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死にたくなければ、ハッピーエンドを壊しなさい
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どうにも家に入りにくくて、さっきから無駄に広い庭園をうろうろしている。かれこれ五分は経っただろうか。
そもそも自分は本当に黒山千影なのか、これは何かの間違いではないのか。
材料は揃っているのに現実が受け入れられなくて、玄関の前でひたすら無駄に時間を潰していた。
なにせ自分が推していたゲームの悪役だなんて、どうにも気まずいものがある。
と、私が近くから豪邸の窓を見つめていると、不意に窓際のカーテンが揺れた。
「………ん」
部屋の中から中からひょいと人間が顔を覗かせる。服装からしてメイドだろうか。
メイドらしき女性はしばらく外を眺めて居たが、私の姿に気づくと、驚いて顔を引っ込めた。
「ん?」
すると玄関の戸が開き、中から沢山の人間がバタバタとなだれ込むようにして出てきた。
「ゲッ!?」
「千影様、今までどこに行っていたのですか!?」
「おかえりなさいませ、千影様!」
「良かった、ご無事そうで!!」
途端に彼女に囲まれて、私は驚きを隠せない。
しかしそこで呼ばれた名前に、やはりそうだったのかという思いと、落胆が同時に胸に込み上げてきた。
(やっぱり、私は黒山千影なのか………)
ため息をついた私だったが、そこでふととなりに立っていたメイドが私の顔を見て顔色を変えた。
その頰、どうしたんですか。青くなっていますよ
ハッとして頰を隠すが、
けれど、そこであることに気づいた。
…治りかけてる?
さっきまでは触れるだけで凄まじい痛みが走っていたというのに、今は押すとちょっと痛む程度。
ゲームの中だから回復速度も違うのだろうか。
言われてみれば、ゲーム中でもあんなにボコボコにされていた主人公りのるが、次の日にはけろっとして学校登校していた、なんてこともあった。そうなのかもしれない。
あんまり考えたくもないけど。
「まさか、何か事件が…」
明らかに怯えた様子を見せたメイドに、私は慌てて弁明した。
「いや、これくらいたいしたことないっつーの。別になんとも思ってないから。ただちょっとぶつけただけだ」
すると、メイドたちはお互いに顔を見合わせながら肩の力を抜いた。
あからさまに安堵した様子に、私は考えたくはないがなんとなくその理由がわかった。
どうやら普段の千影の性格が、そのまま周囲にもにじみ出ているようだ。
メイドたちに背中を押されるまま、私は自分の部屋だと言われる部屋へと押し込まれた。
※ ※ ※
黒山千影。
そのいかにも悪そうな名前の通り、出番が少ないとはいえ本作のゲーム序盤から終盤まで出張る悪役だ。
手法はもちろん下劣で苛烈、ありとあらゆる薄汚い手を使って、主人公を追い詰める。
そのあまりに悪辣で非道なやり口に、開始初期からトラウマを植え付けられたユーザーも少なくない。
出番が少ないにも関わらず、メインキャラよりもインパクトが強いと言われたほどだ。
その数々の悪行に、どれほどプレイユーザーの怒りを買い、心を折りかけたことか。実際、私も何度も挫折しかけました、ハイ。
当然、千影のファンからの評価は最悪、当時はアンチ版も何件も立ち、千影をボコボコにした謎のファン(?)アートも人気を博した。その上、『千影 gomikuzu shine』というトンデモワードも流行することとなる。
公式で『もしも双葉学園に入れたら、何をしたい?』というツイッター企画が立ち上がった時、『千影を殺す』といった内容趣旨のツイートがぶっちぎりで投稿・リツイートされまくり、公式を困惑させたほどの嫌われっぷりだ。
無論、その最後も凄絶極まりない。
BL関連はおろか、ゲーム界の歴史に残るほど、それはそれは凄惨な散り方をするのだ。
その一つに、それまで学園長として君臨していたモブの父親が、脱税やらなんやらの悪事が露見して失脚する、というラストがある。
