綿あめの溶けたあとに

無言

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君のためなんだ

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あれからなんとか篁を連れて駅から出て、近くにあった公園に向かった。
近くの自販機で適当な飲み物を買って、篁の腰掛けているベンチに戻ってくる頃には大分落ち着いた様子で安堵する。
「ほらよ。スポドリだけど」
「ありがとう……ごめんね、取り乱しちゃって……あんまり聞いてて気持ちよくない話しちゃった」
「いや、いいって。色々納得できたし」
篁の隣に腰掛けて自分の分のペットボトルを開ける。
木陰のベンチから見える砂場で遊ぶ無邪気な子供達の声が響いて、無言の間が際立った。
篁は何も言わない。
俺も何を言ったらいいのか全然分からなくて、手持ち無沙汰を誤魔化すためにまたペットボトルを口に運ぶ。
俺がスポーツドリンクを嚥下する音がやたら大きく響いたが、その沈黙を破ったのは篁だった。
「さっきみたいなことがあった日は、俺学校行けないんだ」
「行けない、って、どういう?」
「そのまま帰る。ちゃんとあの学校を卒業したいから行ける時は行くけど、さっきみたいになりそうになったら保健室に行ってる」
「あ、だからたまに居ないんだな」
「そう。別にサボりって思われてても、もういいんだけどね。色々ある前も割とマイペースに過ごしてきたつもりだったし」
どこか疲れた表情で無理やり笑う篁の白い肌にまばらな木漏れ日が落ちる。
公園の時計を見ると、もうすぐ一限目が始まる時間を指していた。
「俺学校サボんの初めて」
「健斗くんは真面目なんだね」
「いや、真面目っていうか、田舎だったからサボるとこなくて、すぐ教師に見つかちまうし、街でサボってでも制服でバレるから地域の人にリークされるんだよ。だからこうやって制服着てサボるの初めてなんだよな」
つい最近まで当たり前だった日常を説明すると、篁はやっぱり目を丸くして俺の話を聞いていた。
さっきまでの泣き顔が少し間抜けな驚き顔になっていて思わず笑ってしまう。
「都会だとこうやってサボって逃げても、見張りも何もないからちゃんと逃げ切れるのがいいよな」
少しふざけて言ってみると、何故か篁の瞳から涙が零れ始めた。
「え、ちょ、篁!?」
ぽろぽろと落ちるそれは余りに予想外で、どうしたらいいのか分からなくなる。
何かまずいこと言ってしまったのだろうか。
戸惑っていると、篁は涙を零しながら俺に笑いかけてきた。
「はは、ごめん、ごめんね……ありがとう」
「な、なにが?」
「ううん……そうだよね、別に逃げ切れるよね……だれも俺の事なんか、見張ってないもんね」
「お……?ん?……おう!」
よく分からないままだったが、断言したろうが良い気がして頷くと、篁は更に声を上げて笑い始めた。
こんなに笑うこいつを見たのは初めてだったけど、つられて俺も笑ってしまった。



