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序章 俺が知ってるゲームじゃない〝主島リストルジア、召喚編〟

#5 狂乱の双剣使いは冷徹に笑う

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 悪天候の中、門番をしている兵士ふたりは、しかめ面で門の下で雨をしのいでいた。

「あの……」

 俺は右にいる兵士に声をかける。昨日、ラッテと軽く言い合いになっていた兵士だが、顔を知られている分話しやすいと思ったからだ。

「ん……? ああ、昨日の剣士か。メイド長殿から話は聞いている……通っていいぞ」

 軽く会釈をして、門を通ろうとした時──

「いや、ちょっと待て」

 先ほどの兵士が俺の後ろから、ドスの効いた声で呼び止めてきた。

 特にやましいことはしていないが、兵士に呼び止められるのはあまり気持ちのいいことではない。
 日本で警察に呼び止められた時、自分に非がないと謎の優越感に浸れるが、ここはそういう世界ではないのだ。

 俺はゆっくり、なるべく不自然にならないように振り向いた。

「……なんでしょうか?」
「お前、姫様のなんなんだ?」
「……?」

 なんなんだと問われても、それは俺が知りたいところだ。俺は一応この世界に『英雄』として召喚されたが、英雄とは名乗れないし、隠れるような生活を強いられつつ、魔力結晶を集めないといけない……俺ってなんなんだろうか?

「俺は門番の任に就いてそろそろ二年経過するが、お前のような冴えない顔の剣士なんて見たことがない」


 なんだこの兵士、やけに突っかかってくるな……。


「俺はとある密命を受けている、ただの旅剣士ですよ。メイド長とは〝ラッテ〟と呼び合う仲……そう言えばお察しできるかと」

 これくらいのハッタリを決めこめば、これ以上詮索してこないだろう。

「チッ……。お前も〝そっち側〟の人間か……いや、〝死神〟って呼んだ方がいいか。早くいけ、もう俺に話しかけんじゃねぇぞ」

 それは好都合だが……『死神』ってなんだ? 確かに『アサシン』がそう比喩されることもあるけど、この男の言い方だと、他にも意味がありそうだ。


(ラッテに理由を聞いてみるか……?)


 俺は兵士に軽く会釈をして中庭を進み、城の中へ入った。




 昨日も見た城の中だが、改めて観察してみると凄い迫力だ。特に、目の前にある大理石のような石材を使って作られた大きな階段は、人が何人並べるかと思うほどに広く、階段の中腹、俺の丁度正面上には、色鮮やかなステンドグラスがある。そのステンドグラスに描かれているのは、空を舞う巨大な竜に立ち向かう双剣の勇者の姿だ。勇者の肩には鷹が止まっている。

 竜は災いの象徴であり、二本の剣には勇気と正義の意味がある。鷹はこの国の力の象徴だから、この絵には『どんな困難にも打ち勝つ』という意味が込められている……と、ゲームのホームページに書いてあったっけ。──しかし、ゲームでの双剣は手数こそ多いものの、ダメージ量が少なく扱いにくい武器ナンバーワンとされている。しかも、盾が装備できなくなるので、受けるダメージが大きい──そんないいところなしの武器を選んだこの勇者は、きっとそれらの弱点をも凌駕するほど強かったのかもしれない。知らないけど。

「おーい。そんなところに突っ立ってると通行の邪魔だよーん」
「……っ!?」


 この間延びしたやる気が全然感じられない声はまさか──!!


 声のした方、左を向くと、俺と同じくらいの身長の、ブロンドのボサボサな髪がトレードマークになっている『狂人』の異名を持つ男『ダリル=スコランダー』がそこにいた。

 この男は騎士団の中でも異色な存在で、一見、とてつもなく弱そうだが、戦場に立つと性格が変わったように大暴れする『バーサーカー』だ。しかも、扱う武器は『双剣』で、この男に限っては、あえてリスクを背負っている節がある。
 ダリルとはゲームのイベントで何度か主人公と対決するが、毎回苦しめられた思い出しかない。

「ダ、ダリル……スコランダー……さん」
「んあ? どこかで会ったことあったけー?」
「い、いえ。風の噂でお聞きしたので……」
「へぇ……僕、結構有名人なんだぁー」

 咄嗟に嘘を吐いてしまった……。
 この男は危険だ、なるべく関わらないほうがいいに越したことはない。

「見ない顔だねー? 出身はどこー?」
「……え?」

 マズいぞ……日本なんてこの世界にはないし、都合よく『和の国』的な場所もない。ここはゲームで得た情報をフル活用して乗り切るしかないぞ……思い出せ、この世界のマップと、名前を出しても怪しまれない、あまり知られてない場所をッ!!