さらには息子共々、それまで彼らが犯した悪行を、主人公のパートナーになった男が、生中継で来たテレビの前に垂れ流すのだ。もちろん、主人公のされた仕打ちの復讐のために。
それを見た千影は発狂絶叫絶望し、果てにはおおやけの場で失禁までやらかすという大失態をおかしてしまい、その後は親子もろとも仲良く学園を追放される。
なお、その後の主人公達の人生は幸せ一杯、パートナーと仲良く手をつなぎ、同性でも結婚できるという国に飛び立って挙式まで上げ、最後には新婚旅行にも行く、ハッピーエンドで、物語りは終局を迎える。
千影はその後、一生国中の笑い者にされました、というとんでもないオチを添えて。
まあ確かに、そこまで来る間にやってきたことを鑑みると仕方のない、然るべき破滅だろう。
今まで散々千影に煮え湯を飲まされて来た、私たちプレイヤーとしては、すっかり溜飲を下げたものだったのだが。
だが。
(失禁って…あれでしょ。うわぁ、絶対にやだそんなの…やだやだ嫌だ、死んでもやりたくないなりたくない)
それがいざ我が身に降りかかるかもしれないとなると、てんで話が違う。
「旦那様はもうすぐおかえりになられるはずです」と言われて通された自室で、私はそんな考えを巡らせて居た。
旦那様、ということは千影の父親、学園長ということだろうか。
無駄に広い自室を歩き回りながら考えるが、むしろ混乱は深まるばかりだった。
(ヤバイ…ヤバイどうしよう…)
いくら最初に、運命の分かれ道を強引に曲げたとはいえ、ここは未知の領域、なにが起きるかもわからない。やはりこういった確認は必要だろう。
ひとまず、ハッピーもバッドも関係なく、自分の覚えているエンドを全て書き出してみよう。
そう思い立って、いかにも高級品らしいタンスを片っ端から開けると、丁度いい白紙と上等な万年筆が丁寧に仕舞われていた。なんかムカつく。
それを手に、天蓋付きベッドにダイブする。
ベッドも見た目を裏切ることなく上質で、今まで普通に生きていれば絶対に寝転ぶことすらかなわないだろうそれに、むっとした。
…なんか腹立つ。
気を取り直して、出来るだけ覚えている終わり方を上から順に並べていく。
エンドと一口に言っても、メインキャラ共通のハッピーエンドに加えて特別ルートやら裏エンドやらバッドエンド、また一部のサブキャラにも存在するオマケエンドを加えると、かなりの量になる。
今覚えているだけでも全てかき集めると優に15個は超えてしまう。
それでもなんとか、数々のエンドをできるだけ仔細に、特に自分の関わる部分を詳しく抜き出していく。
が、10個目を書いたところで急に気分が悪くなり、ペンを滑らせる手を止めた。
「…」
ひどい。あまりにもひどい。
こうして改めて俯瞰してみると、この黒山千影、尋常ではない去り方だ。
悪役、と言えば千影。
千影と言えば最後は無残な終わり、というのが、ゲーム内では定石になってしまっている。
まず例のメインキャラ共通の千影失禁エンドに加え、キャラオリジナルのハッピーエンドでも黒山千影という人間は、軒並み地獄に叩き落とされている。
数々の悪行が明るみに出たせいで、取り巻きや唯一の心の味方だった父親からも見放され、居場所を追い出され、誰も側にいる存在が居なくなって生涯を一生ぼっちのエンド。
主人公達が芸能界で大成功し、遥か高みに言ってしまったせいか何故か千影の精神が崩壊し、狂ったように笑い続けてその場を退場、その後は行方が分からなくなるという行方不明エンド。
物語の終盤、外を歩いていると不幸のにも事故に遭い、下半身不随で一生寝たきりになってしまう不遇のエンド。
りのるをはめるはずが仲間の一人に裏切られて、逆に世間の晒し者になって精神を患うエンド。
恐ろしいのは、これ全てゲーム内ではハッピーエンドの扱いなのだ。
さらに、これでまだ思い出せないエンドもあるのだから、頭が痛くなる。
いずれにせよ、どのハッピーエンドでも、千影は必ず惨たらしい破滅を迎えることがわかり、ひどい震えが止まらない。
もちろん例外もある。バッドエンドの中には、そういった自爆を迎えることがないものがあるのだ。
というのも、一部のバッドエンドは話の大筋の途中で終わってしまうので、千影自体その後どうなったかわからないというエンドだ。
