が凍る。
「理解できません。母と恋仲になったのも嘘?」
「本当にすまない」
謝罪が肯定を表していた。だがどういうことなのか、時系列がかなりぐちゃぐちゃにならないだろうか。
するとエリオットが佐伯に「わかるよう言え」と命じる。
「はい、・・・すみません。俺の妻で君たちの母である千世子の生家と十松子爵家は古くからの付き合いがあり、それこそまだ華族制度ができあがっていなかった時代から親しくしている。しかしその間には城主と家臣という主従関係があった。千世子の生家は門座という公家の一族、十松家は門座家に仕える武家。今でいえば衛兵、その頃でいえば多くの侍を抱える用心棒役だった」
佐伯が乾いた口を懸命に動かし説明する。
成彦にとって初耳のことばかり、息を止めて聴き入った。
「その後、身分制度が改変され、十松家は子爵の位を得て武家華族になった」
「あれ?」
成彦は口を挟んでしまった。
「そうだ。門座家は華族制度の創設の際に候補から外された。大きな力を持っていた一族だったが、それは多くの武家と癒着していたから。江戸幕府の時代に主権を奪われていた宮家には相当疎まれていた。明治の世になり、平民の身分にくだった門座家は隠し持っていた莫大な資金をもとに商いを始めた、だが心ざし半ばで当主が倒れ、男の跡取りがなかった当主は、武家華族となったが生活に喘いでいた十松子爵家に会社を譲ったのだ」
「つまり十松家の会社はもともと母さんの家のものだった?」
「ああ。全てを託すだけの信頼と繋がりがあった二つの家は生まれた赤子同士を許嫁にしていた。二人は生まれた時から結婚が決められていた。アルファとオメガとわかった際には一族全員がひやりとしたが、下位華族の子爵家と平民に落ちぶれた公家の家は明治政府の目に留まらずに済んだという。満義氏と千世子が将来夫婦となるなら問題はない」
その時、馬鹿にしたように景彦が笑い出す。
「で、その話から何処をどうしたら俺らと親父が出てくるわけだ?」
「だね、僕も全然想像できない」
成彦も同意するしかなかった。
血も繋がらず、かつオメガである成彦らには話す価値もないということなのか。
成彦は項垂れた背中がエリオットに隠れていて良かったと思った。父の態度はこれまでも素っ気なかった。心の距離を取られ近づくなと言われているようでずっと寂しかった。
「結構、ではそうさせて頂く」
エリオットは持参した偽造書面を細かく破り捨てる。
本当にたまたま居合わせていただけだった男が茫然自失になっている。
「大事なものでは・・・・・・?」
「ソーリー、ヒトチガイでした。帰ります」
「え、え、では、どうぞ?」
出口はあちらですと案内されるがままエリオットはにっこりとしながらついて行った。
けれど身体の両脇に降りた拳が並々ならぬ怒りで震えていることに成彦は気づいた。影彦が言い足りないと不満げにむっつりしているが、その腕を引っ張りエリオットに続く。
庁舎の門を出て、待たせていた馬車に乗り込むまで、三人は言葉を交わさなかった。
乗り込んでからも、エリオットが次にどんな手段に出ようとしているのか、思考の邪魔にならないよう話しかけるのを控える。
そして待つ・・・馬車が動き出すのを待つ。しかし動かない? エリオットは腕を組んで据わっているだけだ、御者に指示を出さない。
景彦も不可解そうに顔を顰めている。
「今度は待つのですか?」
もしやと、おそるおそる成彦は訊ねた。
エリオットが頷いて、ぱちんと片目をつぶる。
「ああ、待とう。きっと彼は応えてくれる」
「彼? けれど見つかったら僕たち双子は捕まってしまうのではないですか」
「捕まえる必要があるなら、あの場で拘束しているさ」
ハッとした。
「そうですね・・・言われてみれば」
不思議で首を傾いでいると、エリオットが安心させるつもりで手を握ってくれる。
「その件も含めて、待っている。私でも真相を話すことはできるけれど適任とは言いがたいからね」
それからエリオットは「ほら、私の勘が当たった」とキャビンの扉に目を向けた。
ノックがある前に扉を開けてやると、外に立っていた佐伯は目を見開いた。急いで走ってきたのか息を切らしている。
「あなたに子を思う気持ちが残っていて良かったですよ」
エリオットが手を差し伸べた。佐伯が手を掴み、唖然としたまま馬車に乗る。
「・・・・・・申しわけなかった」
頭を下げる佐伯にエリオットは厳しい顔でかぶりを振った。
「謝らなくてはならなのは私にではないでしょう」
佐伯がうぐっと嗚咽で声を詰まらせ、垂れた頭を成彦と景彦に向けた。
「お前たちには謝っても決して許されないことをしてしまった」
実父の見たくもない姿に景彦がチッと舌打ちをする。
「よくわかんないけど悪いと思ってんなら、隠しごとしないで何があったのか全部話せよ」
「・・・・・・ああ、全て喋るつもりで来た。妻と息子たちが無罪の罪で処罰を受けるのは耐えられない」
「だからその無罪ってどういうことだ」
景彦の詰問に佐伯は唇を震わせる。
「お前たちの母と俺は運命の番などではない。十松子爵の企てた策の中で俺がそう演じてきたのだ」
成彦の表情が凍る。
「理解できません。母と恋仲になったのも嘘?」
「本当にすまない」
謝罪が肯定を表していた。だがどういうことなのか、時系列がかなりぐちゃぐちゃにならないだろうか。
するとエリオットが佐伯に「わかるよう言え」と命じる。
「はい、・・・すみません。俺の妻で君たちの母である千世子の生家と十松子爵家は古くからの付き合いがあり、それこそまだ華族制度ができあがっていなかった時代から親しくしている。しかしその間には城主と家臣という主従関係があった。千世子の生家は門座という公家の一族、十松家は門座家に仕える武家。今でいえば衛兵、その頃でいえば多くの侍を抱える用心棒役だった」
佐伯が乾いた口を懸命に動かし説明する。
成彦にとって初耳のことばかり、息を止めて聴き入った。
「その後、身分制度が改変され、十松家は子爵の位を得て武家華族になった」
「あれ?」
成彦は口を挟んでしまった。
「そうだ。門座家は華族制度の創設の際に候補から外された。大きな力を持っていた一族だったが、それは多くの武家と癒着していたから。江戸幕府の時代に主権を奪われていた宮家には相当疎まれていた。明治の世になり、平民の身分にくだった門座家は隠し持っていた莫大な資金をもとに商いを始めた、だが心ざし半ばで当主が倒れ、男の跡取りがなかった当主は、武家華族となったが生活に喘いでいた十松子爵家に会社を譲ったのだ」
「つまり十松家の会社はもともと母さんの家のものだった?」
「ああ。全てを託すだけの信頼と繋がりがあった二つの家は生まれた赤子同士を許嫁にしていた。二人は生まれた時から結婚が決められていた。アルファとオメガとわかった際には一族全員がひやりとしたが、下位華族の子爵家と平民に落ちぶれた公家の家は明治政府の目に留まらずに済んだという。満義氏と千世子が将来夫婦となるなら問題はない」
その時、馬鹿にしたように景彦が笑い出す。
「で、その話から何処をどうしたら俺らと親父が出てくるわけだ?」
「だね、僕も全然想像できない」
成彦も同意するしかなかった。
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