ヒューリアン 巨人の惑星

雨川 海(旧 つくね)

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2113年 ハジメの場合

☆ジャイアントエッグA-2☆

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 戦いは、集団戦から各所でのトンネルを巡る争奪戦に移っていた。
 ジャイアントどもが物凄い勢いで掘り進めたトンネルは、ジャイアントエッグを中心として無数に拡がっているので、さながら地下迷宮の様だった。その中のどれかが、女王蟻が居るルートへ繋がる。
 デビッド中尉の命令に従い、十時の方向に進む僕たちだが、何だか戦地から外れている気がする。

「まさか、足手まといだから、戦場から遠ざけられたのだろうか? それは気のせいか? でも、敵と遭遇しないぞ? いや、気のせいだと思う事が、気のせいか? 」とりとめのない言葉が、僕の頭の中を堂々巡りする。
 そんな時、圭介が報告してきた。

「隊長、動体反応があります」

 相変わらずのまったり感だが、逆に、こんな圭介が索敵装置を装備していて良かった。佐之助だと、たぶんせわしない。

 動体探知機を頼りに、洞窟の入り口に集結する。大きさは、鋼殻体ポッドがスレスレで歩けるくらいで、中は暗く、先が見えない。

「やっぱり何かが接近中。隊長、油断せんほうがいいです」

 サーチライトを照射すると、浮かび上がるのは、やっぱり蟻だった。天井、地面、側面、三次元フル活用で接近している。
 相変わらずの昆虫特有の無表情は、背筋が寒くなる。

 人間は、未知の物に嫌悪感を抱くようにできているらしい。たぶん、原始時代から続く防衛本能なのだろう。だから、人間からは理解しがたい構造を持つ虫に恐怖する。もちろん、例外もある。だけど、虫が嫌いな人に取っては、カブトムシやトンボも、ゴキブリやムカデと変わらない。ましてや、目の前のジャイアントは、大型車以上の大きさだから、恐くないはずがない。

 だが、洞窟内と言う閉ざされた空間では、割りと戦いやすい。開かれた空間と違い、爆発物の効果が大きいからだ。

「一 二 三、投擲とうてき!」

 僕の号令を合図に、手榴弾ハンドグレネードを投げ込む。
 洞窟の入り口から離れると、爆発、閃光、衝撃波の三点セットの後に、終焉の煙が上がる。
 僕らは、慎重に中を覗く。

 洞窟の奥まで照らし出すと、かなりの数のジャイアントの死骸がある。辺りを、慎重に確認。

「クリア!」

 安全を確信して、いよいよ突入する。その前に、指示を出さねばならない。

「ススムは火炎放射機で先頭。佐之助、僕、圭介の順で進む。それから、ライフルに着剣」

 天井が低いので、ブレードを振り回せない。だから、ライフルの先にナイフを装着し、槍の代わりにする。いわゆる銃剣装備と言う物だった。

 ちなみに、僕は訓練の中で、銃剣訓練が割りと好きだった。訓練は、鋼殻体に乗った場合と、生身の両方がある。

「突け!」

「抉れ!」

「戻せ!」

 号令に合わせ、この繰り返しで、すごく単調だった。だが、工場で単純労働に馴れていたせいか、居心地が悪くない。言われた事を続ける奴隷の気楽さなのだろうか? マニュアル人間? 本当に小隊長で大丈夫か不安になる。

 素質うんぬんはともかく、今は前進あるのみだった。ジャイアントの女王を倒し、蟲の脅威から人類を守らねば。
 そう、人類は、地球を放棄して逃げ出す訳にはいかない。第一、後から来た蟲に追い出されたら、納得いかない。この戦いには、命を懸ける価値があった。それは、鋼殻戦闘隊のみならず、連邦軍全体、いや、人類すべての想いなはず。

 爆死した蟻の死骸を踏み越え、小隊は進む。腹部や脚は吹き飛んで黒焦げだが、頭部と胸部は無傷な物が多い。

「何て硬さだろう」と思ってしまう。
 当然、動けなくても生きているから、油断できない。怪しい物は、銃剣で突き刺し、火炎放射で焼く。

 洞窟の奥も、火炎放射で様子を見ながら慎重に行動する。“動く物”があれば、圭介が知らせてくれる筈だから、油断していた。あらゆる事態を予測し、万全に備えなければ、隊長の肩書きが泣く。そして、これから大泣きする事になる。
 事件は、入り口から二㌔ほど進んだ地点で起きた。

 先頭のススムの機体に、土がパラパラと落ちる。ニュートンは、林檎が落ちるのを見て、引力が働いている事を感じたそうだが、僕は、土が真上から落ちるのを見て、危険を感じた。