しかしそれら含めて全てのエンドで、千影が幸せになったなんて話は聞かない。
この世界がゲーム通りに、そういったオチのいずれかを辿るなら、すなわち、それはほぼ自分の破滅を表すということだ。
それにバッドエンドは本当の本当にえっげつないものなので、そのグロさと凄惨たるものや、思い出すだけでなかなかに吐きそうになる。
中には主人公のパートナーにチェーンソーかなんかでズッタズタのやっつざきにされるというものや、謎の通り魔に刺殺されて終わりなんてものもあり、ペンを持つ手がガッタガッタ震えた。
ちなみにこれはバッドエンドルートを辿った時の終わり方だ。主人公が不幸になって終わるなら、プレイヤーのためにお前も不幸になれ!という製作者なりの『配慮』なのだろうか。
今思うと、なんでこんなエンド当たり前に受け入れていたのだろう。
だけど、なによりも、気になっていることがある。
そっと自分の胸を触る。…本当に小さくてちょびっとだけだが、ある。
いや、自分は正真正銘、女なのだし、あって当たり前で自分もよく知った感覚なのだが、それでも多大な違和感を感じる。
…黒山千影って、男じゃないんかい。
そんな突っ込みを、自分自身に入れてみる。
いや、確かに作中では黒山千影という名前しか出てこないし、口調からは男だと判じられるものの、性別について明確に触れられることはおろか顔立ちもされていなかったけれど。
そもそも声だって、付随してはいない。
だけど、そんなことがあっていいのだろうか。
鏡を見れば、少しほおの腫れた自分の顔がそのまんま映る。
当然といえば当然なのだけれど、やはりこの顔のまま、私自身がこの世界ではまるごと黒山として扱われるのだと思うと、やはり拭いきれないわだかまりが生じた。
たしかに他の人よりも少し男らしい顔つきで、ちょっとは低い声かもしれないが、それでも前の世界でもきちんと女だと扱われてきた。
それがこの世界でいきなり男としたいから、と言われても困る。
そもそもどこからどうみても、自分の姿は女にしか見えないだろう。あいつら全員節穴かよ!
まあ、公式認定でどこからどうみても女の見た目で女の声をしたりのるが、男主人公という時点ではちゃめちゃなのだが。
むしろ、そういう理由も含めて自分の見た目も、世間一般では男でまかり通っているのかもしれない。
けれど。
ーーもしもこれが本当の【黒山千影】ならば、どうして、黒山千影は男のふりをしているんだろうか。
一番の疑問に、私は眉根を寄せる。
その理由が見つからない。現にゲーム内でも、千影は男として振る舞い、そう扱われてきた。
だからこそ誰も知らなかった事実だ。
いや、もしかしたらもともとは男だったのだが、私という人間が黒山千影の器に入ってしまったせいで、女に改編されてしまったのかもしれない。
わからないが。
どちらにせよ、救いようのないクズと名高い悪役様になってしまった時点で、私の幸先は最高に悪いものになってしまったわけだが。
女だろうが男だろうが、黒山千影が最低のキャラクターであるということは拭えない。
…なぜ、よりにもよってなってしまったのがアイツなのか。これならまだ、一応は存在するらしいりのるのモブ妹の方が良かった。
余談だが、公式サイトでキャラシナリオを担当した女性が、実は誰よりも主人公を好きだったのは千影、という設定があったんです。
歪んだ教育を受けていた故に、あんな形で思いをぶつけることとなったんですね、という裏話と称した端書きを寄せていた。
だが実質のところ、この案件は荒れに荒れることとなる。
そりゃそうだ、主人公やプレイヤーを散々な目に合わせてくれたのに、実は自分の推しよりも主人公を好きだった、愛してたなんて誰得だという話だ。
うえっ、考えるだけで気分が悪くなりそう。
だけどそのゴミクズモブに今、自分がなっているのだと思うと、余計に肩の荷が重くなった気がする。
だけど、と私は鉛筆を持つ手を強く握る。
こんなところで、みすみす命を捨てるわけにはいかない。
今後の展開の行く末を知っているということは、この世界にとって何よりも大きな武器だ。
つまりいくらでも、手の打ちようはある。現にさきほどだって、りのるが本来だったらあそこでタコ殴りにされる展開を変えられたのだ。