「……パンネル島にある小さな田舎村の出身です。すみません。あまりに田舎なのでお話ししたくはなかったのですが……」
「パンネル島……ああ、東にある最果ての島ねー。行ったことないやー……特産品とかあるのー?」


 おいおいおいっ!! 執拗いぞ、ダリルッ!!
 ──それに、パンネル島の特産なんて知らないわ!!


「こ、これと言ったものは──」
「──パンネル島。人口総数約八〇人程度の小さな島で、ここから〝南〟に位置するその島は、豊かな気候の反面、潮の流れが激しい。その潮のおかげで魚の身が締まり、脂が乗った上質な魚が漁れることから、〝パンネル島の海産物〟は巷で人気になっている。……だよね? どうして僕が間違えたとこを訂正しなかったのかなー? それに、こんなに有名な特産物があるのに〝特にない〟って変だよねぇ……? 君、パンネル出身じゃないよね。肌の色も違うじゃん? ……なにか言えない秘密があるのかなー……?」

 しまった……カマをかけられてまんまと引っかかってしまった。
 こいつ、やはり曲者……。

「ごめんごめーん。別に君の出身とか興味ないからさー? でも、次に僕に嘘を吐いたら、どうなるかわかってるよねー? じゃ、またね、〝レオ〟くーん」

 後ろ手で手を振り、鼻歌を歌いながらその場を去っていった。

「なにが〝見ない顔〟だよ……名前まで知ってんじゃねぇか……」

 どこまで俺のことを調べているのかわからないが、やはり、この世界でも仲良くできそうにないな。

「嫌なフラグが立った気がするぞ……」

 背筋がヒヤリとする感覚に襲われながら、俺は目の前にある階段を上って、レイティアの部屋を目指した。




 ── ── ──




「ダリルに会ったのですね……あの男にはなるべく近づかない方がいいです」

 レイティアの部屋に辿り着き、ラッテが淹れたスリなんとかを飲みながら、俺は今しがたあったことをレイティアに話した。

「俺もヒヤヒヤしたわ……あっち!?」

 思いの他熱かったスリ……なんとかで舌を火傷した俺は、澄まし顔でレイティアの後ろに立っているラッテを睨んだ。

「雨で体が冷えたかと思い、熱いものをご用意しました」
「そりゃどうもありがとよ……ところでラッテ、〝死神〟ってなんだ?」

 その言葉を聞いた途端、ラッテとレイティアの表情が変わった。

「……その呼び名をどこで?」
「へ? あ、いや……門にいる兵士がそう呼んでたから気になってな……」
「忘れてください」

 その声は冷たく、まるで喉に刃を向けられているような錯覚さえ覚えた。

 どうやらラッテにとって『死神』という言葉は禁句らしい。……だが、ここまで過剰反応されると深く知りたくなるというのが人間の性というもので、好奇心が人を殺すという言葉は、なるほど、言い得て妙だと改めて思う。

「ラッテから聞きました。結晶集めの件、難航しそうだと……大丈夫でしょうか?」
「……」

 この世界に召喚された昨日の俺なら気楽な返答もできただろう。だが、リザードマンと、ことを構えた今の俺には、そんなお気楽な返事はできそうにない。

「私が撒いた種ですので、いざという時は全責任を追う覚悟はあります。達成できなくてもあなたを責めるつもりはないのでご安心ください」


 この姫様は、優しい──。


 それゆえに、自分の命を軽く見ているきらいがある。
 ゲームの時にもこうやって、最終的に自ら命を絶とうとした場面もあったくらいだ。


 目の前にいるのは一国の姫。しかし、その見た目は妹そのもの。俺の世界の妹は生意気で可愛げのないやつだが、それでも俺は兄貴だ。妹の頼みごとのひとつやふたつやってのけないなんて兄として失格だ。

「確かに達成するのは困難を極めているが、こっちとしても策がないわけじゃない。納期には間に合わせてみせるさ」
「ありがとうございます。あまり気負わずにしてください」


 しばらく沈黙が続いた。
 窓を打ち付ける雨がガタガタと窓を揺らし、静寂を一層引き立たせている。


「なあ、レイティア。昨日、保守派のアデントン公と話をしたらしいけど、どうするつもりなんだ?」
「魔族との対話……ですね。その件に関しては、いくらレオ様であっても他言はできません。……申し訳ございません」