その後はぽつりぽつりと他愛のない話をして、昼になる頃に篁は家に帰った。
いつかえっても家族は仕事でいないから問題ない。なんでもない事のようにそう言う横顔は、それでもやっぱり寂しさが滲んでいた。
俺はそのまま家に帰るわけにもいかない。母さんにめちゃくちゃ怒られるから。
どうしようと思いながら、つい最近連絡先を交換した志村に、篁の事はぼかして、今から学校に行っても大丈夫かと問い掛けると、爆笑しているスタンプが連投されたあと、とりあえず学校来とけよ、と帰ってきた。
体調不良なんて滅多にしないし昼から登校なんて初めてなものだから、なんでか周りの目が気になってキョロキョロしてしまう。
さっき篁に誰も見張ってなんかない、なんて話したのに。
丁度昼飯時に紛れて学校へ着くと、連絡を見て待っていてくれた志村たちと合流出来た。
「転校そうそうやるなぁお前」
「や、別にそんなつもりはなかったんだけどさ」
「とりあえず食堂行こうぜ!俺腹減ったあ」
「あれ、横山は?」
「野球部の昼練」
泉と志村と俺という、ここ数日で馴染んだメンバーで食堂へ向かう。
がやがやと騒がしい廊下の様子に、何故かほっとする。
「そう言えば何で今日遅れたん?」
「実はやっぱりヤンキーだとか?」
「ちっげぇよ!朝たまたま篁の電車一緒になって、その……話してたら遅くなっちまって」
茶化しながら問いかけてきた2人に、今日あったことをありのまま話すのは憚られた。しかし、目を逸らしながら口ごもって答えると何となく事情を察してくれたようだ。
「……ふーん」
「え、じゃあ絢人も来てんのか?」
「や、篁は帰ったよ。帰りは一人で大丈夫だって言って、駅で別れたけど」
「……絢人が大丈夫って言ってるなら、大丈夫だろ!」
そう言って俺の背中を志村が思い切りぶっ叩く。
おもわずいってぇ!と叫んでしまったが、妙に湿ってしまった雰囲気が吹き飛んだ気がした。
三人でゲラゲラ笑っていると、不意に後ろから腕を掴まれる。
ぐい、と手を引かれ振り向くと、俺と同じか少し背の高い、つややかな黒髪の真面目そうなイケメンが俺の腕を握っていた。
「え、な、なんすか」
「君、あや……いや、篁絢人くんの事話してた?」
「そうすけど……」
爽やかな見た目の割にどこか焦ったような表情のイケメンは、失礼、とだけ言って手を離してくれた。
「彼は、今日は登校してきているのかい?」
「や、来てないっすけど」
「じゃあ、どこに居るか、とか知ってるかな。どうして今日来てないのかも知ってたりする?」
「……知らないすけど、普通に家じゃないですか?っていうかほんと急になんなんですか」
やたらと詮索してくるイケメンに違和感を覚える。そもそも俺とは初対面な上に、自分の名前も、篁との関係も何も告げることもなくズケズケと質問攻めしてくるこいつに、良い印象は抱けそうになかった。
俺の答えを聞いたイケメンは少し俯いて考える仕草をした。
「や、まぁ……彼とはちょっとね。ありがとう、邪魔して悪かったね」
俺と目を合わせることもなくそう言い、顎に手を当てたまま踵を返すそいつに少し苛立ちを覚える。
「誰?あいつ」
俺の質問に答えたのは面倒事は大嫌いだと常から豪語している泉だった。
「小野里 櫂。高等部生徒会会長で、篁のストーカー予備軍」
「はあ?ストーカー予備軍?」
気だるげに答える泉は心底嫌そうな顔をしていて、その表情からあいつはとんでもなく面倒な人間なのだなと悟る。
「あいつ、絢人のことすげぇ気に入ってて、絢人を見つけては後をついてまわってたんだよ。去年なんか、嫌そうにしてる絢人のことをあや、あやっつって呼びながら勝手に学校近くの駅まで送ってたし」
「送ってってかただの付き纏いだろ。多少顔がいい上に外部入学生史上初の3年間学年首席キープときてるから、女子や教師からはあの付き纏いのこと、無かったことにされてるっぽいけどな」
「な、やべぇやつじゃんそれ。大丈夫なのかよ」
「たまに一緒にいるとこ見るけど、変に口出ししづらいんだよな」
泉がそういうのは、過去のことが原因だろう。
篁が孤立するに至るまでの詳細まではわからないから、何を言う事も出来なくてもやもやする。
「まぁでも絢人も今家なら大丈夫だろ。飯行こうぜ!早くしねぇと日替わり終わる!」
場の空気を晴らすように志村が俺と泉の背を叩く。
連れられるまま食堂へ向かいながらも、やはり俺の気持ちは晴れなかった。