絶対に、ハッピーエンドを掴み取ってやる。
私はそう、心に固く誓った。
そもそも自分は本当に黒山千影なのか、これは何かの間違いではないのか。
材料は揃っているのに現実が受け入れられなくて、玄関の前でひたすら無駄に時間を潰していた。
なにせ自分が推していたゲームの悪役だなんて、どうにも気まずいものがある。
と、私が近くから豪邸の窓を見つめていると、不意に窓際のカーテンが揺れた。
「………ん」
部屋の中から中からひょいと人間が顔を覗かせる。服装からしてメイドだろうか。
メイドらしき女性はしばらく外を眺めて居たが、私の姿に気づくと、驚いて顔を引っ込めた。
「ん?」
すると玄関の戸が開き、中から沢山の人間がバタバタとなだれ込むようにして出てきた。
「ゲッ!?」
「千影様、今までどこに行っていたのですか!?」
「おかえりなさいませ、千影様!」
「良かった、ご無事そうで!!」
途端に彼女に囲まれて、私は驚きを隠せない。
しかしそこで呼ばれた名前に、やはりそうだったのかという思いと、落胆が同時に胸に込み上げてきた。
(やっぱり、私は黒山千影なのか………)
ため息をついた私だったが、そこでふととなりに立っていたメイドが私の顔を見て顔色を変えた。
その頰、どうしたんですか。青くなっていますよ
ハッとして頰を隠すが、
けれど、そこであることに気づいた。
…治りかけてる?
さっきまでは触れるだけで凄まじい痛みが走っていたというのに、今は押すとちょっと痛む程度。
ゲームの中だから回復速度も違うのだろうか。
言われてみれば、ゲーム中でもあんなにボコボコにされていた主人公りのるが、次の日にはけろっとして学校登校していた、なんてこともあった。そうなのかもしれない。
あんまり考えたくもないけど。
「まさか、何か事件が…」
明らかに怯えた様子を見せたメイドに、私は慌てて弁明した。
「いや、これくらいたいしたことないっつーの。別になんとも思ってないから。ただちょっとぶつけただけだ」
すると、メイドたちはお互いに顔を見合わせながら肩の力を抜いた。
あからさまに安堵した様子に、私は考えたくはないがなんとなくその理由がわかった。
どうやら普段の千影の性格が、そのまま周囲にもにじみ出ているようだ。
メイドたちに背中を押されるまま、私は自分の部屋だと言われる部屋へと押し込まれた。
※ ※ ※
黒山千影。
そのいかにも悪そうな名前の通り、出番が少ないとはいえ本作のゲーム序盤から終盤まで出張る悪役だ。
手法はもちろん下劣で苛烈、ありとあらゆる薄汚い手を使って、主人公を追い詰める。
そのあまりに悪辣で非道なやり口に、開始初期からトラウマを植え付けられたユーザーも少なくない。
出番が少ないにも関わらず、メインキャラよりもインパクトが強いと言われたほどだ。
その数々の悪行に、どれほどプレイユーザーの怒りを買い、心を折りかけたことか。実際、私も何度も挫折しかけました、ハイ。
当然、千影のファンからの評価は最悪、当時はアンチ版も何件も立ち、千影をボコボコにした謎のファン(?)アートも人気を博した。その上、『千影 gomikuzu shine』というトンデモワードも流行することとなる。
公式で『もしも双葉学園に入れたら、何をしたい?』というツイッター企画が立ち上がった時、『千影を殺す』といった内容趣旨のツイートがぶっちぎりで投稿・リツイートされまくり、公式を困惑させたほどの嫌われっぷりだ。
無論、その最後も凄絶極まりない。
BL関連はおろか、ゲーム界の歴史に残るほど、それはそれは凄惨な散り方をするのだ。
その一つに、それまで学園長として君臨していたモブの父親が、脱税やらなんやらの悪事が露見して失脚する、というラストがある。
さらには息子共々、それまで彼らが犯した悪行を、主人公のパートナーになった男が、生中継で来たテレビの前に垂れ流すのだ。もちろん、主人公のされた仕打ちの復讐のために。
それを見た千影は発狂絶叫絶望し、果てにはおおやけの場で失禁までやらかすという大失態をおかしてしまい、その後は親子もろとも仲良く学園を追放される。