 ──そりゃそうだよな。


 『明日の天気はどうだろう?』みたいに、気軽に聞ける問題じゃない。

「……ですが、アデントン公には良くない噂があるのも事実。そこを暴かない限り、返事はできかねますね」

 その言い回しから察するに、レイティアはなにかの決断を迫られているのだろう。


 民衆代表、アデントン公。
 彼の裏に潜むのは天使か、はたまた悪魔か──。


「そう言えば、過激派の代表ってどんなやつなんだ?」
「過激派の代表は、以前、まだこの国が王権国家だった頃、強い権力を保持していた〝デュラン=ヒューゴル公〟です」

 またしても聞かない名前だ。

「過激派……ってくらいだから、やはり全面抗争を掲げているんだろ? 対話か戦争か……国王陛下も頭を悩ませているみたいだし、どうなることか……」
「そうですね……ですが、お父様なら絶対に正しい道を示してくださると信じています」
「私も同感です、レイティア様。国王陛下は偉大なお方、陛下なら絶対に……」


 絶対に……、なんだ? ラッテの言葉は徐々に語尾が下がり、最後まで聞き取ることができなかった。


「レイティア様、そろそろお時間かと」
「ええ、わかってるわ。……すみませんレオ様、これからアデントン公と会談があるので、また後日ということでよろしいですか?」
「え? あ、ああ……構わない。俺は城の中でも探索してから帰ることにする。それじゃ、またな」




 見送られることなくレイティアの部屋から出た俺は、レイティアの部屋から少し離れた、だだっ広い廊下の隅の壁に背中を預けて、しばらくその場に待機することにした。


(アデントン公ってやつの顔を、見ておく必要がある)


 あとは、対立している過激派のデュラン公の顔も拝んでおきたいところだが……ん? 奥から家来を数人連れた、金髪オールバックの三〇代くらいの男が、堂々とした態度でレイティアの部屋まで向かっている。

(あれがアデントン公……すげぇイケメンじゃねぇか)

 とても平民出身とは思えない佇まいで、切れ長の目がいかにも仕事ができそうな雰囲気を醸し出している。ここまでくると、対立候補のデュラン公は、一体どんな人物なのか気になるところではあるが、このままここにいては不自然だ。早々に退散するべきだろう。

 俺が立ち去ろうとした時、誰かと肩がぶつかってしまった。

「あ、すみませ──」
「あれー? れおくんじゃーん? これはきぐうだねぇー?」


(ダリル……ッ!? なぜここに……いや、そんなの、俺を見張ってたに決まってる)


 ダリルはにやけ顔で、それでも目だけは笑わずに、俺を舐め回すかのような視線を向けてくる。

「なんだかアデントン公に熱い視線を送っていたけど、君、もしかしてそっち系だったりするのかなー?」
「そ、そんなわけないじゃないですか……」
「……じゃあ、暗殺でもしようと思ってたのかなぁー? 門番から聞いたんだけど、君って〝アサシン〟なんでしょう? もしかして、レイティア様はアデントン公が嫌いで暗殺をしようと企んでいた……とか、そういうことなら僕は納得するんだけどなぁー?」


 俺の吐いた咄嗟の嘘が、ここにきて裏目に出た瞬間である──。


(どうする……下手な嘘は直ぐに暴かれてしまう。でも、かと言って本当のことを話したところで信じてくれる保証はない……いや、ダリルの性格上、信じる信じないではなく、楽しいか楽しくないか……だ。なら、ダリルを楽しませる演出をすればいい……上手くいくだろうか?)


 意を決して、俺はダリルの目を見る。


「おや、もしかして話してくれる気になったのかなー?」
「ここで話すのはちょっと……場所を移してはいただけませんか?」
「いいよー! 血生臭い話なら更に嬉しいなぁー!」

 ダリルを先頭に、俺はそのあとをついていく。ここで逃げ出せば見逃してもらえるだろうか?




 ……そんな甘い男じゃないのは、こいつに苦労させられた全プレイヤーが理解している。




 ── ── ──




「あの、ここは……?」

 連れてこられたのは大きな室内広場。これから舞踏会でも始めるつもりなのだろうか?