⿴⿻⿸


駅まで俺を送ってくれた健斗くんは、終始すごく心配そうな顔だった。
「本当に一人でいいのか」
「俺は平気だよ。健斗くんに話したら、少しすっきりした……ほんとにありがとね」
「いや、俺は別に……あ、そうだ篁」
ポケットから健斗くんがスマホを取り出して、何度か画面をタップする。
表示されたQRコードを俺に見せて、ほら、と促してきた。
「連絡先交換しようぜ。またなんかあれば言ってくれよ」
笑顔で俺にそういう健斗くんの笑顔に、少し怯む。
裏にはきっと何も無い、と、信じたい。信じても、大丈夫なんだろうか。
「……友達だから?」
自分の右手で左腕に縋る。人に対してこんなに身構えるようになってしまう自分自身が堪らなく嫌だった。
「当たり前だろ。友達が困ってたら助けるもんだ」
あっけらかんと答える言葉はいつもと変わらない温度で、不思議と心がざわめいた。
「わかった、ありがとう」
そう言って連絡先を交換して、大人しく帰路についた。
家に帰るまでの電車の中は朝ほどの混雑はなく、座席に座ってぼんやりと車窓を眺めていた。
ああやって、昔の事を口に出して話したのはいつぶりだろう。
中等部3年に上がるまで、俺は髪の毛をこんな色に染めたり適当な事言って人との距離感を取ったりなんかしようとも思わなかった。
小学生の時からの付き合いの勇一とは中3の1年間以外ずっと同じクラスだった。
勇一が部活動を初めてからは一緒に遊ぶ時間も減ったけど、勇一と同じ部活動の雄治朗くんや、雄治朗くんと仲の良かった大くんなんかとも話すようになって、それなりに楽しい学生生活を送っていた。
中等部3年になって、1人だけみんなと違うクラスになって、それなりに友人もいた。クラスの担任にも気に入られて、何も先を憂うことなんてなかった。……三都井先生にあんなことされるまで。
最寄り駅のホームに車両が滑り込むのを横目に見て立ち上がる。
今みたいに見た目派手にしてから、遠巻きに見られることは増えても、訳の分からないおじさんおばさんから絡まれることは減って行った。
筋肉がつきにくく、昔はモデルをしていたという母親似の女顔のせいで、わけの分からないやっかみを受けることは今までなんどもあった。けど、髪を染めてパーマあてて、いかにも不良といった格好をするだけでこんなに人が離れていくんだと知った。
良い奴はもちろん、俺を好奇の目で、軽蔑の目で見ていく奴らも。
三都井先生に襲われて、助けられてから、周りの視線ががらりと変わった。
男にレイプされたやつだ。顔が可愛いから贔屓されてたもんな。逆に誘ってたんじゃねぇ?あいつ援交してるらしいよ。教師とパパ活してたんだって。エトセトラ、エトセトラ。
「……馬鹿みたい」
そんなまとわりつくような視線に参って、でもあの学校は卒業したくて。歯を食いしばって通っていても、日に日に弱る活力のせいか、またわけのわからない人に絡まれるようになって、毎日ってくらい痴漢にも合うようになって。
もういっそ、誰も僕に近づかなければいいんだ、と思って見た目を変えた。
ずっと俺を心配してくれていた勇一以外、案の定変な距離が出来て離れていってしまった。
雄治朗くんも大くんも、何か言いたそうにしてくれていたけど、僕が進んで独りになりにいったり、絡んできた何も知らないような人にギリギリ笑いに出来ないないようなジョークを言ったりして引かれにいったりしているのを見て、下手に口出そうとするのを止めてくれた。
これでいいんだ。あとは、静かに過ごすだけだ。
そう思ってた。
ポケットの中のスマホが振動する。健斗くんだろうか。
信用きしれないというのに、健斗くんだったらいいのに、と思ってしまうのが不思議だ。
立ち止まって画面を確認する。

[小野里:無事に着いた?]

「──ッ」
思わずスマホを取り落としそうになった。
画面を消してしまおうとボタンに手をかけたところで次々とメッセージが届く。

[小野里:君に何もないといいんだけど]
[小野里:心配で仕方ないよ]
[小野里:あやは魅力的だから、僕が守ってあげないといけないのに]
[小野里:やっぱり家まで送り迎えさせてほしい。家の場所を教えてくれないか?]
[小野里:あや、好きだよ。君のためなんだ]

何度だってこの人のアカウントはブロックしているのに、IDだって何度も変えているのに、なんでか直ぐに俺のアカウントを見つけ出してこうやってメッセージが送られてくる。
何度も何度も迷惑だって突き放しているのに、しつこく何度も。
「う、ゔ、お゙え゙ぇ゙……」
思わずその場に蹲り、何も入ってないお腹から胃液を吐き出す。
呼吸がどんどん浅くなって、涙で視界が滲む。
何だって俺は、俺ばっかりだけが、こんな所で蹲らなきゃならないんだ。
また振動するスマホにびくりと震えてしまう。しかし、画面を見て一瞬息が止まった。
「……あ」

[健斗:おっす。篁、ちゃんと帰れてるか?またタピオカ一緒行こうぜ]

健斗くんの名前を見ただけで、少しだけ早くなった呼吸が緩む。
誰も蹲る俺に見向きもしない。誰も見ていない。不思議とそれが心地よかった。一人で立って、友達に返事だって送れる。
制服の裾で口の端を乱暴に拭いながら、俺はゆっくりと立ち上がった。
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