「ススム! 真上を確認しろ!」

 激しく警告する。ススムは、メインカメラが付いた頭部を、真上に向ける。すると、正面モニターに写された映像は、恐ろしい物だった。

 ススムと共有する映像には、トンネルが通っていた。そして、三匹の蟻が確認できた。
 蟻は、腹部をこちらに向けた状態で勢揃いしていて、腹部の先端が、開花しそうな蕾のように開き、ウニウニした噴射口が露出する。つまり、ジャイアントの待ち伏せだった。

 ススムは、火炎放射機を外し、前に投げ出す。その直後、蟻の腹部の噴射口から、霧状の物が撒き散らされる。ススムの機体は、液体を全身に浴びて溶け始めた。

 これは、蟻酸と呼ばれる強い酸性物質で、鋼殻体の特殊装甲でも溶かしてしまう。
 佐之助の機体が、ススムの機体を掴んで引っ張る。その際、彼の機体の右手も溶けた。
 僕は、すぐに中和剤を二機にかけ、酸による腐食を止める。

 圭介は、上に伸びるトンネルに銃口だけ向けて、めくら撃ちを喰らわす。
 甲高いジャイアントの鳴き声がこだまし、腹部を破壊されたジャイアント三匹が、圭介の前に落ちて来た。

 後退しつつ、更に射撃。集中砲火で一匹を倒し、もう一匹は頭を踏みつけ、銃剣で頸を切り離す。
 残りの一匹は、加勢に回った僕が、集中砲火で仕留めた。
 全く、悪夢のような出来事だった。

 ススムの機体は、完全に表面が溶けていて、頭部と両腕は原型を留めていない。ただ、コックピットは無事だと思われた。いや、“思いたかった”。

 ススムの安否が憶測なのは、通信手段が壊れていて、中の様子が解らないからだった。
 さらに、ハッチが故障していて、ススムは外に出られないらしい。
 生きていれば、中で何かしらの合図を送ろうとしているだろうが、こちらには伝わらない。モニターも生きていないだろうから、中は真っ暗だと思われる。酸素もどうなっているのか心配だった。
 一方、佐之助の方は、右手を失ってしまったが、機体の動作は正常だった。

「佐之助、ススムの機体を後方まで運んでくれ」

 この場で対応できないのは明らかだったから、他に選択肢は無い。

「仕方ない。二人に手柄を譲ってやるか」

 佐之助は、そう言いながらススムの機体を左手で支え、引き摺るように来た道を戻って行く。

 佐之助を見送ると、さっそく本部に報告する。報告、連絡、相談は、何処の世界でも基本になる。

「こちら、212小隊、斎藤 一軍曹。応答願います」

 応答は、すぐにしてくれた。

「こちら、35中隊、櫻井少佐、ハジメ君、どうかした?」

「洞窟内でジャイアントの待ち伏せを受け、二機損傷。一機は行動不能でパイロットの安否は不明。もう一機の、右手を損傷した機体に後方へ運ばせました」

「了解。武器や装備は充分?」

「はい、大丈夫です」

「くれぐれも慎重に、作戦任務を遂行せよ!」

 櫻井少佐が気合いを入れて来た。「気を引き締めろ」と言う事なのだろう。

「イエスサー!」思わず叫んでいた。


 僕は、ススムが残して行った火炎放射機を拾い上げる。洞窟内を進むのに、火炎放射機は必需品になる。だから、蟻酸から身を守るよりも先に、火炎放射機を守るために、ススムは行動した。つまり、仲間を想っての自己犠牲なのだろう。
 ススムの想いに答えるためには、ジャイアントと戦うしかない。ススムの仲間を想う気持ちは、愛する人に、家族に、日本に、世界に、人類の未来へと続いて行く。

「ススム、ありがとう。お前の事は忘れない……」

 思わず出た言葉に、圭介が突っ込む。

「ススムが過去の人みたいやな?」

 僕は、慌てて否定した。

「いやいや、そう言う意味じゃなくて……。感謝の気持ちだから」

 苦しい言い訳はともかく、今は進むしかない。
 火炎放射機を構えて先頭に立つ。
 僕たちは、慎重に進軍した。

 僕と圭介が暫く進むと、動体探知機に反応があり、しかも近い。辺りを見回すのだが、ジャイアントが接近している気配が無い。

「隊長、壁の向こうです」

 圭介の機体が、右側の壁を指し示す。

「そうか、向こう側にも通路があるのか……」

 僕は、壁を突き破ってジャイアントに攻撃するべきか? それとも、そのままやり過ごすべきか考えていた。
 出た答えは、やり過ごす。女王さえ倒せば良いのだから、下っ端の蟻に用は無い。だが、誤算があった。壁に衝撃が走ったのだ。
 ジャイアントは、振動で動く物を察知しているらしい。壁を壊して、こちらに来ようとしている。

 僕らは、壁の振動している部分に銃口を向けた。この距離だと、かなりの接近戦になる。その時、壁にひびが入った。
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