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1、産まれてすぐに連れ去られた

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 ―――寒い。
 私がはじめに感じたのは寒さでした。
 おかしいな。確か私は温かい場所にいたはずなのに。あの温もりはどこへいったのでしょう?
開かない目では状況の確認もできません。
静かに耳を澄ませてみると、何かを隔てた向こうに人がいることがわかりました。

「それで、どうするんだ?」
「何をだよ?」

 くぐもったように聞こえるその声に文字通り耳を立てる私。

「何をって、フェンリルの子どもをだよ」
「あぁ、これのことか?」

 ザッザッと、雪を踏みしめるような音が声とともに近づいてきました。
 ガシャン。
鉄同士がぶつかる音がしたあと、私のいる場所が揺れます。

「馬鹿っ!やめろ!小さくてもフェンリルの子どもなんだぞ!」

 何やら慌てたような声も近づいてきました。

(フェンリル?)

 私のことなのでしょうか。
動かずにじっとしていると、なにか被さっていたものが外されました。

(眩しい)

 暗闇から、光が差し込みます。
目はあかないので、眩しさしか感じません。

「大人しいもんだな。寝ているのか?」

 つんつんと体をつつかれる。少し鬱陶しかったので、尻尾ではたき落とした。

「なんだ、起きてんのか」
「むしろ、この状況で寝てたら大物だ」
「でも、目を開けてないことを考えると今の状況や、自分がなんで俺達がなんなのか理解してないだろうな」
「お前が産まれてすぐに連れ去ってきたのだから当たり前だろう」

 え?私、連れ去られたの?
 驚いた拍子に目が開いた。

「おい、目を開けたぞ!」
「やばい、早く隠せ!刷り込みが起こる!」

 いえいえ、そんなのは起きません。
 それよりも、再び布を被せるのやめてくれませんかね。
どうやら私は、本格的に捕まっているみたいです。檻は頑丈なようですが、私が本気を出せばねじ曲がるくらいはしてくれますかね?
 ふにふにとした自分の手(足)を見て考えてみます。私の毛の色って、赤黒くて血の色みたいです。おかしいですね。フェンリルって、もっと銀色とか、緑とか綺麗な色だと思ってたんですが。

 …っと、話がそれてしまいました。私はここから脱出しなければいけないのでした。
どうやら、檻の外の人間は寝静まったようです。絶好のチャンス!
 前足を掲げていざ檻を破壊!…と思いましたが、普通に抜け出せそうです。あれですね。猫が溝に入っていける要領なのでしょう。
 するりと外に抜け出すと、そこは真っ白な雪の絨毯がどこまでも広がっていました。

(何これ、無理ゲー)

 さっそく自然という名の壁が私に立ちはだかりましたが、問題ありません。というか、問題があったことをなかったと言い張ります!
思いのほか、足の裏から伝わる雪は冷たく感じません。これなら走って逃げられます。

 ぽてぽてとゆっくり徐々に加速していって、最後には、ザッザッと駆ける音と私の荒い息遣いが聞こえるだけになりました。
 

 ……どれだけ走ったでしょうか。もう走れません。私はここまでのようです。さようなら。

ぱたりと真っ白な雪の上に赤黒い獣が一匹倒れるのでした。

 ぐー……

空腹を訴える音を鳴らしながら。
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