「いやー、ただ話するのは退屈じゃーん? レオ君って見た感じ剣士だし、僕と手合わせしようよー!」


 ……ほら来た、これだよ。


「だ、ダリルさん……あの、俺は別にあなたと剣を交えるつもりは──」
「──木刀なんかじゃつまらないからさー? ホンモノで殺り合おーう! あ、僕を殺せるなら殺して構わないからね? まあ、それが出来れば……の、話だけどー?」

 こっちの話なんてまるっきり聞いてない。クソッ……ダリルとの戦闘は、いつも突発的だ。

「さて……殺し合おうか」
「……ッ!?」

 殺気だ……しかも、尋常じゃないほどの殺気。リザードマンもこれほどの殺気を出していなかった。なのに……人間がここまで殺気を出せるなんて、規格外もいいところだ。

「早く抜いてよ。じゃないと楽しめないじゃーん」


 やるしかない──のか。


 背負っているアスカロンを中腹に構えると、ダリルは一瞬ニヤリと笑って、両腰に下げていた鞘から剣を引き抜いた。

「アスカロン……へぇ、そんなの使えるんだ。でも、〝使える〟のと〝扱える〟のは、わけが違うよねー。君はどうか、な──ッ!!」

 ダリルは剣を逆手に持ち、両手を後ろに下げて、低い姿勢で突進してきた。そして、俺を挟むように切り裂こうとしたが、俺はその剣をアスカロンで防いだ。──カンッ!! という金属音が、部屋の中に響く。

「……まあ、これくらいは防いでもらえないと退屈だよね。じゃあ、次はどうかなーッ!?」

 ダリルは一度距離を取ると、右手に持っている剣だけ普通の握り方に戻して、斜め四十五度くらいに体を向けて腰を落とし、右手を前に、左手を後ろにして構えた。

「防げるかな? ──〝狂乱の舞〟」


 きた……ダリルの真骨頂、二十四連撃の斬撃技ッ!!


 体を回転させながら、四方八方から斬撃を繰り出すこの技はほぼ回避不可能。
 守備を固めて耐えて、技の終わりと同時にこっちも技をぶつけるのがパターンだが……。


(今の俺が使える技……なくねぇ?)


 盾もなければ、防御力を上げる魔法もわからない。
 使えるとすれば、攻撃力上昇魔法……これのみッ!!


(……詰んでますねぇ!?)


 なら、全てこのアスカロンで防ぎきるしか道は残されていない。思い出せ……確か、最初は上段からの袈裟斬りだ。俺はアスカロンで初手の斬撃を防ごうとした──が、俺が防御するのがわかったらしく、上に構えていた右手を下げて、俺の腹を切り裂くように左から横一閃に、体を捻り加速を加えた一撃──いや、二撃を放ってきた。


(なんて反応速度だよ……ゲーム通りとはいかないかッ!!)


 アスカロンの腹で斬撃を防いだが、それも僅か──すでにダリルは次の斬撃を放とうとしている。
 四撃、六撃、八撃……ここまではギリギリ防げているが、次からの攻撃はガードブレイク効果のある強攻撃。


(だめだ……勝てない……)


 ダリルの双剣が俺の首を跳ね飛ばそうとした、その時──。


 景色が、止まった──。


 いや、正確には僅かに動いている。しかし、その動きは一ミリ程度のスーパースロー。ラッテと一戦交えた時と同じことが、どうしてか再び起こっている。


(考えている場合じゃないよな……体を動かせッ!!)


