【完結】古道具屋の翁~出刃包丁と蛇の目傘~

tanakan

文字の大きさ
39 / 44
最終章 出刃包丁と蛇の目傘

-3-

しおりを挟む
 想いを込めた銃弾は千鳥の前で地面に穴を穿うがつ。穿たれた穴は回転し次第に風を巻きつつ、砂利を巻き上げた。

 巻き上げられた砂利と、砂よりも小さな粒が大気に撒き散らされた水を吸う。重たさを増した水滴は地面へぼたぼた落ちていき、千鳥の周りからは宙に舞っている水滴が消えた。狂気じみた笑顔のままで笑っていた千鳥の顔が曇る。

 そして出刃包丁の放った剣尖を目の前にして千鳥は彦助のもとへと走った。

 走りながら傘を前に向け、切っ先で剣尖をそらしながら横に回って避ける。次には駆ける勢いのまま傘を振り上げ彦助に振り下ろした。彦助はすんでのところで包丁の腹で傘を受ける。地面が割れて土くれが舞った。

「ほうら。悪いことをしたらダメって言ったでしょう。盗みもダメだと言ったよね? お姉ちゃんの邪魔をするなんてもってのほかだわ。叩いてあげる」

 右手で振るった傘に千鳥は左手を沿わせて力を込める。

「もう止めてくれ姉さん。姉さんのそんな姿を見たくない! 」

 叫ぶ彦助の子供が泣き出す寸前の悲壮ひそうな声が響く。彦助の声を意に返さずに千鳥は力を込めて、出刃包丁にヒビが入った。

 いけない。想いの根元たる物を壊されては、彦助は消えてしまう。私が駆け出そうとした時、銀の糸が光った。彦助の後方から伸ばされた、五つの強靭な糸は彦助ごと千鳥を裂こうと伸びる。

 千鳥は伸びる糸に気がつき、力を緩めた。振るわれる彦助の包丁の力を受けて空に飛んで避ける。糸は大気を薙ぎ彦助へと向かうが糸が張った。

 横薙ぎの糸は軌道を変えて彦助の体を包む。包まれた彦助は振るわれた糸と共に私へと投げ出された。彦助を受け止めるとヤハズが千鳥に向かって駆け出している。

「よくも千鳥! こんなにも私の姿は汚れてしまった。そして姫を濡らした罪は万死に価する!」

 激高するヤハズの声に合わせて千鳥の笑い声が響く。放たれる水弾を避け、時には糸で弾きヤハズは千鳥と対峙する。闇夜にきらめくのは水に濡れた糸がわずかばかりの光を反射する、鈍色の軌跡だけだった。

「おい大丈夫か?」

 彦助を胸に抱くと、彦助は立ち上がろうとする。しかし姿勢を崩して私の胸に落ちた。

 右手に持つ包丁はひび割れてる。姉であった千鳥から向けられた殺意が、刻まれていた。

「・・・翁と呼ばれていたな? 翁は物を煙に巻くだけか?」

「煙に包んで煙に巻く。そして物に新しい役割を与えるのだよ。新たな役割を与えられた物は力を増して、新しい役割をまっとうしようとする」

「そうか。物騒な力だな。なら私の出刃包丁に役割を与えることはできるのか?」

「やったことはないがな。しかし・・・その身では持たないだろう」

 いいんだ。と彦助は立ち上がり私と向き合ったまま包丁の切っ先を私に向ける。

「僕は姉さんを守りたい。刻まれた記憶の奥底にある姉さんの姿を守りたい。こんな風に人を傷つけるようになった姉さんを守りたい。でもこの包丁は人の命を奪った。命を奪った包丁で人は守れるのか?」

 彦助は私に包丁を向けたまま目を伏せる。かつての行いを後悔しているのだろう。命を失ってもいいほどに。痛いほど気持ちはわかった。それが新たな付喪つくもとして形を成した想いならば、祓ってやりたい。

「出刃包丁はもともと魚をさばくために作られたんだよ。刃元が太く魚の頭を切り落としことが容易だ。太い骨は断てぬとも小骨なら容易に断てる。お前が彦助だった時に抱いた想いが、出刃包丁に注がれて形を成してしまった。そもそも出刃包丁は人を守るために作られていない。目的とした相手を切り、さばくために作られたんだ。お前の想いは出刃包丁の本分を否定している。矛盾しているんだ」

「そうか。ならどうしたらいい?」

「姉を切るんだよ。包丁の本分をまっとうさせてやるんだ。お前の姉を守りたいという気持ちに塗られて、本来の想いが隠されてしまった出刃包丁に。新しい役割ではなく本来の役割を叶えさせてやる。まるでお前の姉は水をまとった魚のようじゃないかい?」

詭弁きべんだな。守るために僕は姉を殺すのか?」

「結果は同じだろう? それで彦助の望まない姉の姿は見なくていい」

「足りないのは覚悟だったんだな。いくら変わっても僕は姉が想いをあらためてくれると思っていた。でも・・・遅かったんだな」

「あぁ。遅かったんだ」

 言葉は彦助に対してか、それとも自分自身にかける言葉だったのかはわからない。ただ彦助は心を決めたように私を見た。そして私も彦助を見る。私も心を決めたから。

 思えば蛇の目傘も雨から人を守るための物だ。人を傷つける物ではない。

 人を傷つけることのできる刃物が人を守ろうとし、人を守ろうとする傘が人を傷つける。人の想いが物をこうまで狂わせる。良きにも悪きにも狂わせてしまうのだ。

 付喪之人になり、形を得てしまうとその想いも変質していく。良きにも悪気にも。

 私はキセルの吸い口を口元に当て、紫煙しえんくゆらし出刃包丁に当てる。包丁は水泡にも似た淡い光に包まれていく。

 出刃包丁は脈動し、彦助と鼓動を同じにしていた。彦助が形を奪った開襟シャツの男もまた千鳥への、蛇の目傘への殺意を覚えている。

 出刃包丁の歩んできた長い時にはいかなる想いを受けたのだろう。出刃包丁としての本分を取り戻し、姉を守りたいという思いで塗られた想いが殺意となって今、想いを共にした。人と物が想いを共にしているのだ。

「さぁ。彦助よ。姉を殺そう。切り裂きさばいて・・・息の根を止めることで苦しみから救ってやろう。ひとつの出刃包丁としてな」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた

黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。 そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。 「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」 前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。 二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。 辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

処理中です...