【完結】古道具屋の翁~出刃包丁と蛇の目傘~

tanakan

文字の大きさ
26 / 44
第陸章 物と人

-3-

しおりを挟む
「そないなこと無理に決まってるやろ。姫ちゃんとべったりなヤハズくんをどうやって引き離すねん!」

「それを考えるのが白蛇の仕事だろう。哀れな民衆みんしゅう些細ささいな願いを叶える絶好の機会だ」

「まったく勝手やな。それに姫ちゃんの話を聞いてどうすんねん? 探していた出刃包丁の男とは関係ないねんやろ? ・・・そんで八代やしろの悩みが晴れるとも思えへんけどな」

「関係はないがな。必要ではある。誰かのために生きるのは思いの外簡単だが、自分のために生きる道を見つける方が難しいんだ」

「勝手やなぁ。まぁ付喪之人と戦うよりはずっと体に楽な仕事やし、ヤハズくんをからかってみるのも楽しそうやしな」

 へっへ。と白蛇は目を細めて口を歪める。頼むよと私が言うと白蛇はもとのキセルへと戻った。付喪であるならば祓うべきだと今までなら当然のように考えていた。物は物に、人は人で生きていくべきだと。それが私の継いだ仕事であるから。

 狗鷲から期待された役割だから。知らず知らずのうちに死に場所として求めていた。ただ私自身で決めたわけでもないし、今更自分自身のために付喪たちを利用しようとも思わない。

 悩んでいるな。と頭を掻きながら、白蛇には聞こえないように道を歩く。長い間考えていたようで、あっという間に小高い丘の向こうには先の尖った塔が見えた。夜桐家よるきりけはもうすぐそこに見えていた。

 小高い丘を登り屋敷の正面玄関に立つ。人を拒絶するような巨大な扉の前に立ち、獅子ししの形をした叩き金を強く鳴らす。しばらくして待ちかねていたかのように扉が開いた。重たく鈍く響いた音の向こうで、怪訝そうに眉をひそめてヤハズがぬっと姿を現わす。

「なんだ。出刃包丁の男が見つかったか?」

「見つかっちゃいねぇが、会ったよ。それを教えてやろうと思ってな」

 ふん。とヤハズは踵を返して入れと一言だけ言った。まだ太陽は天高くにあり、最初見たときには深く影が伸びていた怪しい屋敷を照らし出す。扉から入りヤハズの後に続くと合間から差し込んでいた日の光も絶えた。

 分厚い幕に窓は覆われ日の光すらも拒絶している。こんな時間だからか、ヤハズは不機嫌そうに見える。足取りも重いようだ。

 人形でも意識があるだけでこうも疲れているように見えると少し可笑しい。通された客間にはすでに姫が椅子に腰掛け頬杖を付いていた。ガラス造りの丸いテーブルの向こうで怪しく笑みを浮かべている。

「ようこそ。また面白いお話が聞けるのかな?」

 笑みを含みながら姫は言って、私は向かいの椅子に腰掛ける。腰を下ろすと同時に左手のキセルが煙に噛まれて、白蛇が体を揺らしながら現れた。

「せやで! 姫ちゃん! お久しぶりやなぁー。もっとお話しをしたかったんやけど、ほら、八代はワイの力がないと戦えへんさかい」

「なるほどのぉ。白蛇の姿では紫煙を吐き出せないものな」

「やろー? ほんまに困ったもんやんで。ワイがおらんと八代は何にもできひんねん。な? 八代はもっとワシを尊敬するべきやねん」

「ご丁寧にどうも。さすがに人として分は越えたくないものでね」

 そやろー? と白蛇は皮肉を皮肉と受け取らずに、デレデレと姫の前で体を揺らす。姫は白蛇の姿を見てクスクスと指を唇に当て笑みを含んだ。

「おやおや。楽しそうですね。姫・・・」

 気がつくと音もなく客間の扉は開かれており、ヤハズが隣に立っていた。盆に載せられた西洋作りの茶器には湯気が立っている。ヤハズは姫の前に小さな皿に乗せられた茶器を置き、私の前にも茶器を置く。カチャリと音がして中の薄紅色をした紅茶が揺れた。

「さて。早く本題に入ってくれないかな。普段は寝ている時間なんだ」

 茶器を置いた後、ヤハズは不機嫌さを隠そうとせずに眉間へシワを寄せて見せる。なんとも表情豊かな人形だと私は背もたれに体を預けた。

「すまんの。ヤハズは昼の間はひどく不機嫌だ。寝ずともよいのに不思議なことだ」

 習慣ですからとヤハズは姫の隣へと、あつらえられたように立つ。本当に絵画から抜け出してきたようだと、まだ湯気の立つ紅茶を私は口へと運ぶ。

「それなら本題だ。マッチ箱の男を祓った後にな。出刃包丁の男に会ったんだ」

「ほう。それで逃げてきたというわけか? 加えて私たちに助力を得ようと? 」

「違うねぇ。出刃包丁の男は言ったんだよ。蛇の目傘に気をつけろと。知ったのだからとも言っていた」

 ふむ。とヤハズは口元に手を当てて、姫は足を前後に揺らしている。足が揺れるたびに小さな顔も左右に揺らす。白蛇は私と姫の顔を交互に見た。

「蛇の目傘は八代がマッチ箱の男を煙に包んで見た綺麗な女のことやろ? ということは出刃包丁の男も蛇の目傘とは知り合いで、出刃包丁が恐れているってことかいな? 包丁が傘を恐れるなんておかしな話やなぁ」

 まぁな。と私が答えると白蛇は頭をかたむける。ヤハズは口元に当てた指先の合間から、独り言のように口元を動かす。

「つまり出刃包丁の男の裏にいるのが蛇の目傘か? マッチ箱の男のように強引に想いを肥大化させられ、付喪之人つくものひとにされた。八代の言葉を借りるならな。しかしそれでは道理が通らない。なぜ出刃包丁は傍観していた? マッチ箱と協力して私たちと戦うべきだったのに。姫の影で包まれていたからか? それにしても戦いの後で弱った八代程度なら、殺せたハズなのに」

「そう簡単にやられるつもりはないがな。それは俺も気になっていたんだよ。ただ傍観ぼうかんしていた。しかも忠告するような口ぶりで人ごみの中に消えていったよ」

「ほうほう。つまりは出刃包丁の男は八代の周りにいるわけだな。わざわざ遠出して探さなくともよいわけだ」

 姫は頬をほころばせる。楽しそうに人の生死からはずっと違う場所にいるように思えた。姫の言う通りだ。

 意図はわからなくとも出刃包丁の男は変わらずに街にいる。しかも最初に相対した夜からずっと、街では子供が消えていない。つまりは私と敵対しており距離を置いているからかもしれない。何もかも予測ばかりだが、わずかに目的へと近づいている感覚はある。

 しかし・・・とヤハズは顎先に手を当て目を伏せる。

「何よりも・・・なぜ狗鷲は殺されなければならなかったのだ?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた

黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。 そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。 「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」 前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。 二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。 辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

処理中です...