ラブドール

倉藤

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別れを告げたあとに見た世界

73 期待を込めて

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「転んでもタダでは起きたくないと言うのか。いいだろう、逞しい子は嫌いじゃないよ。話してみなさい」
「俺の身体はあなたの好きにすればいい。その代わり、計画の全容を伝えたい人がいる。その人だけは対象から外してくれ、どうか見逃して欲しい」
「アゴール公爵かい?」
「勿論そうだ」
「彼に伝えれば、計画が破綻する可能性は高まる。容易に許容できないな。何より、譲を手に入れた意味が無くなってしまう」

 譲の瞳に怒りの灯火が吹き返した。

「・・・・・・やっぱり俺は公爵を呼び出す為の餌だったんだな」
「ずる賢い公爵のことだから、既に我々の動きを読んでいるかもしれない。だから譲が必要だったのさ。お気に入りの君がいるとわかれば、姿を見せないわけにはいかないだろう?」
「そんなの卑怯じゃないか」
「そうかな。戦争を企てて多くの国民を無駄死にさせた人間とどちらが卑怯か。これまで下々の民の不満は募りに募っていたが、このことが決定打になったんだよ。私は革命軍の手助けをしているに過ぎない」

 譲はぐっと言葉に詰まる。

「さて、どうしたもんか。革命軍にとってはアゴール公爵は戦争を指揮した黒幕に等しく、憎い仇だ。彼を殺さずして、誰を殺すと断ずる者もいる」

 譲とアレグサンダーの間だけの問題でないのは百も承知だった。それでも、ボスの言葉一つで革命軍は統率されている。
 この男の決定権は大きいはずだ。
 譲は重い身体を起こした。

「お願いします。何でもします」
「譲・・・君は、くく、そうまでしてくれるとは思わなかった」

 頭を下げた譲の姿にアレグサンダーは驚き、瞬きをした。
 譲自身が己れの行動に驚愕している。
 ここまでするつもりは毛頭なかった。
 関わりたくない。逃げたい。だが、それ以上にヴィクトルに迫る危険を放っておくことができない。
 狙われる彼のことを、指を咥えて見ているような自分は許せなかった。
 自分の身体が交渉材料になるなら使わない手はない。

「そこまで言うなら」
「はい・・・・・・っ」

 譲は期待を込めて顔を上げる。

「アゴール公爵にトドメを刺すという重大な役をあげよう」
「え」
「どうだ。栄誉なことだろう。大切な人の息の根は君が止めてあげるんだ」

 嗤笑した顔が譲を見ている。
 アレグサンダーは大仰に大真面目な声で言う。

「どの道、混乱に乗じて革命軍の誰かが暴走するに違いない。譲が手を下さなくても、アゴール公爵は狙われる。だとするならば、この提案は私の温情だとは受け取れないかね?」
「何処がですか・・・、どちらが悪役なのか疑います」

 譲が声を震わせながらついた悪態に、アレグサンダーは痛くも痒くもないと笑い声を上げた。

「もうわかっているだろう。譲以外の人間にとっては私こそが正義だと映っているのだ。アゴール公爵を含めた双方の国の根幹は断たれるべき腐った根」

 鋭利に突きつけられた現実は非情だが事実だ。言い返せる言葉が見つからない。
 けれど打ちのめされている場合ではない。

「俺がいたって公爵は来ませんよ。公爵は庶民一人の身を案じて命を投げ打つ人じゃないですから」

 そうあって欲しいという願いだ。多分、アレグサンダーの言い分はあれで終わりじゃない。譲を革命軍に呼び込んだのはヴィクトルに対する最大限の嫌がらせだ。
 アゴール公爵として国を代表しなければならなくなったら、彼は平気で自分自身を犠牲にするかもしれない。

「さて、どうかな。私は計画が完遂できれば良し。誰が誰を殺ろうと構わない。精々、先を越されない為にトレーニングに励む事をお勧めするね」
「ああ、言われなくてもそうします」

 アレグサンダーは目を細める。

「一つ忘れないよう言っておくが、アゴール公爵の始末を任せて欲しいのなら、この関係は継続される。明日も部屋に来て貰うよ」

 交換条件だからねと仄めかす口をズタズタに切り裂いてやりたいが、譲は無力な拳で床を打つ。
 せめて口先だけでも詰ってやりたくて、アレグサンダーに聞こえる声で「下郎め」と呟いた。


 ◇◆


 部屋に戻った譲はクタクタでベッドに倒れ込んだ。
 今日はこのまま寝たらヤバい。きっと暗闇にうなされて、隣室のナガトに叫び声が丸聞こえてしまうだろう。

(寝たら駄目・・・寝たら)
 
 だが、駄目だと自分に言い聞かせている途中でぷつんと意識が途絶えてしまった。
 真っ黒な海の底に沈んで行くように、譲は深い眠りに落ちて行った。

(———公爵、何処にいますか。会いたい・・・・・・)

 譲は普段と違う夢を見ていた。
 悪夢ではないが、とても不安で心許ない。

(公爵・・・っ、公爵・・・・・・っ)

 譲は重たい水の底でもがくように手を彷徨わせた。
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