銀色九尾な孤の彼と

山法師

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始まりの日

4 声の主

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「……ここ、から……してる……?」

 弱々しい声を今すぐにでも辿りたいけど、弱々しすぎて上手く辿れない。
 目と鼻の先にある別邸に行くだけ行って『到着』のメッセージを入れてから、声の主を本腰入れて探す。
 考えをまとめ、走った凪咲は、思わず足を止めた。
 形だけの目的地として目指していた、別邸。

 ──申し訳ありません。

 悲痛な呼び声が、目の前の別邸から聴こえてくると気づいたから。
 弱々しく助けを求める声の主を、偶然だけど最短で見つけ出せて辿り着けてしまった。

 だけど。

(先週、俺が来た時は、こんな声)

 聴こえなかった、届かなかった。入れ違いになったのか、聴こえていなかっただけなのか。
 迷い込んだ、両親が連れてきた。

(でも、なんで)

 あの日の君みたいな〝声〟が、今、なんで。

(違う。冷静になれ、俺)

 あの日の君は存在しない。

 似ている誰かか何か、なんにしても助けを求めてるんだから。

(助けなきゃ)

 早く、助けなきゃ。

「どこ?! ここに居るんだよね?! 俺の声、聞こえてる?!」

 敷地に入った凪咲は声を張り上げ、声の主の〝声〟を辿ろうとする。

 別邸は表向き……表向きというか別邸なので、それなりに広い。弱々しい声の主が小さい存在だったりすると、見つけ出すのに時間がかかる。

 今は午前の十時過ぎだけど、午前だろうが午後だろうが夜中だろうがどれだけ声を上げようとも、別邸の敷地に入ってしまえば外に〝実際の声〟は届かない。

 高性能な防音パネルや遮音装置やらに、こんな形で感謝するなんて。

(今考えるのはそれじゃない!)

 弱々しい声で助けを求める〝誰か〟を、一刻も早く。
 助けなきゃと、思ったのに。

「……な、んで……」

 場所はすぐに分かった。分かったことより、声の主が居る『場所』に、凪咲は唖然としてしまった。

 庭の一角、裏庭と言える場所。先週凪咲が自分で整備した「凪咲のための庭」の、何も植えられていない茶色い土しかない場所から。下から、聴こえる。

 地面の下、土の下、埋まってる。

 どう聴いても助けを求める〝声〟は、下からしている。

「……なんで、きみ、なんで……」

 あの日の君みたいに、そんなとこに居るんだよ。

 こんな場所に──救いを求める死に場所に。

(あり得ない、あり得ない、全部)

 嘘だ。

 君は存在しない。
 俺が聴いた〝声〟は、あの日の声は幻聴なんだ。
 空耳なんだ、嘘なんだ。

 あの場所に〝そんな存在〟は居やしない。

「全部が俺の妄想なんだよ!!」

 その場にうずくまり、泣いて訴えた凪咲に、また。
 今度は、なぜだか分からないけど、さっきよりも少しだけ弱々しくない〝声〟で。

『……どうか……誰か……せめて……』

「! 助けるから! 死なせないからね?! 絶対助けるからね!!」

 声の主の言葉を遮るように、凪咲は叫んだ。

(冷静になれ、俺。本当に)

 声の主が誰であれ、助けを求めてるんだから。
 埋まっているのがどれだけの深さか、それほど深くなさそうだし。分からないけど、なんとなく〝声〟は浅い場所から聴こえてる気がするから。

(シャベルとか、掘るもの、物置にあるの片っ端から)

 出して、掘れば。

「助けるから、絶対助けるからね、待ってて────え?」

 埋まっている誰かへ呼びかけ、立ち上がろうとした凪咲は、見間違いかと目を瞬かせる。

 土が、動いた?

 凪咲の見間違いでなく、本当に土が、それも波打つように動き出す。波打つ土が水のように動いて──埋まっていた〝声の主〟を地上へと、ほんの数秒で押し上げた。

 土の下から出てきたはずなのに、まるで水底から浮かび上がるような光景を見せられて、目を丸くしたかった凪咲だけれど。

(え??)

 埋まっていた声の主──見えた姿に、凪咲は色々な意味で気を取られて混乱した。
 うつ伏せで埋まっていたらしい〝声の主〟が億劫そうに体を起こし、凪咲へ顔を向けたかと思ったら鬱陶しいとばかりに軽く睨まれる。

「何やら騒がしいと思えば……助けると言ったか? お前」

 姿もだけど、声も。
 さっきまで聴こえていた〝声〟と、色々と違う声だった。
 幼い子どもを思わせる、高く悲痛な声でなく。成人男性を思わせる、低くて、しかも苛立っている声。
 心に届くほうでなく、実際の声。

「お前に聞いたんだが? 俺を助けると言ったのか、と」

 ギロリと鋭く睨まれたことより、思ってなかった方向の声やら外見やら何やらに、凪咲は呆気にとられ、

「あ、は、い、そう……です……助けるって、言いました……」

 呆然としたまま返事をしてしまった。

 凪咲の言葉にか、様子にか、両方か。

 二十歳くらいに見える、つまり、凪咲より年上に思える彼はあぐらになり、肘をつき、苛立ったように舌打ちをした。

 彼──彼だろうと思う。声や喉仏や、細身に見えるけど男性だと分かる体格だから、たぶん彼。眉目秀麗と言えば良いのか容姿端麗と言えば良いのか見目麗しいと言えば良いのか、なんにしても怖いくらいの美貌だけど、恐らく彼。

 ていうか、すごい。イライラしての舌打ちなのに、とっても様になってる。眩しいくらいの美形だからかな。今の、映えるし、売れますよ。

(いや、違くて)

 着てるの、和装、着物だな。着物、袴、羽織、足袋、草履の一揃い。
 どれも高そう、高級そうだし、恐ろしいくらい似合ってて怖い。
 着物の知識も少しはあるので、ちょっと傷んでるトコ直したり、シワ伸ばしたりとかしても良いですか。

(いや、そこでもなくて)

 銀髪だ、しかも長い。うつ伏せの時、腰より長かった。眼の色も銀色だ? 柳眉って言えそうな眉も長いまつ毛も銀色だな、地毛が銀色なのかな。

(それも、今はいいか)

 頭の上に耳があるんだよな、この人。猫、犬、どれも違うような、犬に近いかな。後ろに長い尻尾も……七、八、九本、ある。耳も尻尾も、銀色だな。

 耳も尻尾も、ちょっと、飾りや偽物には見えない。すっごいリアルだし、声と同じようにイライラしてるふうに動いてるし。人間の耳、見当たらないし。

 ということは、この人。

 人じゃない。

 犬っぽい耳、尻尾が九本。

 九尾の狐、みたいな?

(いや、だとして、まあ。それもまあ〝声〟聴こえてたから、そんなに驚かないけど)

 大人だった、……幼い子どもじゃなかった。

 聴こえていた〝声〟は完全にあの日の──〝幼い子ども〟とよく似た声に聴こえていたから、子どもだと思い込んでいた。

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