 俺はダリルの腹に思いっきり回し蹴りを浴びせるとスーパースロー状態は解けて、ダリルは奥の壁ギリギリまで吹き飛んだ。

「な、なんなんだこれ……今、なにした……? なにをしたんだ、レオオオオオォォォォッ!!」
「お、俺は……」

 ダリルの瞳が青から赤……紅色に変化している。

「まさか、ここでこれを使うことになるとは思わなかったよー。フフフ、アハハ……ギャハハハハハッ!!」


 狂乱だ──。


「いいねぇ……この痛み……君は〝ホンモノ〟みたいだ……ッ」
「だ、ダリルさん。もう、やめませんか!?」

 しかし、俺の声はダリルには届いていない。ダリルは獣のように、猪突猛進してきた。

「……ッ!?」


 消えた……?
 今、目の前にいたはずのダリルが、俺の目の前で姿を消した。


「ど、どこだ──」
「──下でーす」
「しまっ──」

 俺の腹に鈍い衝撃が走り、景色がグルグルと目まぐるしく回転した。
 気づくと、俺の体は元の場所から数メートル離れた場所に飛ばされている。

「仕返しだよー?」

 遠くでダイルが正拳突きのようなポーズをしていた。

「痛っ……クソが……すげー痛ぇ……これ、骨とか肋骨とか大丈夫なのか? ……っ」

 立ち上がろうとするが、膝がガクガクして立ち上がれそうにない。

「これって僕の勝ちだよね……あれ?」

 どうやらダリルも俺と同じらしく、正拳突きポーズから、そのまま崩れるようにその場に倒れた。

「……これでもアンタの勝ちかよ」
「あはは……こりゃ立てないわ」

 その後、お互い無言で回復を待つように寝転がり、立ち上がるのまで同時だった。

「……まだやんのか」

 だが、ダリルから感じていた恐ろしいほどの殺気は感じない。

「いや、もうやめておくよー。僕がしたかったのは殴り合いじゃないし、今ので大体、君が誰なのか検討ついたからねー」
「な……ッ!?」
「〝あんな力〟を使える人はこの世界には存在しない。君、異世界から召喚されたでしょー? それならあのメイド長やレイティア様が君と接触してるのも頷けるしー……違う?」

 たったあれだけで、俺の正体を見破ったのか……?

「ま、実は昨日、〝明らかに場違いな服装〟をしている君とラッテメイド長が城の裏口からコソコソと出て行くのをたまたま見かけてさー? なにかあるんじゃないかって思ってたんだけど、まさか本当に異世界の英雄さんだったとはねー……それにしても弱過ぎない?」


 ここまでバレた以上、隠す必要もないか──?
 いや、下手な嘘を吐いて刺激したら、今度こそ殺されそうだ。


「お姫様は君を召喚して、どうするつもりなんだろうねー? ……って、レオ君、聞いてるー?」
「……聞いてる。ただ、話したいのは山々だけど、それにはレイティアの許可がないとな。俺の一存で全て話すわけにもいかないだろ? あと、護身のために立会人も欲しい……ラッテとか」

 ダリルはそれを聞くと、ニヤついた表情を向ける。

「へーえ、案外注意深いんだねぇ?」
「そりゃそうだろ。あんたがどんな人間だってのは、嫌なほど知ってるからな」
「というかさ……」

 ──と、ダリルは少し真面目な表情で問いかける。

「僕との接しかた、さっきよりフランクになり過ぎじゃなーい? これでも僕は〝騎士〟だよー?」

 そうだった……一戦交えて緊張が解けて、つい。だけど、ここで引き下がったらそれこそ機嫌を損ねそうだ。だったらこのまま押し通したほうが、この男にはいい気がする。

「〝狂乱のダリル〟は、そんなこと気にするほど器が小さいのか?」


 シン──と静まり返る舞踏会場。


 自分の脈の音だけがドクドクと聞こえる。


 さすがにマズいか……?
 やっぱり騎士ナイトにこんな口の利き方したら反感を買っても仕方ないよな。


 どうする……どうする!?


「……アハッ! なんだよそれ、挑発にもなってないよー? でも、君はこの世界の住人じゃないし、僕にわざわざかしこまることもないかー……いいよ、そのままで」

 どうやら正解だったようだ。ほっと胸を撫で下ろす。

「そろそろ会談も終わった頃じゃないかなー? お姫様のところに行ってみよー!」
「あ、ああ……」




 ── ── ──




 レイティアの部屋までの廊下を、ダリルと共に歩く。側から見たら、俺がダリルに連行されているみたいだ。
 

 ──どうしてこうなった?


 ダリルとはイベントで戦いこそするものの、仲間になることはないし、こんな友好的なはずがない。なにか裏があるのではないか──と警戒こそしているが、当の本人は鼻歌を歌いながら、ご機嫌に歩いている。すれ違う兵士は敬礼をするが、この状況は一体なんなんだろうかと、俺に視線を向ける。


 これを、もう何度繰り返しただろうか?


「レオ君って、一応剣士なんだよねー? 実戦経験ないでしょー?」

 こうやって気さくに話かけてくるのは、この世界ならではの設定……いや、この世界で『生きている』からこそだろうか?

「ない……というか、昨日初めてリザードマンと戦った……くらい」
「へぇー」


 興味削がれるの早いなッ!?