なお、その後の主人公達の人生は幸せ一杯、パートナーと仲良く手をつなぎ、同性でも結婚できるという国に飛び立って挙式まで上げ、最後には新婚旅行にも行く、ハッピーエンドで、物語りは終局を迎える。
千影はその後、一生国中の笑い者にされました、というとんでもないオチを添えて。
まあ確かに、そこまで来る間にやってきたことを鑑みると仕方のない、然るべき破滅だろう。
今まで散々千影に煮え湯を飲まされて来た、私たちプレイヤーとしては、すっかり溜飲を下げたものだったのだが。
だが。
(失禁って…あれでしょ。うわぁ、絶対にやだそんなの…やだやだ嫌だ、死んでもやりたくないなりたくない)
それがいざ我が身に降りかかるかもしれないとなると、てんで話が違う。
「旦那様はもうすぐおかえりになられるはずです」と言われて通された自室で、私はそんな考えを巡らせて居た。
旦那様、ということは千影の父親、学園長ということだろうか。
無駄に広い自室を歩き回りながら考えるが、むしろ混乱は深まるばかりだった。
(ヤバイ…ヤバイどうしよう…)
いくら最初に、運命の分かれ道を強引に曲げたとはいえ、ここは未知の領域、なにが起きるかもわからない。やはりこういった確認は必要だろう。
ひとまず、ハッピーもバッドも関係なく、自分の覚えているエンドを全て書き出してみよう。
そう思い立って、いかにも高級品らしいタンスを片っ端から開けると、丁度いい白紙と上等な万年筆が丁寧に仕舞われていた。なんかムカつく。
それを手に、天蓋付きベッドにダイブする。
ベッドも見た目を裏切ることなく上質で、今まで普通に生きていれば絶対に寝転ぶことすらかなわないだろうそれに、むっとした。
…なんか腹立つ。
気を取り直して、出来るだけ覚えている終わり方を上から順に並べていく。
エンドと一口に言っても、メインキャラ共通のハッピーエンドに加えて特別ルートやら裏エンドやらバッドエンド、また一部のサブキャラにも存在するオマケエンドを加えると、かなりの量になる。
今覚えているだけでも全てかき集めると優に15個は超えてしまう。
それでもなんとか、数々のエンドをできるだけ仔細に、特に自分の関わる部分を詳しく抜き出していく。
が、10個目を書いたところで急に気分が悪くなり、ペンを滑らせる手を止めた。
「…」
ひどい。あまりにもひどい。
こうして改めて俯瞰してみると、この黒山千影、尋常ではない去り方だ。
悪役、と言えば千影。
千影と言えば最後は無残な終わり、というのが、ゲーム内では定石になってしまっている。
まず例のメインキャラ共通の千影失禁エンドに加え、キャラオリジナルのハッピーエンドでも黒山千影という人間は、軒並み地獄に叩き落とされている。
数々の悪行が明るみに出たせいで、取り巻きや唯一の心の味方だった父親からも見放され、居場所を追い出され、誰も側にいる存在が居なくなって生涯を一生ぼっちのエンド。
主人公達が芸能界で大成功し、遥か高みに言ってしまったせいか何故か千影の精神が崩壊し、狂ったように笑い続けてその場を退場、その後は行方が分からなくなるという行方不明エンド。
物語の終盤、外を歩いていると不幸のにも事故に遭い、下半身不随で一生寝たきりになってしまう不遇のエンド。
りのるをはめるはずが仲間の一人に裏切られて、逆に世間の晒し者になって精神を患うエンド。
恐ろしいのは、これ全てゲーム内ではハッピーエンドの扱いなのだ。
さらに、これでまだ思い出せないエンドもあるのだから、頭が痛くなる。
いずれにせよ、どのハッピーエンドでも、千影は必ず惨たらしい破滅を迎えることがわかり、ひどい震えが止まらない。
もちろん例外もある。バッドエンドの中には、そういった自爆を迎えることがないものがあるのだ。
というのも、一部のバッドエンドは話の大筋の途中で終わってしまうので、千影自体その後どうなったかわからないというエンドだ。
しかしそれら含めて全てのエンドで、千影が幸せになったなんて話は聞かない。
この世界がゲーム通りに、そういったオチのいずれかを辿るなら、すなわち、それはほぼ自分の破滅を表すということだ。
