ラブドール

倉藤

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別れを告げたあとに見た世界

68 義足の訓練をかねた散歩へ

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 床に転げた状態で朝になり、譲を呼びにきたナガトがドアを開けて即座に足を止めた。

「うおっ、びっくりした」
「ナガト。おはよう」
「おはようって・・・床で寝たのか?」
「あー、寝相が悪い癖があるんだ」

 譲がごろりと仰向けになると、ナガトが頭上にしゃがみ込む。頭側から顔を出すので、譲の瞳には怪訝そうな表情の男が上下逆さまに映りこんだ。

「起き上がれるか?」
「ああ、今起きる」

 起き上がり頭を振る。酒場では二日酔いする程飲んじゃいないが、ズキズキと頭痛がするのはそのせいもあるだろうか。

「俺が上に寝ててやろうか?」

 心配するようにナガトが上向きに人差し指を立たせた。
 指し示したのは天井のようだが、多分は二段ベッドだ。
 昨晩は壁際に置かれた二段ベッドの下段を使った。確かに上は空いているが。

「いいやいい。遠慮しとく」
「なんでだ」
「せっかく部屋が余ってんのに、わざわざ男二人で同室なんて嫌だね」

 譲はべぇと舌を出し、うなされている寝姿を見られない為の防御策を張る。

「せっかく考えてやったのにひでぇな」
「悪い悪い、それより下にも同じ柵を付けてくれないかな。誰に頼めばいいだろうか」

 上段には安全柵が付いている。それを指で差す。

「そういうことなら案内してやる」
「何処に」

 いきなり何を言い出すのか。
 胡乱な視線を向けると、ナガトに二の腕を掴まれる。

「街に出よう。家具職人がいるかもしれない」

 ナガトは譲を立ち上がらせたいみたいだが、譲は正直気が進まず苦い顔をした。
 何故なら、昨日も外に出たじゃないかと思う。
 ヴィクトルの屋敷で過ごした一年間で、譲の生活リズムは大いに変わってしまった。
 連日にかけて移動移動移動ばかりだったのだから、今日は室内で過ごしていたいのだ。

「明日にしようよ」
「今日行こう。昼と夜じゃ街の雰囲気も違うぜ? 義足の練習もしなきゃいけないだろ、実際に街を歩いて回った方が早く上達すると思わないか?」

 そう言われてしまうと納得するしかなかった。
 ベッドに立て掛けているサイボーグとかいう銀色の義足。鋼鉄でボディは硬く、取り付け部分にはクッション素材が使われているものの、長く装着していると痛みが出てくる。
 メンテナンスをしてくれる機械技師には慣れと力加減次第で改善できるとアドバイスされたが、これがなかなか難しかった。

「たくさん試してみるしかないですって言われたろ?」
「わかったよ・・・行くよ」
「決まりだな」

 譲はしぶしぶ義足を引き寄せると太腿に被せ、アタッチメントベルトで固定する。ヴィクトルに着けられていた拘束具のようだ。譲は見ないふりをしてズボンで覆い隠した。

(いちいち思い出されて気が散る。煩わしい)

 早く忘れないと、前に進めない。

「いいか」
「うん行ける」

 支えられることなく譲は重い腰を上げる。ブーツを履くと傍目には義足であるとわからない外見になれた。
 つま先をトントンと床で叩き、地面を強く蹴る感覚を味わった。まだ危ないので松葉杖と併用になるが、この瞬間は胸が高揚する。
 外の天気は良かった。宿舎のエントランスから初日にアレグサンダーと対面した建物が見える。古い様式で建てられている市庁舎の外壁は海風で赤く腐食し、海岸港街らしい趣きが感じられた。もとは真っ白だった壁に、紺の屋根がとても映えたのだろう。四階建ての最上階の正面側にはバルコニーがある。手すりの柱には海の女神の彫像が飾られており街を見守っていた。
 こうして見えている地上の市庁舎も立派だが、地下に広い敷地を保有し、貯蓄倉庫と訓練場、いくつかの部屋があった。
 宿舎を出た直後、ナガトが「とりあえず朝食だな」と腹を押さえる。譲も腹は減っていたので同意した。連れて行きたい店があると言うので並んで歩き、途中で昨晩散歩したベイエリアを通った。
 譲は明るい時間に改めて景色を眺めて嘆息する。イェスプーンにおけるベイエリアとは船を出入させる港湾と倉庫街のことを言った。
 余計なものが何もなくひらけた場所で、一面に陽光が反射して波打ち、幻想的に光る大海原が広がっていた。
 そこに、ものものしい風格を備えた軍艦が停泊している。
 アレグサンダーが声高に話していたのはこれのことか。

「ボスが指揮して乗っていた軍艦だそうだ」

 喰い入るように見ている譲の視線に気づき、ナガトが教えてくれる。
 軍艦テティス。海の女神の名に恥じない最強を誇った大型戦艦だった。

「好きなのか? ボスが引退する時に一緒に連れてきたらしい。もう戦には使えない船だが、イェスプーンのシンボルになっているよ」
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