「この世界にきたのは昨日でしょ? それでレイティア様とラッテを味方につけるなんて、実は女遊び得意だったりするのー?」
「下衆なことを聞くな……女性との接し方なんて知らん。ただ、俺も必死なんだよ。感じるもの全てが初体験だからな」
「じゃあ、この国が今、どんな状況かってのも、まだ知らないみたいだねぇ……聞きたい?」

 情報はどの世界においても貴重だ。聞けるのなら嬉しいが、こんな廊下で話すこともないだろう。

「レイティアの部屋で聞かせてもらうことにするわ。じゃないと、どこで誰がなにを聞いてるのかわからないだろ。あんただって無駄に敵は作りたくないだろうし」
「レオ君は用心深いなー。ま、いいけどー。お姫様の考えを聞くチャンスでもあるしー」


 こいつ、まさかそれが本当の目的か──?


 こんなに頭が切れるキャラだと思わなかったが、もしそうなら、このままレイティアに会わせていいのだろうか。しかし、そんなことを考えている暇はないようだ。もう、目の前にレイティアの部屋が見える。──その扉が突然開き、中から男が出てきた。

「それではレイティア様。またお伺い致します……これはこれはダリル殿。お久しぶりでございます」

 ゆっくりと扉を閉めたアデントン公は、ダリルの前まできて軽く会釈をした。

「お姫様のご機嫌取り、大変そうだねー、アデントン公?」
「いいえ。とても有意義な時間を過ごさせていただいておりますよ……ん? そちらの方は?」

 ダリルが俺の脇腹を軽く小突いた。どうやら自分で自己紹介をしろということらしい。
 え、えっと……自分より高貴な相手には、どうやって自己紹介すればいいんだっけ……?

「お、お初にお目にかかります、アデントン公。私はレオと申します。以後、お見知り置きを……」

 よし、多分これで大丈夫なはずだ。

「これはご丁寧に。私はアデントン=デュセインと申します。平民出身の礼儀知らずですが、どうぞよろしくお願いします」

 アデントン公は深々と頭を下げた。

「さて、それでは私はこれにてお暇させていただきますが……ダリル殿は姫に謁見ですか?」
「その予定だよー? 風の噂で、保守派の連中がなにか企んでるって聞いてねー? お姫様は保守派の連中と話す機会が多いから、お耳に挟もうと思ってさー?」

 ニヤニヤしながらアデントン公を見つめているダリルだが、その視線の向こうにいるアデントン公は、どうとも思っていないようで、表情ひとつ変えず、薄っすらとした笑顔を崩さない。

「そうですか。では、私もその件について調べてみましょう。情報ありがとうございます。失礼いたします」

 最後までスマートな身のこなしだ。
 これが元平民だって? 貴族より貴族らしいジェントルマンじゃないか。

「にゃろう……僕を出し抜いたつもりか……いつか殺す」
「ダリル?」
「あ、今のは聞かなかったことにしてねー? じゃないと口封じしなきゃだからさー?」

 笑っているが、目は本気だ……殺気すら感じる。

「わ、わかった……それより、保守派がなにか企んでるって本当か?」
「表面上はそんな噂は立ってないよーん。やつがどんな反応するか見たかっただけー」

 なるほど。自分は嘘が嫌いなのに、他人には平気で嘘を吐くのか。いい性格してるよ。

「ダリルでーす」

 目の前にあるレイティアの部屋の扉を軽くコンコンとノックすると、中からラッテの声が聞こえた。

「どうぞ」
「入りまーす」

 こういう時も間の抜けた返事なのか……相手は一国の姫だぞ?
 ──ひとのこと言えないけど。

「ダリル様。もう少しレイティア様に敬意を払っていただけませんか?」
 
 中に入るなり、ラッテがダリルに詰め寄る。

「まあまあ、固いこと言わないでよー。こうしてお友達を連れてきたんだしさー?」

 ラッテが俺をチラッと見る。

「レオ様……あなたという方は……」
「ま、まあ……その、なんだ。成り行きってやつだな」
「成り行きで私の部屋に来られても困ります」

 奥でスリ……紅茶的なものを飲んでいたレイティアは、立ち上がって俺を一喝する。

「す、すめんなさい……」
「はぁ……それで、ダリルと一緒に訪ねてくる要件というのはなんですか? とりあえず座ってください」

 俺達はラッテに案内されて席に着いた。

「アデントン公がなにを話したのか……あ、メイド長、僕には砂糖とミルク多めで」

 お茶を用意しているラッテに注文すると、ラッテは黙って注文通り用意している。

「その件についてはお答えできません。要件はそれだけですか?」
「じゃあ、レオ君を召喚したのはどうしてですかー?」
「「……ッ!?」」

 ふたりが俺を睨みつける。やめて、怖いからやめて。

「レオ様、あなたという人は……そこまで口が軽いとは思いませんでした」
「いやいや!? 俺はただダリルと一戦交えただけで、なにも喋ってないぞ!?」

 俺の弁解虚しく、ふたりは疑惑の目を俺に向けているが、ダリルはそれを憎たらしい笑みを浮かべながら傍観するだけだ。

「おい、ダリル……お前」
「えー? なになに? なんの話ー? 僕にはなにがなんだかさっぱりわからないなー?」

 確信犯という言葉は、こいつのためにあるんじゃないか?