それにバッドエンドは本当の本当にえっげつないものなので、そのグロさと凄惨たるものや、思い出すだけでなかなかに吐きそうになる。
中には主人公のパートナーにチェーンソーかなんかでズッタズタのやっつざきにされるというものや、謎の通り魔に刺殺されて終わりなんてものもあり、ペンを持つ手がガッタガッタ震えた。
ちなみにこれはバッドエンドルートを辿った時の終わり方だ。主人公が不幸になって終わるなら、プレイヤーのためにお前も不幸になれ!という製作者なりの『配慮』なのだろうか。
今思うと、なんでこんなエンド当たり前に受け入れていたのだろう。
だけど、なによりも、気になっていることがある。
そっと自分の胸を触る。…本当に小さくてちょびっとだけだが、ある。
いや、自分は正真正銘、女なのだし、あって当たり前で自分もよく知った感覚なのだが、それでも多大な違和感を感じる。
…黒山千影って、男じゃないんかい。
そんな突っ込みを、自分自身に入れてみる。
いや、確かに作中では黒山千影という名前しか出てこないし、口調からは男だと判じられるものの、性別について明確に触れられることはおろか顔立ちもされていなかったけれど。
そもそも声だって、付随してはいない。
だけど、そんなことがあっていいのだろうか。
鏡を見れば、少しほおの腫れた自分の顔がそのまんま映る。
当然といえば当然なのだけれど、やはりこの顔のまま、私自身がこの世界ではまるごと黒山として扱われるのだと思うと、やはり拭いきれないわだかまりが生じた。
たしかに他の人よりも少し男らしい顔つきで、ちょっとは低い声かもしれないが、それでも前の世界でもきちんと女だと扱われてきた。
それがこの世界でいきなり男としたいから、と言われても困る。
そもそもどこからどうみても、自分の姿は女にしか見えないだろう。あいつら全員節穴かよ!
まあ、公式認定でどこからどうみても女の見た目で女の声をしたりのるが、男主人公という時点ではちゃめちゃなのだが。
むしろ、そういう理由も含めて自分の見た目も、世間一般では男でまかり通っているのかもしれない。
けれど。
ーーもしもこれが本当の【黒山千影】ならば、どうして、黒山千影は男のふりをしているんだろうか。
一番の疑問に、私は眉根を寄せる。
その理由が見つからない。現にゲーム内でも、千影は男として振る舞い、そう扱われてきた。
だからこそ誰も知らなかった事実だ。
いや、もしかしたらもともとは男だったのだが、私という人間が黒山千影の器に入ってしまったせいで、女に改編されてしまったのかもしれない。
わからないが。
どちらにせよ、救いようのないクズと名高い悪役様になってしまった時点で、私の幸先は最高に悪いものになってしまったわけだが。
女だろうが男だろうが、黒山千影が最低のキャラクターであるということは拭えない。
…なぜ、よりにもよってなってしまったのがアイツなのか。これならまだ、一応は存在するらしいりのるのモブ妹の方が良かった。
余談だが、公式サイトでキャラシナリオを担当した女性が、実は誰よりも主人公を好きだったのは千影、という設定があったんです。
歪んだ教育を受けていた故に、あんな形で思いをぶつけることとなったんですね、という裏話と称した端書きを寄せていた。
だが実質のところ、この案件は荒れに荒れることとなる。
そりゃそうだ、主人公やプレイヤーを散々な目に合わせてくれたのに、実は自分の推しよりも主人公を好きだった、愛してたなんて誰得だという話だ。
うえっ、考えるだけで気分が悪くなりそう。
だけどそのゴミクズモブに今、自分がなっているのだと思うと、余計に肩の荷が重くなった気がする。
だけど、と私は鉛筆を持つ手を強く握る。
こんなところで、みすみす命を捨てるわけにはいかない。
今後の展開の行く末を知っているということは、この世界にとって何よりも大きな武器だ。
つまりいくらでも、手の打ちようはある。現にさきほどだって、りのるが本来だったらあそこでタコ殴りにされる展開を変えられたのだ。
絶対に、ハッピーエンドを掴み取ってやる。
私はそう、心に固く誓った。
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