「……わかりました。ここまで知られてしまったら、お話しするしかないですね。ことの発端は──」

 レイティアは自分がどうして召喚したのか、そして、俺になにをさせているのかを順序建てて説明していく。




「……と、いうわけです」
「なるほどなるほどー……てか、魔力結晶三〇個って、レオ君コスパ良過ぎなんだけどー! ヒヒヒッ!! あー、やめて腹痛いっ!!」
「……」


 確かに破格なんだよなぁ俺のコスト。
 魔力水晶じゃなくて結晶の方だもんなぁー。


「レイティア様の御前で……笑い過ぎですよ」

 そう叱るラッテの表情も、うっすらと笑っているように感じるのは俺だけだろうか?

「まあ、兎に角……僕がこの事実を知ったということは、お姫様の弱みを握ったことと相違ないんじゃないですかー? 平和を願ったとはいえ、私欲での英雄召喚なんて、国王陛下に知られたらどうするんですかー?」
「だから、そうならないために俺が集めることになったんだっつの。話、ちゃんと聞いてたのかよ……」

 ダリルはふっと表情を変えた。さっきまで俺を馬鹿にするような表情をしていたのに、スッと真剣な顔つきになる。

「……でも、本音を言わせてもらうと、このまま誰にも知られずに魔力結晶を集めるなんて不可能ですよ。ましてや、レオ君がそれをできるとは思えない。レオ君は、弱過ぎますからね……?」


 静まり返る部屋の中──。
 時折、遠くから雷の轟音が鳴り響き、窓ガラスをガタガタ揺らせた。


「資材不足のこの状況で、貴重な資源を使って呼び出したのがレオ君これじゃあ、国王陛下は納得しないし、むしろ、誰も納得できないと思いまーす」


 こ、こいつ……やっぱり嫌いだ!!


 だけど、言っていることは真っ当な意見だ。茶化すような物言いをしているのは、あえて深刻な雰囲気を出さないように……か?
 というか、俺だって好きでこんな場所に来たんじゃない。
 帰れるなら直ぐにでも帰りたいのが本音であり、それを態度に出さないだけ有難いと思って欲しいところだ。

「昨日は雑魚リザードマンを倒せたらしいけど……このまま続けていたら、レオ君は確実に死ぬ──それでもまだやらせるんですか?」

 
 確実に、死ぬ──。


 ダリルの言葉は、それまでの『死ぬ』という言葉とは明らかに重さが違う。これまでいくつもの戦場を渡り歩いたダリルだからこその言葉の重み……正直、足が震える。
 親方には威勢よく啖呵切ったが、俺はダリルの前でも同じことが言えるのだろうか……そんなの決まってる──絶対に無理だ。

「ほら、よく見てくださいよ。レオ君、僕の言葉で固まっちゃいましたよー? それとも、お姫様は覚悟ができていない兵士に〝死んでこい〟って命令するんですかねー?」
「ダリル、言葉を慎みなさい!!」
「慎むのはあんただよ、メイド長さん。今、この世界がどうなってんのか、あんた、考えたことあんの? 今まさに、民や兵士が秒単位で死んでいるこの状況を、真剣に考えたことがあんのかよ……?」
「……っ!?」

 ラッテは歯を食いしばって、ただ沈黙している。

「お姫様さ。あんたら王族にこの国……いや、世界の命運がかかってんだよね。遊びで英雄召喚したり、いたずらに物資を使ったりさ、僕達、下々の者からすれば迷惑極まりないんだよねー? まあ、一番苛々するのは、優柔不断な態度を取っているあんたら王族だよ。お姫様にしても、国王陛下にしても、これ以上無駄に血を流させるのはやめて欲しいなーってのが僕の意見なんだけど、どうでしょうかねー?」

 最後こそ茶化すように間延びした言葉使いだったが、それまでの言葉の数々は、レイティアやラッテにとって耳が痛いんじゃないだろうか? だけど、ダリルの言葉の裏を返せば、どれだけ自分が覚悟して戦場に向かっているのかがわかる。そして、この国を守ろうという意思だって……ただ、これは私情だけど、妹を虐めているようにも見えて、俺は憤りを感じた。

「……ダリルの言う通りですね」
「レイティア様!?」

 レイティアは立ち上がると窓の側まで歩き、そっと右手で窓ガラスに触れた。

「私達王族は、民を導く立場にある。でも、この状況はそれと反するのも気づいています。……アデントン公にも、それとなく同じようなことを指摘されました。私は……まだ未熟です。この国を担う立場という覚悟が、足りていないのだと、最近、痛いほど思います」
「レイティア……」


 彼女もまた、俺と同じなのだ。


 平和な世界ならこんな風に責められたりせず、のんびり優雅に暮らせただろう。そんな日々に憧れを抱いたり、どうして自分だけ? と、理不尽に思うこともあるだろう。そして、立場上、兵士に『国のために死んでくれ』と言わなければならない状況にもなる。その時、非情になりきれないのも頷ける。
 甘い……というのは酷だ。甘くて当然だ。俺とひとつしか年が離れていないんだぞ? 甘さだって残ってるし、こんな危機的状況になっても、夢を求めてしまうことだって否定できないだろう。それが許されるかと言えば、答えはノーと言わざるを得ないけど、彼女だけをこうやって糾弾するのは違うんじゃないか?

「……レオ様、いいんです。ダリルが言っているのは真実、そして、自分が処罰されても構わない……そういう覚悟でこの場に足を踏み入れたのだと、私は感じました。だから、私もこの場で誠意を見せなければなりません」
「……そっか、覚悟を決めるんだな」
「レイティア様……」

 ラッテが心配そうに見守る中、レイティアはダリルを見てこう告げた。

「私は、世界を平和にするために宣言します。ダリル、この世界を平和に導くために……その命、私に預けなさい!!」
「……なんだ、言えるんじゃん。このままどっちつかずだったらどうしようかと思っちゃいましたよー……無論、僕は国に命を捧げるつもりはないんですけどねー?」
「ダリル、お前、やっぱり最低なやつだな……」
「言うねぇー? 僕は僕のために、僕がやりたいことのために死ぬさ。その過程で、国を守ることになるってだけだよー」
「そうですか。ありがとう……ダリル」

 その言葉で、この場を占拠していた緊張が一瞬で解けた。

「ダリル、あなたという人は……」

 ラッテは大きな溜め息を吐いた。

「本当に、素直ではありませんね」
「僕は素直ですよー? じゃなきゃ、天と地くらい差がある身分の相手に、こんなこと言えないですー……ぶっちゃけると、処刑も覚悟してましたしー」
「あら、私はまだ今の無礼を許すとは言ってませんよ?」
「え」

 ダリルの動きがピタリと止まった。

「冗談です。今の無礼は放免にします」
「心臓に悪い冗談はやめてくださいよー……それで、結局、レオ君はどうするのー? お姫様が覚悟したけど、まだ君の覚悟を聞いてないんだけどー?」
「そ、それは……」

 この場にいる全員が俺を見ている。

 ここでもし、俺が『死ぬ覚悟はできた』と断言できればかっこいいんだろう。なんならヒーローと呼ばれるかもしれない。だけど、こんな近くに『死』がある世界で、それを覚悟するのは、現代日本でのほほんと生きていた俺には無理だ……。

「俺は……俺は──」
「──はいはい、わかってるよー。沈黙した時点で、レオ君がビビり英雄だってことはこの場にいる全員が理解してるから、生身で言わないでいいよ。でも、僕はこれでも騎士だからねー? 伸び代のあるレオ君を、おいそれと死なせはしないよ。……レイティア様、レオ君をお借りていいですか? 彼を英雄足らしめるために、これから毎日特訓します。ついでに魔力結晶も集めますねー?」
「ダリル、あなた本気で言っているの? その件はあなたには無縁なのですよ!?」

 ラッテはダリルを止めようとするが、このダリルという男は、一度言い出したら自分が飽きるまで続ける男だ。

「大丈夫ですよー。僕が生きている限りは、レオ君を殺させたりしませんのでご安心をー」
「な、なあ……特訓ってもしかして……」

 背筋を悪魔に撫でられたような、おぞましい寒気が襲う。

「これから毎日、死なない程度の殺し合いだよー?」




 その悪魔は、目を細めてニタリと笑った──。
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